第803話

「ほう……なるほど。どういう風になるのかと思っていたが、そうなったのか。これは少し予想外だったな」


 視線の先にいる、自分と同じ……否、同じだった覇王の鎧を身に纏ったレイの姿を見て、ノイズは興味深げに呟く。

 少し前までレイが身に纏っていたのは、確かに自分と同じ覇王の鎧だった。

 可視化出来る程に濃縮された魔力が、白色の光として身体を覆っていた状態。

 だが、今のレイが身に纏っている覇王の鎧は、明らかに自分のものとは違っている。

 最も違う場所は、やはりその色だろう。

 ノイズの白色の光に対して、レイのそれは異名と同様の深紅とでも呼ぶべき色。

 そして、圧倒的に違うのは、今のレイから感じる圧力。

 先程までのレイからも、当然圧力は感じていた。

 曲がりなりにもノイズと同様に覇王の鎧を使っていたのだから、それは当然だろう。 

 だが、今のレイから感じる圧力は、先程までと比べても尚強い。

 そんな、自らの技の後継者とでも呼ぶべきレイを見て……ノイズは笑う。

 怯むのではなく、驚くでもなく、悲しむのでもなく、獰猛な笑みを浮かべる。


(追い詰められれば化ける。そう思ってはいたが……まさか、ここまで化けるとはな。俺の覇王の鎧を自分用に調整した……ってだけじゃなさそうだが。さて、どれ程の力を持つ?)


 魔剣を手にし、これから始まる自分が見たこともないような戦いを想像し、その興奮に身を任せるかのように叫ぶ。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 セトの使う、王の威圧というスキルがある。

 自分よりも弱い相手に対して雄叫びを放つことで動きを止め、そこまでいかなくても動きを鈍らせるという能力を持つスキル。

 ノイズの今の雄叫びは、奇しくも王の威圧と同じような……あるいはより強力な効果をもたらしていた。

 レイとノイズの戦いが行われている戦場の壁と化していた討伐軍の兵士達は、殆どの者がその動きを止める。

 そんな、少し離れた場所では数万人を超える戦力が争っている状況であるにも関わらず、今この場には静寂が広がっていた。

 聞こえてくるのは、討伐軍とメルクリオ軍がぶつかり合っている戦いの声。

 そんな静寂の中で動くことが出来たのは、当然と言うべきか……深紅の覇王の鎧を身に纏ったレイだった。

 周囲に存在する沈黙やノイズから放たれている強烈なプレッシャーを、まるで感じていないかのように歩く。


(これは……分かる。これこそが俺が使うべき、覇王の鎧)


 自らの魔力を、属性に対して相応しい形で流し込んでいる為だろう。覇王の鎧を使っていた時のような、急激な魔力の消耗は感じない。

 勿論、それでも普通の魔法使いであれば使うのに命を懸けざるを得ない程の魔力を消費しているのだが、それでも以前の覇王の鎧よりは随分と消費魔力は減っていた。

 まさしくレイが感じた、パズルの最後の一ピースがこれ以上ない形でしっかりとはまり込んだような、そんな感覚。

 まだしっかりと使ったことがないというのに、それでも大まかな使い方を本能的に知ることが出来る。

 無言で深紅に染まった覇王の鎧を身に纏ったまま、大きく手を振るう。

 その瞬間、レイの手からは可視化出来る程に圧縮された魔力が、そのままの状態で放たれる。

 拳大程の大きさの魔力が真っ直ぐに飛んでいき……圧縮された魔力は、そのままレイとノイズを囲んでいた兵士達へと命中し……

 轟っ! という音を立て、周囲に巨大な火柱を作り上げる。

 高さは五mにも達し、尚且つその太さは直径二m程もある、巨大な火柱。


「うっ、うわぁぁあぁぁぁっ!」

「くそっ、深紅の野郎! 一体何しやがる!」

「消せ、消せぇっ!」


 そんな悲鳴や怒号が聞こえてくる中、レイは今の圧縮された魔力を放った感覚を確かめる。


(今のは、少ししか魔力を込めなかった。となると、火柱の大きさは魔力で決まるのか? いや、それも無条件で火柱に?)


 ふと思いつき、再び先程とは別の方向へと向かって覇王の鎧の魔力を飛ばす。

 今度は先程と違い、火柱ではなく燃え広がるようなイメージを込めて放たれた魔力は、周囲に存在する討伐軍の兵士で構成された壁に命中するや否や、瞬時に燃え広がる。

 火柱とは明らかに違うその炎は、覇王の鎧を飛ばした時に現れる現象はレイのイメージにより変えられることを意味していた。

 そして、同時に……


(一度覇王の鎧として発動した魔力は、ああいう風に飛ばして消費すると元には戻らない。再び同じようにする為には、覇王の鎧に更に魔力を追加しなければいけない訳か)


 内心で納得すると、次に自分が身に纏っている覇王の鎧を動かす。

 身体を覆っている深紅の光は、レイの思い通りに動いては周囲に炎の華を咲かせていた。

 身体に纏われている方の深紅の覇王の鎧も、自分の思い通りに動かせると確認した後で、嬉しくて嬉しくて堪らないといった笑みを浮かべているノイズへと視線を向ける。

 既に先程の周囲を威圧するような圧力は放っておらず、ただひたすらにレイに対して嬉しげに笑う。


「ふふ……ははは、ははははは! まさか、まさか、まさか! 俺の覇王の鎧をどうするのかと思えば……ここまでその性質を変えてくるとはな。嬉しい誤算。ああ、そうだ。これこそがまさしく嬉しい誤算と呼ぶべきだろう」


 嬉しさを我慢出来ないと、手に持っていた魔剣を大きく振るう。

 自分だけが……それこそ、この世界に三人しか存在しないランクS冒険者を入れても、自分しか使うことが出来なかった覇王の鎧。

 その覇王の鎧を盗み……いや、ノイズにしてみれば継承したという認識に近いのかもしれないが、その覇王の鎧を更に変化、あるいは進化させたのだ。

 レイの戦闘におけるセンスがどれ程のものであるかというのは、既に闘技大会で知っていた。

 だがそれでも、この短期間でここまでに至るとは予想もしていなかった。

 いや、完全に予想していなかったというのは嘘だろう。

 だからこそカバジードからの要請を受け、本来なら面倒臭く、絶対に関わり合いたくない内乱に参加したのだから。

 自分とレイの接触が、覇王の鎧の次に向かう為の一歩となるのを期待して。

 ……もっとも、スリルのある戦いを求めてというのも決して嘘ではないのだが。


(まさか、まさか、まさか!)


 ノイズの中にあるのは、歓喜に満ちたその言葉だけ。

 そんな自分に気が付いたのだろう。ノイズは自分を落ち着かせるように大きく息を吸う。


(落ち着け。レイの覇王の鎧は自らの得意な属性の魔力を吸収して、あのようになった。つまりそれは、俺の覇王の鎧でも魔力を吸収すれば同じように属性を持つのか? いや、それなら既に俺の覇王の鎧もそうなっていてもいい筈だ。だが俺にああいう現象が起きないということは、レイ特有の何かがある筈。だが、それよりも前に……)


 自分がやるべきこと、やりたいことを考え、それよりもと口を開く。


「レイ、既にお前のそれは覇王の鎧とは呼べないな」

「……だろうな」


 自分の身体の周囲を覆っているものが、既に覇王の鎧ではないというのは理解している。

 そもそも特性そのものが違うのだから、覇王の鎧と名乗る方が間違っているだろう。


「なら、俺が名前を付けてやる。俺の覇王の鎧を基にして生み出されたスキルなんだから、その程度はしてもいいだろう?」

「……好きにしろ」


 レイにしても、ノイズがいなければここまでに至ることが出来なかった……どころか、覇王の鎧すら習得出来なかったというのは理解している。

 だからこそ、今の自分のスキルにノイズが名前を付けるというのであれば、余程変な名前ではない限り受け入れるつもりだった。


「ふむ、そうだな。炎帝の紅鎧、というのはどうだ? 先程の魔力を飛ばしたのは、そうだな。さしずめ深炎といったところか」

「炎帝の紅鎧に……深炎?」


 問い返すレイに、ノイズは頷く。


「ああ。お前の得意とする魔法は炎。そして、覇王の鎧の進化も炎系統に属している。だからこそ、炎帝の紅鎧だ。炎特化型の魔法戦士であるお前に、これ以上ない名前だろう? それと、遠距離攻撃の方は深淵じゃない。深炎だ。確かに深淵の方の意味を持っているのも事実だが、お前の能力を考えれば深炎という表現の方が合う」


 ノイズの言葉に一瞬考え込んだレイだったが、特にその言葉に対する異論もなかったのだろう。あっさりと頷く。


「そうだな。なら今日、今この時から、このスキルは炎帝の紅鎧と付けさせて貰うよ」

「そうしてくれると、俺としても嬉しいな。……さて、じゃあスキルの名前も決まったし、そろそろ準備はいいな?」

「ああ。勿論だ」


 数秒前までは、お互いに笑みを浮かべて話していた筈の男達が、己の武器を手に向かい合う。

 それも当然だろう。元々お互いを敵としてこの戦場で出会ったのだから。

 寧ろ、笑みを浮かべて仲良く話していた方が異常だったのだ。

 片や、己のスキルの可能性を見せてくれた相手に対する感謝。

 片や、己がより強くなる為の切っ掛けを与えてくれた感謝。

 それぞれがお互いに感謝をしつつ……その平穏な時間は終わりを告げる。

 そして二人が現実へと戻れば、未だに先程レイが試しに使用した深炎の効果により周囲を固めている討伐軍の兵士達からは悲鳴の声が上がっていた。

 悲鳴や怒声を背に、レイとノイズ、そしてレイの隣に控えているセトは、じっと相手を見つめ……次の瞬間、レイとノイズが地を蹴ってお互いの武器を振るう。

 セトは数歩の助走で翼を羽ばたかせて上空へと移動し、再びノイズへと向けて遠距離攻撃用のスキルで狙いを定めようとして……


「グルゥ」


 悲しげに鳴く。

 先程までは全く問題なく捉えることが出来ていたノイズの動きが、ここに来て一段と増したのだ。

 それは、先程までのノイズは手加減をしていたことを意味している。


「グルゥ、グルルルゥ」


 それでも、このまま黙って見ているという訳にはいかず、セトはより集中して地上で戦いを続けているレイとノイズの動きを見極めようとしていた。


「はあああぁあっ!」

「どうした、どうした? 炎帝の紅鎧とかご大層な名前を付けた俺が言うのも何だが、その程度か?」


 挑発するように告げてくるノイズの言葉に、レイは炎帝の紅鎧を操作して触手状にしながら大きく振るう。

 炎帝の紅鎧で作られた触手の先端から指先程の深炎が飛んでいき、それを確認したノイズは自らの持つ魔剣で斬り落とそうとした動きを強引に止めて真横へと飛ぶ。

 地面へと触れた深炎は、一瞬にして炎を生み出す。

 数秒前までノイズがいた場所は、火炎地獄とでも呼ぶのに相応しい程に燃え上がっていた。

 そんなノイズへと向かい、連続して深炎を飛ばしていくレイ。

 ノイズは後方へと跳躍して攻撃を回避していく。


(なるほど、覇王の鎧が完全に身体能力強化の特化型なのに対して、炎帝の紅鎧はより身体能力強化の能力を増した上で、魔法関係の方にも力を伸ばしているのか。つまり、覇王の鎧が戦士だとすれば、炎帝の紅鎧はその上位互換でもある魔法戦士……って認識でいいのか?)


 攻撃を繰り返しながら頭の中で考えを纏めていく。

 炎帝の紅鎧の使い方は本能的に分かっているとしても、それはあくまでも感覚的なものだ。

 実際に使ってみて、初めて分かることも多い。


「ヒュッ!」


 鋭い吐息と共に、地を蹴るノイズ。

 覇王の鎧を身に纏ったままの速度は、まさしく普通の兵士であれば目にも留まらぬと表現してもいい。

 だが、レイにとってその動きを見極めることは、そう難しいことではない。

 ノイズが移動速度を活かして袈裟懸けに魔剣を振るってくる。

 それをデスサイズを用いて防ぐレイ。

 周囲には激しい金属音が鳴り響き、レイの放った炎をどうにかしようとしていた討伐軍の兵士達ですらも、思わずそちらに意識を向ける。

 そんな視線など知ったことではないと、連続して振るわれるデスサイズと魔剣。

 武器同士がぶつかり合っている中で、炎帝の紅鎧を触手状に伸ばしてはノイズへと叩きつけ、更には合間を見つけて深炎を飛ばすレイ。

 もしノイズが覇王の鎧を身に纏っていなければ、恐らく炎帝の紅鎧が発する熱によって大きなダメージを受けていただろう。

 ノイズにしても、その深炎がどれだけ厄介なのかというのは実際に食らわなくても分かっているので、深炎が飛んでくれば回避する。

 覇王の鎧の防御力があったとしても、深炎により生み出された炎を食らえば致命的……とまではいかなくても、大きなダメージを受けるのは間違いないからだ。

 飛ばされた深炎が生み出した炎を見れば、魔剣で斬り払うことも出来ない。

 そんな真似をすれば、間違いなく深炎を斬り払った自分に爆炎が押し寄せてくるのだから。

 炎帝の紅鎧の触手を魔剣で受けることが出来たのは、ノイズにとっても予想外の幸運だったと言ってもいいだろう。


(厄介な)


 感嘆と面倒という二つの感情を混ぜ込んだ呟きを胸の中で行い、自分が回避した深炎が後方の討伐軍の兵士達に対して大きな被害を与えているのを横目で確認する。

 ノイズとしては、正直討伐軍の兵士がどうなろうとも特に思うところはない。

 自分がこの内乱に参加したのは、レイとの戦いの為なのだから。


(もっとも、カバジードはその辺を理解した上で俺を呼び寄せたんだろうが)


 内心で呟き、再び飛んできた深炎を回避しながらレイとの間合いを詰めるノイズ。

 そのまま魔剣を振るうが、その攻撃は当然のようにデスサイズにより受け止められる。

 戦闘開始当初は、同じ覇王の鎧を使用していた者としてまだ自分の方が有利だったのだが、今は既にその有利さも失われようとしていた。

 そんな中でも……いや、寧ろそんな中だからこそなのか、ノイズの口元には笑みが浮かんでいた。






【炎帝の紅鎧】(えんていのこうがい)

ノイズが使っていた覇王の鎧に、レイが炎属性を込めたことにより一段上のスキルへと昇華したスキル。

覇王の鎧が白い光を身に纏っている状態だったのに対し、炎帝の紅鎧はレイの異名と同じような深紅。

覇王の鎧の持つ身体能力の強化という面でも強化されており、後述の深炎も含めると覇王の鎧の上位互換スキル。

同時に、炎帝の紅鎧として身体を覆っている炎の魔力を自由に動かすことが出来、触手(鞭)状にして敵を攻撃したりするといったことも可能。

炎帝の紅鎧自体が熱を持っており、その熱に関してはレイの意思である程度自由に変えられるが、今はまだレイの練度不足により、一定の温度以下には出来ない。

また、炎帝の紅鎧の一部を飛ばす深炎という攻撃方法もある。

深炎は着弾すると、巨大な火柱、素早く燃え広がる炎、粘度の高い炎といった風に、レイのイメージ通りの炎の状態となる。

魔力消費は覇王の鎧に比べると少ないが、それでも普通の魔法使いは命を懸けて出せるかどうかといった程度の魔力量は最低限必要。

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