第1017話
小屋に触れようとした時に起きた爆発は、一瞬にして小屋そのものを破壊した。
本来であれば小屋の中にあっただろう数々のマジックアイテムも、ほぼ全てが消え去っている。
そして何より悪辣だったのは、証拠の隠滅と同時に小屋の中に入ろうとした相手へと攻撃をする手段となっていたことだろう。
小屋の爆発により、小屋そのものが武器となったのだ。
無数に飛んできた破片からアジモフを守るべく、レイはドラゴンローブを着ている自分が盾となり、そしてレイに守られたアジモフは咄嗟に自分の右腕に嵌まっていたマジックアイテムの腕輪を起動させ、周辺に防御の結界を展開してレイの防御力を上げた。
「……無事か?」
小屋の破片の嵐が収まったのを確認し、レイは後ろにいるアジモフへと尋ねる。
「あ、ああ。……何とか、な」
そう呟くアジモフの右腕からは、割れた腕輪が地面に落下するところだった。
それを見たレイは、先程の結界がアジモフの起こした現象だったことを理解する。
「さっきの結界はアジモフが?」
「そうだ。結構稀少な素材を使って作ったマジックアイテムだったんだが、それでも使い捨てになったのは痛かったな」
溜息を吐きながらアジモフが視線を向けるのは、当然のように地面へと落ちた腕輪。
アジモフが口にしたように、稀少な素材を使用して作られたそのマジックアイテムは既に使い物にならなくなっている。
そっと手を伸ばして腕輪を拾ったアジモフは、早速その腕輪の検証を始めた。
人にマジックアイテムを作ったことは数多いし、それを自分で試したことも何度もある。
だが、実際にこうやって咄嗟に使用したというのは久しぶりの経験だった。
自分の家からレイに引っ張り出される時、もしかしたら危険があるかもしれないと判断して持ってきたマジックアイテムだったのだが、十分にその効果を発揮したと言えるだろう。
(その割りには不満そうだけどな)
レイは腕輪を調べているアジモフへと視線を向け、しみじみと思う。
自分とレイの身を守った腕輪だったが、アジモフはその効果に何らかの不満があったらしく、表情は錬金術師としてのものになっていた。
そんなアジモフの様子に、もう危険はないだろうと判断したレイは改めて小屋の方へと……正確には小屋があった場所へと視線を向ける。
つい先程までそこに小屋があったというのは、とてもではないが信じられない光景。
敢えてその名残を見つけるとするのなら、それは地面が焦げていることくらいか。
「やられたな」
そんな小屋の跡を見ながら呟くレイに、アジモフも腕輪の残骸から視線を上げて、小屋の跡地へと視線を向ける。
そんなアジモフの表情にあるのは、達観とでも言うべき表情だった。
自分も錬金術師だけに、ズボズが何を目的としてこうした行為をしたのかを理解したのだろう。
即ち、自分の研究の秘密を守る為と、そして何より自分の研究を奪おうとした相手に対しての仕返し。
「ああ。……こうなった以上、恐らくもう何も残ってないだろうな」
溜息を吐きながら、アジモフはレイの言葉に同意する。
二人がしみじみとしながら言葉を交わしていると、不意に誰かが走ってくる音が聞こえ、そちらへと視線を向ける。
「大丈夫なのだな、レイ!」
「ちょっと、レイ。大丈夫!?」
エレーナとヴィヘラが、慌てたようにレイの下へと走ってきたのだ。
先程の爆発は、当然エレーナとヴィヘラの二人にも見えていた。
いや、それどころか小屋が爆発したことによる爆風やその爆風に乗った小屋の破片までもが二人の方へと飛んでいった。
レイのように近距離で爆発された訳ではなかった為に破片に当たるようなことはなかったが、それでも思わず構えてしまうだけの爆発であり、当然二人としてはその爆発の近くにいたレイの様子が気になってこうして駆け付けたのだろう。
だが、そんな風に心配されたレイは、特に怪我をした様子もなく頷きを返す。
「ああ、心配ない。こっちの方は怪我も特にないしな。……それより、エレーナが来てるってことは……」
先程まではアドリアを押さえつけていたエレーナがここにいることを疑問に思い、レイは視線をアドリアの方へと向ける。
するとそこにいたのは、ビューネによって幾つかのマジックアイテムを奪われ、ロープ……と呼ぶには細い糸の集まりで手足を縛られているアドリアの姿だった。
そしてダイアスの近くではイエロが動きを警戒しており、ポールは未だに身体中を茨に縛られたままだ。
どうやらアドリア達の方は大丈夫なのだろうと判断したレイは、改めて視線をエレーナとヴィヘラの方へと向ける。
二人共が、レイに怪我はないと知って安堵の息を吐いていた。
「……一応、俺もあの爆発の至近距離にいたんだけどな」
レイのすぐ側で、アジモフが若干不満そうに告げる。
女よりは錬金術の実験だという思いが強いアジモフだったが、それでも自分を放って置いてレイの方ばかりを心配されるというのは少し面白くない。
「レイの後ろにいたのだろう? それなら怪我をする筈もないと分かっていたからな」
エレーナの口から出た言葉にアジモフは少し不満を覚えたが、それでも事実である以上は特に言い返しはしなかった。
「それにしても、随分と小賢しい真似をしてくれたわね」
小屋の跡を見ながら、ヴィヘラが忌々しげに呟く。
珍しく不機嫌なその様子は、先程の爆発をレイが近距離で真っ正面から受けたと思ったからだろう。
その光景を見た瞬間、ヴィヘラは背筋に冷たいものが走った。
もしかしたら、レイがこのままいなくなるのではないか。
死んでしまうのではないかと。
アドリアに対処していたエレーナは一瞬だけ息を呑んだが、すぐに落ち着いたのだが。
(これが付き合いの長さの差、かしら)
自らの中にある苛立ちを感じながら、ヴィヘラはエレーナの方へと視線を向ける。
正確にはレイの秘密を知っているからこそ、そこまで焦ったりはしなかったのだが……それは現時点のヴィヘラでは分かりようがないことだった。
「そうだな。取りあえず小屋の中にあっただろう証拠とかマジックアイテムとか、素材とか、その辺は全て駄目になったと思った方がいい、か。……厄介な真似をしてくれる」
溜息を吐き出すレイに、エレーナとヴィヘラはどこか呆れた視線を向ける。
自分の身の危険ではなく、小屋の中にあっただろうマジックアイテムを惜しんでいるというのは確実だったからだ。
「エレーナ様ぁっ!」
そんな中、不意にそんな声が聞こえてくる。
聞き覚えのある声に、エレーナとヴィヘラが声のした方へと視線を向ける。
するとそこでは、警備兵二人と共にアーラが走ってきているところだった。
「アーラ!? どうしてここに」
エレーナもいきなり現れたアーラに驚愕の声で尋ねる。
そんなエレーナの側にやってきたアーラは、エレーナに怪我がないかどうかを素早く確認し、そこでようやく安堵の息を吐く。
「エレーナ様の後を追ってきたら、いきなりとんでもない爆発音が聞こえてきたので気が気ではなかったんですが……どうやら御無事なようで何よりです」
「うん? ああ、あの爆発か。幸い私は離れた場所にいたからな。どうとでも対処出来た」
「そうですか、それは何よりです。……あの爆発での被害は……なかったようですね」
周囲を見回し、マジックアイテム屋で会った者達全員が特に大きな怪我をしていないのを確認すると、アーラは再度安堵の息を吐く。
アーラにとって最優先されるのはエレーナで間違いないのだが、だからといって他の面子がどうなっても構わないと思っている訳ではない。
「レイがあの爆発のすぐ近くにいたのだが、それでも無事だというのは……まぁ、レイだからとしか言えないな」
「キュウキュウ!」
エレーナの言葉に、イエロが同意するように鳴き声を上げる。
そしてヴィヘラもまたエレーナの横で頷きを返していた。
「お前達、こういう時だけ仲がいいんだな」
「ふふっ、どうかしらね」
レイの言葉に、ヴィヘラが笑みを浮かべてそう答える。
これ以上は何を言っても自分に不利になるだけだと判断し、まずやるべきことを済ませようと口を開く。
「向こうで縛られているのがアドリア、右腕がないのがダイアス、茨に巻かれて動けないのが……」
「ポール!? やっぱりお前……」
レイが最後まで言う前に、警備兵の一人が叫ぶ。
今まではポールが茨に覆われていたということもあり、また同時にスラムに入って暫くしてから起きた爆発に意識を奪われていたこともあって気が付くのが遅れたのだろう。
そしてようやくその人物がポールだと気が付き、思わず声を出してしまった。
(顔見知り、か。いや、警備兵なんだし、マジックアイテム屋と顔見知りでもおかしくないか。……寧ろ、錬金術師のアジモフがポールの顔を知らないのがおかしいんだろうな。どこでマジックアイテムを売ってたのやら)
錬金術師が金を稼ぐのに最も簡単で単純な方法は、当然ながら自分が作ったマジックアイテムを売ることだ。
ポーションのような簡単なマジックアイテムから、魔剣といった武器や、あると生活に便利なマジックアイテム等々。
冒険者としての腕があるのなら依頼をこなすという手段もあるのだが、残念ながらアジモフに戦闘の経験も、そして才能もない。
だとすれば当然金を稼ぐ為にマジックアイテムを売っていた筈なのだが、少なくてもこの場合アジモフがマジックアイテムを売る店はポールの店ではなかったらしい。
もっとも、ギルムにあるマジックアイテム屋はポールの店だけという訳ではない。
辺境のギルムだけに錬金術師はそれなりに多くおり、当然のようにマジックアイテムの売買も一定以上に盛んではある。
「……スロン、か」
茨に包まれながらも、顔はまだ自由なポールが警備兵の名前を呟く。
「お前、何でこんな真似を……」
「それは結果を見れば大体分かると思うが?」
淡々と告げるポールの様子は、自らの行いを決して後悔しているようには見えない。
そんなポールの言葉に、話し掛けた警備兵は一瞬悲しそうな表情を浮かべるが、すぐにその顔は警備兵としてのものに戻る。
「分かった。その件に関しては、詰め所に戻ったらじっくりと調べさせて貰おう。お前にも色々と言い分はあるんだろうが、ギルムの警備兵として、お前は絶対に見過ごせない」
「そうだな」
ポールの口調にあるのは、淡々とした色だけだ。
そんなポールの様子に、話していた警備兵は色々と思うところはあったのだろうが、それ以上は何も口にせずに淡々と周囲の状況を確認していく。
そんな中、もう一人の警備兵がレイへと向かって話し掛ける。
「レイ、今回の件についてはランガ隊長から聞いている。大変だったな」
この警備兵はポールと面識がなかったのか、それとも面識はあっても付き合いが薄かったのか、殆どポールに対しての表情は見せてはいない。
「ああ、色々と……本当に色々と大変だった。何より最悪なのが、今回の件を企んだ奴が死んでしまったってことだな」
「死んだ? だとすれば……おいおい、もしかしてあの死体か!?」
この場に残っている死体というのは、暴走したズボズのものしかない。
だが、その死体はとても人間の大きさではなく、だからこそ警備兵の男はその死体を錬金術で作られたキメラの類なのかと思っていたのだ。
もしくはサイクロプスやオーガといった巨大なモンスターだと言われても納得出来るような、そんな存在。
「そうだ。自分達が追い詰められたというのを知っていたからだろうな。何かの薬を飲んで……最終的には暴走してああいう風になった」
「暴走……」
「ああ。しかも、その錬金術師……ズボズというらしいけど、そいつの隠れ家はあの有様だ」
次にレイが視線を向けたのは、既に消滅してしまった小屋の跡地。
「……嘘だろ……」
諦めの色を濃くして小屋の跡地を眺める警備兵。
そんな警備兵に、ふとレイはマジックアイテム屋のことを思い出す。
「アーラと一緒にここに来たってことは、マジックアイテム屋の地下通路を通ってきたんだろ? なら、ズボズが使ってたらしい地下室も通ったんだよな? 俺達から逃げる時には相当に慌ててた筈だから、何か手掛かりが残ってるかもしれないぞ?」
「おお!」
レイの言葉に、警備兵は嬉しそうな声を上げる。
必要な証拠の類が完全にそこにある訳ではないだろうが、それでも何もないのとは断然違うのだろう。
……もっとも、ズボズがギルムへと持ち込んだ稀少な素材の類は既に殆ど残ってなく、天才肌だったズボズは頭の中で考えて実行していた為に書類の類も殆ど残しておらず……色々と警備兵が苦労することになるのは、もう少し先の話。
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