第789話
「……さて。それでカバジード兄上からの手紙の件だけど、どう思う? 皆、忌憚のない意見を聞かせて欲しい」
取りあえず返事待ちということで、フレデリックを含む交渉団の一行はメルクリオ軍の陣地で大きめのテントを与えられて、そこで待機していた。
そしてメルクリオ軍の面子だけになったところで、こうしてメルクリオが口を開く。
「反対です! 向こうの用意した手に、わざわざ乗る必要はありません!」
貴族の一人がそう告げると、その貴族に同意したように他の者達も口を開く。
「そうです。日付を決めて戦うということは、向こうにとっては十分に罠を仕掛けることが出来るということになります! ただでさえこちらは人数的に不利なのに、わざわざ向こうに有利な状況で戦う事はないでしょう。いっそ、持久戦に持ち込むべきです。幸い現在は秋、もう少しすれば冬で、戦いを行うのも難しくなります」
「待て、それはこっちにとっても同じだぞ? というか、きちんとした拠点を持っているのならともかく、こっちは陣地を作っている状態だ。このまま冬を迎えれば、こっちの方が被害は大きい!」
「いえいえ、違いますよ。確かに私達の方も被害は大きいでしょう。ですが、こちらと向こうの人数差を考えれば、間違いなく向こうの方が最終的には大きい被害を受ける筈です」
「だからと言って、こちらが大きな被害を受けるのを前提の策など認められん! そもそも、冬になってしまえば食料を調達するのも一苦労なのだぞ!」
「その辺は……レイ殿に力を貸して貰うというのはどうでしょう? 折角のアイテムボックス持ちなのですから」
チラリ、とレイの方をみながら告げてくる貴族の男に、レイは考える。
確かに自分は今回の内戦に協力するつもりで雇われている。
それでも、いいように使われるのは面白くないと。
そんな思いを抱いてるのは他にも何人かいるのだろう。
特に想い人であるレイをいいように使おうとしているのを聞いたヴィヘラの視線は冷たくなる。
貴族の方でも、自分に向けられている視線に気が付いたのか、一瞬戸惑ったように視線を逸らすが……それでも貴族としては現状で最も有効な戦力だと考えている為に、言葉を続ける。
「向こうには大物の貴族が大勢います。つまり、ずっとこちらに関わっていられるような余裕がない者も多いのですから……その辺を考えて貰えると」
その話を聞いた者達の中には、なるほどと頷く者も何人かいた。
事実、カバジードとシュルスという皇族二人が出てきている以上、その二人に協力している貴族にしても、当主かそれに準ずる者を出す必要がある。
もしもここで何の役にも立たないような人物を送れば、この内戦が終わった後で色々と不都合が起きるだろう。
それを防ぐ為には、貴族にしても相応の人物を送ってくる必要がある。
そして、重要人物を送ってくる以上は相応の手勢をつける必要もあり、貴族同士の見栄からも軍勢の数も揃える必要がる。
そのような数の軍勢である以上、短期間ならまだしも、冬の間中領地から消えるとなると、盗賊のような者達や冒険者では手に負えないようなモンスター、領地内の不穏分子等々。それらの対処が後手に回る可能性もある。
勿論今戦いになっている場所の近くの領地であれば、兵士達を帰すことも可能だろう。
だがこのベスティア帝国の領土は広大であり、そう易々と行き来出来るような場所ばかりではない。
「……つまり、ここで私達がこうしているだけで、討伐軍側の貴族は勢力が弱まっていく訳です」
「だが、それだとこのメルクリオ軍も同じような被害を受けることになると思うが?」
「その辺は……」
貴族の視線が向けられたのは、またしてもレイ。
確かにセトという存在がいる以上、文字通りの意味で一騎当千、万夫不当と表現してもいいレイをピンポイントで送り込むのは、難しい話ではない。
だが……
「そう何もかもレイ殿に頼るというのは、どうだろうな。俺達としちゃあ、面子ってものもある」
傭兵を纏めている人物の言葉に、周辺の者達も多くが頷く。
だがそれを見ても、貴族は引かずに言葉を続ける。
「では、どうすると? まさか、フレデリック殿が持ってきた手紙に書かれていたように、正面から向こうの戦いを受ける? まさか、それは有り得ません。向こうにはしっかりとレイ殿に対する手立てがあると言っていたのをお忘れですか?」
「……だが、それは本当に可能なのか?」
ポツリ、と。
貴族の一人が呟く声が不思議と周囲に響く。
その言葉は、確かに多くの者が思っていた疑問。
レイの力を知っているからこそ、対抗出来る手段があると言われても素直に頷けない。
事実、それだけの実績を上げてきているのだから。
「レイ殿がフリツィオーネ殿下の軍と行動している時に遭遇した相手が持っていた、炎を吸収するというマジックアイテムを量産したというのは?」
貴族から上がったその疑問に、レイは首を横に振る。
「いや、確かにあれだと炎の魔法を無効化することは出来るけど、炎に直接触れないと発動はしないようだった。何より、確かに俺の魔法は広範囲を攻撃出来るけど、それ以外の攻撃手段がない訳じゃない。この陣地を助けに来た時に使った覇王の鎧にしても、向こうが対抗出来るかと言われれば……」
無理だろう、と呟く。
実際、覇王の鎧は魔力の消耗さえ考えなければ非常に優秀な能力を持つスキルだ。敵に突っ込んで行くだけで大きな被害を与え、向こうはそれを止めることは不可能。
(唯一の魔力消費に関しても……)
ドラゴンローブの中で、そっと手首に嵌まっている腕輪へと触れる。
以前の戦いではすっかりその存在を忘れていた、吸魔の腕輪。
相手に与えたダメージに比例して魔力を吸収出来るという能力を持つマジックアイテム。
(もっとも、普通の魔法ならともかく覇王の鎧の膨大な魔力消費量を賄えるかと言えば……正直、疑問だけどな)
吸魔の腕輪は、確かにダメージを与えた相手から魔力を吸収する。
だがそれでも、無限に魔力を吸収出来る訳はない。
相手が持っている魔力以上の魔力を吸収するということは不可能なのだ。
そして、覇王の鎧は魔力消費量が桁外れに大きい。
覇王の鎧で敵へと突っ込んだ場合、多くの敵へと攻撃することは可能だが……それでも覇王の鎧で消費した魔力に回復量は追いつかない。
それだけレイの持っている魔力は元々莫大であり、同時に覇王の鎧を発動している時に使用する魔力は多いのだ。
つまり、幾ら吸魔の腕輪を使って攻撃したとしても、大勢から魔力を奪えなければ焼け石に水だった。
そんな風に考えている間にも、話は進んでいく。
「向こうに不利だとしても、こちらも不利になるような策は願い下げだ。大体、相手はカバジード殿下だぞ? この戦いの件を断られる可能性を考えていない訳がない」
「……確かにそうね。少なくても、私達が戦いから逃げ出したという話を民衆に広めてこちらが不利だという情報を広める程度のことはやってのけるでしょう。それに、悪戯に戦火を広げているという話もここぞとばかりに流すでしょうし」
ヴィヘラの呟きに、全員が苦い表情を浮かべる。
現在のメルクリオ軍が有利なのは、勝ち続けているからだ。
先日の陣地攻防戦に関しても、攻めて来た討伐軍を撃退したのだからメルクリオ軍の勝利ということで情報は広まっている。
……あの戦いで受けた被害は、メルクリオ軍の方も相当なものなのだが、対外的には自分達の勝利という風に広まっていた。
勿論討伐軍側にしてもその辺の情報はしっかりと把握していて、メルクリオ軍に大きな被害を与えたということで情報を広めようとしてはいるのだが、やはり陣地を攻略出来ずに撃退されたというのが大きく、民衆の目にはメルクリオ軍勝利という風に受け取られている。
そんな噂を事実と信じている者が多いからこそ、メルクリオ軍に協力してくれる者も多い。
だがそれが……メルクリオ軍が戦わずして逃げたとなれば、どうなるか。
ヴィヘラやフリツィオーネという、民衆に人気の高い皇族がいる以上はすぐに大きな影響があるとは考えられない。
それでも、大きな目で見れば明らかに不利になるのは確実だった。
人数が少ない故に、メルクリオ軍は勝ち続けることが必要なのだから。
また、戦火を意図的に広げているという話が広まるのも面白くない。
民衆のことを全く考えず、戦いにのみ快楽を求める人物という評判が広まるのは、メルクリオとしては絶対に避けたいことだった。
「つまり、最善なのはカバジード兄上、シュルス兄上の二人の挑戦に応じた上で私達が勝つこと、だね」
結論を告げたメルクリオの言葉に、何人かが思わず眉を顰める。
分かっているのだ。それが最善の行動であるということは。
だが……
「結局向こうに勝てるかどうか、というのが来る訳ですが……」
貴族の一人が視線を向ける先は、当然の如くレイ。
この場で最強の人物であり、この戦いの鍵を握っている人物。
その場にいる者達の視線を向けられたレイは、視線の圧力を感じながらも口を開く。
「俺とセトはそう簡単に負けるようなことがないってのは……これまでの結果が示していると思うけどな。ここで相手の誘いを受けない限りこっちが不利になるのなら、受けた方がいいと思う」
「レイもこう言ってるし……それに、私はこの軍の力を信用している。テオレームやその部下達、姉上の高い戦闘力と指揮能力、フリツィオーネ姉上の白薔薇騎士団。それ以外にも大勢の人々が集まった私達が、討伐軍に負ける筈はないってね」
「メルクリオ殿下……そこまで私達を……」
「殿下に勝利を!」
「勝利を! この戦い、勝つのは私達だ!」
「皇位をメルクリオ殿下に!」
「殿下に!」
メルクリオの口から出たその言葉は、不思議な程に皆その場にいる者達の心に響き渡る。
言っていることは何も特別なことではない。だがそれでも、その言葉は間違いなくその場にいる者達の心へと響き渡っていた。
そんなメルクリオの姿を、ヴィヘラとフリツィオーネは嬉しそうに見守る。
これだけ人を引き付ける魅力を備えたのが嬉しいのだろう。
「では、この決戦には応じるということで、異論のある者はいるかな?」
その言葉に、周囲は静まり返る。
レイもまた、そんなメルクリオの姿に何を言うでもなく黙って見つめていた。
「なら話は決まったね。じゃあ、フレデリックを呼んで貰えるかな?」
「は! すぐに!」
貴族の一人が、早速とばかり騎士を呼び、フレデリックを連れてくるように命じる。
「失礼します、メルクリオ殿下、フリツィオーネ殿下、ヴィヘラ殿下。お呼びと聞き参上致しました」
随伴の者と共に、そう告げてマジックテントの中に入ってくるフレデリック。
だがマジックテントの中に入った途端、微かに驚きの表情を浮かべる。
明らかに先程とは空気が違っていたからだ。
その空気は、自らの主君であるカバジードの陣営にある空気ととてもよく似ていた。
(これは……)
もしかして、何か失敗したのでは?
フレデリックはそう思いつつ、メルクリオの方へと視線を向ける。
「ああ、追い出したり呼び出したり、色々と済まないね」
「いえ、この軍の行く末を決める話だと考えれば、それも当然かと。……それで、相談の結果がどのようになったのか。その辺を教えて貰っても構いませんか?」
フレデリックの言葉に、メルクリオは周囲から自分に向けられている視線を感じながら口を開く。
「ああ、受けよう。ただし、カバジード兄上の条件そのままとはいかない」
「……なるほど、確かにメルクリオ殿下のお立場ならそうなるでしょうね。分かりました。具体的にはどの辺に関してでしょう」
「戦いの舞台となる戦場だね。カバジード兄上やシュルス兄上が前もってその場所を選んでおけば、何らかの罠を仕掛ける可能性は十分にある」
メルクリオの言葉に、確かに……と頷きながらも、フレデリックは言葉を返す。
「ですが、それは逆のことも言えるのでは? もし戦場をメルクリオ殿下が決めてしまった場合、そこにメルクリオ殿下が何かを仕掛けるという可能性もあるでしょう」
フレデリックは、別にメルクリオを侮辱した訳ではない。
これを侮辱というのであれば、最初に相手を疑ったメルクリオもまた侮辱したということになるのだから。
「確かにそうかもしれないね。じゃあ、お互いに何人か派遣して、それで戦場を見張るというのはどうかな? そうすればお互いに迂闊な真似を出来ないと思うし、もしそのような真似をした場合は……それこそ、この戦いを汚した者として有名になるだろうしね」
そう告げるメルクリオの言葉に、フレデリックは数秒考えた後でゆっくりと頷くのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます