第833話
凱旋パレードは帝都の大通りを通り過ぎ、城へと到着して終わりとなる。
勿論城に到着してその場で解散という訳ではなく、皇帝の言葉を貰ってから終わりとなるのだが。
だが皇帝に謁見出来るのは、メルクリオ軍の中でも皇族や貴族といった者が殆どだ。
冒険者や傭兵、志願兵といった者達は城の他の場所に移動させられ、そこではテオレームが宰相のペーシェに要求していた酒盛りが行われていた。
言うまでもなく、これは特別な待遇だ、通常では城の中に入ることすら出来ない者達が、城の用意した料理や酒を飲んで食べて騒げるのだから。
だが、皇帝との謁見のような肩の凝る行為をしたくないような者達にとっては、これ以上ない程のもてなしでもある。
もっとも皇帝と謁見出来る機会というのは、普通であれば一生に一度あるかどうか……いや、一度もない可能性の方が高いだろう。
そう考えれば、ここに案内されたことを残念に思う者もそれなりの人数いたのだが。
「あー、俺達は運が良かったよな。お偉いさんの話なんか、聞いててもつまらないだけだし。そうは思いませんか、レイ隊長」
遊撃隊の一人が、コップに入ったワインを湯水のように飲みながら、酒には目もくれずに料理を味わっているレイへと向かって尋ねる。
「そうだな。それに、俺はこの城にいる者には嫌われているらしいし」
本来であれば、レイはメルクリオ軍の中でも精鋭の遊撃隊を率いた人物なのだから、皇帝と謁見する資格は十分にあった。
だが、同時にレイは闘技大会での表彰式には興味ないとばかりに出なかった。
レイにしてみれば、闘技場で行われた表彰式には出たのだから……という思いもあったのだが、城で働いている者にしてみれば闘技場で行われた表彰式はあくまで簡易的なもの。
本当の意味での表彰式は、城で行われるものだった筈だ。
だが闘技大会で優勝したノイズは既に魔の山へと向かっており姿を見せず、準優勝のレイもまた表彰式に出ずに帝都を出て行った。
しかも当時はその理由がはっきりとしていなかったが、反乱軍と自称していた軍に味方をしたのだ。
当然式典を司る貴族や役人にしてみれば、そんなレイの行動が面白い筈もない。
いや、寧ろ苦々しい思いを抱いているだろう。
その苦々しい思いの中には、この手の式典に全く出てこないノイズに対するものも入っていたのは間違いなかった。
そのような理由により、レイは皇帝の謁見に参加するのか? と嫌みったらしく役人に聞かれることになる。
闘技大会の表彰式にも出なかったのだから、今回の謁見にも出なくてもいいのでは? と。
嫌みったらしく尋ねた役人としては、レイが慌てて自分も謁見に参加したいと言ってくると思っていたのだろう。
しかしレイはこれ幸いとその場を後にし、こうして宴会組の方へとやってきた訳だ。
尚、そんなレイと役人の様子を、謁見に出席するメルクリオ軍の貴族達は緊張した面持ちで見つめていた。
役人達の、自分がどんな人物を相手にしているのかを理解していないやり取りに、いつレイが爆発するのかと息を呑んでいたのだ。
当然レイに声を掛けてきたのは、役人の中でもそれなりに上の地位にいる者であり、レイが闘技大会で準優勝したというのも知っている。
だがそれはあくまでも冒険者としての話であり、自分達は文官である以上そんな功績は関係ないと……そう、思い込んでいたのだ。
事実、それが見当外れという訳ではない。役人達にしてみれば、レイというのは所詮は一冒険者にしか過ぎないのだから。
不運だったのは、城にいる為に戦場でレイがどのような活躍をしたのか……それを人伝の報告でしか知らないことだろう。
もし知っていれば、戦場では神の如き……というのは言い過ぎかもしれないが、それでも一人で一軍を相手にすることが出来る、メルクリオ軍の切り札として扱われているレイに対し、このような態度は取らなかっただろう。
レイとしては追い出してくれて感謝の念すら抱いていたのだが、メルクリオ軍にいる者にしてみればとても許せることではなかった。
これには、白薔薇騎士団の中でレイを嫌っている者達ですら、英雄に対して取る態度ではないと怒りを露わにする。
レイが出て行った後、その役人は貴族達に厳しい目で見られ、這々の体で部屋を逃げ出す。
何人かはレイを呼び戻すべきではないかとテオレームやメルクリオ、フリツィオーネに尋ねたのだが、レイが堅苦しい場所を嫌っているのを知っている三人はそれに首を縦に振ることはなかった。
「ふふっ、馬鹿な人達ね。今の状況でレイを敵に回したらどうなるのか……それを理解していないんだもの。けど言わせて貰えば、ああいう人だけじゃないのよ」
幾つかの瑞々しい果実を皿に盛り、近づいてきたヴィヘラがレイの隣に腰を下ろしながら言う。
レイは、ヴィヘラの差し出した皿から白いキウイのように見える果実を一切れ口に運ぶ。
「っ!?」
その果実を口に入れた瞬間、レイの表情は驚きに固まった。
てっきりキウイのように甘酸っぱい味かと思っていたのだが、酸っぱさが全くない濃厚な甘みが口一杯に広がった為だ。
そんなレイの姿を見て、ヴィヘラは不思議そうに首を傾げる。
(してやったりとか、そういう顔じゃない。つまり、ヴィヘラにとってはこれが普通の味だったってことか)
改めて、キウイのように見える果実へと視線を向けたレイは、手を伸ばして再びその果実を口へと運ぶ。
口一杯に広がった甘みは、そういうものだと理解した上で味わうと十分にレイの舌を楽しませる。
果肉の食感や味を考えると、マンゴーに近い。
それでいて見た目、特に切り口はキウイに似ているのだから、レイがそれを見て間違ってもおかしくはなかった。
「どうしたの? 急に驚いて」
「いや、何でもない。この果物が予想していたよりも美味かったからな」
「ああ、それはそうでしょ。皇室御用達の店でしか取り扱っていない、特殊な栽培方法で育てた果実ですもの」
ざわり、と。
レイの周辺にいた遊撃隊……だけではなく、他の部隊の兵士達までもがその果実へと視線を向ける。
皇室御用達の、特殊な栽培方法でしか育てられない果物。
そんな話を聞けば、一度は食べてみたいと思うのは当然だった。
今は城の中で開かれている宴に参加しているが、城の中に入るのはこれが最初で最後という者も多い筈であり……当然皇帝やその一族しか食べられない食べ物には興味を引かれる。
もっとも、皇室御用達ではあっても、爵位の高い貴族であればそれを手に入れることも難しくはないのだが。
「うわっ、甘っ! ……けど、飲み込めば口の中がさっぱりとして甘いのが残らねえ!」
「美味しい……本当に美味しいわ……」
「美味っ! いや、確かにこれは普通なら俺達の口に入るような食べ物じゃねえよな」
兵士達がそれぞれに絶賛する。
あっという間に自分の皿以外の果物がなくなったのを見たヴィヘラは、部屋の隅で控えているメイドへと視線を向けた。
その視線の意味を理解したのだろう。メイドはヴィヘラに頼まれたのが嬉しかったのか、満面の笑みを浮かべながら小さく頭を下げ、宴が開かれている広間を出て行く。
勿論、普通であれば皇室御用達の食べ物をそう簡単に出したりはしない。
だが、ここにはヴィヘラがいる。
既にベスティア帝国を出奔したと言っているヴィヘラだが、グルガストやティユールを見れば分かるように、その影響力は決して小さなものではない。
当然今のメイドのように城の中にもヴィヘラを慕っている者は多いし、それがなくてもここにいるのは今回の内乱を勝ち抜いたことで次期皇位継承権を得たメルクリオの兵士なのだから、心証を良くしておくに越したことはない。
「それで、レイ。これからどうする……」
ヴィヘラが何かを尋ねようとした、その時。宴会の為に解放されているこの広間へと、数人の人物が入ってくるのに気が付く。
レイやヴィヘラだけではない。飲んで騒いでいた兵士達の多くがその存在に気が付いた。
何故なら、兵士達が集まっているこの場所に来るには、見るからに場違いな者達だった為だ。
そして、特に遊撃隊の兵士達が苛立たしげな表情を浮かべたのは、広間に入ってきた者の中に見覚えのある人物がいた為だ。
そう、レイに対して皇帝への謁見をするのかと、嫌みったらしく尋ねた人物が。
レイ本人は面倒臭いのが嫌いだった為に嬉々としてこっちに来たが、自分達の隊長を粗雑に扱われた遊撃隊の兵士達にしてみれば面白い筈もない。
結果として、広間に入ってきた人物に対して非友好的な視線を向ける。
入って来た者達も、自分達が歓迎されていないというのは理解しているのだろう。
一瞬集団の足が止まるが、それでもその中の一人が足を進めれば、他の者達も釣られるように歩き出す。
そうしてレイの前にやって来ると、先頭の人物が一礼して口を開く。
「ヴィヘラ殿下、お久しぶりでございます」
「ええ、久しぶりね。まさか、貴方が出てくるとは思わなかったわ」
「……うちの者が馬鹿をしでかしましてな。初めまして、深紅のレイ殿。私はレイ殿に無礼を働いたクエルダの上司、ジーヴ・ラスノと申します」
レイに向かって、ヴィヘラに対してしたのに負けない程に深々とした一礼をするジーヴ。
年齢は五十代程であり、レイより頭一つ分程身長が高い。
体格は標準的であり、柔和な表情を浮かべてはいるが、その目は相手の心の底までを見抜くかのような深さを宿していた。
クエルダという人物の頭を押さえるようにして強引に下げさせる。
「クエルダ、お前からも何か言うことがあるのだろう?」
「はっ、は! 今回はレイ殿に対して大変な無礼を働いてしまい、大変申し訳ありませんでした」
ジーヴの言葉に、余程焦っていたのだろう。大変という言葉を二度続けて使うその様子は、レイに対して傍若無人に接していたのと同じ人物とは思えなかった。
「私からも謝罪を……レイ殿、大変申し訳ありませんでした」
再び頭を下げるジーヴ。
レイやその周辺に集まっていた遊撃隊の兵士達は、そんなジーヴを驚きの表情で見る。
あれだけ敵対的な行動を取っていた筈なのに、いきなりどうして……と。
そんな中、ヴィヘラだけは当然といった表情を浮かべていた。
役人の中でもかなり上の地位にいるジーヴだが、それだけに当然頭は回る。
今の状況でレイと敵対した場合、間違いなくベスティア帝国は大きな被害を受けると認識しているのだろうと予測していた為だ。
(いえ、ジーヴじゃなくても、ある程度頭が回れば、その程度は考えてもいいと思うんだけど。今のレイをどうにかするには、それこそノイズのような人物を連れてこないとどうにもならないし。……あ、でもグルガスト辺りなら喜んで戦いたがるかもしれないわね。領地に戻ってなければ、寧ろ喜んでそっちに話を持っていったんでしょうけど)
馬鹿らしいと、凱旋パレードには参加せずに自分の領地に戻ったグルガストの姿が、ヴィヘラの脳裏に浮かぶ。
メルクリオやテオレームも出来ればグルガストにも凱旋パレードには参加して欲しいと要望したのだが、グルガストがそれを聞くことはなかった。
メルクリオ軍の中でも精鋭部隊の一つであり、今回の大きな手柄を挙げたのは間違いがないのだから、というのもグルガストにとっては特に意味はなく、そのまま領地へと戻っていった。
「いや、気にしないでくれ。俺は堅苦しいのは苦手だ。こうやって皆で騒いでる方が性に合ってるよ。……それより、俺を気にするのならセトの方も気にしてやってくれ」
セトという言葉に、すぐにレイの従魔であるグリフォンを思い出したのだろう。ジーヴは笑みを浮かべて頷きを返す。
「厩舎の方にいますが、そこで食事をしていますよ」
「そうか、出来ればセトもここに来られれば良かったんだけど……」
レイの言葉を聞き、遊撃隊だけではない兵士達も同意するように頷く。
討伐軍にとっては死の象徴に近い扱いを受けているセトだが、メルクリオ軍の者にしてみれば守護神に近い存在であり、何よりセトの愛らしさを近くで見ていたいと思う者も枚挙に暇がない。
そんなレイに対して、ジーヴは苦笑を浮かべて頭を下げる。
「さすがにそれはご勘弁を」
幾ら何でも、グリフォンを城の中に入れるのは危険だということで、セトは城の厩舎で待機することになっていた。
もっとも、ジーヴが口にしたように大量に食事が与えられていたのだが。
最初はグリフォンに料理を出すというのに不満だった者もいた。
しかしその食いっぷりや人懐っこさに、セトの世話を任された者達も次第に魅了されていったのだが……それは、この場にいる誰も知らないことだった。
レイは何となくそんなことになるのではないかと、予想していたが。
「それより……皇帝陛下が個人的にお会いになりたいそうです」
何でもないことのように、ジーヴはレイへと向かってそう告げたのだった。
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