第785話

 その人物達が姿を現した時、その場にいた者達は信じられないといった表情を浮かべる。

 この人物達が来ることは前もって知ってはいたが、それでも尚信じられなかったのだ。

 何故なら、その人物達……一同の前にいる二人の人物は、本来ならこのような場にいるような者ではなかったからだ。

 その二人の人物を見た者達が、膝を折って恭順の礼を示す。


「カバジード殿下、シュルス殿下、お二人を迎えるのにこのような場所しか用意出来ず……申し訳ありません」


 跪いたまま謝罪の言葉を口にするのは、ペルフィール。

 この軍を率いている人物であり、反乱軍……メルクリオ軍の本陣を壊滅させる作戦を行ったのだが、深紅という規格外の人物の手によりそれを防がれた人物。

 今は本陣を攻撃した軍や、街道を封鎖していた軍を率いながら、ノイズから伝えられた指示により、こうして街道沿いにある村から少し外れた場所で野営を行っていた。

 当然ながら、軍に負けたのではなく一個人に負けたこの軍の士気は低く、ペルフィールにしてもどうやって士気を上げたらいいのか悩んでいたのだが……そこに現れたのが、目の前にいる人物。

 第1皇子カバジードと、第2皇子シュルスの二人だった。

 勿論この二人だけでやってきたのではく、現在動かせる戦力の殆どを引き連れてきている。

 帝都の防衛に関しては警備兵や帝国軍がいるとはいえ、それでも自分達の屋敷の類を守るのにそれらでは不安に思う者もおり、最低限の人数を帝都に残してきてはいるのだが、それ以外の出せる戦力全てを引き連れてやって来たのだ。

 最終決戦。

 そんな言葉が、ペルフィールやその場に跪いている者達の脳裏を過ぎる。

 実際、ノイズからもその言葉は告げられていたのだが、こうして直接皇族の二人を見るとそれが本当であると実感せざるを得ない。

 二人の皇子はペルフィールが用意した椅子へと腰を掛け、まず最初にカバジードが口を開く。


「気にしなくてもいいよ。それに、当然勝算があるからこうして出向いてきたのだからね」

「……確かにな。そもそも、前回の作戦は深紅という存在がなければ成功していた。逆に考えれば、その深紅を抑えることが出来れば、俺達の勝ち目は十分以上にある。もっとも、出来ればその深紅を抑える為の手段があったのならもっと早く使って欲しかったというのが正直な思いだけど。そうすれば帝都での評判があそこまで落ちることはなかっただろうに」


 カバジードの隣にいるシュルスの言葉に、その場で話を聞いていた者は確かにと心の中で納得する。

 前回の戦いは完全に深紅一人にやられたものであり、もしもその深紅を抑える手段があの時にあったのであれば、今頃は向こうの本陣を制圧してメルクリオを捕らえていたのは間違いないのだから。

 だが、そんな弟の言葉にカバジードは小さく笑みを浮かべて首を横に振る。


「深紅に対抗出来る人物となれば、帝国でも限られる。幾つか対抗手段を用意はしたけど、マジックアイテムの方は有効ではあっても深紅を倒すまでには至らなかった。そうなると、今回の手段しかなかった訳だけど……彼と連絡を取るのが難しいというのは、シュルスも分かるだろう?」


 そう言われれば、シュルスとしてもそれを否定する訳にはいかない。

 実際、シュルスとしても色々とレイに対する対処方法は考えていたのだ。

 例えば、どこかで戦いを起こしてそっちに引き付ける……といった具合に。

 だがそのような方法を使ったとしても、確かに一時的にならレイを誘き出すことは出来るだろう。

 しかし、その隙に反乱軍の陣地を攻撃しようにも、レイの場合はグリフォンを従魔としている。

 シュルスとしては、正直レイ自身の戦闘力も脅威だが、何よりもセトの機動力が厄介だった。

 空を飛ぶモンスターで、その機動力はワイバーンすらをも上回る。

 そんな移動速度で好きな場所を行ったり来たり出来る以上、レイという強大な戦力をいつでも好きな場所に投入出来るのだ。

 そのような力を持つレイを相手に出来る存在と言われてすぐに思いつくのは、やはり闘技大会でレイと戦い、しかも勝ったノイズの姿だった。


(けど……ノイズは親父の、皇帝の手駒だ。今回の内戦でそれを使うとなると、勝ったとしても戦後に大きな失点となるだろう)


 それが、シュルスがノイズという手札を手に入れるのを躊躇った理由であり、シュルスが躊躇っている間にカバジードはあっさりとノイズを手元へと収めた。


(それに、ノイズには何を餌にこっちに引き入れたんだろうな)


 ノイズ程の人物を引き出してきたのだ。ランクS冒険者の報酬ともなれば、皇子であってもそう簡単に用意出来る筈もない。


(これが、俺とカバジード兄上との違い。……けど、まだだ。まだ負けた訳じゃない。とにかくこの戦いで勝って、次は俺がカバジード兄上を……)


 内心でシュルスが決意を固めている間にも、どんどんと話は進んでいく。


「それで、カバジード殿下。決戦はいつ?」


 カバジードの後ろに控えていたブラッタの言葉に、問われた本人は薄らと笑みを浮かべて言葉を続ける。


「幾ら私とシュルスが兵を連れてきたとしても、主戦力は反乱軍の本陣を攻めた、この部隊の者達だ。先の敗戦で受けた被害を思えば、数日は必要だろうね」

「数日、ですか? 確かに傷を負っている者は多いですが、そちらにしてもカバジード殿下が持ってきてくれた補給物資のポーションや、魔法使いの回復魔法で既に軒並み回復しています。時間が開けば、それだけ向こうに対応する時間を与えることになるのですから、明日にでも攻めてはどうでしょう?」


 カバジードの部下の一人がそう告げるが、ペルフィールはその言葉に異議を唱える。


「待って欲しい。確かに身体の傷であれば、それこそ今日にでも回復するだろう。だが、兵士達は間近で深紅の戦闘を見た者も多い。今、まだ混乱しているこの状況で戦闘に出し、深紅が目の前に現れれば……下手をすれば、そのまま逃げ出してしまうかもしれん。それを防ぐ為には、兵士達の心が落ち着くのを待った方がいい」

「ですが……」


 ペルフィールの言葉を聞き、困ったように視線を逸らす男。

 もしもこの男がレイの戦いを間近で見たことがあれば、ペルフィールの言い分は理解出来ただろう。

 だが男はレイの戦闘を見たことがなかった。

 いや、闘技大会の決勝は見ているのだから完全に見ていないという訳ではない。

 しかし……それが余計に男とペルフィールの認識を違わせていた。


「ペルフィール殿のお話は分かります。ですが、そこまで深い傷を負ったのであれば、それこそほんの数日で戦闘が可能になる程に復帰できるのですか?」

「分からん。だが、少なくても明日にいきなり反乱軍の本陣を攻めるよりも使える戦力は増えると思う」


 二人の言い合いに、その場にいる者達の意見は二つに分かれる。

 ペルフィールを含めて反乱軍の本陣への攻撃に参加した者や、春の戦争でレイの戦う光景をその目にした者は数日、出来れば一週間程の休息の後に作戦を。

 レイの戦いを直接見たことがない者や、見たとしても闘技大会での試合だけの者は、明日にでも再度の攻撃をと。

 勢力的には前者の方が若干多いが、それでも相手の意見を押し切れる程ではない。

 そんなやり取りを黙って見ていたカバジードは、隣の椅子に座っている弟へと声を掛ける。


「なるほど。私としてはペルフィールの意見が正しいように思うけど、シュルスはどう思う?」

「聞くまでもないな。作戦開始は数日後だ。ペルフィールの言ってることは正しい。……もっとも、ここで無駄に時間を掛け過ぎるのもよくないから、ある程度の日数をきちんと決めておくべきだと思うが」

「それでは、具体的には何日くらいがいいと思う?」


 これまでになく自分に意見を尋ねてくるカバジードを不思議に思いながらも、素早く頭の中で計算していく。

 明日というのが論外だったが、かといって無駄に時間を浪費する訳にはいかない。

 カバジードの部下が口にしたように、時間を掛ければそれだけ向こうも迎撃の準備を整えるのだから。

 それに、秋も深まってきた今、初雪の心配もする必要があった。


(それに……フリツィオーネ姉上が向こうにいる以上、出来れば早くこの内乱を終わらせてしまいたい。俺の部下達には見つけても決して傷を付けずに連れてこいと言ってあるが、カバジード兄上の場合、どんな手を使うのか想像も出来ん)


 底の知れなさ。これが、能力云々よりも前にシュルスがカバジードを恐れている理由の一つだ。

 不意に自分の中に生まれた不安を無理矢理消し去り、口を開く。


「そうだな、やっぱり三日から四日といったところだと思う」

「ペルフィール?」


 シュルスの意見をどう思うのか、と尋ねられたペルフィールは、すぐに口を開く。


「はっ、それで問題はないかと。無理に日数を取れば、兵士達の間に厭戦気分が広がることもありますので」

「そうだな、それがいいだろう」

『っ!?』


 ペルフィールの言葉に同意するような声。

 だが、その声を聞いた者達の殆どが息を呑む。

 今響いた声が、どこから聞こえてきたのか全く分からなかった為だ。

 反射的に武器へと手を伸ばす者もいるが、動けたのはそこまでだ。

 特に何があるわけでもないのだが、何故か武器へと手を伸ばした瞬間にそれ以上動けなくなったのだ。

 それはペルフィールも同じであり、声も出せない為に唯一動かせる眼球で周囲の様子を見やる。

 周囲に響き渡る緊張感に満ちた空気。

 しかしそれを一顧だにせずに口を開く者もいる。


「その辺にしておいてくれないかな、不動」


 カバジードの口から出たその言葉に、周囲にいた者の多くが驚きの表情を浮かべる。

 何故なら、その瞬間にいつの間にかカバジードとシュルスの二人が座っている椅子の間に、その人物が姿を現していた為だ。

 間違いなく一瞬前まではここに存在していなかった。

 この場にいる者達である以上、殆どの者が自らの腕に自信のある者が多い。

 シュルス然り、ブラッタ然り、ペルフィール然り、だ。

 レイ程に規格外な存在ではないにしろ、全員が一流と呼ばれるだけの技量を持つ。

 だというのに、全く気が付かなかった。

 それだけその人物……いつの間にかこの場に存在しているノイズの実力が高いのだろうと納得せざるを得ない。


「驚かせてしまったようだな」

「君の実力を考えれば、気が付けという方が無理だと思うけどね。……さて、ペルフィールは前もって接触していたと思うけど、不動のノイズ。彼が今回の私達の切り札たる人物だよ」

「切り札か。そういう表現はこそばゆいな。ただ、俺としてもレイとの戦いは楽しみだ。闘技大会の時は、とてもじゃないけどお互いに全力だったとは言えない戦いだった。それが、一切の制約なしで戦えるんだ。……どれだけの戦いが出来るんだろうな」


 ノイズの口から出た言葉に、実際に闘技大会の決勝を見ていた者達は息を呑む。

 あれ程の戦いをしておきながら、全力ではなかったのかと。


「これは……本当にノイズ殿がいれば深紅を完全に押さえ込めそうですね」

「いや、寧ろ深紅を倒せるのは間違いない。本気を出していなかったらしいけど、お互いに本気を出しても結果はあの時と同じになるさ」

「いや、あまり楽観視は出来ない」

「おい。それはノイズ殿を侮辱してるのか?」

「違う! 勿論私だってノイズ殿が深紅に劣るとは思っていない! ただ、私が言いたいのはお互いに得意としている戦闘方法に関してだ! 既にここにいる者であれば当然知っているだろうが、深紅が得意としているのは炎の広範囲殲滅魔法だ。しかも、それをグリフォンに乗って空を自由に動き回って使うんだぞ? 幾らノイズ殿の強さが深紅を上回っているとしても……」


 男が言った内容は、決して間違いではない。

 広域殲滅を得意としているレイに対して、どちらかと言えばノイズは対個人に向いていると言ってもいい。

 だとすれば、レイとノイズの戦闘が行われるかどうかという問題がある。

 ノイズがレイと戦闘をしようとしても、レイがグリフォンに乗って逃げ回ればどうなるか。

 それは、言うまでもなく戦闘にならず、結局は討伐軍側に大きな被害が出るのではないか。

 そう言いたい男の言葉に、ノイズは口元に小さな笑みを浮かべる。

 それだけ……たったそれだけの行為だというのに、今疑問を口にした男は身体を動かせなくなる程の重圧をノイズから感じ捕る。


「その辺は心配いらねえよ。俺が出てくれば、レイの奴は絶対に出てくる。奴も俺を放っておくことは出来ない。そういう性格をしているし。何より、確かにお前の言う通りにすればこっちの被害が大きくなる。けど、そうすれば奴等の戦力もまた、俺によって大きな被害を受けるのは間違いないからな」


 ノイズの言葉に、カバジードは笑みを浮かべて頷き、続けて口を開く。


「それに、ノイズは深紅のように広範囲に対する攻撃方法を持っていない訳じゃない。さすがに深紅のようにとはいかないけど、あの……何と言ったか。魔力が可視化出来るようになるスキル。あのスキルを使って敵に突っ込むだけで被害は莫大なものになるというのは……君達が体験したことだろう?」


 その言葉に、レイによって蹂躙された先の戦いを思い出したのだろう。

 ペルフィールを含め前回の戦いに参加した者達が納得する。

 あの時の戦いでは自分達が大きな被害を受けたが、同じような攻撃があるのであれば……と。

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