第1064話

「はあああぁぁっ!」


 アーラの気合いの声と共に振るわれたパワー・アクスは、障壁の結界を繰り返し破壊しようとしていたコボルトの頭部を文字通りの意味で粉砕する。


「全く、なんでこうも余計な騒動ばかりっ!」


 返す刃で、錆びた長剣を手に襲い掛かってくるゴブリンの胴体を砕く。

 そのすぐ側では、連接剣のミラージュが鞭状になって数匹のコボルトの首を斬り裂いていた。


「そう言うな。この異変は、間違いなく先程の脈動に関係している筈だ。今はとにかく、ここに集まってきているモンスターの数を少しでも減らすことを考えろ」


 次々に放たれるミラージュの一撃により、障壁の結界周辺に集まってきているモンスターは瞬く間にその命を散らす。

 だが……それでも、どこから現れるのかと言いたくなるくらいにモンスターは姿を現し続ける。


(この分では、ヴィヘラやマリーナの方も苦労しているだろうな)


 長剣状に戻したミラージュを素早く振るい、コボルト数匹を瞬時に斬り刻みながら内心で呟くエレーナ。

 レイとセトを追っている途中で突然聞こえてきた悲鳴のような報告。

 障壁の結界で守られているこの集落へ何故か無数のモンスターが攻めて来ているという状況に、エレーナ達は即座に判断する。

 今はとにかく、集落に集まってきているモンスターをどうにかする方が先決だと。

 障壁の結界を囲むようにしてモンスターが集まってきている為、エレーナ達もそれぞれ別れての行動となった。

 エレーナとアーラ、ヴィヘラとビューネ、マリーナとアースといった具合に。

 本来であれば、もっと細かく……それこそ一人ずつに分けることも可能だっただろう。

 だが、もし何かあった時にお互いにフォロー出来る相手が必要だということで、二人三組という分かれ方になった。

 勿論集落の外で戦っているのはエレーナ達だけではない。集落のダークエルフ達も故郷を守る為に立ち上がり、それぞれ障壁の結界に攻撃をしているモンスターへと攻撃を行っている。

 ダークエルフが得意としている弓や精霊魔法といった攻撃は次々にモンスターの命を絶ち、レイピアの鋭い連続突きはゴブリンに何が起きたのかも悟らせないままに仕留めていく。

 個々の戦力としては圧倒的にダークエルフ達が有利なのは間違いなかったが、問題は集落の周辺に集まってきているモンスターの数だ。

 今までどこに隠れていたのかと言いたくなるような大量のモンスターがやってきている。

 幾ら個々の能力が高いダークエルフでも、一人は一人に過ぎない。

 次から次に集まってくるモンスターを相手にした場合、どうしても手数が足りなくなるのは当然だろう。

 それも、モンスターは一方向からやってくるのではなく、森のあらゆる方向からやってくるのだから。


「くっ、この! いい加減に、しなさい!」


 苛立ちと共に振るわれたパワー・アクスは、数匹のモンスターを纏めて吹き飛ばす。

 その姿を見ながら、アーラは自慢の剛力を利用して吹き飛ばしたモンスターの更に向こう側から姿を現した敵の姿に、世界樹に向かったレイとセトを思う。


(出来るだけ早く何とかして下さい。……こちらは、そう持ちません)






 エレーナとアーラが群がるモンスターと戦っている頃、当然他の場所でも戦いは起きていた。

 その中の一つ、集落の東側にある障壁の結界の前では、ヴィヘラが踊るように敵の中をすり抜け、同時に手甲から伸びている魔力の爪により次々と斬り裂いていく。

 ヴィヘラが通り過ぎた後には、ゴブリンやコボルト、またはヴィヘラも初めて見るようなモンスターの手足や首といったものが地面へと落ちる。

 普段であればモンスターも悲鳴を上げているだろう。だが……今のモンスター達は、悲鳴どころか雄叫びすらあげないまま、ひたすら無言でヴィヘラや障壁の結界へと攻撃を行っていた。


「弱いだけならまだしも、自分の意思すらないんじゃ……戦う価値はないわね」


 モンスターの間を通り抜けたヴィヘラが、爪を振ってそこについていた血と肉片を飛ばす。

 魔力で出来ている以上、その爪を消せば血を気にすることはないのだが、そこは気分の問題なのだろう。

 自分達の間を通り抜けていったヴィヘラに、モンスター達が振り向こうとし……だが、次の瞬間にはどこからともなく飛んできた長針に身体を貫かれる。


「ん」


 同時に聞こえてきた満足そうな声。

 普段であれば、身体に長針が突き刺さったモンスターは痛みに悲鳴を上げる筈だ。しかし……


「ん!」


 身体に何本もの長針が刺さっているにも関わらず、モンスター達は全く気にした様子もなく……それこそ針を投げたビューネにも気が付かず、視線の先にいるヴィヘラへと向かって突き進む。

 自分の攻撃が完全に無視されたのが面白くなかったビューネが、無表情な顔に一瞬だけ怒りを浮かべて腰の鞘から短剣を引き抜き、次の瞬間には地面を蹴ってモンスターとの距離を縮めて行く。


「ちょっ、ビューネ!?」


 いきなり戦いの場へと突っ込んだビューネに、ヴィヘラは驚いて声を出す。

 身体が小さいビューネは、どうしても膂力には劣る。

 その分速度や細かな動きについては普通よりも勝っているが、現状で必要なのは痛みを無視して攻撃を続けるモンスターを一撃で倒すだけの攻撃力だった。


「ん!」


 だが、そんなヴィヘラの言葉を無視してモンスターの群れの中へと突っ込んだビューネは先程のヴィヘラの動きを真似したかのようにモンスター達の間をすり抜けていく。

 すり抜けながら短剣を振るい、モンスターの手足へと……より正確には関節部分や筋へと攻撃を仕掛けては、綺麗に切断していった。

 自分に襲い掛かってきたゴブリンに浸魔掌を使って頭部や心臓といった場所を破壊しながら、ヴィヘラは感心の声を上げる。


(なるほどね。一撃で殺すことは出来なくても、動けなくしてしまえば無力化するというのは変わりないか)


 一撃で心臓を破壊されて地面へと崩れ落ちるオークを見ながら、ヴィヘラの視線は地面で蠢いているゴブリンやコボルトといったモンスター達へと向けられる。

 足の腱を切断されて地面に倒れ込み、動けずにいるモンスター達。

 そんなモンスター達をオークのような重量のあるモンスターが構わずに踏み潰しながら歩いて移動する為、ビューネが何もしなくても踏み潰されたモンスター達は次々に息絶えていく。

 それを満足そうに見ていたビューネだったが、先程までビューネがモンスター達に攻撃されなかったのはビューネが邪魔な存在と見なされていなかった為であり、モンスター達にとって危険な存在と見なされれば当然のように攻撃対象となる。

 地面に倒れたモンスターを踏み潰しながら迫ってくるオークが、手に持つ棍棒を振り上げる。

 このままでは棍棒が振り下ろされると判断したビューネは、地を蹴ってオークとの間合いを広げるのではなく、間合いを詰める。

 そのまま身を低くしながらオークとの距離を縮め、短剣を一閃。

 オークの左足の腱を切断し……それでいながら、ビューネの顔が微かに歪む。

 立っていられず地面に片膝を突いたオークに追撃を放つことなく距離を取る。

 ゴブリンやコボルトの攻撃を回避しながら跳躍し、障壁の結界から少し離れた場所にある木の枝の上へ着地した。

 そんなビューネを追おうとしたモンスターの背に、少し離れた場所で待機していたダークエルフ達の放った矢が次々に突き刺さる。

 背後から心臓を矢に貫かれたモンスター達は、そのまま息絶え地面に崩れ落ちた。

 枝の上で一連の動きの様子を見ながら、ビューネは微かに眉を顰めながら右腕の手首へと視線を向ける。

 動かすと痛みを感じる手首へと。

 オークの足の腱を切断は出来たが、その腱を守っている筋肉は分厚く、強靱だった。

 食べるのであれば噛み応えがあるのかもしれないが、こうして戦うとなると非常に厄介な存在となる。


「……ん」


 こんな事態を迎えているというのに、それでもビューネの脳裏をオークの足の腱をたっぷりのお湯で湯がいてから口の中で蕩ける程に柔らかくなるまでスープで煮込んだ、オークの腱の煮込みの味が過ぎる。

 厄介な敵を見る目ではなく、美味い食材を見る目で地面に倒れているオークを見据えると、次の瞬間には木の枝を軽く蹴って跳躍し……そのまま落下の勢いと自分の体重を掛けてオークの頭部へと落下していく。

 短剣を通じて返ってくるのは、オークの頭部の皮膚を貫き、肉を刺し、骨を砕き、脳みそを掻き混ぜる感触。

 その一撃を食らい……オークの命の炎は消えさり、地面へと倒れ込む。


「ん!」


 オークの死体を眺めながら、ビューネは己の勝利を……それ以上に上質の食材を手に入れたことを喜ぶのだった。






「ポロ、電撃を!」

「ポルルル!」


 アースの指示に、ポロは電撃を発する。

 空中を走る紫電がオーガに命中し、棍棒を振り下ろそうとしていたオーガの動きが止まる。

 だが……今の一撃でオーガを仕留められるとは、アースも思っていない。

 オーガの動きが止まっている今のうちに、と矢筒から矢を引き抜き、弓へと番え……次の瞬間には射る。

 弦を引き絞ってから矢を放つまでの時間は殆ど存在せず、射られた矢がどうなったのかを確認もせずに次の矢を番え、射る。

 アースの手から放たれる矢は、弓を得意とするダークエルフ達の速射にも決して負けてはいない。

 殆ど狙いもせずに射っているように見えながらも、一矢目はオーガの右目に、二矢目はオーガの左目にそれぞれ突き刺さる。

 普段であれば、オーガは悲鳴か怒りかの咆吼を上げるだろう。

 だが、今のオーガは他のモンスター同様に己の意思が存在していないかのように、両目を矢で貫かれても全く関係なく手に持っていた棍棒を振るう。

 棍棒とは言っても、それは生えている木を強引に引き抜いて武器としているに過ぎない。

 身長が四m近くある、怪力のオーガだからこそ出来る芸当。

 それでも目が見えない以上、どうしても攻撃は大雑把にならざるを得ない。

 アースもそれは理解しているので、すぐに後方へと跳躍してオーガとの距離を取る。

 これは、オーガの攻撃を回避する為……ではない。

 勿論それも理由の一つではあるが、オーガとの距離を取るにはもっと大きな理由があった。

 轟っ! という音と共にオーガが吹き飛ばされる。

 それはまるで高速で投げつけられた鉄の塊に正面からぶつかったかのように吹き飛び、そのままオーガは身体中を傷だらけにしながら何度も地面に叩きつけられながら十m近く吹き飛ばされ、最終的には数本の木を折ってようやく動きが止まる。 

 ごくり、と。その音を聞いて、アースはようやく自分が無意識に唾を飲み込んだのだと悟る。

 そっと視線を風の塊が飛んできた方へと向けると、そこには胸元が大きく露出したパーティドレスを身に纏ったマリーナの姿があった。

 涼しげな表情で自分に力を貸してくれた風の精霊へと感謝の言葉を告げているその様子は、とてもではないがたった今オーガを瞬殺した者と同一人物には思えない。


「ポルルル!」

「痛っ!」


 左肩に飛び乗ったポロが、マリーナに目を奪われているアースにしっかりしろと軽く電撃を流す。

 その痛みで我に返ったアースは、オークが自分の方へと距離を縮めているのに気が付く。

 一切声を発さずに近づいてくるので、相手の存在に気が付きにくいというのはアースにとって非常に不利な状況だった。

 気配を察知出来るような能力があれば話は別だが、生憎とアースはまだそこまでの能力を持っていない。

 自分の目も、相手の動きを見切るのであればまだしも周囲の全てを認識出来るという訳ではなかった。


「ちぃっ! 襲ってくるなら、せめて雄叫びくらい出せよな!」


 矢筒へと手を伸ばし、弓を構えて矢を射る。

 再び放たれた速射は、オークの身体に何本もの矢を突き刺すことに成功し……オークはそのまま地面へと倒れる。

 オーガのような体力や防御力を持っている訳ではないオークであれば、矢を頭部や心臓に命中させればすぐに死んでくれる。


(自分の意思がないのはともかく、きちんと急所に当てれば死んでくれるってのは助かる)


 オークの後ろから近づいてきていたコボルトやゴブリンへと矢を射ながら、アースは何気なくマリーナへと視線を向ける。

 先程の精霊魔法は強かったが、もしかして魔力切れなのではないか、と。

 だが、アースが視線を向けた先にいたのは、アース以上の速度で矢を射るマリーナの姿。

 弓の扱いには多少自信のあったアースだったが、それもマリーナの姿を見れば自信を持ち続けるというのは不可能だった。






「敵を近づけないようにして下さい! タイミングを合わせて……今です!」


 ラグドが叫ぶと共に、ダークエルフ達は一斉に矢を射る。

 それも、放つのは一本だけではない。

 続けて何本も速射で放つ矢は、障壁の結界へと近づこうとしているモンスターを次々に矢で射貫き、命を奪っていく、


「その調子です! この集落に危害を加えようとする者に、ダークエルフの力を見せつけましょう!」


 ラグドの叫びに多くのダークエルフ達が雄叫びの声を上げ、その指揮の下、次々に近づいてくるモンスターを仕留めていく。

 マリーナやレイとの論戦で大きく影響力を落としたラグドだったが、今回の件でその影響力を回復させることになるのは間違いなかった。

 こうして、ダークエルフの集落ではいたる場所でモンスターとの戦いが繰り広げられており、少なくても現状はダークエルフ達の優勢に戦況は運ぶ。

 ……そう。体力に余裕のある今は、であるが。

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