第1044話

 エレーナやヴィヘラが借りている家で昼食を済ませた後、レイは休憩の時間を利用して自分が借りている家へとやってきていた。

 レイ以外にいるのは、セトのみ。

 よくセトと一緒にいるイエロの姿も存在しない。

 ちょっと出てくるとレイが言った時、アースが置いて行かないでくれといった表情をしたのだが……レイはそれに気が付かない振りをしてこうして自分の借りている家へとやってきていた。

 アースがこんな女だけの場所に……それも美女・美少女ばかりの場所に自分一人だけにしないでくれという思いを抱いていたというのは理解しているだが、今この時にレイもやっておくべきことがあった。

 本来はもっと前に……それこそ昨夜や今朝といった時間にやっておくべきだったこと。それは……


「この辺りならいいか。セト、一応周辺にこっちを監視している奴がいないかどうかを確認してくれ。俺が見た限りだと誰の姿もないけど、念の為にな」

「グルゥ!」


 レイの言葉に、セトは短く喉を鳴らすと周囲を見回す。

 エルフというのは弓を得意としている者が多いだけに、視力のいい者も多い。

 また、魔力を使って視力を上げるという能力を持つ者もいる。

 レイが軟禁されている時、窓の外の百m程離れた場所から監視していたのはその能力を持つ者だ。

 それだけに、もしかしたら今の自分達も何らかの手段で監視されているのではないか……という思いもある。

 昨日の夜や今朝にこれから行う行為をしていなかったのは、それを警戒していたからでもあった。

 だが今なら……アースとポロという、自分達以外の異物がこの集落に存在している今であれば、自分達に意識を向けている者はいない可能性が高いとレイは判断する。

 勿論何らかの手段で自分を見張っている者がいないとも限らないが、それでもレイとセトの感覚から完全に察知されないということは不可能だろう。

 そして事実、今こうしてレイとセトが周囲の気配を探ってみても、自分達に意識を集中している者の気配を察知することは出来なかった。


「……よし、いないな」

「グルルルゥッ!」


 レイの言葉にセトが頷き、周囲に誰もいないことを確信する。

 出来れば集落の外でやるべきだったのだが、アースの……いや、九尾を持つカーバンクルという希少種を見てしまっては色々と思うところがあったのだろう。

 だからこそ、こうしてレイはセトと共にここ暫く貯め込んでいた魔石の吸収を行うことを決意したのだから。


(出来ればもっと……十個くらい魔石を集めてから吸収したかったんだけどな)


 魔石を吸収することにより得られるスキルというのは、基本的に最初はそれ程強くない。

 同じようなスキルを持つモンスターの魔石を何種類も吸収することによって、純粋な威力を高めていく。

 勿論それは純粋なスキルの威力であり、そのスキルを使いこなすのは使用者の……セトやデスサイズを振るうレイの技量やセンスといったものが重要となる。

 だがそれでも、やはり純粋に威力を上げるのであれば数種類を纏めて吸収した方がいいというのがレイの考えだった。

 もっとも、それは必ずそれを守らなければいけないといったようなものではなく、出来ればそうした方がいいんじゃないか? という程度のものではあったのだが。

 だからこそ、ポロというカーバンクルの希少種との遭遇により、あっさりと考えを変えてこうして魔石を吸収する気になったのだから。

 他にもエアロウィングの魔石は何となくどんなスキルを吸収出来るのかというのがその攻撃方法から予想が出来、それをレイが欲したというのも大きいのだが。


「……まぁ、最大のお楽しみは最後に回すけどな。えっと、今ある魔石は……」


 呟きながら、魔石を取り出していく。

 オーガ、ガメリオン、サイクロプス、エアロウィング。

 大きさに個体差はあれど、どれも魔石らしい魔石だ。


「ガメリオンも複数あるんだけど……」


 呟きつつ、レイは少しだけ残念そうな表情を浮かべていた。

 何故なら、ガメリオンの魔石は複数あっても意味がない為だ。

 既にデスサイズは通常のガメリオンの魔石を吸収しており、セトのみが通常のガメリオンの魔石を吸収することが出来る。


(いや、魔石の吸収自体は出来るんだろうけど。……意味がなくても)


 現在セトが吸収して意味のある魔石が、オーガ、ガメリオン、エアロウィング。

 そしてデスサイズが吸収して意味のある魔石が、サイクロプス、エアロウィングとなっている。


「……取りあえず最初にこれからやってみるか」


 レイが手を伸ばしたのは、ガメリオンの魔石。

 ダンジョンで大量に入手した魔石だけに、そのありがたみは特にない。


「セト!」


 呼び掛けてセトへと魔石を投げると、セトは器用にクチバシで魔石を咥えて飲み込む。


【セトは『パワークラッシュ Lv.三』のスキルを習得した】


 同時に、脳裏へと響き渡るメッセージ。


「へぇ……まさか通常のガメリオンでも吸収出来るとは思わなかった」

「グルルルゥ!」


 レイの呟きに、セトは嬉しそうに喉を鳴らす。

 セトも自分のスキルが強力になったことや、それによってレイが喜んだのは嬉しかったのだろう。上機嫌に喉を鳴らす。


「パワークラッシュはセトも結構使うスキルだし、そういう意味だと良かったな。……ガメリオンの戦闘方法を考えれば、この手のスキルが入手出来るのは納得出来るけど」


 巨大なウサギといった姿のガメリオンは、その外見とは裏腹に巨体を活かしたパワーと、ウサギ型のモンスターの特徴でもある俊敏さを活かしたスピードの両方で攻撃してくる。

 その辺りを考えると、パワークラッシュのスキル習得というのは無難なところだった。


「試すのは……まぁ、午後からの森の探索で試すとして、次はこっちをいってみるか」


 次のレイが手を伸ばしたのは、オーガの魔石。

 ただし、その表情は微妙に優れない。

 何故なら、この魔石を持っていたオーガはかなり小さい個体だった為だ。

 そんな弱い個体の魔石を吸収しても大丈夫なのか? という思い。


「ガメリオンはセトが吸収したんだし、こっちのオーガの魔石……いや、そう言えば以前デスサイズに吸収させたのか。じゃあこっちもセトに吸収して貰おうと思うんだけど、構わないか?」


 エレーナ達と共に行った継承の祭壇のあったダンジョンで倒したオーガのことを思い出し、レイはセトへと告げる。

 

「グルルルゥ!」


 レイの言葉に嬉しそうな鳴き声を上げるセト。レイがオーガの魔石にある不安を感じ取ったのだろう。セトは円らな瞳で、じっとレイの方を見る。

 早く早く、と視線で促されるままに、レイは手にした魔石をセトの方へと放り投げる。

 同時にセトは素早くオーガの魔石をクチバシで受け止め、飲み込む。


【セトは『パワークラッシュ Lv.四』のスキルを習得した】


 脳内に響いたその声に、レイは納得したような、それでいながら不満なような、複雑な表情を浮かべる。

 当然だろう。パワークラッシュは数分前にガメリオンの魔石でレベルが上がったばかりのスキルなのだから。


(いや、セトの一撃がより強力になったんだから、別に不満に思うことはないのか)


 内心で納得すると、どう? どう? と視線を向けてくるセトの頭を撫でる。


「そうだな、よく覚えてくれた。その威力がどれくらいなのかをここで見る訳にはいかないけど……森に行ったら見せてくれ」

「グルルルゥ!」


 任せて! と鳴き声を上げるセトの頭を撫でながら、レイが残っている魔石へと視線を向ける。

 残っているのは、サイクロプスの魔石とエアロウィングの魔石が一つずつ。

 そのうちの一つ……サイクロプスの魔石を手に、空中へと放り投げると再度デスサイズで一閃する。


【デスサイズは『ペインバースト Lv.二』のスキルを習得した】


 瞬間、脳裏を過ぎるそのメッセージに、レイは首を傾げる。


「グルゥ?」


 どうしたの? とセトは不思議そうな表情でレイへと視線を向ける。

 スキルを入手したのだから、レイは喜ぶと思ったのだが……そんな様子がないことを疑問に思ったのだろう。


「いや、ペインバーストってのは相手に傷を付けた時にダメージはともかく、より大きな痛みを感じさせるスキルだろ? なのに、何でサイクロプスの魔石でこのスキルを覚えたのか……全く理解出来ない」

「グルルゥ……」


 レイの言葉に、セトも戸惑ったように喉を鳴らす。

 そんなセトの様子を見ながら、今更そんなことを疑問に思っても意味がないと判断したのだろう。レイはデスサイズを握っている手へと視線を向ける。

 理由はどうあれ、スキルが強化されたのは変わらないのだから。

 それも傷そのものは同じであっても、相手に与える痛みを増すというのであれば、戦闘中に使えば敵の意表を突くのは難しい話ではない。


(植物系のモンスターとか、痛覚がないモンスターの場合は意味がないんだろうけどな。何もスキルを覚えないよりは、強化されただけマシって考えるか。……出来ればパワースラッシュ辺りのスキルが強化されるのが良かったんだけど)


「グルルゥ!」


 ペインバーストについてレイが考えていると、やがてセトがどうしたの? 魔石の吸収を続けよう? と喉を鳴らす。

 そんなセトに、レイは笑みを浮かべてセトの頭を撫でる。


「そうだな、細かいことを一々考えても仕方ないか。別に俺に不利益があった訳じゃないんだし、それで良しとするべきだろうな。悪いな、セト、気を使わせたか?」


 そっとセトの頭を撫でながら告げるレイに、嬉しそうな鳴き声を上げるセト。

 そんなセトに笑みを返し、次にレイは今回の魔石吸収の主役とも言えるエアロウィングの魔石へと視線を向ける。

 撫でていたばかりでこう言うのは何なんだけど……と思いながらも、レイはセトに向かって話し掛けた。


「なぁ、セト。この魔石はデスサイズに使いたいんだけど、いいか?」

「グルゥ……」


 レイの言葉に、セトは残念そうに下を向く。

 セトもエアロウィングの魔石を狙っていたというのは、今の様子を見れば明らかだった。

 下を向いているセトの姿に少し可哀相になってしまうレイだったが、それでも今回の件は出来れば自分が……正確にはデスサイズに魔石を吸収させたい。


「な? セト。頼むよ。別にこのエアロウィング以外のエアロウィングが全滅したって訳じゃないんだから。もしかしたら、今日の午後にでもまたエアロウィングを見つけることが出来るかもしれないだろ?」

「グルゥ?」


 本当? と円らな瞳で自分へと視線を向けてくるセトに、レイは頷く。

 別に何の根拠もなく言っている訳ではない。

 エアロウィングは元々この森にも住んでいたというのは、マリーナやジュスラから聞いている。

 であれば、森にいる以上セトがエアロウィングを見つけられないなんてことはないだろうと。

 そしてこのエアロウィングを倒した時もそうだったが、セトの一撃があれば、エアロウィングの息の根を止めるのはそう難しい話ではない。

 つまり、エアロウィングの魔石を手に入れるのはそう難しくない筈だった。


「グルルルゥ……グルゥ、グルルルルゥ」


 やがてレイの言いたいことを理解して機嫌が直ったのか、それともエアロウィングの肉をまた食べることが出来ると考えを切り替えたのか、セトはレイに向かって促すように視線を向ける。

 そんなセトにレイは感謝の気持ちを込めてそっと頭を撫で、エアロウィングの魔石へと手を伸ばす。


「……頼むぞ……」


 呟き、空中へと放り投げた魔石に、デスサイズを一閃。

 鋭い一撃は、音すら出さないままに魔石を切断する。


【デスサイズは『飛斬 Lv.五』のスキルを習得した】


 同時に脳裏へと響くメッセージ。


「よし!」


 拳を握り締め、喜びの声がレイの口から出る。

 そう、これこそが狙っていたスキル。

 レイが最も多用するスキルであり、遠距離攻撃用としても非常に便利なスキルだった。

 遠距離攻撃という意味では、ネブラの瞳や槍の投擲といった手段を持っているし、いざとなれば魔法という手段もある。

 それでも詠唱や魔力を流すといったことを必要とせず気軽に使える飛斬というスキルは、レイにとっては非常にありがたいものだった。


「試したいけど……ここだと色々と不味いか。まさかこの家の庭を斬り刻むわけにはいかないだろうし」


 飛斬の威力を一番知っているのは、当然ながらレイだ。

 だからこそ、ここで最大限に威力を発揮した飛斬を使用した場合、どうなるかというのははっきりと想像出来る。

 結局借りている家の庭で技の試し撃ちが出来る筈もなく、飛斬については午後に森の周囲を見回る時に試すということになるのだった。






【セト】

『水球 Lv.三』『ファイアブレス Lv.三』『ウィンドアロー Lv.三』『王の威圧 Lv.一』『毒の爪 Lv.四』『サイズ変更 Lv.一』『トルネード Lv.一』『アイスアロー Lv.一』『光学迷彩 Lv.二』『衝撃の魔眼 Lv.一』『パワークラッシュ Lv.四』new『嗅覚上昇 Lv.一』『バブルブレス Lv.一』『クリスタルブレス Lv.一』


【デスサイズ】

『腐食 Lv.三』『飛斬 Lv.五』new『マジックシールド Lv.一』『パワースラッシュ Lv.二』『風の手 Lv.三』『地形操作 Lv.二』『ペインバースト Lv.二』new『ペネトレイト Lv.二』



パワークラッシュ:一撃の威力が増す。本来であればパワースラッシュ同様使用者に対する反動があるが、セトの場合は持ち前の身体能力のおかげで殆ど反動は存在しない。


ペインバースト:スキルを発動してデスサイズで斬りつけた際、敵に与える痛みが大きくなる。レベル二で四倍。


飛斬:斬撃を飛ばすスキル。威力はそれなりに高いのだが、飛ばせる斬撃は一つのみとなっている。

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