第1043話
「これがダークエルフの集落か……って、何だよあのでっかい木は! 外からじゃ全く見えなかったじゃないか!」
ダークエルフの集落へと入ったアースが、我慢出来ないと言いたげに叫ぶ。
その姿を眺めていたレイは、それが普通の反応だよなと考える。
だが同時に、セトを見ても驚かなかったのに……という思いもあった。
外からは全く見えない世界樹だったが、こうして集落の中に入れば、その目を誤魔化すことは出来ない。
高さ二百mにも達するその大きさは、どうやっても人目を引くのだから。
「ポロ、ポルルルル!」
アースの左肩に乗っているポロも、そんな世界樹の様子を見て興奮しているのか犬か何かのように尻尾を振っている。
九本もある柔らかそうな尻尾が振り回され、何度もアースの顔へと当たるが……その尻尾をぶつけられているアースはもう慣れているのか、特に気にした様子も見せず、叫び終わった後はただひたすら世界樹へ目を奪われていた。
「驚いたか?」
「……いや、そりゃあ驚くだろ。俺も色々な場所に行ったけど、あんな巨大な木は初めて見たし」
唖然としながらも、アースはレイへと向かってそう答える。
「しかも、何かこう……妙な迫力がないか? 以前どこかのダンジョンで見た神像からあんな印象を受けたような……いや、ここまで強烈じゃなかったけど」
その言葉に、今度はレイが驚く。
ダンジョンにあった神像という言葉にだ。
勿論ダンジョンというのはそれぞれに大きく違う特色を持つ。
それこそエレーナが継承の儀式を行った祭壇があったりもするのだから、神像の類があってもおかしな話ではない。
それを理解してはいるのだが、それでもやはりレイはアースの言葉に驚きを隠せない。
「ダンジョンに潜ったのか?」
「うん? ああ、結構前にだけどな。知り合いのニコラスって奴が率いるパーティと一緒に潜ったんだよ」
「攻略したのか?」
「まさか。俺達だと最下層まで行くのも無理だったよ。地下三階まで降りて、そこで目的の素材を手に入れたらさっさと戻ってきた。他の場所にある浅いダンジョンは知り合いと攻略したことはあるけど」
「ポロロロロ!」
何故かアースの言葉にポロが自慢そうに鳴き声を上げる。
そんなポロの様子に、アースは小さく笑みを浮かべてポロへと手を伸ばす。
身体を撫でられ、気持ちよさそうなポロ。
ポロを撫でながら、アースは嬉しそうな笑みを浮かべて口を開く。
「素材のある場所には強力なモンスターがいたんだ。で、そのモンスターを倒すことが出来たのはポロがいたからこそなんだよな。だからこうして偉そうにしてるんだ」
口では若干不満を言っているのだが、その顔に浮かんでいるのは優しい表情だ。
何だかんだと言いながらも、ポロを大事にしているというのは明らかだった。
「それにしても……」
不意にポロを撫でていた手を止めると、アースの視線はレイへと向けられる。
その視線に込められているのは、純粋なる驚き。
「俺もテイマーだけど、よくグリフォンなんてモンスターを仲間に出来たな」
それは、テイマーとしては当然の疑問だった。
ランクAモンスターのグリフォン。それでいながら希少種であることも考えると、実質的にはランクS相当のモンスターとなる。
そんなモンスターをテイムしたというのは、アースから見ても驚くべき事だった。
自分もテイマーだからこそ、アースはそれがどれ程の偉業なのかというのを理解している。
もっとも本人が口で言う程に驚いていないというのは、自分もテイマーだからこそだろう。
テイマーというのは、個人によってモンスターを仲間にする……テイムする手段は大きく違うというのは実感として理解していた。
それこそ特殊な才能があってこそのテイマーなのだから、その方向性によってはドラゴンをテイムすることすら珍しいことではない。
セトの背の上で寝転がっているイエロへと視線を向けながら、アースは考える。
深紅という異名を持つだけの男は違う、と。
(きっとこういう奴が英雄って呼ばれる男になるんだろうな。……俺も負けてられない。絶対に英雄と呼ばれる男になってみせる)
小さい頃から英雄譚が好きだった。何度も何度も何度も、それこそ毎晩のように両親に英雄譚を話してくれるように頼んでいた。
そうして育ってきただけに、当然自分も英雄を目指し始める。
最初は全く何も分かっていない子供だった。
それこそ、今思えば自分で自分を殴りつけたくなるような、頭を抱えて地面を転げ回りたいような、そんな思いすら抱く程に。
それでも周囲の大人やビルシュ、サニスン、シャインズといった冒険者や、そして何より自分と最も親しい冒険者であると断言出来るリヴはそんな自分を馬鹿にせず、英雄になりたいという思いに協力してくれたのだ。
それから幾つもの騒ぎに巻き込まれ、その度に相棒であるポロと共に生き延びてきた。
その結果が、今のランクC冒険者という地位。
まだ二十歳にもなっていないのにランクC冒険者という地位にいるのは、十分凄腕と言われるだけのものではある。
だが……それでもアースの前にいる小さな少年が上げてきた功績に比べると、一段や二段どころではないくらい見劣りするのは間違いない。
自分より年下の少年に負けてはいられない、と。
持ち前の前向きさを露わにして決意を新たにする。
今まで幾度となくアースは危機に陥ってきたのだが、それを乗り越えることが出来たのはこの前向きさがあったからと言ってもいい。
「なぁ、えっと深紅」
「レイでいい」
アースの言葉に、レイは自分に頭を擦りつけてくるセトを撫でながら告げる。
深紅と呼ばれるのには慣れているレイだったが、それでもやはりきちんと自分の名前で呼ばれた方がいいという思いがあった。
「そうか。じゃあ、レイ。そのグリフォン……セトだったよな。そのセトをどうやってテイムしたのか聞いてもいいか?」
アースの質問に、レイは来たかと内心で呟く。
自分も表向きにはセトをテイムしたということになっている以上、相手がテイマーなのだから、いつか聞かれる質問だというのは分かっていた。
だからこそ特に動揺もせず、自分の設定を思い出しながら口を開く。
「俺は小さい頃から山奥で魔法使いに育てられてたんだ。その時からの……それこそ俺が生まれた時からの付き合いだからな。だからどうやってテイムしたのかって言われれば、いつの間にかって答えるしかないな。……なぁ?」
「グルルゥ」
レイの呼び掛けにセトはそうだよ、と鳴き声を上げる。
そんなセトの様子をアースの左肩の上で見ていたポロは、少しだけ不思議そうに首を傾げる。
「ポロロ?」
セトを見て何か疑問を感じたのか、そのままポロはレイとセトの方を見る。
希少種ということでランクAモンスター相当として、セトに対して感じるものがあったのかもしれない。
ポロの様子を見ながら、このまま話題が続けば少し不味いかもと思ったレイは慌てて話題を変える。
「そっちこそカーバンクルなんてレアなモンスターを……それも希少種なんてどこで見つけたんだよ?」
「うん? ああ、ポロか。ポロは俺の村の近くにいたんだ。その時はカーバンクルじゃなくて、リスっぽいモンスターってしか思ってなかったんだけどな。それでもこいつのおかげで今まで何度も危ないところを切り抜けてきたんだ。な?」
「ポルル!」
アースの言葉に、ポロは自慢げに喉を鳴らす。
そんなポロの様子に、周囲で見ていた者達はどこかほんわかとした気持ちを抱く。
カーバンクルというだけでも稀少なのに、その上尻尾が九本あるという希少種だ。稀少という意味では、グリフォンの希少種であるセトや黒竜の子供のイエロにも負けてはいなかった。
(考えてみれば、こんな稀少なモンスターが三匹も集まるっていうのは凄いよな。もしモンスターを研究している奴がいたら、是非この場にいたいと思うだろうし。それこそ、どれだけの金を払おうとも)
そんな風に考えるアースの左肩からポロは跳躍し、セトの背の上で寝転がっているイエロのすぐ側へと着地する。
その小ささを思えば、非常に高い跳躍力を持っていると言えるだろう。
更に九本の尻尾がポロが動く度に揺れており、思わず手を伸ばしたくなってしまう。
「……ん、こほん。それで、結局これからどうするんだ? 取りあえずアースをこの集落に入れたのは、マリーナもオプティスも構わないみたいだけど」
いつの間にか九本の尻尾に目を奪われていたレイが、小さく咳払いをしてマリーナへと尋ねる。
レイとしては一応もう少し森を見て回りたい気分ではあるのだが、今回の依頼人はあくまでもマリーナだ。
それにこの集落についてもマリーナの方が圧倒的にレイよりも詳しい。……約百年ぶりに帰ってきた場所ではあるのだが。
「そう、ね。出来れば森の中を見て回りたいんだけど、アースをどうするかね。私とお爺様はともかく、ラグド辺りが見たらまた騒ぎになりかねないし」
前日の件を思い出したのか、皆が思わず納得の表情を浮かべる。
ラグドがレイへと向けた態度は、あからさまに敵対姿勢だった。
それは結局レイの嵌めていた新月の指輪でどうとでもなったのだが、アースの場合はラグドを納得させる理由が薄い。
カーバンクルの希少種という意味では珍しいかもしれないが、それでラグドが納得するかどうかは微妙なところだろう。
(いえ、別にラグドに会わせなければそれでいいのかもしれないけど。それに、問題だった世界樹の件はもう治療が終了したんだし、後は森の異変を解決すれば……なるほど、それならカーバンクルをテイムしているアースは戦力になりそうね)
少し考えながら、ふと視線を空へと向ける。
太陽が空の真上へとやってきており、そろそろ昼近くになっていた。
「……取りあえずご飯を食べて、午後からまた森に向かいましょうか。アースもどう? 見たところ特に食料は持ってきてないようだけど」
「えっと、一応持ってきてはいるんだけど」
そう告げ、アースが腰の袋から干し肉と焼き固められたパンを取り出す。
冒険者としては普通の食事なのだが、レイの持つミスティリングによって下手な村や街の食堂で食べるよりも暖かく、美味い食事を続けてきた一行にとっては侘しいとしか言えない。
もっとも、アースにも言い分はある。
干し肉とパンはあくまでも保存食だ。本来なら森で動物かモンスターを狩って食事にするつもりだったのだから。
特にポロは狩りという分野だと非常に優れた能力を発揮する。
鋭い感覚により獲物を見つけると、得意とする電撃により相手を即座に仕留めることが可能だ。
殺さずに痺れさせることも可能だが、最終的には殺すのだから、仕留めた方が早い。
特に九尾になった影響により放つことが可能となった九条の電撃の一斉発射は、さすがにランクA相当のモンスターと呼べるだけの威力を持っていた。
アースもポロも狩りが得意だからこそ、食料は保存食を三食分くらいしか持っていない。
そう言おうとしたアースだったが、それよりも前にマリーナが口を開く。
「じゃあ、私達と一緒に食べましょう。クロスから森を心配してやって来た相手に食事を出さないような真似はしないわよ」
「……一応食材は俺の提供なんだが……」
「あら、じゃあレイはアースにだけああいう保存食で我慢しろっていうの?」
レイの言葉にヴィヘラがそう尋ねるが、レイもそれには首を横に振る。
「別にそこまでは言ってない。ただ、俺にも意見を聞いてもいいんじゃないかと思っただけで」
「ふふっ、レイに聞いても結局は同じだったんじゃない? もしレイだったら、アースだけを保存食の昼食にする? その前で私達は暖かい料理を食べるのに」
そう言われては、レイもそれ以上何かを言うことも出来ずにアースを食事に招くことに賛成する。
「そんな訳で、アースも一緒に食事をどうだ? 一応今日はオークの肉を出すつもりだけど」
視線をマリーナへと向けながら告げるレイだったが、マリーナは特に表情を変える様子もなく頷く。
基本的にオークを嫌っているのはダークエルフとして……そしてダークエルフの中でも際だった美貌を持つマリーナとしては当然だったが、食べるという意味では別だった。
この辺はジュスラやオードバンと一緒で、ダークエルフ特有の感覚があるのだろう。
「いいのか? いや、食事をご馳走してくれるっていうんなら、こっちは大歓迎だけど」
レイへと視線を向けて尋ねてくるアースは、運の良さに嬉しそうな表情を浮かべていた。
こうして集落の中に入った以上、獲物を狩るには外に出る必要がある。
もしくは店で料理を買うという方法もあったが、それでもアースとしては出来ればあまり金を使いたくはない。
元々それ程懐に余裕がある訳ではない以上、もし昼食を奢ってくれるというのであれば喜んでご馳走になるつもりだった。
(まさか弓の手入れであそこまで掛かるとは思ってなかったからな)
自分の背にある、ポロとは別の意味での相棒の手入れで支払った金額を思い出す。
元々この森に来たのも、弓の手入れで使った金を幾らかでも補充する為という理由がある以上、節約出来るのであれば何にしろ大歓迎だ。
尚、オプティスはラグドから報告を聞けというマリーナの言葉を無視し、さっさと知り合いが行っている世界樹回復の宴会に参加するべくその場を去っており、マリーナは満面の笑みを浮かべ――目は笑っていなかったが――てそんなオプティスを見送るのだった。
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