第769話

 街道から少し脇に入った場所、そこでは現在戦いが……否、一方的な蹂躙に近い戦いが繰り広げられていた。

 ただし、その光景を見た者は目を疑うだろう。

 蹂躙されているのが強面の顔の、顔や身体に幾つも傷を持っているような男達であるのに対し、蹂躙している方は白い鎧を身につけた見目麗しい女達だったのだから。


「ええいっ、くそ! 何だってこんな所にこんな手練れがいやがる! おい、弓だ! もっと矢の数を多くしろ! 近接戦闘じゃこっちに勝ち目はねぇ! 遠くから矢で射殺せ!」


 手に持っていた五十cm程の長さの木を苛立たしげに地面へと叩きつけると、男は叫ぶ。

 少し前……それこそほんの数分前までは、男が持っていたのは立派なバトルアックスだった。だが相手との戦闘でバトルアックスの柄の部分を切断されたのだ。

 それでも、この集団……盗賊団を率いるだけあって、男は武器を破壊されただけで済んでいる。

 だが他の部下達はそうもいかない。

 長剣や槍で相手に攻撃した者達はその殆どが傷を負い、あるいは命すらも失っている。


「ちくしょう、なんだってこんなことになりやがった! 今なら俺達の好きに出来るって話じゃなかったのかよ!?」


 苛立たしげに言葉を吐き捨てるが、それで現状がどうにかなる筈もない。

 これだけ実力差があるのに自分達がまだ全滅していないのは、白い鎧を着た女達……白薔薇騎士団の女騎士達が、馬車を守るような陣形を敷いているからだ。

 元々は、現在帝都付近の街道で好き勝手に出来ると知り合いの盗賊から聞いたのが原因だった。

 その知り合いも他の知り合いから聞いた話だったが、帝都とオブリシン伯爵領を結ぶ街道は、現在盗賊達が好き勝手にやっているという情報を持ってきたのだ。

 この盗賊は帝都からは五日程離れた場所を縄張りとしていたのだが、帝都に向かう商人達を襲い放題と聞けば、そのまま黙って見ていることも出来ない。

 内乱が起きているという話も当然知っていたのだが、その内乱で討伐軍が壊滅的な被害を受け、その為に現在は街道の警備もろくに出来ていないと聞かされれば、深く考えもせずに納得し、この機会を逃してなるものかと部下を率いて帝都周辺まで出てきた。

 そして早速とばかりに商人の馬車へと襲撃をしたのだが……その襲撃の途中で、いきなり十騎近い騎兵が姿を現した。

 その結果が……


「頭ぁっ! もう無理ですぜ! ここは一旦退いた方がいい! ロッツも、ゴルゾも死んじまいやがった! このままだと俺達も全滅ですぜ!」


 部下の、悲鳴のような叫び声が周囲に響く。

 いや、悲鳴のようなではなく、純粋に悲鳴なのだろう。

 それを理解しながらも、盗賊団を率いる男は撤退の決断を出来ないでいた。

 帝都周辺に来てから最初の仕事だ。ここでいきなり逃げ出すようなことになれば、間違いなく部下から侮られることになる。

 自分の命が危険な時はあっさりと逃げ出すのに賛成する癖に、後になってから、あの時に逃げるのは度胸がないからだ云々と言う者達がいるのを理解していたからだ。

 しかも面と向かって言うのではないのが質が悪い。

 だからこそ、この盗賊団を率いる男は退くという選択を選ぶことが出来ない。また、それは白薔薇騎士団の騎士が見目麗しい美形揃いであったことも理由だろう。


「うるせぇっ! あんな女共に負けてたまるか! 大体、あんないい女を手に入れる機会なんてそうそうないぞ! あいつ等を捕らえてしまえば、売るなり身代金をとるなり、金ががっぽりなのは間違いないんだ! 金が欲しいなら逃げるな! あの女共を捕まえぐべっ!」

「もうそれ以上喋るな、この外道が」


 言葉の途中で馬車を守っていた女騎士の持つ長剣から放たれた雷が、盗賊を率いていた男の頭部へと命中する。

 頭部を砕く程の威力はない雷だったが、それでも命を奪う程度の威力はあった。


「か、頭ぁっ!」

「やべぇ、頭が死んだ!?」

「嘘だろ、どうするんだよおい」

「頭がいないんじゃ、勝ち目なんか……」


 盗賊達の中に広がる動揺。

 たった今殺されたのは自分達を率いる存在であり、その腕っ節は盗賊団の中でも最強と言っても良かった。 

 そんな人物が、こうもあっさりと殺されたのだ。当然盗賊団の中には動揺が広がり……


「くそっ、俺は逃げるぞ! こんな化け物共を相手に、やってられるか!」

「俺もだ!」

「俺も!」


 そんな風に、逃げ出すという選択をする者が増えるのも当然だった。


「ウィデーレ隊長!」

「分かっている。そこからそこまでのお前達はここで馬車を守っていろ。それ以外は私に続け! 帝国の害虫を始末するぞ!」

『了解しました!』


 ウィデーレの叫びに、その場にいた皆が揃って声を上げる。

 命令通り半数が馬車を守り、残りの半数はウィデーレに率いられて逃走した盗賊を背後から討つ。

 盗賊だけあって、自分達が有利であればまだしも、不利になれば味方すらも見捨てて逃げる。

 勿論全ての盗賊団がそんな者達ではなく、義理と人情を大事にしている盗賊団もいるが、今ウィデーレ達の前を走っている盗賊達はそのような仲間思いの盗賊達ではなかった。


「殺せ! ここで見逃せば、他の民達が傷つくことになる!」


 ウィデーレの指示に従い、逃げ出した盗賊の背後から次々に長剣で斬り、槍で突き、ハルバードで叩き伏せていく。

 先程の馬車を守っていた時の戦いでも圧倒的に優勢だったウィデーレ達だが、今行われているのは既に虐殺と呼んでもいい。

 もっとも、そんな行為であってもウィデーレは全く躊躇せずに行う。

 つい先程自分で口にしたように、ここで盗賊達を逃せば街道を通る者達や、近くにある村や街といった場所に住む者達に被害が出るからだ。

 ここでいらない情けを出して見逃し、後で民に被害が出たと知れば後悔しかない。

 だからこそ、盗賊達を根絶やしにするべく己が魔剣を振るい、命を絶っていく。

 追撃を始めてから十分程。

 馬に乗ったウィデーレ達に徒歩の盗賊が逃げ切れる筈がなく、殆ど全ての盗賊が命を絶たれた。

 勿論全ての盗賊を殺し尽くせた訳ではない。

 上手く逃げ延びた者もいるだろうが、その者達にしても今回の恐怖を忘れることはないだろう。

 逃げ出した盗賊達を殲滅し、戻ってきたウィデーレ達を馬車の護衛として残った部下達が出迎える。


「お疲れ様です、隊長」


 首尾は? などと聞くような真似はしない。

 既にそれは分かりきっていることなのだから。


「馬車の方は?」

「帝都へと向かっている商人でした。念の為に積み荷を改めましたが、特に違法な品を扱ってはいません。ただ……」


 言った方がいいのか、それとも言わない方がいいのか。そんな迷いを部下の表情に見たウィデーレは、先を促す。


「続けてくれ」

「はい。何でもここ最近街道付近での盗賊の数が増えているらしいです」

「それは……内乱だからだろう? いや、待て」


 言葉を返したウィデーレの脳裏に、先程自分の魔剣で命を奪った盗賊団を率いていた男の言葉を思い出す。


(確か、好きに出来るという話……とか言っていたな)


 つまり、この盗賊の多さは誰かが意図的に盗賊を集めたが為のもの。

 瞬間、ウィデーレの脳裏を過ぎったのは、優雅に笑みを浮かべている第1皇子、カバジードの姿だった。

 だが、すぐに首を横に振ってその考えを否定する。


(幾らカバジード殿下でも、まさか自分から盗賊を呼び寄せるような真似は……そもそも、この状況になると読み切っていた? さすがにそれは考えられない。そうなると、何か別の意図があって? ……駄目だ、私が考えても埒が明かない。この辺はアンジェラ団長か、フリツィオーネ殿下に知らせた方がいい)


 素早く判断を下す……というよりは、上司に丸投げしようと判断したウィデーレは、商人が様子を見ている馬車の方へと視線を向ける。


「私達はフリツィオーネ殿下の軍のものだ」

「はい、それは聞いております」


 五十代程の小太りな中年の男が、そう告げて頭を下げる。


「他の騎士様にもお礼を言いましたが、この度は助けて下さり、ありがとうございます」

「気にするな。この状況に関しては私達にも責任がないとは言えないからな。それよりもこれからどうする? この街道を帝都の方に向かう途中まで……フリツィオーネ殿下のいる場所までであれば、護衛してもよいが」


 ウィデーレの言葉に、商人の男は一瞬口籠もる。

 当然だろう。先程口にしたように、現在街道に盗賊が多く出没するのは間違いなくこの内乱のせいなのだから。

 そこに皇族の名前を出してきたとあっては、複雑な思いを抱くのも当然だった。

 だがそれを正直に口に出す筈もなく、やがて商人の男はウィデーレに向かって頭を下げてくる。


「それでは、お願い致します。さすが民に優しいと評判のフリツィオーネ殿下直属の騎士団の皆様ですな」


 意図的に民に優しいと口にしたのは、物資の徴発を防ぐ為の牽制に近い一言。

 ウィデーレはそれを理解しつつも、特に何を言うでもなく頷きを返す。

 事実、内乱が民衆に対して迷惑を掛けているというのは知っていたからだ。


「分かった、では出発する!」

『了解しました』


 ウィデーレの宣言と共に、十人の部下と馬車は街道へと戻るべく移動を始める。

 ただし、その中で二騎の騎兵のみが一同から先行する。

 商人の馬車が盗賊に襲われていたという報告をする必要もあるし、ウィデーレが疑問に思ったことを少しでも早く知らせておいた方がいいという判断だったからだ。

 その判断は正しい。だが……若干遅くもあった。






「レイ殿、フリツィオーネ殿下が至急来て欲しいと」


 フリツィオーネ軍と合流し、周囲を警戒する意味でも少し離れた場所をセトの背の上に乗りながら進んでいたレイに、白薔薇騎士団の女騎士が近づいてきてそう告げる。


「俺を?」

「はい。ちょっと意見を伺いたいと」

「……分かった」


 内心で首を傾げつつ、軽くセトの首の後ろを叩くレイ。

 それだけでレイのして欲しいことを理解したセトは、フリツィオーネ軍の先頭へと向かって進んでいく。

 尚、そんなセトの様子を見て連絡に来た白薔薇騎士団の女騎士がうっとりとした表情を浮かべていたのだが、レイはいつものことと気にしていなかった。






 フリツィオーネの乗っている馬車へ行くと、そこには当然の如くフリツィオーネが、そして白薔薇騎士団団長のアンジェラ、ログノス侯爵、他にも何人かレイが見覚えがあったり、なかったりする貴族達の姿があった。


「俺を呼んだと聞いたけど、何かあったのか?」


 ぞんざいな口の利き方に、初めてレイとフリツィオーネのやり取りを見る貴族が何かを言おうと口を開きかけるが、ログノス侯爵がそれを目で押さえる。

 そんなやり取りを横目で見ながら説明を求めるレイに、フリツィオーネの代わりにアンジェラが口を開く。


「実は、つい今し方レイの様子を見に行かせていたウィデーレの部下が戻ってきたのよ」

「ふーん、随分と遅かった……うん? ウィデーレじゃなくて、ウィデーレの部下?」


 言葉尻を聞き逃さずに尋ねるレイに、アンジェラは小さく頷いて言葉を続ける。


「そうよ。レイが竜騎士との戦闘を終えたのを確認した後でこっちに向かってたんだけど、その時に商人の馬車が盗賊に襲われているのに遭遇したらしいわ。……まぁ、その盗賊はウィデーレ達にあっさりと倒されたんだけど、その盗賊を率いていた男が妙なことを言っていたらしいの」

「妙なこと?」

「ええ。何でも、今が内乱中で帝都の近くでは好き放題出来る、みたいな感じの噂が広まっているらしいわ。その影響で、実際に盗賊が増えているとか」

「……おかしな話ではないと思うけど? 実際内乱が起こっているのは事実だし、その影響で治安が乱れているのも事実なんだから」

「そうね。けど、おかしいと思わない? 何でわざわざこのタイミングで盗賊の活動が活発になっていると思う? それに、レイが戦った竜騎士にしても、殆ど使い捨てみたいな形だったんでしょう?」


 深刻そうな表情を浮かべるアンジェラの様子を見て、レイもこの場にいる者達が何を心配しているのかを理解する。


「全てが向こう側の計算通りだと?」

「……正確には、カバジード兄上ね」


 フリツィオーネの言葉に、レイも眉を顰める。


「つまり、俺達が反乱軍と合流するのを見通して、少しでもそれを遅らせる為に盗賊や竜騎士を用意したと? けど、幾ら何でもそこまで先を見通せるか? それに、盗賊ならまだしも竜騎士は使い捨てにするには大きすぎる戦力じゃないか?」

「ええ。そこが引っ掛かってるのよ。盗賊だけであれば、カバジード兄上の考えだと理解出来たかもしれない。けど、そこに竜騎士が……しかも五騎も入ってくるから、複雑になるの。レイとしてはどう思う?」

「あくまでも偶然だと思うけどな。ただ、もしもそこまで読み切っての計算だとしたら……今頃、反乱軍の方では何かが起きている可能性があるな」


 周囲の不安が移ったかのように、レイの口から出る言葉は心配そうな色が浮かんでいた。

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