第759話

 時は戦いが始まった頃まで戻る。

 フリツィオーネ軍と追撃部隊の戦闘は、前方と後方では全く違った戦いとなっていた。

 後方の部隊が歩兵、騎兵、弓兵といった基本的な兵種が揃っており、更には少数ではあるが魔法使いも存在しているのに対し、前方にいる部隊は白薔薇騎士団。

 基本的には騎兵で構成されている部隊だ。

 それに対し、フリツィオーネ軍を待ち受けていた部隊は歩兵、騎兵、弓兵といった具合にバランス良く纏まっている。

 そう、丁度後方で行われている戦いと兵種に関しては正反対に近い状況だった。

 ただし……違う点も幾つかある。

 それは、白薔薇騎士団が騎兵で構成されているとしても、中には騎射や騎乗したまま魔法を撃つことが出来る者がいるということ。

 そして、今回の出奔に際してフリツィオーネやログノス侯爵、アンジェラといった者達が手を尽くして手に入れたマジックアイテムの数々。

 フリツィオーネとしては、出来れば自分に従ってくれた者達全員に配りたかったのだが、ただでさえ稀少なマジックアイテムだ。幾らランクが低く、作るのにそれ程の手間が掛からないものだとしても、フリツィオーネ軍全員に行き渡らせるのは無理だった。

 結果、このフリツィオーネ軍の象徴でもあるフリツィオーネが討たれるなり捕らえられるなりすれば、この軍は一気に瓦解するというログノス侯爵の意見もあり、入手したマジックアイテムは白薔薇騎士団へと優先的に配られることとなった。

 もっとも、マジックアイテムとはいってもそれ程強力なものではない。

 防御力と攻撃力を多少……それこそ、一割も上がらない程度の効果だ。

 しかし、その程度のマジックアイテムではあっても白薔薇騎士団という精鋭部隊が身につければ全体の底上げとなり、驚異的な効果を発揮する。


「行くぞ! 私達の後ろには主君であるフリツィオーネ殿下がおられる。我等が主君に、情けない姿を見せるな!」


 戦場に響くウィデーレの声。

 自分達の主君が後ろで見ている。フリツィオーネ直属の白薔薇騎士団で、こう言われて奮起しないものはいなかった。


「行きますわよ! 第一部隊、ウィデーレ隊長に遅れを取ることは許しません! 私達の力を存分に発揮しなさい!」


 貴族出身の第一部隊の隊長が叫び、アンジェラに言われた通りに前へと進む。


「ほら、あんた達。他の二人に負けるようじゃ、第二部隊の名が廃るよ! 分かってるね!」


 冒険者から第二部隊の隊長に取り上げられたショートカットの女騎士が叫び、部隊を率いて前へと進む。


「行くわよ。この戦い、フリツィオーネ殿下は勿論だけど、ヴィヘラ様にも恥ずかしくないだけの成果を上げてみせる!」


 元第2皇女派だったが、ヴィヘラが出奔したことによりフリツィオーネに引き取られて第四部隊の隊長を任されている女騎士が叫び、自分達の実力を広く知らしめようと闘争心の赴くままに叫ぶ。


「皆、しっかりと。くれぐれも焦らないで、怪我をしないように。……ただし、フリツィオーネ殿下に逆らうような相手には身の程を思い知らせて上げましょうね。慈悲を知らない相手に慈悲を掛ける必要はありません。皆の弓で射貫いてあげましょう」


 にこりと笑みを浮かべつつ、物騒なことを口走る第五部隊の隊長が穏やかな口調で告げる。


「全く……何だってこんなに面倒臭いことになったのかしらね。けど、これもお仕事。皆、頑張って戦うからよろしくね! 矢の本数と魔力の残量にはくれぐれも気をつけて。それと、味方に誤射しちゃ駄目だからね!」


 面倒そうにしながらも、これが仕事だからと告げる女騎士。

 ウィデーレも合わせて6つの部隊が、それぞれの兵士を引き連れて飛び出していく。

 無論、待ち伏せしている方としても、騎兵が真っ直ぐに迫ってくるのを大人しく見ている訳はない。

 距離を縮められる前に、少しでも数を減らせと矢を、魔法を、更には何を思ったのか攻城兵器でもある投石機まで持ち出して撃ち出す。

 本来であればこの投石機は、レイに対抗する為に用意されたものだった。

 だが、肝心のレイは森の方へと向かっており、このまま使い物にならなくなるよりは……ということで、白薔薇騎士団に向かって用意された投石が放たれたのだ。


「投石は私に任せろ!」


 部隊の先頭を走るウィデーレが、魔剣を大きく振るう。

 魔力を込められた魔剣の剣先から放たれた雷は空を斬り裂きながら岩へと向かい、次の瞬間には一抱え程もある岩を雷が砕く。


「きゃっ、ちょっとウィデーレ隊長! 岩を砕くなら破片とか残らないようにして下さいまし!」


 第三部隊の隣を進む第一部隊の隊長が苦情を叫ぶが、ウィデーレはそんなのはいつものことと受け流し、部下達と共に向かって突き進む。

 第一から第四部隊が敵の前線へと向かって突き進む中、第五部隊、第六部隊はそれぞれに弓や魔法を放っては援護する。

 秘密の花園、美しき淑女、凜々しい女騎士。そんな風に今まで言われてきた白薔薇騎士団だったが、フリツィオーネ直属だけあってその実力は確かなものだった。

 迎撃の為に自分達へと向かって放たれる矢を長剣で、槍で、斧で叩き落とし、見る間に距離を縮めていく。

 多少叩き落とすのに失敗するものはあるが、その辺はマジックアイテムの効果により何とか弾く。

 矢を数本分程度防御出来るというマジックアイテムだが、普通の兵士や冒険者ならともかく、ある程度以上腕の立つものであれば非常に有効な代物だった。

 そして矢を叩き落としながら、槍と盾を構えている歩兵部隊へと近づき……歩兵達が息を呑んだ瞬間に上空から矢や魔法が降り注ぐ。


「皆、矢を切らさないようにお願いね。ただし、味方に当てたら後でお仕置きだから」

「くれぐれも、く・れ・ぐ・れ・も、味方に当てないように撃って! それと魔法は特に注意だよ!」


 第五部隊と第六部隊の隊長の声が周囲に響く。

 この二つの部隊は、丁度味方と敵がぶつかるのを待ってから援護攻撃を叩き込んだのだ。

 前衛部隊が敵に接近するまでは普通に援護攻撃をしておきながら、咄嗟の判断で攻撃先を変更する。

 命じる方も命じる方だが、それを実行出来る者も大概だろう。

 敵の歩兵の意識が完全にウィデーレを含む騎兵隊へと向かっていた為に、降り注ぐ矢や魔法の攻撃をまともに受け、その被害は多大なものとなる。

 まさか味方が突っ込んで行く場所へと、味方が敵と接触する直前に矢や魔法を叩き込むとは普通思わない。下手をすれば、味方にも被害を与えるのだから。

 そんな相手の意表を突いた攻撃だが、これ以上ない程見事に決まった。

 混乱状態に陥った敵の歩兵部隊を、第一部隊とウィデーレの第三部隊が切り分けるようにして突き進む。

 いきなり前衛を貫かれた形の待ち伏せ部隊だったが、数の多さもあって騎兵の動きが鈍くなってくるのを見計らい、反撃に出ようとする。

 だが……そこへ、更なる苦難が襲い掛かった。

 白薔薇騎士団の第二部隊と第四部隊が、第一部隊、第三部隊の後ろから突っ込んで行ったのだ。

 一切の速度を緩めずに突き進むと、タイミングを計ったかのように第一部隊、第三部隊の騎士達が広がって強引に場所を作り、背後から来る二つの部隊が移動出来る空間を作る。

 そうして動きの止まった先端の位置へと第二、第四部隊が到着すると、第一、第三部隊の先端部分にいたウィデーレ達が強引に待ち伏せ部隊を押し込み、場所を譲る。

 その様子を上空から見ていれば、待ち伏せ部隊に突き刺さった錐の先端の動きが止まったところで先端が広がり、その中から再び新たな錐の先端が勢いよく出てきたようにも見えただろう。

 新たに出てきた錐の先端はそのまま歩兵部隊を貫き、背後にいた弓兵部隊へと襲い掛かる。

 だが、待ち伏せ部隊の方もやられてばかりではない。自分達が一方的に押されているというのを見て取るや、ブラッタが他の騎兵を率いてその場を離れ、大きく弧を描く様にしてフリツィオーネが乗っている馬車の方へと向かって突き進む。


「なっ! フリツィオーネ殿下を狙うですって……許せないわね。皆、やってしまってちょうだい!」


 一瞬前まで浮かべていた第五部隊隊長の穏やかな笑みが、鬼気迫るものへと変わって部下へと命じる。

 そこまで過激ではなくても、ブラッタの行動を見て焦っているのは第六部隊も同様であり、慌てて命じる。


「私達の主君に近寄ろうってのは、調子に乗りすぎよ。撃ちなさい!」


 魔法と弓が空を飛び、フリツィオーネの馬車へと向かう騎兵隊へと向かって降り注ぐ。

 馬車の方でも、マジックアイテムの効果なのだろう。馬車を中心に障壁が生み出され、その障壁の周りでは白薔薇騎士団の団長であるアンジェラとその直属の部下達が迎撃の態勢を取る。

 瞬く間に迎撃の態勢が整えられたと察知するや、ブラッタは進行方向をフリツィオーネの馬車から後方からの援護をしている第五部隊、第六部隊へと変えた。

 騎兵だからこそ出来る柔軟な動きではあったが、それを自分だけではなく部下にまでこなさせる辺り、ブラッタの秀でた能力を表しているのだろう。

 そのまま矢や魔法が飛んでくる中を、蛇行して狙いを定めさせないように進む。

 ことここに至って、待ち伏せ部隊の中央で好き放題暴れていた他の四つの部隊も背後で仲間が危機となっているのを悟り、挟撃を食らわないように部隊を派遣する。


「ちっ、素早いな。これだからこいつらは厄介なんだよ」


 もう少しで第五部隊、第六部隊に突入しようかというところでブラッタは舌打ちする。

 このままでは自分が囲まれて一方的に攻撃されると判断し、この場を離脱することを選択。









 ただし、ここまで来てなにも成果がないままに撤退するのは面白くなく、第五部隊を掠めるようにして数人へと槍を振るって攻撃していく。

 ブラッタに率いられていた騎兵達も行きがけの駄賃だとばかりに攻撃していくが、自分達へと迫っている他の四つの部隊を思えば時間を掛ける訳にもいかず、結果的には殺すのではなく怪我を負わせるだけに留まる。

 待ち伏せ部隊の方がもう少ししっかりとしていれば白薔薇騎士団にもっと被害を与えられたのだろうが……と、苛立ちを込めて馬の上から地面へと唾を吐き捨てるブラッタ。

 だが、一部隊二十人。それが四つ。合計八十人程度を相手に、待ち伏せ部隊五百人が受けた被害を考えれば、無理は言えなかった。

 受けた被害の大きさは、いっそ清々しい程に自分達の方が上なのは明らかだ。

 白薔薇騎士団の強さに歯噛みをする。


(ソブルがいれば部隊の指揮を任せることが……いや、ペルフィールを連れてくれば良かったか。ロドスには期待出来ないし)


 そもそも、現在のロドスは対深紅に特化している存在だ。故に、この戦場にロドスの姿はない。

 今頃は林の中で深紅を相手に戦っているだろう。

 そんな風に考えながら、騎兵を引き連れて部隊との合流に成功する。


「被害は!」

「歩兵はともかく、弓兵の被害が当初の予想を大きく超えています!」


 部下からの報告に、舌打ちするブラッタ。

 歩兵の補充はそれ程難しくはないが、弓兵となれば話は別だ。

 熟練の弓兵となるまでには、それなりに時間が必要となる。

 足りませんと言われて、はい追加ですとはいかない。


「魔法使いは?」

「そちらは何とか被害を抑えています。怪我人はいますが、死んだ者はいません」

「……そうか。カバジード殿下に怒られるとしても、最悪の形じゃないのはせめてもの救いだな」


 溜息を吐き、これからどうするかを考え……視線の先で、フリツィオーネ軍の後方から纏まった数の援軍が来ているのに気が付く。


「ちっ、向こうも失敗したのか。シュルス殿下ご自慢の騎兵隊も大したことがない。……だがそうなると、こっちもこれ以上の無理は出来ないな」


 ただでさえ向こうの方が戦力としては精鋭揃いなのだ。

 今は人数差で何とか互角に近い状況だが、その人数差すらも縮まってしまえば戦力的には逆転するかもしれない。


「深紅が近くにいるってのに……くそっ!」


 元々自分がこの戦いに出張ってきたのは、自分にこれ以上ない程の屈辱を……戦いという行為すらさせて貰えずに一方的に狩りの獲物の如く扱われたこと、そして何よりも自分の相棒であるソブルをみすみす自分の近くで捕らえられたことといった行為に対する意趣返しが出来るかもしれないというのが理由だ。

 なのに肝心の深紅は自分達の方へと来る様子を見せず、林の方へと真っ直ぐに向かった。

 本来であれば、向こうの横腹を突く筈の伏兵が全く林から姿を見せないのを考えると、深紅を相手に完全に押さえられているのだろうことは容易に想像出来た。


「時間はどうなっている?」


 傍らの部下に尋ねると、その部下は懐から取り出した時計へと視線を向ける。


「問題ありません。予定の時間は過ぎました。出来ればここでフリツィオーネ殿下を押さえることが出来れば最善だったのですが……それでも最低限の目的は済ませたかと」

「そうか。……しょうがねえ、そろそろ退くぞ。全軍に命令を出せ」

「はっ!」


 ブラッタの言葉に従い、即座に撤退の命令を出されたのだが……


「ブラッタ様、一部の部隊がこちらの指示を聞かずに森の方へと移動しています!」

「はぁ? わざわざ深紅を相手にしに行ったのか? どこの馬鹿共だ」

「最近こちらに合流してきた、シュヴィンデル伯爵を始めとした一派です!」


 その言葉に、ブラッタは忌々しげに舌打ちをするのだった。

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