第1045話

 レイ――正確にはデスサイズだが――とセトが魔石の吸収を終え、エレーナ達が借りている家へと向かって歩いていた。

 そんな中でも、やはりセトは少し残念そうな表情を消してはおらず、レイの目から見ても元気がないように思える。


(そんなにエアロウィングの魔石を吸収したかったのか? ……まぁ、理解は出来るけど)


 デスサイズの飛斬と同様、セトのスキルにも幾つか風属性のものがある。

 ウィンドアローとトルネードがそれだ。

 ウィンドアローは威力は弱いが攻撃速度に優れ、同時に風で出来た矢ということもあり、敵に視認されにくい。

 幾つものスキルを持っているセトだったが、ウィンドアローは比較的多く使う遠距離攻撃用のスキルだといえるだろう。

 そして何よりトルネードだ。

 レイが深紅という異名を持つようになった、火災旋風。

 周囲を一掃するかのような力を持つその攻撃方法は、起点としてレイの炎の魔法と、セトのトルネードというスキルがある。

 それをレイのスキルや魔力を多く込めることにより成長させ、融合させ、最終的には炎で出来た竜巻……火災旋風となるのだ。

 つまりトルネードを強化すれば、火災旋風の強化にも繋がる。

 だからこそセトはエアロウィングの魔石を欲したのだが、レイもまた自分の飛斬のレベルを上げることが出来るというのは魅力的であり、最終的にはセトもそんなレイに押し負けてエアロウイングの魔石を譲ってしまった。


「グルゥ……」


 レイの……デスサイズの飛斬が強力になるのは、勿論セトも否はない。

 いや、寧ろそれを喜んですらいる。

 大好きなレイが強くなるというのはセトにとっても当然嬉しいし、それに文句はない。 

 それでも出来れば、自分もエアロウィングの魔石を吸収したかったというのはどうしてもセトの中にあった。

 そんなセトの頭に、隣を歩いていたレイがそっと手を伸ばす。


「ほら、エアロウィングが森の中にまだいるんだし、午後からの森の探索に期待しようぜ。な?」

「グルルルゥ」


 レイの言葉で少しは気を持ち直したのか、セトは数秒前よりは元気に喉を鳴らす。

 そんなセトに、レイはミスティリングからサンドイッチを一つ取り出し、渡す。

 昼食が終わってからまだ殆ど経っていないのだが、それでもセトにとってサンドイッチの一つや二つは食べるのに支障はない。

 レイが渡したサンドイッチを嬉しそうに食べ終え……それでもう殆ど元気になったのか、セトはレイの隣を歩き始める。


(サンドイッチをやった俺が言うのも何だけど、簡単に機嫌を直しすぎてないか?)


 セトが食べ物に弱いというのは理解していたレイだったが、それでもこうしてサンドイッチで機嫌が直ったのを見ると少しだけ不安になる。

 もしかしたら、いつか食べ物に釣られて大変なことになるのではないかと。

 ……だが、セトも誰からでも食べ物を貰っている訳ではない。

 自分に友好的な存在を五感や第六感、魔力を感知出来る能力を使って判断しているのだ。

 敵意を持って……もしくは自分やレイを利用しようとして近づいてくる相手に対しては決して甘えたり懐いたり、ましてや食べ物を貰ったりすることはない。


「グルゥ、グルルゥ……グルルゥ?」


 機嫌良さげに喉を鳴らしていたセトだったが、もうすぐエレーナ達の借りている家だという所までやって来ると、不意に視線を前へと向ける。

 その視線に映ったのは、真っ直ぐに自分の方へと向かって近づいてくる小さな二つの姿。

 片方はポロで、九尾を風にたなびかせて地面を走っている。

 そしてもう片方はイエロで、羽根を大きく羽ばたかせながら空を飛んでいた。

 その二匹共が、セトへと向かって全速力で近づいてきているのだ。

 地を走る者と空を飛ぶ者。

 普通であれば速いのは空を飛ぶ方なのだろうが、今回に限ってはどちからかと言えば地を走るポロの方が速度で勝っていた。

 だが……それでも最終的にゴールに、セトの背の上へと先に到着したのはイエロの方だ。

 地上を走っているポロがセトの背中に到着するには、セトの足から上るか、それともレイを壁に見立てて三角跳びの要領で跳ぶかといった手段があった。

 しかしレイの位置はポロが三角跳びをするのに相応しい位置ではなく、その結果ポロはセトの身体を上って行くという選択肢を選ぶことになる。

 それに比べると空を飛んでいるイエロは、真っ直ぐにセトの背中へと着地をすればいいだけだ。

 着地前には速度を落とす必要があるが、イエロの場合は翼を広げて空気抵抗を得れば容易に速度を落とすことが出来る。

 その結果、速度ではポロの方が勝っていたにも関わらず、最終的に勝利を得たのはイエロとなった。


「キュウウ! キュウ、キュウ!」

「ポルルル……」


 嬉しそうに喉を鳴らすイエロとは裏腹に、ポロが悄然とした様子を見せる。

 速度には自信のあったポロだけに、まさか自分が負けるとは思ってもいなかったのだろう。

 そこにあったのは、明確なまでの勝者と敗者の図。


「グルルルルゥ」


 そんな二匹へと、セトが喉を鳴らす。

 別に自分の背をゴールに競争したことを責めているのではなく、もっと仲良くするようにと言い含めているかのような鳴き声。

 事実、その鳴き声を聞いたイエロとポロは、お互いにそれ以上は争わずにセトの背の上で二匹仲良く寝転がった。


(年上風を吹かせてるな)


 実際にはセトはイエロよりは年上だが、ポロよりは年下なのだが……レイもセトも、それを知ることはない。

 ポロの大きさがリスより少し大きい程度であるというのもその辺の勘違いに拍車を掛けているのだろう。


「ポロ、突然走り出したから、どこに行ったのかと思ったら……」

「どうやらセトの存在を嗅ぎつけてイエロと一緒に移動したらしいな」


 そう声を掛けながら敷地から姿を現したのは、それぞれ完全武装と表現してもいいくらいに装備を調えたエレーナとアースだ。

 その後ろからは、同じく装備を調えたマリーナ、ヴィヘラ、アーラ、ビューネといった者達の姿も見える。


「準備万端だな」


 総勢六人の様子を見ながら、レイは呟く。


「あら、それはレイも一緒でしょ? ……まぁ、レイの場合は元々装備を調える必要がないんだけどね」


 マリーナが、少し羨ましそうにレイへと告げる。

 そして、他の者達も同じような視線をレイへと向けていた。


「そう言われてもな。俺の武器は普通に持ち歩くと場所を取って邪魔にしかならないし」


 レイの持つデスサイズは、柄の長さが二m程もあり、刃の大きさも一mを超えている。

 そんな巨大な武器を手に持って歩いていれば、非常に目立つ。

 そして何より、幾らレイが持ったデスサイズは軽いとしても、その大きさから邪魔になるのは当然だった。

 また、レイが得意としている攻撃方法に槍の投擲もあるが、まさか投擲用の槍をわざわざ持ち歩く訳にもいかないだろう。

 もしそんな真似をすれば、レイは槍を数本から十数本持ち、手にはデスサイズという、とてもではないが人のいる場所を歩くのに相応しいとは言えない格好となる。


「ふふっ、それはそれで面白そうだけどね。出来ればそういうレイも見てみたいわ。……戦う時は槍とか邪魔にしかならないでしょうけど」


 ヴィヘラ自身が身軽な……薄衣を防具としているというのだから、重い装備には忌避感があるのだろう。

 また、こちらも同じく身軽さを重視してレザーアーマーではなく革の胸当て程度しか身につけていないアースもヴィヘラに同感だった。

 そんなやり取りをしていると、やがてマリーナが口を開く。


「さぁ、そろそろ森に行きましょう。森に起きている異変を調べるという意味でも、森の周囲を……迷いの結界の内部ではあっても、きちんと調べておきたいわ」

「準備をしておいて今更だが、世界樹の治療は終わったのだろう? なら、その異変をわざわざ私達が調べて、解決する必要があるのか? 時間が経つにつれてその異変も自然と解決するのでは?」


 ミラージュの収まった鞘へと指を滑らせながら尋ねるエレーナに、マリーナは首を横に振る。


「確かに世界樹が回復した以上、時間が経てば自然と回復するかもしれない。けど、回復しないかもしれないわ。その辺がはっきりしない以上、出来れば今のうちにこの異変を片付けておきたいのよ」


 その言葉に否という者は誰もいなかった。

 この中で唯一レイ達と知り合ったばかりのアースも、元々森の異変を調査しに来たのだから、その異変を解決出来るのであればそれが最善だという思いがある。

 そんな一同を見回し、誰も文句はないというのを確認したマリーナが小さく頷き、口を開く。


「じゃあ、組み分けを決めましょうか」

「……組み分け?」


 何故そんな言葉が出てくるのかと、レイが呟く。

 そんなレイに対し、マリーナは当然のように頷くと言葉を続ける。


「いい? ここにいるのは殆どが戦力として十分以上の力を持っている人達よ」


 マリーナの口から出た言葉に、その場にいた殆どの者達が頷きを返す。

 自分の実力に自信のあるレイやエレーナ、ヴィヘラといった面々。

 アーラも純粋に戦闘力という意味ではある程度の自信はあった。

 また、アースもランクC冒険者として、ポロと共にそれなりに自分の実力には自信を持っている。

 ……盗賊のビューネのみがあまり自分の戦闘力に自信をもっておらず、沈黙を保ったままだったが。

 そんな一同を見回し、マリーナの言葉は続く。


「それだけの強さを持っている人がいるんだから、皆で纏まって行動するというのは非効率的よ。かといって、個人で動くというのは何かあった時に他と連絡が取りにくい。である以上、二人から三人に分けて行動する方がいいわ」

「……それは俺もか?」


 そう口に出したのは、レイ。

 レイ個人としても戦闘力には自信を持っており、そしてレイにはセトという存在もいる。

 この一人と一匹だけで十分過ぎる戦力になるのは確実だった。

 それはマリーナにも理解出来たのだろう。レイとセトの方を見ながら、少し考える。

 戦力的に問題がないというのは理解している。だが、レイが身動きを取れなくなったいざという時、セトがそれを知らせに来ても、意思疎通出来る存在がいないというのは痛い。


(あら、でもレイがどうこうなるかしら?)


 それは、レイの実力を知っているが故の思いつき。

 レイが誰にでも、何にでも勝てると思っている訳ではない。

 だがそれでも、レイの強さを考えればこの森で多少強いモンスターが姿を現してもどうにかされるとは思わなかった。


(それに……)


 自分に向けられている視線に気が付き、その視線の主を見る。

 話していたのが自分なのだから、自分に視線が向けられているのは事実なのだが、その視線……二つの視線は他の者達よりも強い視線だった。

 つまり、エレーナとヴィヘラの二人。


(私がこの機会を利用してレイと一緒に行動すると思われているんでしょうね)


 ギルドマスターとして、この集落の長老の孫として、そしてマリーナとして。

 自分がどんな選択をするのかを考え……最後にレイの方へと向けて口を開く。


「そうね。レイとセトなら何か問題があったとしても潜り抜けるのは難しい話ではないでしょう。ただ、空を飛ぶ際にはあまり上に行かないように気をつけて。中にいる分にはいいけど、上に行きすぎるとそっちに展開している迷いの結界に触れてしまう可能性があるから」


 まぁ、レイなら迷いの結界を破ったり普通にしそうだけど、と冗談っぽく告げるマリーナの言葉に、それを聞いていた皆が小さく笑みを浮かべる。

 その言葉が真実だと、そう理解したからだ。

 だが同時に、レイがそんな真似をする筈がないというのも理解はしている。

 世界樹の治療の為に来たのに、それをどうにかする筈がない、と。


「そんな訳で、レイはセトと一緒ね。他に残ってるのは……」


 マリーナの視線が残っているメンバーへと向けられる。

 残りはエレーナ、ヴィヘラ、アーラ、ビューネ、アース、そして自分。


(ポロを入れると六人と一匹……だとすれば、分けるのは三人二組? 二人三組?)


 一瞬迷ったマリーナだったが、最終的には少しでも多くの方向を調べる方がいいだろうと判断し、二人三組を選択する。


「エレーナとアーラ、ヴィヘラとビューネ、私とアース。……少し無難だけど、この組み合わせでどうかしら?」


 その組み合わせはまさにマリーナが口にしたように、無難と呼ぶのに相応しい、組み合わせだった。

 だが同時に、エレーナやヴィヘラのサポートに慣れているアーラやビューネといった組み合わせは実力を万全に発揮するには相応しい組み合わせだとも言えた。


(後は、私がアースと上手い具合に合わせることが出来れば……)


 こうして無事にチーム分けは決定するのだった。

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