第951話

 レイが士官学校で模擬戦の教官を続けることになったと聞き、一番喜んだのは当然のようにその場にいたマルカだった。

 マルカがギルムまでレイに依頼をしに行ったのだから、色々と責任も感じていたのだろう。

 その不安をレイが一言で吹き飛ばしたのだから、マルカが嬉しがるのも当然だった。

 そうして機嫌が良くなったマルカは、当然のようにレイが教官をしている光景を見たいと要望を口に出し……


「退く判断が遅い! 攻撃と防御で迷うな。本能的に動けるように、身体に動きを刻みつけておけ!」


 レイの振るう模擬戦用の槍が、間合いを詰めてきたレイの動きに対応出来なかったインスラの足を払う。

 五人組のうち、最後まで残っていたインスラだったが、足を払われて地面へと倒れ込む……寸前に手を突き、何とか倒れるのを防ぐ。

 そんなインスラの動きに感心するレイだったが、インスラが粘った理由が次の瞬間明らかになる。


「マルカ様が見ている前で、無様な姿を晒して堪るか!」


 叫びながらも再び立ち上がり、模擬戦用の長剣を手にしてレイと向き合う。


(マルカが見ているからって、底力が発揮されるってのはどうなんだ?)


 疑問に思いつつ、インスラと向き合うレイ。

 だが、そもそもこの士官学校はクエント公爵騎士団の騎士を希望する者……または冒険者を希望する者が集う場所だ。

 であれば、当然クエント公爵の愛娘であるマルカの顔を知っている者は多い。

 特にマルカはその魔法の才能が広く知れ渡っており、非常に有名な人物だった。

 だからこそ、こうしてマルカが見ている前でみっともない姿を晒したくないと、インスラは何とかレイに一矢報いようとする。

 元々インスラは貴族の出であり、マルカとの面識もあったが故に余計にそう思うのだろう。


「来い。お前の実力がどの程度なのか、しっかりと見てやるよ」

「その偉そうな口も、今だけだ!」


 年下のレイから向けられる、上から目線の言葉。

 それに対して何とか一矢報いるべくインスラは床を蹴ってレイとの距離を詰める。

 レイへと向かって最初に放たれたのは、最も回避しにくい胴体を狙った横薙ぎの一撃。

 普通であれば、後方へと下がって回避するのが一般的だろう。

 だが、レイは片手で振るった槍の一撃でインスラの一撃をあっさりと弾く。

 それでもインスラは焦った様子もなく、寧ろ自分の長剣の一撃が弾かれた動きをそのまま利用し、大きく回転しながらレイへと長剣を叩きつけようとする。


「甘い」


 その一言と共に、再び槍によって弾かれる長剣。

 だがインスラはそんなレイに対して挑戦的に叫ぶ。


「そっちがな!」


 元々今の一撃で勝負を決めるつもりはなかったインスラだ。

 レイが振るった槍の反動で繰り出した一撃は殆ど力が入っておらず、あっさりと弾かれて手元へと戻され、続けてインスラの放った一撃は突き。

 一直線にレイへと向かったその一撃は、レイの隙を突いた……とインスラは思っただろう。

 事実、低ランク冒険者であればその一撃を食らってもおかしくないだろう鋭さがあった。

 しかし……インスラが対峙しているのはレイであり、とてもではないが低ランク冒険者とは呼べない相手だった。

 自分の胴体目掛けて振るわれる長剣の突きに対し、レイが放ったのは槍による突き。

 明らかにインスラが突きを繰り出したのを見てから動き出したというのに、長剣の切っ先と槍の穂先がぶつかったのはインスラのすぐ近く。

 突きというのは速度も速く、威力も高い。

 だが、その速度が最高速に達する前に止められてしまえば、その高い威力も発揮出来ない。

 更にレイとインスラでは元々の身体能力が違う。

 結果として……


「うわああぁぁっ!」


 突き同士がぶつかり合った結果、インスラは吹き飛んでいく。

 それでもレイが模擬戦ということで力の加減をしていたおかげで、インスラが吹き飛んだ距離は数m程度で済んだ。

 また、外ではなく体育館であったというのもインスラにとっては幸運だったのだろう。

 ……もっとも、マルカの前で吹き飛ばされたインスラにとっては、とてもではないが幸運だったとは言えないだろうが。


「ぐぅっ、はぁ、はぁ、はぁ……くそっ!」


 悔しげに叫ぶその姿は、とてもではないが最初にレイを見た時に見下していた様子は見えない。

 レイが模擬戦の授業を行うようになってからまだ十日も経っていないのだが、それでもレイと自分の圧倒的な力量差は理解出来る。

 いや、それが理解出来なければ四年のSクラスに在籍するのは無理だろう。

 貴族であっても実力が低ければ下位クラスとなる。それがこの士官学校の決まりなのだから。

 クエント公爵という地位にあるロナルドの肝入りだからこそ出来ることではあったが。


「ふむ、見事じゃ! レイを相手にあそこまで戦えるとは、将来が楽しみじゃのう。コアン、お主もそう思わぬか?」


 勝負の行方を見守っていたマルカが、満足そうに頷き、側に立っている護衛へと声を掛ける。

 話し掛けられた護衛……コアンは、マルカの言葉に柔和な表情を浮かべて頷き、口を開く。


「そうですね。このクラスの中では上位の実力を持っていると言ってもいいでしょう。ただし、突きを繰り出す時に体重を乗せるのが少し苦手なようですね。そこに慣れれば、突きの威力が一段……いえ、二段は上がるかと」


 コアンの言葉に、マルカは納得したように頷く。

 魔法に関してはかなりの見識を持つマルカだったが、戦士や騎士といった風に前衛で戦う者についてはそれ程詳しくはない。

 もっと大きくなれば、姫将軍の異名を持つエレーナのように戦場に出ることもあるのかもしれないが、幸い今の年齢でそんなことを命じるような者はいなかった。

 ……もしいれば、ロナルドが愛娘の為に全力を持って話を潰していただろうが。

 その代わり、魔法については詳しく学んでおり、それを噂か何かで知っている為だろう。マルカと少しでも魔法について話したいと思い、体育館の扉からそっと覗いているサマルーンの姿があった。

 元々魔法についての好奇心が非常に強いサマルーンだ。それが魔法の申し子でもあるマルカが士官学校の中にいると知れば、このような行動をとってもおかしくない。

 ただ、サマルーンがマルカに向ける目は半ば血走っており、それがマルカの護衛であるコアンを刺激しているということに本人は全く気が付いていなかった。


(サマルーン……不審人物としてコアンに成敗されないといいんだけど)


 護衛という立場上、コアンにはサマルーンが怪しい動きをしていれば手を出す可能性がある。

 実際、体育館の入り口から覗くという行為をしているサマルーンは、怪しい人物だと言われればそれを否定出来ない。

 自分の世話役でもあるし、何かあったらすぐに止めようと考えながら、レイは口を開く。


「次の五人、来い!」


 叫ぶと、意気揚々と新たな五人が立ち上がる。

 このクラスでも腕の立つインスラがやられたのをその目で見ていたのだが、そこには恐れの色よりもレイに挑むという闘争心の方が強く存在していた。

 これまでの授業で何度となくレイには負けてきたのだ。

 それが今更一度や二度増えたところで、どうなるものでもないと言いたげな態度。

 だが、その闘争心こそが騎士や冒険者としてやっていく上で絶対に必要なのも事実。

 戦場で相対した敵が、自分よりも強いというのは普通にあることだ。

 特にこの士官学校の生徒達にとって、卒業した時点で自分達よりも強い相手は数多い。

 それは士官学校の最高学年で精鋭として名高いSクラスであっても同じことだ。

 だからこそ、本来であれば自分達は絶対に敵わない強大な相手でもあるレイと模擬戦を出来るのは、Sクラスの生徒達にとって特権にも等しかった。


(こいつ等がどうなるのか……少し不安なようで、楽しみな、そんな気持ちだな)


 模擬戦用の槍を手に、レイは自分に向かってくる五人を待ち受けるのだった。






「ふーむ、妾は前衛で戦っている者のことはよく分からん。それでも魔法使いについては多少詳しいつもりじゃが……そんな妾の目から見ても、正直いまいちじゃのう」


 四年Sクラスの授業が終わり、三年Sクラスの授業は午後からということで、現在レイはマルカ、コアンの二人と共に食堂で少し早めの昼食を食べていた。

 本来なら校舎の食堂で食事をしたかったのだが、有名人のマルカがいるとなれば目立って仕方がない。

 色々な意味で有名なマルカだけに、取りあえず人目の少ない場所ということで職員寮の食堂へとやって来たのだが……


(まぁ、学生のいる食堂よりは……)


 視線を食堂の中へと巡らす。

 そこにいるのはレイと同じく少し早めに食事をしようと思っている者や、授業が午後からであり少し遅めの朝食を食べようとしている教官や職員の姿。

 当然そんな者達もマルカについてはどのような人物なのか理解しており、注目を集めていた。

 もっとも学生とは違って分別のある大人だ。学生達のように、そこまで露骨な視線が向けられないのはレイの気持ち的にも楽だった。


「魔法を戦闘で自由に使えるってのは、難しいからな。移動しながら詠唱出来るようになれば、一気にその辺も解決するんだけど」

「……レイ、そのような真似が出来る者はそうそうおらん」

「俺は出来るけど?」

「お主のような者がそうそう多くいて堪るか!」


 レイの言葉にマルカは反射的に怒鳴り、その隣に座っているコアンもまた同様だと言いたげに頷く。

 士官学校にいる生徒の全てがレイと同じ技量を持っている……そう考えると、それこそこの士官学校の勢力だけで国を滅ぼすことすら出来そうな戦力だった。


「魔法、ですか? 是非そのお話を僕にも聞かせて欲しいんですけど」


 レイとマルカの会話に割り込むようにして入って来たのは、何とかマルカと話す機会を窺っていたサマルーン。

 ……もっとも、近づいてくる気配はレイにもコアンにも察知されていたのだが。

 それでもコアンが不審人物として決断しなかったのは、模擬戦終了後にレイが前もってコアンにサマルーンのことを教えていた為だろう。

 サマルーンはレイにとってもこの地で世話になった相手だ。そんな人物が不審人物としてコアンに処分されるような光景は見たくなかった。


「ふむ、お主がサマルーンか。レイから話は聞いておるぞ。イスケルドからもじゃ。魔法について詳しいらしいのう」


 マルカがサマルーンを見やってそう告げると、マルカから魔法に詳しいと表現されたのが嬉しかったのだろう。サマルーンは嬉しそうに笑みをうかべて口を開く。


「あの脳筋からというのは不安ですが、名前を知って貰えて光栄です。それで魔法についてですが……マルカ様は風、土、光の三属性を使えるという話ですが」

「うむ。間違いない」

「それぞれの優位性についてはどうなってるんでしょう? 例えば風よりも土の方が使いやすいとか、そのような感じで」

「……そうじゃのう。妾自身にはそのような感覚はないな。どの属性の魔法も、得意不得意なく使える」

「ほう!? 今まで僕が集めてきた情報によると、複数の属性を持つ者はその殆どが得意属性というのがあったと聞いていますが。例えばそこにいるレイさんもそうです。炎の他にも風の属性を使えるようですが、レイさんと言えば炎の魔法といった具合に、明らかに得意な属性が決まっています」


 サマルーンの視線が、食後のお茶を飲んでいたレイへと向けられる。

 その視線を向けられたレイは一瞬何かを言い返そうとするも、結局沈黙を保つ。

 一般的に広まっている、レイが風の属性を持っているという話がどこから来ているのかというのはレイも理解していた為だ。

 敵の牽制や遠距離攻撃の手段として使う飛斬……だけであれば、魔法ではなくスキルだと言い切ることも難しくはない。

 だが、今やレイの象徴ともなった、一軍全てを焼き尽くすだけの災害とすら呼べる炎の竜巻……火災旋風。

 これを生み出すのに必要な通常の風の竜巻は、スキルで説明出来るものではなかった。

 希少種であるということにしてあるセトのスキルだと言えば信じて貰えるかもしれないが、そうなってしまえば今よりも更にセトに対する注目が増える。

 ……注目が増えるだけであれば、別にレイも何か思うことはない。いや、寧ろセトに構う者が多くなり、遊ぶ相手が増えたとセトも喜ぶだろう。

 だが、それが理由でセトを手に入れようと考えるような者が出てくれば面倒なことになるのは間違いない。


(いつぞやのアゾット商会の時のような奴が大勢出て来ても面倒臭いだけだしな。……セトを狙う奴が出てくれば、手加減するつもりは毛頭ないが)


 魔法理論についての話をしているマルカとサマルーンのやり取りを聞き流しながら、レイの身体から微かな殺気が漏れる。

 それに反応したコアンがレイへと視線を向けるが、レイがマルカに対して害意を持っている様子はないと判断すると、再びマルカの護衛に専念するのだった。

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