第1046話

 レイとセトは、森の中を歩く。

 周囲には他に誰もおらず、一人と一匹だけだ。

 最初は周囲を警戒しながら歩いていたのだが、今となってはそこまで警戒してはいない。

 何故なら、森の中に入ってマリーナの選んだチーム分けに従ってそれぞれが動き出したのはいいのだが、レイとセトの方には全くモンスターが襲ってくる気配がなかったからだ。


(多分、他のチームも俺達と同じようにモンスターに襲撃はされてないんだろうな)


 周囲を見回しながら、レイはそんなことを考える。

 耳を澄ましても、聞こえてくるのは鳥の鳴き声や風が木々を揺らす音といったものだけだ。

 とてもではないが、森の中にモンスターがいるとは思えなかった。


「もしかして、世界樹が回復したからもうこの中にモンスターはいないんじゃないだろうな?」


 レイの魔力を注がれたことにより、世界樹は大きく回復した。

 そうであれば、当然周囲に張っている結界についても強力になっている筈であり、迷いの結界の中へとやって来ることは出来なくなったのではないか。


「いや、もし迷いの結界が強化されたとしても、もう結界の内部にいる相手には効果がないのか」


 そもそも、障壁の結界と迷いの結界の間にある空間にいても迷いの結界の影響があるのであれば、レイ達も迷っていなければいけないことになる。

 つまり世界樹が回復しても、現在結界の間にいるモンスターや人の類はどうしようもないということになる。


(世界樹が力を取り戻した分、障壁の結界も強くなっているだろうから以前よりは安全なんだろうけど)


 周囲を見回しながら呟くレイに、セトはどうしたの? と円らな瞳を向けてくる。


「いや、何でもない。ただ……セトの為にエアロウィングを探すにしても、このままだと見つからないと思ってな」

「グルルゥ……」


 レイの言葉に、セトは残念そうに喉を鳴らす。

 周囲を見回してみるが、そもそも地上にいる状態ではここが森の中である以上、どうしたって生えている木々によって視界は遮られる。


「ほら、落ち着けって。いざとなったら空を飛んで探せばいいだろ。上の方にも結界はあるって話だったけど、木のすぐ上とかなら大丈夫だろうし」

「グルゥ?」


 本当? と視線を向けてくるセトに、レイは頷いてそれよりも……と話を変える。


「折角俺達だけで行動することになったんだから、新しいスキルを試しておくか」

「グルルルルルゥ!」


 レイの言葉に、セトは嬉しそうに鳴き声を上げる。

 スキルの習得で、同じスキルのレベルが続けて上がったのだ。

 だとすれば、そのスキルを試してみたいと思うのも当然だろう。

 それはセトだけではない。デスサイズで飛斬のレベルアップをしたレイもまた同様だった。

 何か試す相手は……と考えつつ周囲を見回していると、不意に近くの茂みが激しく動く。

 それは、レイとセトの両方が同時に感じ取り……もしかしてモンスターか!? という緊張と共に、激しく揺れている茂みへと視線を向ける。

 レイの手にはデスサイズが握られており、セトもいつでも攻撃が可能な態勢を取っていた。

 じっと茂みから何かが出てくるのを待ち……


「ポルルル!」


 そんな声と共に茂みの中から出て来たのは、九尾を持つカーバンクル。

 どこか既視感のあるその光景に、レイは溜息を吐く。


「何だってお前が一匹で動き回ってるんだ? アースやマリーナと一緒だった筈だろ?」

「ポロロ? ポルゥ!」

「……前にもこんな光景があったよな」


 セトの周りを走り回っているポロの姿を見ながら、先程の既視感の正体に気が付く。

 そう、茂みからポロが出てくるというのは、初めてレイがポロやアースと出会った時と同じ光景だったのだ。


「ポルル、ポロロロ!」


 何故か嬉しそうなその様子に、セトも釣られるように喉を鳴らす。


「グルルルゥ、グルル」


 仲良く喉を鳴らしている二匹を横目に、レイはスキルを試すことを諦める。

 ポロに見られても問題がないような気はするのだが、同時にもしかしたらアースに自分のスキルの詳細な情報が渡ってしまうかもしれないという思いもある。

 また、唐突にスキルを試し打ちしようものなら、何でそんなことをしているのかと疑問に思う可能性もあった。


(ポロがその辺に気が付くかどうかは分からないけど、念には念を入れておいた方がいいだろうし)


 セトの背に飛び乗って、勝利の雄叫びをポルルルルと叫んでいるポロを見ながら、レイは小さく溜息を吐く。

 別にアースを疑っているわけではない。

 接した時間は少しだけだが、それでも決して悪い奴ではないというのは理解していた。

 食事の時に過去の英雄の話をこれでもかとされたのは多少面倒臭いものがあったのだが、個人の趣味と言えばそれまでだ。 

 だが……それでもアースとはまだ会ったばかりであり、エレーナやヴィヘラ、マリーナのように完全に信用するのは難しい。

 もっとも、マリーナとも付き合いはそれなりに長いが、それでもエレーナやヴィヘラ程に信頼している訳ではないのだが。

 これは純粋に付き合ってきた時間の問題だった。

 事実、この森までの旅路や集落に到着してのやり取りでレイがマリーナに好意を抱いているのは間違いのない事実なのだから。

 ……それが男女間の好意か、それとも信頼出来る相手に対しての好意なのかは置いておくとして。


「ポロ、ポルルルルルー!」


 セトの背の上を歩き回り、次の瞬間にはセトの頭の上へと行ったり、首を滑り台のようにして滑っていったりと、ポロはセトの身体を遊び道具か何かのように走り回っていた。


(随分とはしゃいでるけど、もしかしてさっきの競争でイエロに負けたのが悔しかったのか?)


 レイとセトが魔石の吸収を終えてエレーナ達の借りている家へと向かっていた時、突然始まったセトの背中を目指しての競争。

 速度という面ではポロが勝っていたのだが、地を走るポロと空を飛ぶイエロの差は思ったよりも大きく、最終的にはイエロが先にセトの背の上に到着して勝利を得た。

 それが悔しかったのか、今のポロは思う存分不満を晴らすかのようにはしゃいでおり、自分の身体の上を走り回るポロにセトも少し困ったように喉を鳴らす。


「グルルゥ……」


 レイに助けてと視線を送るセトだったが、レイはそんなセトの困った様子を面白そうに眺めているだけだ。

 もっとも、セトも本当に嫌なのであれば、ポロを振り払うなりなんなりするだろう。

 それをしないのは、何だかんだとセトもポロのことを気に入っているからか。


「ま、セトに出来たモンスターの友達なんだ。もう少し待ってやれ」

「グルゥ」


 仕方がないな、とセトは喉を鳴らす。

 事実、セトにとってモンスターの友達というのは驚く程に少ない。

 明確な友達だと言えるのは、現在のところイエロくらいだろう。

 元々テイマーというのは絶対数が少なく、モンスターが人と一緒にいるということ自体が少ないというのもある。

 ……レイとセトの関係が実際はテイムではなく魔獣術による繋がりで、エレーナとイエロの関係も使い魔という形であるのを考えれば、正式にテイムされたモンスターの友人というのは、ポロが最初と言える。


(以前港街に行った時にテイマーと会ったけど、結局それっきりだったしな)


 ふとアイスバードをテイムしていたテイマーの姿が脳裏を過ぎるが、その姿はすぐに消えていく。

 そしてセトの方へと視線を向けると、いつの間にかセトは困った様子もなく、寧ろ自分から進んでポロと一緒に遊び始めていた。


「あー……いや、どのみちスキルの確認は出来ないんだから、仕方ないか」


 二匹を見ながら呟いたレイは、仕方がないかと溜息を吐く。


「セト、取りあえず今やるべきなのは森の異変を見つけて、出来ればそれを解決することだ。ポロと遊んでいるのもいいけど、そっちの方もしっかりと見てくれよ」

「グルゥ? グルルルゥ!」


 大丈夫! と喉を鳴らすセトは、そのままレイを導くように先へと進んでいく。

 当然そんなセトの背の上にはポロが乗っているのだが、ある程度セトと一緒に遊んで満足したのか、今はセトの背の上でしきりに周囲の様子を警戒していた。


「何だかんだで、一人と二匹になったな。……それよりポロ、お前はアースを放って置いていいのか? 従魔なんだから、アースのこともしっかりと見ておいた方がいいと思うぞ」

「ポロ? ポルルルゥ!」


 レイの言葉に首を傾げたポロだったが、やがて小さく鳴き声を上げる。

 それがレイの言っていることをしっかりと理解しての鳴き声なのか、それとも何を言っているのか分からないという意思表示なのか……それはレイにも分からない。

 だがそれでも、取りあえずポロが鳴いたということは何となく理解したのだろうと判断し、そのままセトの後を追いながら周囲に何か異常がないかどうかを確認していく。


「本当にモンスターの姿がどこにもないな」


 周囲を見回しながら呟くレイの言葉を聞いたセトが、ふと気が付いたように周囲を見回す。

 元々今回の目的の一つにはエアロウィングを倒すというものがあった。

 だが、ポロと遊んでいたことですっかりとそれを忘れてしまっていたのだが。


「グルゥ! グルルゥ、グルルルルゥ!」


 少し慌てた様子で周囲を見回すセトだったが、残念ながらエアロウィングの姿はどこにもない。


「グルゥー……」


 悲しそうに鳴き声を上げるセトの様子に、レイは頭を撫でようとして……セトの頭の上にポロが乗っているのに気が付く。


「ポロ? ポルルル」


 鳴き声を上げるポロをそのままに、レイはセトの首へと手を伸ばして撫でてやる。


「なぁ、セト。エアロウィングは空を飛んでるんだし、こっちも空を飛んで探してみないか?」

「グルゥ?」


 いいの? と視線を向けてくるセトに、レイは当然と頷きを返す。

 実際、空を飛んでいるモンスターを探すのだから、自分達が地上を歩いていては見つけるものも見つけられないだろうと思っていたからだ。


「グルルルルゥ!」


 セトは嬉しそうに鳴き声を上げると、背中をレイの方へと向ける。

 何を要求しているのかというのはすぐに分かったレイは、そのままセトの背へと跨がる。

 するとセトは数歩の助走をした後で翼を羽ばたかせて空へと向かって駆け上がって行く。

 もっとも、セトもマリーナの忠告は理解しているので、上へと上がりすぎはしない。

 周辺に生えている木々の少し上程度の場所を飛んでいた。

 そして翼が四枚ある、特徴的なエアロウィングの姿を探すが、生憎と周囲を一瞥した程度では見つけることが出来なかった。


「……いないな。やっぱり世界樹の治療がされたのが影響しているのか?」

「ポロロロロ! ポルルルル!」


 呟くレイの近くでは、ポロが興奮して大きな鳴き声を上げ続けていた。

 地を走るポロにとって、空を飛ぶというのはやはり特別なことなのだろう。

 特に先程は空を飛ぶイエロに負けたというのも、今こうして興奮しているのに関係しているのは間違いない。


「あー、ほら。いいから落ち着け。この高さから落ちたら……いや、カーバンクルの希少種だって話だし、この高さくらいなら落ちても問題ないのか?」


 ランクBモンスターの希少種……つまりランクAモンスター相当の力を持っているということになるのだから、十mや二十m程度の高さから落ちた程度でどうにかなるとは思えなかった。

 それでも心配そうな表情で落ちないように動きを押さえるのは、例え高ランクモンスターであっても見た目は小さいからか。

 そっと押さえている部分の撫で心地に満足していると、不意に下の方に動いているものを見つける。

 一瞬エアロウィングか!? と思ったレイだったが、そもそもエアロウィングは空を飛ぶモンスターで、地上にはいない。

 勿論地上に降りないということではないので、可能性として全くの皆無という訳でもないのだろう。

 だがそれでも、レイの目から見て地上で動いているモンスターがエアロウィングではないというのは半ば既定事項ですらあった。

 事実、よく目を懲らすと、そこにいるのはモンスターではなく人間だったのだから。

 しかも、レイにとっても見覚えのある人物だ。


「セト」

「グルゥ」


 その短い呼び掛けでレイが何を言いたいのかを理解したセトは、真っ直ぐに地上へと降りていく。


「おわぁっ! ……ポロ! お前、いきなりどこに行ったんだよ。探したんだぞ! マリーナさんに後で謝っておけよ。お前がいなくなったのを見て、俺に探しに行けって言ってくれたんだから」


 降りてきたセトに驚きながらも、ポロを叱りつけたのはアースだった。

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