第716話

「あー、暇だな。反乱軍の奴等、まだ見えてこないのかよ」


 街道を進む討伐軍。全てを合わせると、その数は約四千。 

 この他に討伐軍の背後からは物資を馬車に積み込んでいる輸送隊と、その輸送隊を守る為の護衛部隊約二千も存在している。

 そんな中で面倒臭げな声で呟いたのは、今回の討伐軍の総大将を任されているブラッタ。

 軍馬に乗りながら周囲の様子を眺めつつ、うんざりしたといった表情で呟く。


「大体、何だって俺が総大将なんだよ。俺は元々前に出て戦う方が性に合ってるんだから、普通ここは俺じゃなくてお前が総大将だろ? 俺と違って物事を冷静に判断出来るんだから」


 そう告げながらブラッタが視線を向けた先にいるのは、自分と同様に馬に乗っている人物。

 一応簡単なレザーアーマーやマントを着込んでいるが、レザーアーマーにしても普通の冒険者や兵士が身につけるような物ではなく、部分鎧とでも呼ぶべき形状となっていた。

 これは、レザーアーマーを身につけている者の体力がない故の処置だった。


「仕方ないだろう。見ての通り私は前線で戦うのには向いていない。そして、前線で戦う者は私のような人物が総大将になれば間違いなく不満を抱く。武勇の欠片もない人物が自分達の指揮を執るとは、とな。カバジード殿下の直属という関係から直接口には出さないだろうが、それでも態度には出る。そして、反乱軍と戦う時にはその一瞬が致命的な隙を招きかねない」


 その人物、ソブルの言葉にブラッタは面白くなさそうに舌打ちする。

 分かっているのだ。そのような気風があるということは。

 だがそれでも、自分の相棒にして頼れる友人でもあるソブルが軽く見られるということは非常に面白くない。

 もっとも、友人云々というのを口に出すことはまずないのだが。


(相変わらず自分の心を隠すのが下手な奴だ)


 そんなブラッタの様子を見ていたソブルは、内心のそんな思いとは裏腹に小さく笑みを浮かべる。

 態度がぶっきらぼうな相手ではあるが、細かいことを気にする自分との相性がいいというのは、これまで共に行動してきたのだからはっきりしている。

 寧ろ、性格が正反対だからこそこうして喧嘩せずにやって行けてるのだろうというのがソブルの考えだった。


「そう言えばロドス、結局来なかったな。本人は来たがっていたみたいだが」


 不意にソブルが話題を変える。

 その話を聞き、ブラッタもまた頷く。


「本人は来たがっていたんだけど、ペルフィールが許可しなかったんだよ。今の実力で深紅を相手にして勝ち目は存在しないってな」


 深紅がいるかもしれないという話をロドスにした時のことを思い出すブラッタ。

 ロドスは今すぐにでも向かいたいと言ったのだが、その訓練を担当しているペルフィールがまだ未熟だとして許可しなかったのだ。


「訓練か。……誰かさんはそういうのが嫌いみたいだけどな」


 ソブルの様子に微妙に嫌なものを感じたのか、ブラッタは話を変える為に周囲へと視線を向ける。

 街道を進む討伐軍の姿は、否が応でも目立つ。

 補給部隊を入れれば六千に届くかという程の規模なのだから、それも当然だろう。

 そして、街道沿いの畑で作業をしている者達は当然そんな討伐軍の姿へと不安そうな視線を向けていた。

 つい先頃敗走……と言うよりは壊走とでも表現すべき逃げっぷりの討伐軍を見ているのだ。それだけに、この討伐軍にもどこか心配そうな視線が向けられるのも当然と言える。

 このまま討伐軍が負け続ければ、当然反乱軍の進軍は止まらない。そうなれば、自然とこの付近も戦場になる可能性が高い。

 この地で暮らしている農民にとっては、正直討伐軍が勝っても反乱軍が勝っても、どちらでも構わないと考えている者が殆どだ。

 勿論中には特定の人物に肩入れをしている者もいるが、それでもやはり農民としてはここが戦場にならなければどちらでもいいという者が多い。

 そういう意味では、討伐軍が勝てばここが戦場にならないのだから消極的には討伐軍側を応援する者の方が多いかもしれない。

 ……もっとも、前回の戦いを考えるとどうしても討伐軍に味方をするのを躊躇うというのが正直なところなのだろうが。


「大丈夫かねぇ。……今回も負けて、ここで戦闘になるようなことにならなければいいんだけど」

「確かになぁ。この前の逃げっぷりは凄まじかったし、それを考えると……」

「嫌だよ、私は。ここが戦場になるなんて」

「それでも、春とかの種まきとかの時期じゃなかったり、収穫の時期じゃないだけまだいいだろうさ。夏に畑で戦いになったら……そう考えると、刈り取りが終わった時期だったのはまだしも幸運だったと思うけどね」

「そうか。そう考えれば……って、このまま内乱が長引いて、来年の春にまで持ち越されたりしたら結局同じだろ」

「それでも、春までに終わるかもしれないと思えば……」

「何だって内乱なんか起きるのかね。出来れば戦いは国の外でやって欲しいよ」

「国の中で起きるから、内乱って言うんだろ」


 街道沿いの収穫が終わった畑で、来年の種まきに向けて少しでも育つようにと土を耕し、腐葉土を撒き、とやっていた農民達がそれぞれに声を潜めて話す。

 そんな言葉が聞こえた訳ではないだろうが、それでも視線は言葉程にものを言う。

 自分達が周囲の農民達にどんな目で見られているのかを理解した討伐軍の兵士達は、その視線に苛立ちを覚える。

 それでも農民に対して当たり散らしたりしないのは、カバジードの部下という一面が大きいだろう。

 自分達がベスティア帝国第1皇子の派閥の者であるというのは討伐軍に参加している貴族の誇りでもあり、その誇りを自ら汚すような真似はしたくないし、もしそんな真似をすれば厳しい処罰が待っているのは間違いないのだから。

 それでも面白くないものは面白くはなく、ブラッタは軍馬の上で舌打ちをする。


「ったく、前回の戦いは負けるのが前提でシュルス殿下が役立たずを処分する為のものだったってのに。結果的には目的を達したんだから、シュルス殿下の勝利と言ってもいいんだろ?」


 隣の軍馬に乗っているソブルへと声を掛けるブラッタだったが、戻ってきたのは難しい表情を浮かべたままの沈黙。


「ん? どうしたんだよ?」

「……いや。確かに前回の戦いにおけるシュルス殿下の目的は半ば達したと言ってもいいと思う」

「半ば?」

「ああ。反乱軍の戦力を確認するという意味での目的は達成した。だが、お前が言った役立たずの処分という意味では、多くの貴族が向こうの捕虜となってしまった時点で失敗と見ていいだろう。しかも、その捕虜の身代金の交渉でシュルス殿下は大掛かりには動けないときている。シュルス殿下としても、本心では今回の討伐軍は第2皇子派で独占したかった筈だ。だが……」


 チラリとソブルの視線が向けられたのは、進軍中の討伐軍の中でも後方に位置している騎兵部隊。

 殆どが第1皇子派で構成されている今回の討伐軍の中で、シュルスが送り込んできた者達だ。

 当然今回の部隊編成を任されたソブルとしては、全てを第1皇子派で纏めるつもりだった。しかし、そこにシュルスの副官でもあるアマーレが接触し、半ば強引に第2皇子派の部隊……正確にはシュルス直属の部隊を組み入れるように要請してきたのだ。

 当然ソブルとしては、この討伐軍に第2皇子派の者達を入れるのは百害あって一利なしと断ろうとしたのだが、アマーレとしてもその展開は読んでいたのだろう。ソブルに話を持ってくる前にカバジードの方へと話を通していた。

 ソブルにしてみれば、自分達の主君が何を思って第2皇子派からの部隊を受け入れるような判断をしたのかは分からない。

 それを疑問に思って問いただしもしたのだが、戻ってきた返事は意味深な笑みだけ。

 ともあれ、主君からの命令である以上は逆らう訳にもいかず、こうして討伐軍の中に第2皇子派の部隊が一部隊だけだが混在していた。


「とにかくだ。シュルス殿下としては身代金の交渉で、派閥の貴族の戦力を使えなくなった。更に、最初の討伐軍に軍監として派遣した直属の騎兵隊にしても、一人を残して全滅。その一人にしても半死半生に近かったのを思うと、勝利とはとても思えないな。痛み分けと言っても言いすぎだろう」

「……そこまでか? けど最大の目的だった戦力の偵察は成功したんだろ? なら最低限の目的は果たしていると思うけど?」


 首を傾げながら尋ねるブラッタに、ソブルは黙って首を横に振る。


「いや、私はそうは思わないな。確かに前回の戦いで反乱軍がどのような戦力を持っているのかというのが明らかになったところもあるだろう。けど、それはあくまでも戦力の一端でしかない。何より、私達としては警戒せざるを得ない深紅がいるかどうかの確認が出来ていない」

「……奴、か」

「ああ。私達としても何度か反乱軍の方に偵察を送っているが、未だに深紅発見の報はない。それどころか連絡が途絶えた者も何人かいる」


 その言葉に、軍馬の上にいるというのも忘れたかのようにブラッタが大きく溜息を吐く。

 冒険者で言えば盗賊のような役割を担った兵士というのは、その育成に酷く金が掛かる。つまり、それだけ高価な兵士達なのだ。

 騎士や騎兵のように戦場で目立つという訳でもなく、任されるのは裏方の仕事のみ。

 そんな偵察を専門とする兵士には当然なりたがる者も少なく、質を維持する為にも給金を高くせざるを得ない。

 だが戦いで情報というのは非常に大きい役割を持ち、時には命すらも左右する。

 ブラッタもソブルと組むようになり、それを知っているからこそ偵察兵の連絡が途絶えたという話に衝撃を受けたのだ。


「しかも連絡が途絶えたのは優秀な者達が多い。恐らくは反乱軍の中で見てはいけないものを見てしまったんだろうが……」

「それが深紅だと?」

「全員が全員じゃないだろうし、確証もないがな。ただ、そう考えると辻褄が合う」

「……深紅以外の、それこそ何らかの向こうの秘密兵器とか、そういうのの可能性は? 元々テオレームはマジックアイテムを戦闘に使うのに長けている。それを考えれば、寧ろそっちの方の可能性が高いと思うが?」

「そっちの可能性もあるな。だが、正直に言って私としては秘密兵器よりも、深紅と戦う方が怖い。最悪の想像を考えれば、どうしても……な。結局今はその辺の兵士達に、無理をさせないように遠くから様子を見るのに留めさせているよ」


 話していて憂鬱になったのだろう。ソブルは空へと視線向ける。

 そこにあるのは、明るい太陽と箒で掃いたような雲。自分の悩みなど全く小さいことだ言われているかのような思いを抱き、ソブルは思わず恨めしげに溜息を吐く。


「全く……この空にとって私の悩みなど小さいことなんだろうな」


 そう呟くも、当然ながら空が何かを教えてくれる筈がない。

 ブラッタにしても、そんなソブルに向かって何を言っていいのか分からず、近くにいる馬車へと視線を向ける。

 その馬車は補給物資を運ぶ為の馬車ではなく、第1皇子派の貴族が乗っている馬車だ。

 勿論前回の討伐軍の時とは違い、その中に乗っているのは極少数のカバジードにより信頼されている、能力も高い貴族達だ。

 討伐軍へと参加する以上は当主の類ではなく次男や三男といったものが多いが、それでも十分な実力を備えている者達。

 今回の反乱軍の討伐で手柄を立てれば新たに貴族として家を興すことを約束されている為、やる気に満ちている。

 そのような貴族達が連れてくる部下なのだから、当然こちらも有能な者が多かった。


(こいつ等のような優秀な人材を率いているのに負けたりしたら……カバジード殿下に合わせる顔がないよな)


 ブラッタは馬車を眺めながらそう考えつつ、何となくソブルの見ている秋の空へと視線を向け、数日後に起こるだろう戦いに意識を集中する。






 煌々とした月光が地上へと降り注ぐ夜、討伐軍は陣を敷き野営を行っていた。

 数時間前までは夕食を食べ、英気を養う為という理由で許された酒を飲み、軽い宴会のようになっていたのだが、それも既に落ち着き、周囲に聞こえてくるのは秋の夜長を慰める虫の音のみ。

 街道沿いに陣を張っている為に、見張りに立っている兵士達の耳を楽しませる。

 自分達以外の者の殆どは既に眠っており、宴会後の見張りという色々な意味で割に合わない仕事を受けていた兵士達は、我が身の不運を嘆きつつも虫の音で退屈を紛らわせていた。

 もっとも、虫の音に意識を集中しているとやがて睡魔が襲ってきて、そちらに対する抵抗に苦労することになるのだが。

 一日中歩き続け、数時間前にはたっぷりとした食事と酒。それでいながらの夜の見張りで、周囲からは子守歌のような虫の音が聞こえてくるともなれば、睡魔という最大の強敵に抗うのは酷く難しい。

 また、この地が帝都から一日の距離で自分達の勢力圏内であるという思いも眠気を強くする一因だろう。

 そんな風に見張り達が睡魔と孤独な戦いを繰り広げている時、ブラッタはソブルと共にテントの中で地図を見ていた。

 オブリシン伯爵領までの詳細な地形が描かれている地図であり、カバジードからソブルが貸し与えられたものだ。

 それだけに慎重に扱う必要があり、少し前まで討伐軍の幹部達と行われていた作戦会議においても直接触ることはないままに話が進められていた。


「この行軍速度を考えると、明後日には反乱軍との戦いになるな」

「……前回は五日くらい掛かったって聞いたけど?」

「貴族達が我が儘放題に進んでいたからな。その影響もあるんだろう」


 ソブルの言葉に、ブラッタは思わず納得する。

 驕り高ぶった貴族だけに、その贅沢極まりない行軍速度は、既に物見遊山に近かったのではないかと。

 そう、思った時だった。


「火事だあああああああああぁっ!」


 そんな声が陣地の中に響き、同時にテントの外が真っ赤に染まっているのにブラッタが気が付いたのは。

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