第1026話
レイの振るうデスサイズの一撃により、襲い掛かって来た男は真横へと吹き飛んでいく。
デスサイズの刃ではなく柄の部分で攻撃されたので致命傷にはならなかったが、それでも数本の骨が折れているのは確実だった。
「レイ殿、そちらは……いえ、聞くまでもないですね」
パワー・アクスを手にしたアーラが尋ねてくるが、レイは肩を竦める。
「この程度の敵じゃな。……にしても、ここがアジトか。いかにもって感じだけど」
レイの視線が向けられたのは、山肌にある洞窟。
その周辺には七人の盗賊が意識を失い、または命すら失って倒れている。
「まぁ、仕方がないですよ。盗賊のアジトなんてどこも変わりないですから。こんな山の中で屋敷が建っていたりすれば驚きますけど」
パワー・アクスの刃についている盗賊達のものと思われる血と肉を振り払いながら告げるアーラの様子は、何も知らない者が見ればどちらが盗賊なのかと言いたくなるようなものだろう。
だが、レイはそんなことを気にした様子もなく口を開く。
「盗賊から聞き出した情報が本当なら、アジトに残っていたのはこの七人だけで、もう他にはいない筈だけど」
レイの脳裏を、自分達に襲い掛かってきた盗賊達の姿が過ぎる。
ギルムを出発してから五日。マリーナが予想した通り、辺境であるギルムから離れると、モンスターの代わりに盗賊が襲ってくるようになっていた。
見て分かる程の巨体の馬が牽いている馬車というのは、盗賊の襲撃に対する抑止力とはならなかった。
いや、他に護衛の騎兵といったものがいれば話は別だったのだろうが、生憎とレイ達はエレーナの馬車一台だけで移動しており、それ故に盗賊達にとっては絶好の獲物だと判断されたのだろう。
御者台にいるのがアーラだけだったというのも、影響しているのかもしれない。
そして何より、セトとイエロが空を飛んで追いかけっこをしており馬車の近くにいなかったというのは、盗賊達にとって間違いなく致命的だったのだろう。
そんな盗賊達が迎えた結末としては、最悪と言ってもいいものだった。
馬車に乗っているのは、ほぼ全員が高い戦闘能力を持っており、襲ってきた盗賊達にどうにか出来る相手ではなかったのだから。
その結果、数人を残して全員が命を落とすことになる。
すぐ近くに街でもあれば盗賊達を奴隷として引き渡すことも検討したのだが、そんな街はすぐ近くには当然存在せず、盗賊達を引き連れて移動するのには当然時間が掛かり、マリーナとしては世界樹の件もあってあまり無駄に時間を掛けたくはなかった。
そんな判断からレイの意見でもある盗賊の殲滅が選ばれ、どうせだからということで盗賊のアジトを襲撃することなり……今、盗賊達はアジトに攻め込まれるという不幸に見舞われている。
「オードバンは反対してたけど、来てよかったな」
レイの脳裏を、時間がないからと盗賊の討伐に反対するオードバンの姿が過ぎる。
だがギルドマスターでもあるマリーナは、ここが自分の担当地域ではないとはいえ、盗賊がいるのをみすみす見逃すつもりはなかった。
そもそもここからマリーナやオードバンの故郷でもあるダークエルフの森はそう遠くない場所にある。
つまり、ここで活動している盗賊が襲うのはダークエルフの森に行った者が少なからず含まれている筈だった。
元々普通のエルフやダークエルフに限らず、エルフ族というのは例外もいるが基本的には閉鎖的な者が多い。
そんな閉鎖的な相手と何らかの取引を行っている者は当然少なく、そのような者達が襲撃されるということは、巡り巡ってマリーナやオードバンの故郷の不利益になると判断した為だ。
それでも、少しでも先を急ぐべきだとオードバンは言ったのだが、結局はマリーナの意見が採用され、レイが盗賊喰いと呼ばれる実力の本領を発揮することになった。
「彼女は、どこか意固地になっているところがありますね。……何でかは分かりませんが」
「あー……うん、そうだな」
アーラの言葉に、レイはオードバンの自分を見る目を思い出す。
新月の指輪を外した時に見せたその表情は、大きすぎる力を直接目にした人物としては当然のものだったのだろう。
寧ろ、レイの魔力を直接感知したにも関わらず、腰を抜かしたりといった真似をしなかったのは驚嘆に値すると思ってすらいた。
その結果、オードバンはグリフォンのセトをその目で見た時もレイで耐性がついていたのか、殆ど驚きを露わにしなかったのだから。
だが、レイが相手をどう思うのかというのと、相手がレイをどう思うのかというのは全く別の話であり、それが現在オードバンのレイに対する忌避感へと繋がっている。
マリーナがレイを信頼しているからこそ特に何も行動に起こしてはいないが、もしここにマリーナがいなければ今頃オードバンはとっくに一行を抜けていただろう。
(まぁ、世界樹の治療に莫大な魔力を必要とするって意味だと、俺を切り捨てるって訳にはいかないだろうけど)
少し考えてから首を横に振り、改めてレイは口を開く。
「とにかく、このアジトの中を探して……うん?」
そこまで呟き、ふとレイは気が付く。
レイ達を襲ってきた盗賊から聞いた話だと、アジトに残っている盗賊の数は全部で七人だという話だった。だが……
「洞窟の中に、まだ他の気配がある?」
レイの言葉に、パワー・アクスの刃についた血や肉片を拭き取り終わったアーラが微かに眉を顰める。
「本当ですか?」
そう尋ねながらも、アーラの言葉にレイを疑っている様子はない。
レイがどれだけ規格外の能力を持っているのかというのは、アーラもこれまでの経験でよく知っていた為だ。
(そう考えれば、最初にレイ殿に会った時に攻撃したのは……正直、命を拾ったという言葉では足りないんでしょうね)
ふと、レイと初めて会った時のことを思い出す。
今なら分かるが、もしレイが本気であれば自分は今頃この世にはいなかっただろう。
レイが貴族を相手にしても全く躊躇わずに力を振るうのを何度も見ている為に、つくづくそう思う。
アーラの思いに気が付いた様子もないレイは、じっと洞窟の奥へと視線を向けながら頷く。
「ああ。ただ、こうして盗賊が全員殺されても姿を現さないところを見ると、何か理由があるのか、それとも勿体ぶっているだけなのか」
ふとレイの脳裏に、洞窟の一番奥で侵入者達を待ち受ける山賊の大ボスといった光景が浮かぶ。
……その大ボスがパミドールだったのは、やはりその凶悪な顔が理由なのだろう。
「どうします? 一旦戻る……訳はないですよね」
アーラが一応といった感じでレイへと尋ねるが、レイはその言葉に当然と頷く。
「ここまで来たのに、ここで戻ったら意味ないだろ。ダークエルフの……いや、マリーナの一族が被害に遭う可能性が高い」
口ではマリーナの為だと言っているのだが、その中には何かお宝を得られるかもしれないという思いがあるのも事実だ。
基本的に金にはそれ程拘らないレイだったが、時に盗賊は金で買えないような物を持っていることもある。
また、武器屋で投擲用の槍を複数纏め買いするよりは、こういう場所で多くの槍を入手しておいた方が楽だというのもあった。
特にレイの場合は基本的に槍は投擲用の武器として使うので、それこそ穂先が欠けているような槍であっても使い捨ての武器としては十分使い物になる。
「……分かりました、じゃあ行きましょう」
溜息を吐いて呟くアーラに、レイは口を開く。
「別に無理してついてくる必要はないぞ? 何なら先に戻っててもいいんだし」
「いえ。エレーナ様にレイ殿と行動を共にするように言われてますから」
その言葉は事実だが、エレーナもレイの護衛ということでアーラを付けた訳ではない。
いや、護衛という意味もあるのだが、どちらかと言えばレイが妙な行動をしないようにという意味合いの方が強い。
例えば盗賊のアジトの中にあるマジックアイテムを見つけて、それがどんなものかを調べるのに夢中になる、またはそれを使ってみて熱中する、といった具合に。
何か一つに熱中すると、他のことを忘れてしまいかねないという懸念があったのだろう。
特に現在はマリーナを始めとするダークエルフのいる森へ世界樹の治療の為に向かっているのだから、盗賊を倒すのはともかく、それ以外では無駄な時間は使いたくないという思いがある。
そんな訳で、お目付役として付けられたアーラと共にレイは真っ直ぐ洞窟の中へと入っていく。
幸い洞窟はそれ程複雑に分岐している訳ではないらしく、何ヶ所か道が二股になっている程度だった。
そんな洞窟の中を、感じた気配を頼りにレイは進む。
アーラは大人しくレイの後ろを歩いてはいるが、その表情には本当に誰かがいるのかという思いが出ている。
勿論アーラも人の気配を感じるといった真似は出来る。
特に戦場で乱戦になった場合、そのような技術がなければ背後から不意打ちされることもあるのだから、戦場に立つ者としてある程度の気配を感じ取る能力は、意識的に、または無意識にでも持っている者が多い。
だが、それはあくまでも自分からそう離れていない距離で感じ取ることが出来るといったことであり、洞窟の奥深くに誰かがいるというのを感じ取れるかと言われれば、答えは否だった。
それでも文句を言わずにレイの後ろを進んでいるのは、レイの実力から考えてもしかしたら……という思いがあるからだろう。そして事実……
「ここだ」
レイが足を止めて呟いた先には牢屋が存在していた。
恐らくは襲った時に捕らえた相手を奴隷にするなり、慰み者にするなりといった理由で入れておく場所なのだろう。
現在その牢屋の中に捕らえられているのは一人のみで、手足を鎖で縛られ、目隠しをされ、猿轡までされて地面に転がされている。
「酷い……」
呟くアーラは、次の瞬間には顔を憤りで真っ赤に染める。
縛られている人物の髪の長さから考えて女であると分かったからだろう。
「レイ殿、構いませんか?」
「ああ。そもそも、助けるつもりがなければここまで来なかったしな」
洞窟に入った時は、もしかしたら盗賊達を率いている者がいるのかもしれないという思いもあったというのは臭わせず、頷くレイ。
アーラもその辺は特に気にした様子もなく、牢屋を開けようと鍵を探すものの、どこにもない。
「んん? んんんんんー!」
そんなレイとアーラの話し声に気が付いたのか、縛られている女は呻き声を上げる。
それが余計にアーラに早く牢屋を壊さなければと思わせるのだが、どこを見渡しても鍵は存在しない。
「……仕方ないわね。聞こえてる? これから牢屋を壊すから、貴方は出来ればでいいからもう少し壁の方に移動して貰える?」
アーラの声が聞こえたのか、女は目隠しをされた状態でも這うように壁の方へと向かって移動する。
女が十分に離れたのを確認すると、アーラは手に持ったパワー・アクスを構え……そのまま牢屋へと向かって勢いよく振り下ろした。
アーラ自身の剛力と、パワー・アクスの破壊力。その二つが合わさり、一撃で金属で出来た牢屋は大きく曲がる。
一撃で破壊出来なかったのが面白くなかったのか、アーラは再びパワー・アクスを振るい、先程よりも更に勢いよく振り下ろす。
周囲に響く、甲高い金属音。
それだけではなく、金属その物が強引に曲げられ、隙間を作り出すことに成功する。
(相変わらずの馬鹿力だな。……いや、俺も人のことは言えないんだけど)
アーラの剛力に感心するレイ。
だが、剛力……もしくは馬鹿力という表現は、それこそレイにも当て嵌まることに気が付いて苦笑を浮かべる。
人が出入り出来るだけの隙間を強引に作り上げると、アーラは牢屋の中へと入って行こうとして……
「レイ殿、申し訳ないですが少し……」
その短い言葉に、レイもアーラが何を言いたいのかを理解した。
女が今のようなところを、男に見られたくはないだろうと。
「分かった。俺は盗賊のお宝を探してるから、そっちは介抱を頼む」
「はい」
そう言葉を交わし、レイは牢屋のある部屋を出て行く。
その後は適当に盗賊達のアジトを探り、武器や金目の物を見つけてはミスティリングの中へと収納する。
もっとも、アジトという割りには大きなお宝の類はなく、殆どが食料や酒……それもレイが満足するようなものではなく、安くてもとにかく量があればいいという代物だった。
酒の方はレイも弱い為に確実なところは分からないが、それでも食料が安物の……それこそゴブリンの干し肉のようなものまでもがあったのを考えると、酒だけ上等な代物がある筈もないのは間違いない。
せめてもの救いは槍が二十本近くあったことだろう。
「……随分と貧乏な盗賊だな。いや、もしかして戦利品を処分した後だったりするのか?」
愚痴りながらも、そろそろいいだろうと判断してアーラのいる場所へと向かうレイだったが、牢屋のあった場所にいた人物を見て、思わず目を見開く。
褐色の肌に、尖った耳。髪の色はマリーナやオードバンと若干違う、赤みがかった銀髪とでも表現すべき色だが、それでも目の前にいるのがダークエルフであるというのは紛れもない事実だった。
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