第1009話
レイは、目の前の錬金術師……ズボズに何を言われたのか、一瞬理解出来なかった。
それ程にその口から出て来た言葉は予想外だった。
だが、すぐに納得の表情を浮かべる。
カバジードの仇が誰なのかと言えば、それは自分もその一人なのだろうと。
元々カバジードは錬金術師達を支配下に収めていた。
そのおかげで幾つものマジックアイテムを使っていたのだから、お互いの関係はそれ程悪くなかったのだろう。
事実、こうしてカバジードの仇としてレイを狙ってくる相手がいる以上、それは決して間違ってない筈だ。
カバジードが気に入らないという者は、別の派閥に移っていただろうことを考えると、ズボズの言葉も決して間違ってはいない。
(カバジードが死んだのは殆ど自殺に近い形だったが……そこまで追い込んだのは、間違いなく俺も関係してるし)
レイの脳裏を、カバジードの顔が過ぎる。
だがカバジードに生きていて欲しかったという思いは、レイにも強くある。
何故なら、カバジードの口からこの世界の住人では決して分からないだろう日本の桜について語られたのだから。
つまり、レイにとってカバジードは同郷の者だったということになる。
(ゼパイル一門にいたタクムの件を考えれば、決して有り得ない出来事じゃないだろうけど……それでもやっぱり目の前にいたのに、みすみす死なせてしまったってのは大きいよな)
一瞬ベスティア帝国で起きた内乱のことが脳裏を過ぎるが、すぐに思考を目の前で憎悪に満ちた目をしている相手へと向ける。
「一応聞いておこうか。何かの間違いってことはないか? そもそも、カバジードは殆ど自殺に近い死に方だった。それで俺を恨むのは、色々と筋違いじゃないか?」
「ふざけるなぁっ!」
ズボズの口から響く怒声は、その目同様憎悪に塗れている。
普段のズボズがどちらかと言えば大人しい性格をしていると言っても、誰も信じないだろう程の憎悪。
「そもそも、だ。お前は何でそこまでカバジードに肩入れしてるんだ? もうベスティア帝国での内乱は終わったんだし、こんな真似をしてないで錬金術師としてベスティア帝国で暮らした方がいいと思うけどな」
「……行く末には死しかなかった私を見出し、育ててくれたカバジード殿下だ。そんな恩人を殺され、それでも黙って受け入れろというのか」
「恩人?」
首を傾げつつ、もしかしたらヴィヘラなら目の前にいる男のことを知っているのかもしれないと一瞬思うレイだったが、ヴィヘラの方へと視線を向けると、そこではダイアスが振るうクレイモアを大きく回避しながら間合いを詰めようとしている光景があった。
(何であんなに大きく回避してるんだ?)
普段のヴィヘラであれば、攻撃を紙一重で見切り、その隙を突いてカウンターとして攻撃を当てる……ということをしている筈だ。
だが、今のヴィヘラはダイアスの攻撃を大きく回避しているのみだ。
何故あんな状況になっているのかは分からなかったが、それを口にしても今は意味がないと判断する。
(それに、ヴィヘラがこの男を知っていたのなら、姿を現した時に何か言ってただろうし)
ヴィヘラがズボズの姿を見ても何も口にしなかったのだから、恐らく面識はないのだろうと判断出来た。
「なるほど、お前が俺を憎む気持ちは理解出来た……訳じゃないけど、納得した。けど、ならなんでモンスターに対してマジックアイテムを与えるようなことをしたんだ? お前が憎んでいるのは、あくまで俺なんだろ? ギルムは関係ないと思うが」
氷を生み出す盾を持つポールを警戒しながら、レイは尋ねる。
氷に対抗することそのものはそれ程難しくはない。
幸いここは周辺にあまり建物がある訳でもないので、その気になれば氷の盾をどうにかしようと思えば出来る筈だ。
だが氷の盾をどうにかするのと、それを使っている相手を生け捕りに出来るかというのは別問題だった。
レイの目から見て、ポールは山を思わせるような頑強な肉体をしており、身体を鍛えているというのは明らかだ。
それでも荒事に慣れているのかと言われれば、首を傾げざるを得ない。
(ベスティア帝国の手の者だったら、ある程度の強さがあってもおかしくないんだけど……身のこなしを見ても、それなりだし。けど、炎帝の紅鎧を使った攻撃を耐えられるかと言われると……なら、魔法でどうにかするか?)
レイがどうするか悩んでいると、ズボズは笑みを浮かべて口を開く。
「このギルムが貴方の大事な場所だというのは、既に知っています。そんな大事な場所が荒らされる気持ち……それを知って貰うのは、実際に体験して貰うのが一番でしょう?」
先程の興奮も収まってきたのか、ズボズの口調はいつもの口調へと戻っていた。
そんなズボズの様子を眺めつつ、レイの眉は不愉快そうに顰められる。
「つまり、俺に嫌がらせをする為だけにあの騒動を引き起こした、と?」
「勿論それだけではありませんよ。これまで私がやっていた実験の集大成とでも呼ぶべき行動なのですから」
「……だろうな」
本来であればマジックアイテムを使うだけの能力がない、通常のゴブリンやコボルトにすらマジックアイテムを使わせることが出来るようになるのだから、錬金術師としては高い能力を持っていると言っても間違いはない。
それは実際にコボルトと戦った経験を持っているレイも十分分かっていたし、サイクロプスの希少種か上位種かは不明だが、ただでさえ強力な個体が、マジックアイテムの鎚を持つことによって更に強力な個体と化していた。
レイだからこそ楽に倒せたが、もし戦ったのが通常の冒険者であればかなりの被害をもたらしていただろう。
それが分かるだけに、レイもズボズの言葉を認めざるを得ない。
(いや、情報を引き出すという意味ではありか?)
少し迷ったレイだったが、ここで時間を稼げば、それはエレーナやヴィヘラにとって有利になる筈だという思いがあった。
二人の実力を知っているからこそ、その選択をしたといえる。
(特にエレーナの場合は、相手もそれ程強いって訳じゃなさそうだし)
継承の儀式を行い、エンシェント・ドラゴンの力を手に入れたエレーナだ。まだその力を十分に使いこなしているという訳ではないが、それでもその辺の相手とは一線を画する能力を持っている。
今は相手の意表を突くようなマジックアイテムに押されてはいるが、そう遠くない内にエレーナが勝つというのは、レイにとって確定事項とすら言えた。
そうである以上、相手が興奮して口が軽くなっている今の内に必要な情報を得ておくというのは決して悪い選択肢ではない。
(それに、あの氷の盾を生み出すマジックアイテムだって、いつまでも使い続けるって訳にはいかないだろうし)
ポールの持っているマジックアイテムの盾を一瞥したレイは、ズボズに向かって口を開く。
「取りあえず、自己紹介といかないか? お前は俺の名前を知ってるみたいだけど、残念ながら俺はお前の名前を知らないんでな」
レイの口から出て来た言葉に、ズボズは一瞬だけだが意表を突かれた表情を浮かべた。
まさか、ここにきて自己紹介を促されることになるとは思ってもいなかったのだろう。
だが、すぐに気を取り直して口を開く。
「いいでしょう。これから自分が誰に命を奪われるのか。それを知らないまま死んでいくのも哀れというものでしょうしね」
「寝言は寝てから言え。……いや、寝てても言うもんじゃないな。うるさいし」
レイの挑発するような軽口に一瞬頬をひくつかせたズボズだったが、それでもここで挑発に乗ってはレイの思う壺であると知っている以上、その挑発に乗るような真似をする気はない。
多少頬をひくつかせながらではあったが、ズボズは言葉を続ける。
「まず向こうで私が作った魔剣、風の鱗を使っているのはダイアス。見ての通り、その魔剣はクレイモアで一撃の威力は高いが、同時にヴィヘラのように回避を主体とする相手にとっては戦いにくい」
「……一応ヴィヘラは出奔した、ベスティア帝国の元皇族なんだがな。名前に敬称を付けなくてもいいのか?」
「カバジード殿下が死ぬ原因を作ったような相手を尊敬しろと? あの女が余計な真似をしなければ、カバジード殿下が死ぬようなことにはならなかったのに?」
カバジードを殺されたことについての憎悪に凝り固まっている様子から、これ以上は何を言っても無駄だと判断したレイは、話題を移す。
「それで、そのダイアスってのが使っている風の鱗とかいうマジックアイテムについては教えてくれないのか?」
「何を言ってるんです? 紹介をするとは言いましたが、わざわざこちらの武器についての説明をするとでも?」
「……さっきヴィヘラのように回避を主体にする相手には云々って言ってたけどな」
揚げ足を取るように告げるレイに、ズボズは怒りで顔を赤くする。
ズボズとしては、お前達は不利なんだと告げ、それによってレイに絶望を味あわせたいという思いがあった。
だが、先程からレイの言葉に対して過敏に反応しているのは自分だけで、レイは全く動じた様子を見せない。
それはレイがエレーナやヴィヘラの強さを信じているからこそなのだが、それがますますズボズにとっては気にくわなかった。
「ズボズ、落ち着け」
そんなズボズを見かねたのか、氷を作り出す盾のマジックアイテムを手にしたポールが口を開く。
巨漢のポールだけに、かなり大きな盾を持っているというのにびくともしていない。
そんなポールの言葉でズボズも落ち着いたのか、小さく息を吐いてから再び口を開く。
「いけない、いけない。私としたことがあっさりと君の言葉に逆上するところでしたね。……さて、話を続けましょうか。姫将軍と戦っているのは、私の相棒でもあるアドリア。見ての通りこちらも私が用意した魔剣、風の牙を使用しています」
柄の部分から無数の矢を放ち続けているアドリアを見ながら、ズボズはこれ見よがしに肩を竦めてから口を開く。
「こちらは……まぁ、思う存分使っているのを見ているので、どのような能力かをわざわざ説明するまでもないと思いますが」
「だろうな。ただ、どうやってあの量の矢を柄の中に入れているのかは気になるが」
本心からの疑問……という訳ではない。
本来であれば、収納するのが不可能なだけの代物を収納するというマジックアイテム。
レイはそれが何なのかを知っていた。
いや、知っているどころではない。その象徴的なものがレイの右腕に嵌まっているのだから。
(ミスティリングのようなアイテムボックスって訳じゃなくて、エレーナが持っているような性能が落ちている代物を長剣の柄に組み込んだんだろうけど。ただ、それだけだと、もし出そうとしても矢があの女……アドリアとか言ったか? そのアドリアの手の中に出てくる筈だ)
自分のミスティリングや、以前にエレーナが使った簡易型、または劣化品とでも呼ぶべきマジックアイテムのことを思い出しながら、レイは考える。
(つまり、あの長剣に組み込まれているのはそれ以外にもまだ何かあるってことか)
笑みを浮かべているズボズの姿に、レイは同様に笑みを返す。
それが気にくわなかったのだろう。数秒前まで笑っていたズボズは、不機嫌そうに口を開く。
「何故笑っていられるのですか? 姫将軍と言っても、所詮は個人。いつまでも放たれ続ける矢の攻撃を防ぎ続けることが出来るとでも?」
「出来るさ」
そう言いながら、レイはエレーナの方へと……否、エレーナがいる場所から少し外れた位置へと一瞬だけ視線を向ける。
そこに予想通りのものを見て、更に笑みを濃くする。
「姫将軍という異名を持っているエレーナだぞ? そんな奴が、ただ矢を放ち続けるだけしか能のないマジックアイテムでどうにか出来ると思っているのか? それはちょっとエレーナを侮りすぎだろ」
「……ですが、実際あのように防戦一方ですが?」
「そうだな。それは正直驚いたと言ってもいい。ただ矢を射っている……いや、この場合は射出と言うべきか? そんな状態であるにも関わらず、エレーナが回避するのを妨害するように放っているんだからな。見たところ戦士型なのに、弓も使えるんだろうな」
「ええ、勿論です。だからこそあの風の牙を託したのですから」
その言葉は、半ば虚勢だった。
マジックアイテム屋から脱出する時、殆どの品を置いてくる羽目になり、このスラム街にアドリアが用意してあった拠点に置かれていたマジックアイテムと、何とか持ち出すことが出来たマジックアイテムの中でアドリアが一番使いこなせそうだったのが風の牙だけだったのだから。
すると、そんなズボズの虚勢を見抜いたかのようにレイは笑みを浮かべて口を開く。
「そうか。あのアドリアとかいう女はその風の牙とやらを十分に使いこなしているようには見えるな。だが……いいことを教えてやろう」
視界の隅で隙を窺っていた存在が動き出したのを見計らい、レイは言葉を続ける。
「使い魔と主人は一心同体……ってな」
「キュウウゥッ!」
レイの言葉に合わせるように、アドリアの右手へとイエロがぶつかり……その右手が握っていた風の牙は、空中へと放り投げられるのだった。
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