第868話

 ガメリオン。

 ランクCモンスターであり、その強さはレイがこのダンジョンで今まで戦ってきたゴブリン程度は歯牙にも掛けない。

 その牙は容易く人間を鎧諸共に噛み砕き、刃と化している耳は下手な冒険者の一撃よりも鋭い。長い尾を鞭のように振るい、時には尾の先端を槍のように突き刺す。

 全高二mから三m程もある身体には筋肉が詰まっており、ウサギ特有の跳躍力を使っての一撃は、その質量も相まって並の戦士では盾で防ぐことが出来ず、回避するのが精一杯だろう。

 またウサギを基にしたモンスターだとは思えない程に獰猛な性格は、ランクCモンスターとして相応しい。

 ランクCパーティで、一匹を相手にしてようやく互角というモンスター。それがガメリオン。

 ……そんなガメリオンが、現在レイの前には五十匹近くも存在しており、敵意を向けていた。

 既に最初に襲い掛かって来た十匹程のガメリオンは、身体を斬り裂かれて地面に沈んでいる。

 ガメリオン側としても、まさかこうも容易く自分達の仲間が殺されるとは思っていなかったのか、今は一気呵成に襲い掛かるのではなくレイの隙を窺っていた。

 だがそんなガメリオンを相手に、レイは身体に纏っている赤い魔力をこれ見よがしに見せつける。

 本来であれば普通の状態でも十分にガメリオンを相手に出来ただろう。

 だが、これだけのガメリオンを相手にするということであれば、少しは自分の戦いの相手として相応しいだろうと判断したレイは、身体に自らの魔力を纏って戦っていた。

 炎帝の紅鎧。レイが持つ最強のスキルであり、ランクS冒険者、不動のノイズと互角に戦うだけの性能を秘めているスキル。


「どうした? 掛かってこないのなら、こっちから行くぞ?」


 手にしたデスサイズを右手で持ち、左手を大きく振るう。

 そこから放たれたのはレイの身体を覆っていた、可視化出来る程に圧縮された魔力。

 その魔力が、まるで千切れるようにレイの左手から放たれてガメリオンの方へと飛んでいったのだ。

 ガメリオンもその攻撃の危険性を察知したのか、得意の跳躍で即座にレイから放たれた魔力……深炎を回避する。

 だが何匹かは回避が間に合わず、近くの地面へと着弾した深炎が生み出した炎により身体を包まれ、燃やされた。

 個体によってガメリオンの毛の色は違うが、茶色や白といった毛が燃やされ、その痛みで暴れることにより周囲の他の仲間に対しても炎による火傷を広げる。


「ガアアアアアアアアアァァッ!」


 仲間の仇という訳でもないだろうが、レイから一番近い位置にいたガメリオンが雄叫びを上げながら、鋭い耳で斬り裂かんと地を蹴ってレイへと襲い掛かった。

 最初に倒された自分の仲間が牙でレイの細い身体を噛み千切ろうとしたのを回避され、カウンター気味に振るわれたデスサイズで殺されたのを見ていた為だ。

 牙で攻撃する為には、レイの前で一旦動きを止める必要がある。

 その隙を突かれて攻撃を食らっていた為に、耳を使って横を通り抜け様にレイを斬り裂こうと考えたのだろう。

 確かにその考えは正しい。

 ランクCモンスターとしては当然かもしれないが、同じ失敗を繰り返さないというのはガメリオンという戦闘方面に特化したモンスターの面目躍如と言ってもいいかもしれない。

 だが……


「その程度の速度で俺がどうにかなると思っているのか!?」


 自分の腹部を両断せんとして向かってきたガメリオンの耳を受け止め、レイは鋭く叫ぶ。

 もしこの光景を他の冒険者が見ていれば、自分が見たものを信じることが出来なかっただろう。

 何故なら、レイがガメリオンの攻撃を受け止めたのは、デスサイズではなく……右手一本、素手で耳を受け止めたのだから。

 今レイに攻撃を仕掛けたガメリオンは、決してこの広間にいるガメリオンの中では大きいという訳ではない。それでも全高は二mを超えており、その体重がどれ程のものであるのかというのは考えるまでもない。

 そんなガメリオンの攻撃を右手一本で受け止めたレイは、そのまま刃となっていない右耳の根元を鷲掴みにしながら持ち上げ……地面へと叩きつける。


「ギャピッ!」


 頭部を地面へとぶつけ、自らの体重とレイの膂力による一撃でその頭部の砕ける音と共にガメリオンの悲鳴が周囲に響く。

 傍から見れば羽毛と呼んでもおかしくないような柔らかそうな毛が空中を舞い、それとは別に脳みそや骨、血、肉といったものが周囲へと散らばる。

 レイを包囲している他のガメリオンも、今の光景は明らかに異常だというのに気が付いたのだろう。それぞれに唸り声を上げはするものの、レイへと襲い掛かる様子は一切ない。


「どうした? 来いよ。俺は逃げも隠れもしない。ここでお前達と真っ向から戦おう」


 挑発するように呟き、左手で持っていたデスサイズをミスティリングの中へと収納すると、新ためて自分は手ぶらだとガメリオンに示す。

 だが、その仕草をするごとにレイの身体に纏っている赤い魔力が揺れ動くのを見れば、明らかに危険だというのはガメリオン達にも理解出来た。

 だが……それでもガメリオン達に出来るのは、襲い掛かる以外ではこうして包囲することだけしかない。

 ダンジョンの核によってここへと召喚されたのはいいのだが、身体が大きすぎてこの部屋から出ることが出来ないのだ。

 レイが戦ったオーガと全高に関しては同じようなものだったが、横幅が違う。

 その時点で、この広間から外に出ることすら出来なくなっていた。

 本来であれば、ガメリオンであろうとも今のレイとは戦いたくないだろう。

 獰猛な性格をしているガメリオンだが、それでも出来れば逃げたいとすら思っているガメリオンもいる筈だ。

 だが……出口が一つしか存在せず、更にはそこを通れないとなれば逃げ出すことも出来ない。

 その結果が、今のレイを包囲している状態だった。


「どうやらそっちから来るつもりはないようだし……なら、こっちから行かせて貰うか」


 小さく呟き、一歩を踏み出す。

 レイの言葉を理解出来た訳ではないだろうが、それでも赤い魔力を身に纏ったレイが自分達に近づいてくるのは危険と判断したのだろう。レイを包囲していたガメリオンが後退り……


「ふっ!」


 だが、次の瞬間にはいつの間にか目の前にいたレイの姿に、ガメリオンは驚く。


「はぁっ!」


 気合いの声と共に振るわれる拳が、レイの一番近くにいたガメリオンの頭部を砕く。

 まるで水風船が地面に落ちて破裂したかのように、周囲に散らばるガメリオンの頭部。

 その中でも何匹かが、刃と化している耳や、鋭い牙によって身体に傷を負う。


「……力加減を間違ったな」


 ガメリオンというモンスターは、肉もそうだが当然他の素材も高く売れる。

 今の一撃で何匹かが傷を受けた毛皮にしても、かなり高価な代物だった。

 それを傷つけてしまったのだから、レイとしては失敗したとしか言えないだろう。


「ガァッ、ガアアアァッァアッ!」


 牙の破片を目で受けたガメリオンが、痛みと怒りで唸り声を上げる。

 それに続くように、耳によって手足が斬り裂かれたガメリオンもまたそれに続くように唸り声を上げていた。

 そして、仲間に続くように次々と鳴き声を上げていくガメリオン。

 元々非常に攻撃的なモンスターだ。例え最初はレイの強さに怯えていたとしても、仲間達が傷つき、それによって怒りの声を上げれば、引きずられるようにして怯えを攻撃性が塗り潰す。

 また、自分達には一切の逃げ場がないというのを理解するだけの知能があったのも、こうなった原因だろう。

 どうやっても自分だけでは目の前にいるレイには勝てず、かといって逃げ出す場所もない。

 また、レイにもガメリオンを見逃すという選択肢はなかった。

 そうである以上、ガメリオン達が生き残るには目の前にいる、驚異にして脅威な相手を倒すしかない。

 本能的な思いに従い、ガメリオン達は一斉にレイへと向かって襲い掛かった。


「ようやく本気になったか」


 これだけの数がいれば、さすがに武器がないままでは厄介だと判断したレイは、ミスティリングからデスサイズを取り出して自分に向かってくるガメリオンを待ち受ける。


「ガアァアァアァァァアッ!」


 左右と正面、その三方向から襲い掛かってくるガメリオン。

 後ろは通路であり、ガメリオンが回り込める程の隙間はない。……それ以前に、今の血気に盛っているガメリオンには背後に回り込むという考えを持っていないのだが。

 上はと言えば、そこは天井がある。

 また、斜め前という位置もガメリオンの身体の大きさを考えると無理だった。

 その結果、襲い掛かってくるガメリオンは最大でも三匹。

 右から放たれた鞭の如き一撃をしゃがんで回避し、左から突っ込んできたガメリオンが剥き出しにした牙はデスサイズの石突きの部分で顎を打ち上げ、正面から牙を剥き出しにして襲い掛かって来たガメリオンは空いている左手を使って牙を掴んでその動きを止め、右の尾を使って攻撃してきたガメリオンへと向かって放り投げる。

 右のガメリオンにしても、まさかレイのような小さな身体を持った者がガメリオンを片手で持ち上げるというのは完全に予想外だったのだろう。放り投げられたガメリオンを回避することも出来ず、共に吹き飛ばされ……


「まず、二匹!」


 そんな言葉が聞こえたのと同時に、二匹のガメリオンは身体を二つに切断されて意識が闇へと沈む。

 本来であれば斬撃に対する耐性があるガメリオンなのだが、それでもレイのデスサイズによる一撃を防ぐのは不可能だった。


「ガアアアァァアァァァ!」


 そんなレイへと向かい、再び襲い掛かるガメリオン。

 真っ直ぐに自分へと向かってきたガメリオンに対し、跳躍してスレイプニルの靴を発動。空中を蹴って天井へと到達し、そこでデスサイズを振るう。

 デスサイズの刃は、天井から生えている鍾乳石であろうが全く何の問題もなく切断し、地上へと落ちていく。……レイの姿が突然消え、見失っているガメリオンの頭上へと。

 ぐちゃ、という肉の潰れる生々しい音が周囲に響くが、それを聞いている者はいない。

 既に戦場は広間の端ではなく中央へと移っていた為だ。

 スレイプニルの靴を利用して空中を蹴って移動したレイは、地上から自分へと放たれる尾の一撃を回避しながら、デスサイズを使ってその尾を切断していく。

 そうしてガメリオンの密集している場所へと到着すると、地上へと落下しながらデスサイズを振るう。


「ギャンッ!」


 レイが降ってくるのを見て、危険だと判断したのだろう。丁度レイの真下にいたガメリオンが回避しようとしたのだが、近くに他のガメリオンがいるおかげで殆ど身動きが出来ず、僅かに身体を逸らすことしか出来なかった。

 その結果レイに狙われたガメリオンの右前足は、デスサイズの刃により綺麗に切断されることになる。

 勿論レイの攻撃はそれだけでは終わらない。

 炎帝の紅鎧を発動させ、更には魔力を流したデスサイズを手に、四方八方周囲にはガメリオンしかいない状況でレイがやるべき攻撃は決まっていた。


「はぁぁぁっ!」


 無造作に数秒前右前足を切断されたガメリオンの首を撥ね、その勢いを利用して手の中でデスサイズの柄を回転させる。

 その結果、レイの周囲にいたガメリオンは当たるを幸いとばかりに足が切断され、耳が切断され、尾が切断され、胴体が切断され、頭部が切断されていく。

 少し前に毛皮の傷がどうこうと考えていた者とは思えない攻撃方法だが、これだけのガメリオンがいるとなれば、毛皮を含めた他の素材に関してもどうにかなるという判断なのだろう。

 数秒……レイがデスサイズを振り回していたのはほんの数秒だというのに、既に十匹近いガメリオンがその命を絶たれていた。

 それも身体中が切断されるという、とてもではないがまともではない死に方で。

 死をもたらす刃の乱舞でありながら、その動きは剣舞にすら通じる美しさがあった。

 ガメリオンの血が降り掛かるが、それはレイを覆うようにして存在している炎帝の紅鎧によってすぐさま蒸発し、消えていく。

 元々レイに深紅という異名が付けられたのは、春の戦争で火災旋風による蹂躙と、同時にベスティア帝国の兵士の血を浴びていたことによるものだ。

 その時とは全く違うが、今の炎帝の紅鎧という赤い魔力を身に纏っているレイを見た者がいたとしても、恐らく深紅という異名が付けられていただろう。

 いや、寧ろ今の方が余程深紅という異名に相応しい。

 そのままデスサイズを縦横無尽に振り回しながらガメリオンを斬り裂き続けるレイ。

 この時、レイとしては決して油断をしているつもりはなかった。

 この広間全体にガメリオンが存在しており、周囲には敵しか存在しなかったというのもあるだろう。

 だが……それ故に、その事態は起きた。

 ガメリオンの肉や骨を斬り裂くのとは全く違う、硬い何かを斬り裂くかのような感触がデスサイズを通してレイの手に伝わってくる。

 そうして……


【デスサイズは『地形操作 Lv.二』のスキルを習得した】


 レイの脳裏を過ぎるアナウンスメッセージ。


「なっ!?」


 思わずデスサイズの乱舞を止めたレイが目にしたのは、ダンジョンの核が斜めに真っ二つになっている光景。


「……何で、またダンジョンの核からスキルが?」


 レイに出来たのは、呆然と呟きつつも襲い掛かってくるガメリオン目掛けてデスサイズを振るうことだけだった。






【デスサイズ】

『腐食 Lv.三』『飛斬 Lv.四』『マジックシールド Lv.一』『パワースラッシュ Lv.二』『風の手 Lv.三』『地形操作 Lv.二』new『ペインバースト Lv.一』『ペネトレイト Lv.二』


地形操作:デスサイズの柄を地面に付けている時に自分を中心とした特定範囲の地形を操作可能。Lv.二の場合は半径三十mで地面を五十cm程上げたり下げたり出来る。

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