第1070話

 集落の中でゴブリンに襲われている子供達を助けた後、レイは再び集落の中を走っていた。


(って、よく考えたらさっきの女にどこが危ないかとか聞いてくればよかったな。そうすれば戦力の足りない場所に向かえたのに)


 今更ながら自分が焦っていたことを理解したレイは、内心で溜息を吐く。

 ……そうしながらも、レイの走る速度は全く衰えたりはしていなかった。

 集落の中には、先程のルグドス達のように動き回っている者は殆どいない。

 戦闘が可能な者は集落の外へと向かい、それ以外は避難をしているか、怪我をした者達の治療や世話に回っているのだろう。

 障壁の結界の向こう側からは幾つもの戦いの音が聞こえてくる。

 それこそ集落を囲むように何ヶ所からもの声だ。

 そして戦いの喚声以外にも……


「ブギィッ!」


 聞き覚えのある声が少し離れた場所から聞こえてきたのを耳にし、レイの進行方向が変わる。

 向かうのは、近くに建っていた家の中。

 その中へと突入したレイが見たのは、この家に住んでいる者が保存用に作っていたのだろう、干した果実を幸せそうに口へと詰め込んでいるオークの姿だった。

 干した果実に夢中になっている為だろう。レイは特に気配を消したりもせずに近づいていたのだが、オークは全く気が付いた様子も見せずに干した果実を幸せそうに食べ続ける。


(牛とか豚も果物とかを食べさせると肉が美味くなるって聞いたことがあるけど……オークもそうだったりするのか? まぁ、ずっと果物だけを食べているのならともかく、今こうしてちょっと食べた程度だと意味ないだろうけど)


 デスサイズを構えつつ、未だに自分に気が付いた様子のないオークに呆れながらもデスサイズを振るう。

 ただ、オークがいるのが家の中だということに配慮し、振るったのはデスサイズの刃ではなく、柄の部分だ。

 その部分でただ殴るのではなく、胴体に引っ掛けるように半回転しながらデスサイズの柄を叩きつける。


「ギュピッ!」


 干した果実を食べていたところを殴られた為か、オークは奇妙な悲鳴を上げながら扉から外へと吹き飛ばされていく。

 その際、吹き飛んでいくオークの手足がぶつかって家具や壁が多少壊れたのだが、レイは家の中で戦闘をするよりは被害が少ないだろうと割り切ってオークの後を追う。


「うわぁっ! な、何だ!? いきなりオークが!」


 オークの吹き飛んだ方から聞こえてきた悲鳴に少しだけ驚きつつ、レイはその現場へと到着する。

 脇腹を押さえて悲鳴を上げているオークと、いきなり飛んできたオークに驚きの表情を浮かべている一人のダークエルフ。

 顔に血が付いているのを見て、もしかしてオークが吹き飛んだ時に怪我をしたのか? と一瞬考えたレイだったが、その血の跡は少し乾いているのを確認すると内心で安堵する。

 そしてデスサイズを手にダークエルフの前に立ったレイは、今の一撃だけで既に重傷に近い状況になっていたオークの頭部を斬り飛ばす。

 切断されて空中を飛んだオークの頭部は、レイの目にはまるでサッカーボールか何かのように見えた。

 頭部を切断された首からは噴水の如く血が吹き上がっている。

 その光景を見ていたダークエルフは、青空を飛んでいる頭部と血の噴水に強烈な印象を抱く。

 落ちてきた頭部は、まるで熟れた果実が地面に落ちて潰れる時のような音を立てる。


「あ……え?」

「大丈夫だったか?もう少しでオークに潰されるところだったみたいだけど……悪いな」

「え? あ? うん」


 レイの前にいるダークエルフは、今目の前で何が起きたのか全く理解出来ない。

 このダークエルフも昨夜森に入っていれば、レイの強さをその目にすることが出来たのだろう。

 だが、残念ながらこのダークエルフは戦闘に関しては一切の才能がなかった。

 それ故に現在も他の者達と共に戦闘には出ず、集落の中で細々とした雑用をこなしていたのだ。

 沸騰したお湯と清潔な布という、治療をする上で絶対に必要な物を取ってくるように言われて集落の中を移動している最中、こうしてレイに吹き飛ばされたオークを目の前にするという不運に見舞われることになる。

 それでもレイがこの場所を通らなければ戦闘の心得がない男がオークと遭遇していたかもしれないのだから、男は明らかに幸運だったと言えるだろう。


「えっと、その……確かレイ、だったよな? 世界樹の治療の為にマリーナ様が連れてきた」

「ああ」


 男の言葉に頷きながら、レイは首のないオークの死体をミスティリングへと収納する。

 丁度いい具合に血抜きも出来ており、後で解体する時には楽になりそうだと考えながら。


「さっき障壁の結界が消滅したけど、こうして今はまた障壁の結界が展開している。これって、世界樹の治療は終わったと思ってもいいのか?」


 レイへと尋ねたつもりのダークエルフの男だったが、それに答えたのはレイの側に浮かんでいた光球だった。

 激しく明滅するその光球に、ダークエルフの男は不思議そうな目を向ける。

 明らかに今まで見たことがない存在なのだが、レイが全く気にした様子もないので敵だとは思えない。

 また、こうして近くで見ていても敵だとは思えない。それどころか、どこか胸に温かいものすら感じられる。

 まるで小さい時から見守ってくれているような、もう一人の親とでも表現すべき相手。


(いやいや、こんな光球に何を考えてるんだよ)


 小さく頭を横に振るダークエルフを不思議そうに眺めていたレイだったが、やがて頷いて口を開く。


「ああ。一応治療は終わったと言ってもいい。世界樹が弱っていた原因も排除出来たしな」

「何っ!? 世界樹の病気の原因が分かったのか!? 原因は一体何だったんだ?」


 勢い込んで尋ねてくるダークエルフの男に、レイは視線を上へと向ける。

 五月晴れと呼ぶのに相応しい、春の青空。

 そんな青空では、現在巨大蝉とセトが空中を激しく動き回りながら戦闘を繰り広げている。

 炎や氷、水、風……様々な攻撃が空を彩るその様子に目を奪われたダークエルフの男は、恐る恐るといった様子で口を開く。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。もしかして……」


 上を見ながら尋ねてくるダークエルフの男に、レイは黙って頷きを返す。

 それだけで、今回の世界樹の件に関わっている存在がどのような者かを理解したのだろう。空を飛んでいる二十mを超える巨大蝉の姿にじっと目を奪われる。

 いや、目を奪われるというよりは睨み付けるといった方が正しいだろう。

 男もこの集落のダークエルフである以上、世界樹に対して深い思い入れがある。

 その世界樹を障壁の結界を展開出来なくなるまで弱めたのだから、巨大蝉への恨みを抱いて当然だった。

 そんなダークエルフの男の姿を三十秒程見ていたレイだったが、やがてこれ以上時間を浪費する訳にはいかないと口を開く。


「そろそろいいか?」

「……え? あ、うん」


 自分が巨大蝉を睨み付けていたというのを理解したのだろう。レイの言葉に慌ててダークエルフの男が視線を向けてくる。


「それで、現在外の様子がどうなってるのか分かるか?」

「あ、うん。怪我をして戻ってきた奴等から聞いた限りなら」

「教えてくれ」

「えっと、けど俺が知ってるのは障壁の結界が消えている時の状況だから、障壁の結界が復活した今の状況は……」

「それでもいいから、頼む。今は何も情報がないから、少しでも情報が欲しい」


 セトがいれば空から現在がどんな状況なのかを確認することが出来たのだが、現在セトは巨大蝉と激戦を繰り広げており、とてもではないが自由に動ける状況ではない。

 だからこそ、今のレイは少しでもいいから情報を欲していた。


「えっと、モンスターには自分の意思がないみたいに、雄叫びとか悲鳴とかそういう声は一切上げていないらしい。そんな状態で、ただひたすらに障壁の結界を壊そうとしていたとかなんとか」

「障壁の結界を?」

「ああ。攻撃しても痛がりもしなかったらしい」

「……あいつの仕業、だよな?」


 レイの視線が、改めてセトと戦っている巨大蝉の方へと向けられる。

 集落から少し離れた場所の上空で戦っているので、地上には被害がない。

 だが……森にかなり大きな被害が出ている。

 セトの攻撃もそうだが、何より大きいのはやはり巨大蝉の攻撃だろう。

 魔力を伴ったその超音波は、セトにとって回避するのは難しくなさそうだったが、地上にある森の木々が攻撃を回避出来る筈がない。

 超音波による刃で木々が纏めて切断されていくのだが、地上にいるレイや……ダークエルフにはその光景を見ることが出来なかった。


「あいつの? あのデカブツか?」

「ああ。証拠は何もないけど、あの巨大蝉が出てくる丁度その時に集落を襲ってくるモンスターの群れ。幾ら何でも出来すぎだろ」

「それは……うん、まぁ」


 ダークエルフの男も、レイの言葉に異論はない。

 世界樹の脈動が起きたのとタイミングを合わせるようにして今回の事態が起きたのだから、それを偶然というのは無理がある。


「つまり、そういう訳だ」

「けど……そんなの一体どうやって!? 集まってきたモンスターの数は、数百……いや、数千にすら達しているかもしれないのに」

「その辺はまだ分からないけど……」


 そう言いながらも、レイの中では半ば予想が出来ていた。

 恐らく超音波を使ってのものだろうと。

 だが、何らかの確信がある訳でもないく、単純にレイの予想でしかない。


「まぁ、取りあえず話は分かった。それで、これから俺はどこに向かえばいいと思う?」

「どこにって……?」


 何を聞かれているのか分からないといった様子のダークエルフに、レイは小さく溜息を吐いてから再び口を開く。


「今最も危ないだろう場所はどこだって聞いてるんだよ。危ない場所には戦力が必要だろ?」

「え? あ、そうか。えっと……けど、俺が知ってるのは殆どないから……」

「何度も言わせるな。今の俺は何も情報がない状況だ。それなら多少古くても何かの指針があった方がいい」

「怪我をしてきた奴の話だと、南東の方角……向こうが人数が少なくて危ないって」


 そう告げたダークエルフの男が視線を向けた方角を見て、レイは頷く。


「分かった。あっちだな。じゃあ、そっちに向かう。言うまでもないけど、まだ集落の中にはモンスターがいる可能性がある。あまり一人で行動するなよ」

「あ、ああ」


 頷いたダークエルフの男をそのままに、レイはその場を去る。

 その後も光球を引き連れて移動し……途中で何匹かゴブリンやコボルトといったモンスターを行き掛けの駄賃とでも言いたげに、通り魔の如くデスサイズで仕留めていく。

 そうして障壁の結界に到着すると、集落の外では先程のダークエルフの男が言った通り、戦いが起こっていた。

 ただし、少し情報と違うところもある。

 聞いた話だと、ダークエルフが押されて危険だという話だったのだが、実際には戦っているダークエルフがそこまで被害を受けているようには見えない。

 勿論その場にいるダークエルフは必死に戦っているのだが、それでもほぼ互角といった風に見えていた。その理由は……


「俺がここに来る必要、なかったような……」

 

 障壁の結界越しにレイの視線に映ったのは、嬉々としてモンスターの群れの中で暴れているオプティスの姿。

 他のダークエルフ達はモンスターの群れから離れた場所におり、集落へと向かおうとしているモンスターに弓を使って矢を放ち、もしくは精霊魔法を使って遠距離から攻撃を仕掛けている。

 だが、オプティスはそんな者達とは違い、モンスターに近接戦闘を挑んでいるのだ。

 モンスターも、自分達のすぐ近くにダークエルフがいると知れば、他のモンスターよりもそちらを優先して狙う。

 そこにいるモンスターの殆どが数だけは多いゴブリンだったが、オプティスは次々に杖という名の鈍器を振るってはゴブリンの頭部を潰していく。


「ふぉふぉふぉ。ほれ、もう少し頑張れ。ほらほら、こちらじゃぞ。おっと惜しい。今のは惜しかったのう」


 からかうようにそう告げながら、オプティスは目の前にいるモンスターの命を摘み取っていく。

 オプティスの外見は老人だというのに、全く動きが鈍らずに戦いを続けている。

 近づいてくるモンスターは次の瞬間には頭部を砕かれ、もしくは心臓を破壊される。


(身軽だよな。いや、ダークエルフならこの程度の動きは誰でも出来るのかもしれないけど……ないな、うん)


 レイの脳裏を何人ものオプティスが戦っている姿が過ぎり、すぐに首を横に振ってその幻影を頭の中から消す。

 そんな無数のオプティスが、全員でレイに戦いを挑んでくるという地獄としか思えない光景を想像してしまった為だ。


「うん? お前、レイ? どうしたんだ?」


 障壁の結界の近くで矢を射っていたダークエルフの一人がレイに気が付き、そう尋ねてくる。


「ここが危ないって話を聞いたんでな。援軍に来たんだけど……」

「……ああ……」


 何かを悟ったようにダークエルフは視線を逸らす。

 そんなダークエルフを見ながら、取り合えずレイは自分を障壁の結界の外に出してくれるように頼むのだった。

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