第770話

 現在の街道の状況に疑問を抱きつつも反乱軍との合流を目指して進むフリツィオーネ軍だったが、レイを含めて抱いてた不安は的中する。


「また来たぞ! 街道の脇の林からだ! 数は十五人くらい!」


 周囲に響く声に、林の側にいたフリツィオーネ軍の者達は即座に迎撃態勢を取る。


「ひゃっはぁっ! お宝だぁっ!」

「金と女を寄越せぇっ!」


 そんな風に叫びながら林の中から出てきた盗賊達が、フリツィオーネ軍に攻撃を仕掛ける。

 勿論フリツィオーネ軍は精鋭が揃っているのだから、盗賊に攻撃を仕掛けられてもどうということはない。

 だがそれでも、咄嗟の反撃となれば行動に移るまで若干のタイムラグがあるし、それが何度も続けば疲労となって襲い掛かり、更に動きを鈍くする。

 襲ってきた盗賊を倒すことが出来れば、成果が目に見えているだけに士気も高まったかもしれないが……


「おら、逃げるぞ!」

「くっそぉっ、態勢を整えるのが早すぎなんだよ!」

「逃げるじゃなくて撤退だろ、一時撤退!」


 盗賊達と接触する前にフリツィオーネ軍が態勢を整えたと見る否や、その場から素早く撤退する。

 しかも、その際には弓を使って矢を射ってくるというおまけつきだ。

 それで一瞬追撃の足が鈍ると、すぐに盗賊達はその場から離れる。

 兵士達は追撃の許可を上に求めたが、これだけ巧妙に襲撃と撤退を繰り返していることから、下手に追撃をすれば待ち伏せしている可能性が高いこと、追撃の為に隊列が乱れたところに別角度から攻撃を仕掛けられる可能性があること、そして何より、これが恐らくカバジード、あるいはシュルスの手の内であることを考えると、迂闊に手を出す訳にもいかなかった。

 ただ、精鋭を集めたフリツィオーネ軍が盗賊にやられ続けるというのは、士気を低下させる。

 幸い今はまだそこまで士気が下がっている訳ではないが、このままではいずれそうなるのは目に見えていた。


「で、俺達の出番となる訳だ。セト!」

「グルルルルゥッ!」


 レイの声に、セトは高く鳴き声を上げて数歩の助走の後に空へと向かって飛び立つ。

 盗賊がどういう手段で待ち受けているのかは不明だったが、それでも個人で一軍に匹敵する力を持つレイとセトを投入すれば、問題なく盗賊達を片付けることが出来る。

 そういう判断の下、レイとセトが逃げ出した盗賊の後を追う。

 勿論これまでもレイとセトを派遣した方がいいという意見はあった。

 だがこれがカバジードやシュルスの策であるというのを考えると、レイがフリツィオーネ軍を離れた隙に何かを狙ってくる可能性は十分にあるということで、出すに出せなかったのだが……こうも何度も盗賊が襲ってくると士気の低下が心配され、結局はレイとセトの出撃が決まった。


「林の中に逃げ込むってのは、確かに悪くない考えだ。けど、俺とセトを敵に回した時点でそんなのは意味がないんだよ。なぁ、セト?」

「グルゥッ!」


 翼を羽ばたかせ、林の中の木々を縫うように移動している盗賊達の上空でレイが呟く。

 白薔薇騎士団の影響や、反乱軍との合流の為に騎兵が多いフリツィオーネ軍だが、その騎兵でも林の中に入ることの出来る者は少ない。

 そういう意味では盗賊達も頭を使っていたのだろうが……まさか自分達が上空から追われているとは思いも寄らなかったのだろう。

 あるいは、レイやセトがフリツィオーネ軍と共に行動していると知っていれば別だったかもしれないが、今回の策を考えた人物がそんな重要事項を……それこそ、盗賊が聞けば逃げ出しかねないような情報を知らせる筈もなく、こうして上空から追われることになっていた。

 もっとも、常緑樹の木々が生い茂っている林の中を逃走する盗賊を追うことが出来るのは、グリフォンのセトがいるからこそだ。

 もしも竜騎士であったとしても、セト程に鋭い視覚を持つ者はいない……訳ではないが、極少ないだろう。


(竜騎士を捨て駒にして俺達に攻撃を仕掛けてきたのは、これが原因? いや、こっちに竜騎士がいるのならともかく、あの竜騎士は向こう側の戦力だ。ああも無駄に消耗するような真似をしても、損害しかないんだが……本気で何を狙っている?)


 盗賊に関しては、少しでもフリツィオーネ軍の進軍速度を落とすことを目的としているのは理解出来た。

 だが未だに竜騎士を無駄に消耗させた理由に関しては、その答えに辿り着いていない。

 理解が出来ないだけに、カバジードやシュルスの有能さも合わせて、レイの中で解消されない不安として残っていた。


「グルゥ?」


 自分の背で悩んでいるレイの様子に気が付いたのだろう。どうしたの? と、首を後ろへと向けることなく――眼下の盗賊を追っている為に――喉を鳴らすセトに、レイは何でもないという意思を込めて目の前にあるセトの首を撫でてやる。

 そんな状況で林の中を逃げる盗賊達を追跡し、三十分程が経った頃……ようやく盗賊達が集まっている場所へと到着した。

 川が流れている場所の側であり、木々が生えていないせいか、そこだけ日当たりが良くなっている場所。

 そこに五十人を超えるだけの盗賊達が集まり、各々寛いでいた。


「さて、どうするか……情報を聞き出す為には全員を纏めて倒してしまうって訳にもいかないしな」


 纏めて倒すだけであれば、炎の魔法を使うレイにとってはそれ程難しくはない。

 勿論盗賊達の集まっているのが開けている場所であっても、林は林だ。

 下手に魔法を使えば、秋で空気が乾いているということもあって延焼する危険もある。

 それ故に使う魔法は色々と制限する必要はあるだろうが、それでも上手く効果範囲を調整すれば延焼の心配はいらない程度には眼下の盗賊達が集まっている場所は開けている。


「情報を聞き出すにしても、それなりに情報を知っている奴が必要な訳で……しょうがない、結局個別に潰していくしかないか。セト、頼む」

「グルゥ!」


 レイの言葉に一声鳴き、そのまま地上へと……盗賊達の集まっている場所へと下りて行く。

 寛いでいた盗賊の中にも勘の鋭い者はいるようで、セトが近づくのを見てすぐにその場を逃げ出した者もいた。


「……ちっ、セト。お前は今逃げ出した奴を頼む。どうしてもしょうがない場合を除いて、生かして連れてきてくれ。情報を知ってる可能性もあるしな」

「グルルゥ」


 一声鳴き、地上へと着地するな否や、そのまま林の奥へと向かうセト。

 盗賊達は、何が起きているのか理解出来ないままにセトを黙って通す。

 そんな盗賊達を見ながら、レイはミスティリングから取り出したデスサイズを構え、口を開く。


「さて、お前達には二つ道がある。一つ、大人しく俺に降伏して洗いざらい知っている情報を話す。二つ、俺に降伏するのを良しとせず、抗うこと。当然俺としては最初の選択肢を選んで欲しいんだが、どうする?」


 威嚇の為にデスサイズを振るって告げるレイだったが、恐らく二つ目の選択肢を選ぶんだろうな、と思っていた。

 フードを被っているとしても、今の自分の体格はかなり小さく、セトがいるのならまだしも容易い相手と見られるのは確実だからだ。

 だが……


「分かった、俺は降伏する」

「俺も」

「ああ、俺も」


 レイにとっては完全に予想外なことに、多くの盗賊達が持っていた武器を地面に落とし、降伏の道を選ぶ。


(どうなっている?)


 疑問に思いつつも、大人しく降伏してくれるのなら情報源が増えるだけなので、レイは大人しく降伏を受け入れる。

 だが、当然盗賊の全てが降伏の道を選ぶ筈もなく……


「何言ってるんだよ、お前等! こんなガキを相手に降伏するなんて、弱腰過ぎるぞ!」

「そ、そうだ! こんなガキ一人、皆で掛かればどうとでもなるに決まってるだろ!」


 口々に降伏を選択した者達を責め、持っていた武器をレイに向ける盗賊達。

 数にすれば、二十人程だろうか。

 つまり、半分以上が降伏を選んだということになる。


「馬鹿! 何言ってるんだよはこっちの台詞だ! お前、知らないのか! さっきのグリフォンを見ただろ!? グリフォンに乗って大鎌を武器にしている奴なんて、盗賊喰いの深紅しかいないだろ! そんな奴と戦って、勝てると思ってるのか!?」


 降伏を選択した盗賊の言葉に、徹底抗戦を選んだ盗賊達が驚愕の表情を浮かべる。

 ……もっとも、驚愕しているという点ではレイもまた変わらなかった。


(深紅ってのはかなり広まってるからいい。けど、盗賊喰いってなんだ、盗賊喰いって。そもそも、ミレアーナ王国でならともかく、ベスティア帝国に来てからは殆ど盗賊を倒したりはしてないぞ? なのに、何で……)


 そこまで考え、唐突に理解する。


(なるほど、ミレアーナ王国から逃れてきている盗賊がいるな? まぁ、全部が全部俺の責任って訳じゃないだろうけど。……多分。いや、盗賊喰いとか言われてるってことは、もしかして全部俺のせいだったりするのか?)


 内心で考えつつ、再びデスサイズを振るう。

 ヒュッ、という空気を斬り裂く音は、嫌でもその場にいた盗賊達の意識を引く。


「降伏する奴は十分にいるし、そうなると俺に戦いを挑もうとしているお前達は既に必要がないな。……来い」


 クイクイ、と指で挑発するように招いてやると、その仕草で頭に血が上ったのだろう。三人の盗賊が、視線を合わせて一気にレイへと向かって襲い掛かる。


「ふざけるな、このクソガキがぁっ!」

「この人数差で勝てると思ってんのか、おらぁっ!」

「おおおおおおおっ!」


 棍棒、長剣、バトルアックス。

 それぞれの武器を手にレイへと襲い掛かって来た盗賊達だったが、次の瞬間にはレイが横薙ぎに振るったデスサイズの一撃により、三人が三人とも身体が上半身と下半身に別れて地面へと血と内臓と肉を撒き散らす。

 周囲に広がる強烈な鉄錆の臭い。

 同時にレイが振るった、盗賊の目には一瞬の閃光にしか見えなかった大鎌の一撃。

 動きやすいようにレザーアーマーを装備していたにも関わらず、その防具が全く役に立たずに切断された光景を見て、レイに対して逆らおうと考えていた者達の戦意は急速に萎んでいく。


「さて、他にも俺に抗うという奴はいるか? いるなら前に出ろ。俺は逃げも隠れもしない。まぁ、その代わりお前達を逃がしもしないけどな」


 デスサイズを一閃し、刃に付着していた血を払うレイ。

 逃がさないとは言っていたものの、実はこの時点で盗賊達が一斉に逃げ出せば何人かは逃げることが出来ただろう。

 もっとも、逃げ出したら多くの者が大鎌で命を絶たれるというのははっきりしている為、成功する確率の低い賭けに出る者はいなかったが。

 また、同時に全員が逃げ出してこそ生き延びる道があるのであって、烏合の衆と言ってもいいこの盗賊団にそこまでの連携を期待するのは無理と言ってもよかった。

 盗賊団の頭領がいれば、話は別だったのかもしれないが……


「よし、全員降伏するということだな。この盗賊団を率いているのは?」


 そう尋ねるレイに、皆がどこか戸惑ったように周囲を見回す。


「あれ? 頭は?」

「さっきまでいた筈だけど……」

「おい、もしかして自分だけ逃げたのか!?」


 盗賊達の呟く声で、レイは理解する。

 先程、セトの降下と共に逃げ出したのがこの盗賊団を率いている者だったのだと。


(なるほど、勘は鋭かったようだな)


 セトが下りてきたのを見るや否や、真っ先に逃げ出したのだ。

 そうである以上、その勘の鋭さはかなり高いと言ってもいい。


「けど……残念だったな」


 突然呟くレイに、周囲の盗賊達は何を言ってるんだと視線を向ける。

 正直にそれを口に出さなかったのは、レイの強さがどれ程のものかを目の前で見せられているからだ。

 夢だと思うには、周囲に漂っている強い鉄錆の臭いや、視線の先にある三人分の死体があまりにも生々しすぎた。


「ま、そのうち分かるさ。それよりも……」


 セトに関しては戻ってくれば全てが分かると、レイはミスティリングから取り出したロープを盗賊達の前に放り投げる。


「それでお前達の手を縛れ。一人がもう一人をという風に縛って、最後の盗賊は俺が縛る。……言っておくが、わざと緩く縛ったりしたのを見つけたら後悔することになる。その三人みたいにな」


 盗賊達は先程の一撃を思い出し、今ここで死ぬよりはとそれぞれの手首を結んでいく。

 そして盗賊達を数珠つなぎに縛り、これで逃げることは出来ないだろうと判断したところで、丁度セトが茂みの中から姿を現す。

 クチバシで咥えている男は、レイの頼み通りに意識は失っていても命を失ってはいないらしい。

 現れたグリフォンと、気絶している自分達の頭領に、ざわめく盗賊達。

 レイはそんな盗賊達の様子を一顧だにせず、盗賊の頭領を文字通り叩き起こしてからロープで縛り、ここに溜め込まれていたお宝をミスティリングに回収し、そのままフリツィオーネ軍に合流すべく移動を開始する。

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