第869話

 完全に予想外のスキル習得。

 一瞬、今のは耳の錯覚だったのではないか? そう思いつつ、自分に向かって耳による斬撃を繰り出してくるガメリオンの攻撃を回避し、デスサイズを一閃する。

 身体を横に切断されたガメリオンは、そのまま内臓を周囲に浴びせ、身体を二つに分けながらレイの後ろへと突っ込んで行く。

 それを見送りつつ、デスサイズのスキルを脳裏に表示して確認。

 だが、やはりそこに表示されている地形操作のレベルは、このダンジョンに入る前の一ではなく二へと変化していた。

 つまりそれは、やはりダンジョンの核をデスサイズによって切断したことでスキルを得たということ。


(どうなっている? 魔獣術のスキル習得ってのは、モンスター一種類につき一つだけの筈。実際、俺の魔獣術の知識でもそうなっているし、これまで同じモンスターから二度もスキルを習得出来たことはない)


 戸惑いつつも考えを纏めながら、レイは自分の周囲を囲むガメリオンに対して鋭い視線を向ける。

 その視線を受けたガメリオンは思わず怯む。

 獰猛な性格をしているガメリオンだが、それでもここまで一方的に自分達が狩られてしまえば、その獰猛さよりも恐怖が強くなってもおかしくない。

 ……それでいて未だにレイから逃げ出す様子がないのは、やはりここの広間から逃げ出すことが出来ないと理解しているからだろう。

 今のガメリオンに出来るのは、自分から攻撃を仕掛けず、一撃で逆転を狙うべくレイの隙を窺うことだけだった。


(魔石とダンジョンの核は違う? いや、それは違って当然だろう。そもそも、その二つは違うものなんだから。……つまり、ダンジョンの核は全部からスキルを習得することが出来るのか? 今のところデスサイズで破壊したダンジョンの核は魔熱病の時の奴と、このダンジョンの核の二つ。その両方でスキルを習得出来たって考えると、必ずしも間違っているとは思えない。それに、ダンジョンの核も以前とは違って消えてないし……)


 ガメリオンを睨みながら、ダンジョンの核があった場所へと視線を向ける。

 この広間の丁度中央辺りに台座のようなものがあり、そこでは斜めに真っ二つにされたダンジョンの核が存在している。

 下半分は未だに台座の上にあるが、レイが切断した方の上部分はその時の衝撃により吹き飛ばされ、今どこにあるのか全く分からない。

 また、以前の魔熱病の件とは違い、ダンジョンの核はそのまま残っていた。

 以前はまだダンジョンになっていなかったかどうかの差なのかは分からないが、それでもダンジョンの核が消えずに残っているのには驚かざるを得ない。


(ちっ、一応ダンジョンを攻略した証拠として持っていく必要があるんだろうけど……探すのが面倒だな。というか、このダンジョン崩落したりしないのか? 出来たばかりだから、まだ安心だと考えたいが、出来るだけ早く片付けた方がいいな)


 自分を包囲しているガメリオンを見回しながら考え……その瞬間、レイと目が合ったガメリオンのうちの一匹が一気に飛び出す。


「ガアアアアアアアァァッ!」


 牙を剥き出しにして襲い掛かって来たガメリオンの一撃。

 普通の冒険者であれば、戦士であっても回避するか、盾で防ぐといった行為をしなければならないだろう攻撃だったが、炎帝の紅鎧をその身に纏ったレイなら片手で……いや、それどころか指一本で受け止めるのすら難しくはない。

 首を食い千切らんとして繰り出された牙は、レイの手で容易に受け止められる。


「ノイズの一撃には程遠いな。まぁ、ランクの違いと言われればそれまでだろうけど」


 そんな言葉と共に腕が振るわれ、硬い何がが折れる音が周囲に響き、ガメリオンが投げ飛ばされて仲間へとぶつかり、共に吹き飛ばされる。

 それを見送ったレイの手の中には、たった今投げ飛ばしたガメリオンの牙が握られていた。

 根元が途中で折れている牙は、レイが投げつけた時の衝撃によりへし折られたもの。


「脆い。……売れないだろうな、これ」


 握り締めた牙は途中で折れている。

 もしギルドで買い取って貰うにしても、途中で折れているような牙は査定でかなり安く買い叩かれるだろう。

 それでもないよりはいいだろうと、ミスティリングに収納したレイは自分を包囲しているガメリオンの数がかなり少なくなっているのを眺め、デスサイズの石突きを地面へと突き刺す。


「地形操作」


 地面が盛り上がるようにイメージしながらスキルを発動すると、次の瞬間にはレイの周囲を除いて広間の中全体が五十cm程盛り上がる。

 いきなり地面が盛り上がるという体験に、興奮していた筈のガメリオンも動きを止めて周囲を見回す。

 その様子を見ながら、レイは少し驚いたように口を開く。


「……へぇ。随分と強化されているな。範囲も相当広くなっているし、操作出来る地形の高さも五十cmか。だとすれば……地形操作」


 再びデスサイズの石突きを突き刺したままスキルを発動。

 すると次の瞬間には地形操作を使う前に比べて地面が五十cm程も沈没する。

 盛り上がった時と沈下した時。その両方共が五十cmとなると、合計するとその落差は一mにもなる。

 それでいて地形を操作可能な範囲も今までより大分広くなっているのを考えれば、レイにとって十分武器になるだけの効果を持ったスキルといえた。


「ガァァァアアアァァ!?」

「ガアアアァァァ!」

「ガアアアァッァァァァァァ!!」


 自分達に何が起きているのか全く理解出来ていないのだろう。生き残っているガメリオンが、それぞれ混乱した鳴き声を口にする。


「なるほど。なら……地形操作」


 再び地形操作を使い、最初の状態へと戻す。

 不思議なのは、これ程に地形を上げたり下げたりしても元に戻った場合は全く違いが分からなかったということか。

 完全に地形操作をする前の状況に戻っているのは、地形操作スキルがこれまでデスサイズの習得してきたスキルと明らかに違うということの証か。


(ダンジョンの核くらいしか収穫がないかと思ってたけど、色々と面白い感じに収穫があったな。特にデスサイズでダンジョンの核から再度スキルを入手出来たってのは嬉しい誤算だった。特にこの地形操作は、今はまだ目立つ程に強力って訳じゃないけど、このまま成長していけば物凄い威力を発揮しそうだ)


 レイの脳裏を過ぎったのは、地形操作を使い、一瞬にして敵軍を崩壊に導く図。

 幾ら何でも、自分の立っている場所を十m単位の落とし穴にしてしまえば、軍隊であろうが何だろうかどうしようもないだろう。

 落とし穴に落ちた時点で殆どの者が死んでいるだろうが、当然この世界ではそのくらいの高さから落ちても死なない者はいる。

 そんな相手に対しては、炎の魔法を思う存分穴の中に叩き込んでやれば、延焼の心配もないまま一方的に殲滅出来るだろう。

 地形操作というスキルの使い勝手の良さに、内心笑みを浮かべるレイ。

 だが、レイはガメリオンの唸り声にすぐに現実へと引き戻される。


「ガアアァァァァアアァッ!」


 まだ生き残っていたガメリオン達が、一斉にレイへと向かって襲い掛かって来たのだ。

 それも当然だろう。

 地面が上下するような異様な体験をし、それを行ったのがレイであると殆ど本能的に察知していたのだから。

 とにかくレイを殺す。

 殺さなければ自分達が殺される。

 そう判断し、半ば恐慌状態に近くなったガメリオンは自らの危険も試みず、一気にレイへと向かって襲い掛かる。

 そんなガメリオンを、デスサイズを手に笑みを浮かべて待ち受けるレイ。

 真っ先に自分へと襲い掛かって来たガメリオンへと、斬り掛かるべくデスサイズを構えるのだった。






「ま、こんなものか」


 呟き、レイは周囲を見回す。

 そこにはガメリオンの死体が無数に転がっている。

 そうしてこの広間の真ん中には上半分が存在しないダンジョンの核の置かれている台座。

 既にここで生きているのはレイだけだ。

 広間の様子を眺めながら、炎帝の紅鎧を解除する。

 可視化出来る程に濃縮された赤い魔力が消えていき、小さく息を吐く。


「何だかんだと、結構疲れたな。炎帝の紅鎧の方はそんなに魔力を使わなかったんだけど」


 ダンジョンの核が置かれていた台座に寄り掛かり、ミスティリングから冷たい果実水を取り出して口へと運ぶ。

 外は冬だが、不思議とダンジョンの中はそれ程気温が下がってはいない。

 ダンジョン内の気温がどうなっているのかはダンジョンによって違う――エグジルにあるダンジョンでは、内部が砂漠になっている階層もある――が、レイが攻略したこのダンジョンはダンジョン内の気温を一定に保つらしい。

 過ごしやすいダンジョンと言ってもいいだろう。

 もっとも、ドラゴンローブは暑い時は涼しく、寒い時は暖かくしてくれるという能力を持っている。

 それでもレイがこうして夏に買い溜めておいた果実水を飲んでいるのは、やはり五十匹を超えるだけのガメリオンを殺し尽くすというのは疲れた為だからか。

 仄かな甘みと微かな酸味。その甘酸っぱい味にレイは持っていたコップの中身を一気に飲み干す。

 そうして一段落した後にやるのは、ガメリオンの素材の剥ぎ取り……ではなく、ガメリオンの死体をミスティリングに収納することだけだ。

 これだけのガメリオンの素材を剥ぐのに、レイだけでやればそれこそ数日、もしかしたら十数日、あるいはもっと掛かる。

 それなら、以前のようにギルドで素材を剥ぐ人員を募集した方が早い。

 ……もっとも、ガメリオンが獲れないと言われている今年だ。これだけのガメリオンを持ち込んだとなれば、買い取りたいと言ってくる者が相当数出てくるのは間違いないだろうが。

 また、ダンジョンの核を破壊した以上、いつここが崩れたりしてもおかしくはない。

 ガメリオンの死体に触れては、ミスティリングへと収納していく。

 そんな行為を続けること十数分。

 広間の中にあったガメリオンの死体が半分程消えた時に、それはレイの目に入ってきた。

 丸く、それでいながら途中から綺麗に切り取られている石のような何か。

 レイの視線は、広間の中央にある台座へと向けられる。

 今、レイが手にしているその存在の切り口は、あの台座の上に置かれているダンジョンの核の切り口と一致する筈だ。


「ダンジョンの核、ようやく見つけた。見つけたけど……はぁ。いや、地形操作のレベルが上がったのは嬉しいんだけど、多分セトは悲しむだろうな」


 レイとセトは、離れていてもどちらかがスキルを習得すればもう片方もそれを理解出来る。

 つまり、セトもレイが地形操作のレベルが上がったことを理解しているのは間違いない。

 そう思うと、レイはダンジョンに入る前にセトと約束していたことを思い出し、同時にセトの残念そうな表情が脳裏を過ぎる。

 セトの悲しそうな顔に心を痛めつつ、台座に固定されているダンジョンの核の下半分へと手を伸ばす。

 既に破壊されている為か、はたまた最初から軽く力を入れるだけで外れるようになっているのか。そのどちらの理由なのかレイには分からなかったが、とにかく握ったダンジョンの核はあっさりと外れた。


「……過ぎたことを考えてもしょうがないか。ガメリオンの肉で機嫌を直してくれるといいんだけど」


 ダンジョンの核をミスティリングへと収納し、再びガメリオンの死体を次々に拾っては収納していく。

 ガメリオンの集団の真ん中でデスサイズを縦横無尽に振り回した結果、ガメリオンの四肢が斬り飛ばされたり、頭部や尾が斬り飛ばされたりしている死体の数がかなり多い。

 また、腹部を切られたことにより内臓がはみ出している死体や、炎帝の紅鎧により毛が焼かれている個体もそれなりの数があった。


「倒し方をもう少し考えるべきだったな。まぁ、あれだけの数がいたんだからしょうがないけど」


 もう少し後先を考えて攻撃すれば良かった。そんな風に思いながらも、死体を次々にミスティリングに収納していく。

 それから暫く経ち、ようやく全てのガメリオンの死体をミスティリングに収納し終えると、大きく息を吐く。


「さて、ここでの用事はこれで全部済んだ。まさかガメリオンがこんなに集まっているとは思わなかったけど、ガメリオン狩りに行かなくても済んだんだから一石二鳥か。それに今までガメリオンが見つかりにくかったのは、ダンジョンの核が理由だ。だとすれば、もうこのダンジョンが攻略された以上はガメリオンが見つからないってこともない筈。……このガメリオンを市場に流す必要は、ないか?」


 首を傾げるレイだったが、それでも幾らかは流す必要があるように感じられた。

 それ程までに、現在のギルムではガメリオンの肉が品薄となっているのだ。


「ま、全てはギルムに戻ってからだな。ダンジョンを攻略したってのは知らせないといけないし」


 呟きながら最後に広間を一瞥し、特に何がある訳でもないのを確認してから首を傾げる。


「……継承の祭壇の時には銀獅子がダンジョンの核を守ってたと思うんだけど、このダンジョンだとガメリオンが守護者……ボス的な役割だったのか? 質より量的な問題で」


 そう疑問を口にするレイだったが、獰猛な性格をしているランクCモンスターの群れというのは、出来たばかりのダンジョンにいるモンスターとしては破格と言ってもよかった。

 それも、他にいるモンスターがゴブリンやコボルト、あるいはオーガではあってもレイが以前見たオーガと比べるとかなり小柄な存在だったのだから。

 ここまで簡単にダンジョンを攻略出来たのは、やはりレイという存在が規格外だったからだろう。

 そのことに気が付かないまま、レイはダンジョンが崩落する前にと広間を後にするのだった。

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