第713話

「え? 本当に俺が行ってもいいのか!? 後で嘘って言っても絶対に話を聞かないからな! 分かってるよな!?」


 その声を発したブラッタは、目の前のソブルへと向かって念を押すように告げる。

 自らの相棒と言ってもいいようなその人物を相手に、ソブルは小さく溜息を吐く。

 ソブルとしては、今回の件は出来れば自分達が引き受けたくはなかった。

 だが自らの主君でもあるカバジードに直接命じられれば、相当な理由でもない限りそれを断る訳にもいかない。

 そして断るべき理由がない以上、引き受けるしかなかった。


(第二次討伐軍の編成。……出来ればシュルス殿下が続けて引き受けてくれれば……いや、前回の敗戦と捕虜の身代金交渉があるのを考えるとどうにもならない。そうなると、フリツィオーネ殿下か? ……白薔薇騎士団が妙な動きをしているというから手の者を放ったが、そっちの連絡も途絶えている)


 色々な意味できな臭い状況になっている中で自らが危険な真似をしたくはないのだが、誰かがそこに危険を承知で突っ込み、事態を動かさなければならないというのも事実。

 それは分かっているソブルだったが、それでも何故自分達にと思わざるを得ない。

 そして、自分の前で暴れられると呑気に喜んでいる相棒の姿に多少の苛立ちを感じてしまってもしょうがないだろう。


「お前は楽しそうでいいな。少しは悩むということをしたらどうだ?」

「は? それはお前の担当だろ。何だって俺が……」


 太陽が東から昇って西に沈むのと同じだとばかりの言葉に、ソブルは思わず溜息を吐く。

 目の前にいる自分の相棒がそんな性格だというのは知っていたが、出来ればもっと考えるということをして欲しかった。


(ペルフィール辺りでも引っ張ってくるか?)


 訓練好きな女騎士の姿が脳裏を過ぎったが、すぐに却下する。

 確かにペルフィールは色々と能力も高く、一緒に仕事をするとなれば安心出来る相手だ。

 だがその性格故に、ブラッタとの相性が悪いのも事実。

 また、現在ペルフィールはロドスの指南役という仕事もしており、とてもではないが自分達と行動を共に出来る余裕はないだろう。


「しょうがない、か」


 小さく首を振り、改めて手に持っていた紙へと視線を向ける。

 そこに書かれているのは、前回の討伐軍が反乱軍と戦った戦闘の経緯だ。

 ……もっとも、経緯以前に最初から最後まで一方的にやられたという記録しか書かれていないのだが。


「せめて、もう少しまともな人材を送ってくれれば……いや、そもそも相手の戦力評価の為の捨て駒だったのだから、これ以上を求めるのは無理か。それに向こうの戦力を把握するという当初の目標を達成することは出来たのだから、あの攻撃は成功だったことになる。……悩ましいな」

「そんなに悩む必要はないだろ? それに、反乱軍の中にはこっちに内応するって約束している貴族もいるとか言ってなかったか? その辺を考えれば、どうとでも対処出来そうな気がするけどな。ただ……」


 ブラッタが言い淀むその理由は、やはり宰相のペーシェから渡された情報だろう。即ち……


「深紅が反乱軍に協力している可能性がある、か」

「それだ」


 ソブルの言葉に、ブラッタは頷きを返す。

 あれだけの戦闘力を持っている人物が反乱軍にいるかもしれないのだ。それを思えばどうあっても戦闘では負ける……とまでは言いたくないが、苦戦することになるのは簡単に予想出来た。


「ブラッタの心配も分かるが、前回の戦いでは姿を現さなかったんだろう?」

「前回の戦いではいなかったが、今はいる可能性もある。それを考えると少し不安には思ってしまうな」


 つい先程は戦いということで嬉しそうにしていたブラッタだったが、それがまるで嘘だったかのように厳しい表情を浮かべていた。

 もし本当に戦いでレイが出てきたとすれば、それだけ苦戦するだろう相手であると理解している為だ。


「それに、ヴィヘラ殿下やオブリシン伯爵、テオレーム。色んな意味で向こうには精鋭が揃っているからな。……まぁ、俺達だって負けてはいないつもりだけどよ。けどやっぱり深紅だけは例外だ」

「……そっちに関しては、今回はともかく何とか対抗手段を見つけ出す必要がある。どんなにこっちが有利に戦っていても、奴が出てきた時点で戦局が引っ繰り返る可能性が出てくるんだからな。話しに聞く炎の竜巻は混戦になっていれば使えないだろうが、グリフォンというのが厄介すぎる」

「確かに。ランクAモンスターとか、どんなズルだって話だ。……あー、やめやめ! ここでこうして考えていても埒が明かない。奴が出てきたら出てきたで、臨機応変に対応するしかないって。ソブルは弓を使える人物をなるべく集めてくれ。空を飛んでいる以上、矢で面制圧すれば何とかなるだろ」


 その言葉に、ソブルも少し考えて頷く。

 確かに相手が空を飛んでいる以上、味方に対する誤射は考えなくてもいいだろう。

 もっとも、混戦状態の時に上空にいるのを撃ち落とすとなれば、地上で戦っている味方に被害が及ぶ可能性もあるが。


「他にも補給部隊の用意が必要か」

「……今回のこっちの戦力はどのくらい出すんだ? 前回の戦いだと三千だったんだろ? 向こうよりも多かったのにあれだけの惨敗した辺りは色々と馬鹿らしいけど、今回も同じくらいの人数なのか?」

「いや、この反乱はなるべく早く終わらせたい。ベスティア帝国内同士で戦っていれば、国力を落とすだけだからな。理想的なのは、こっちの戦力を殆ど消耗せず、反乱軍の兵力もなるべく消耗させないままメルクリオ殿下の首を取ることだが……」

「本気か?」


 あまりにも都合のいいその展望に、ブラッタが思わず溜息を吐く。


「あのなぁ、さすがにそれは無理だろ。大体さっきも言ったが、向こうの戦力はそれなり以上に粒が揃ってるんだぞ? なのにこっちにも、ましてや相手にも被害を出さないようにしろとか……もし本当にそんな真似が出来るんなら、それこそ内乱になる必要がないじゃねえか」

「確かに贅沢を言っているのは分かっている。あくまでも最善はそういうことであって、別にそうしなければならないという話ではない。だがこの内乱でベスティア帝国の国力が落ちるのは最小限にしたいというのも事実だ。ここで大きく国力を落とせば、ミレアーナ王国はおろか、周辺諸国も妙な動きをしかねないんだ」

「うーん、大丈夫だろ? 所詮この内乱に参加しているのは、あくまでも貴族個人としてだ。帝国軍そのものは、周辺諸国やミレアーナ王国が妙なことをしないように動いているって聞いたぞ?」


 そのブラッタの言葉にソブルも同意するように頷く。だが、その表情は決して全面的な賛成をしている訳ではないというのを表すように、微かに眉が顰められてた。

 メルクリオという人物を皇位継承権の争いから脱落させる為には、この機会に乗るしかなかった。だがそれが全て皇帝でもあるトラジストの掌の上で踊っているというのは、カバジードに仕えている者としては決して面白いことではない。

 だが、ソブルはすぐに首を横に振る。

 今はそんな先のことを考えている場合ではない。とにかくこの内乱で自らの上司でもあるカバジードを勝者にしなければ、と。


(そういう意味では、シュルス殿下が最初の戦いで負けてくれたのは幸いだったな。これで次の戦いで私達が勝てば、その功績はより際立つ。事情を知っている貴族はともかく、民衆にしてみればシュルス殿下の負けた相手にカバジード殿下が勝った。その結果のみが残る筈だ。……そうなると、ますます次の戦いは負けられないな)


 脳裏で補給物資をどれだけ用意するのか、それを運ぶ為の部隊の編成、その護衛の為の部隊といったものを計算していたソブルだったが、ふと何かを聞きたそうにしているブラッタの様子に気が付く。


「どうかしたのか?」

「ん? ああ。ちょっと話を戻すけど、反乱軍には深紅がいるかもしれないんだろう? なら、ロドスは連れて行くのか?」

「……そう言えばそうか。あいつは元々深紅に勝つ為に俺達に協力することにしたんだったな」

「おい、あいつを引き込もうと言ったのも、実際に引き込む交渉をしたのも、お前だろ?」

「ある程度の戦力があって、こっちを裏切る心配のない駒。それだけしか考えていなかったからな。お前も最終的には奴の訓練をするのが面倒臭くなってペルフィールに預けただろう」


 既に興味がないというのは本当なのだろう。何の感慨も抱かぬままで告げるソブルに、ブラッタはそっと視線を逸らす。


「いや、別に面倒になったとかそういう訳じゃないさ。単純にあの訓練馬鹿に預けておけば、自然とロドスの奴も訓練に巻き込まれて鍛えられるだろ。強くなりたいって言うんだから、それが最善の選択だと判断しただけだよ」

「なら、わざとらしく目を逸らすな。……そうだな、ロドスの仕上がりはどうなっている? 連れて行くにしてもそれ次第だ。戦力的には使えるのかもしれないが、こっちの指示を聞くかどうかというのも大事だし」

「あー……この前ちょっと見た限りだと、そこそこ強くなってるってところか。勿論俺よりも下だけどな」

「それはそうだろう。何だかんだと言っても、お前は第1皇子派の中でも腕利きなんだ。そんなお前よりもあっさりと強くなられれば、こっちが困る。……いや、ペルフィールの訓練癖を考えると可能性としては……」

「ない」


 そう断言するブラッタ。

 ブラッタにしても、自分が第1皇子派の中でも最強クラスの存在であるとは理解している。

 力で今の地位まで昇ってきただけに、その力に対するプライドは非常に高い。

 その辺の貴族と違うのは、言動と力がきちんと釣り合っているというところか。

 ……もっとも、完全に戦闘に特化している分、反乱軍のグルガストと似ているところも多いのだが。

 そんな相棒の内心を読んだかのように、ソブルは口元に笑みを浮かべる。


「分かった。確かにそうだろうな。……まぁ、それはともかくとしてだ。ロドスが戦力的に問題がないのなら、反乱軍に深紅がいるかもしれないとだけ伝えて、作戦に参加するかどうかを聞いてみるか」

「ああ、じゃあ早速今から行ってくる。ソブルの方は出撃の準備で忙しいんだろ?」

「頼んだ」


 短く言葉を告げられ、それを聞いたブラッタは部屋を出て行く。

 相棒の後ろ姿を見送ったソブルは、早速出撃の準備を整えるべく動き始める。


(フリツィオーネ殿下の方には……いや、連絡は他の者にやって貰った方がいいか。こっちの手の者の件が知られていると不味いことになるだろうし)


 ソブルとしては、出来れば今回の出撃に関してはフリツィオーネには大人しくしていて欲しいというのが正直なところだった。

 戦力的に考えれば、カバジードやシュルスに及ばない戦力しか保持していないフリツィオーネだが、それでも侮っていいような勢力ではない。

 兄弟二人には及ばないが、それでも十分皇位継承権を巡る勢力図に影響を与えるだけの戦力は持っているのだから。

 まさか、そのフリツィオーネがメルクリオに協力しようとしているとは思いもしていない。

 もしその為に白薔薇騎士団の者を派遣したのだと知っていれば、使える手駒の中でももっと有能な者達を派遣していただろう。

 そうして何としてもウィデーレ達を捕らえ、メルクリオへと渡す為の封書を奪取していた筈だ。

 だが、時は既に遅い。

 神の悪戯か、はたまたウィデーレ自身の持つ運か。既に白薔薇騎士団は反乱軍との接触を完了しており、その封書に関してもメルクリオへと渡っていた。


「とにかく、準備の方を早急に整える必要があるか。特に遠距離で攻撃出来る部隊は必須。それと、反乱軍に対して派手に勝つ必要があるとなれば、竜騎士も用意した方がいいかもしれないな」


 どのような部隊編成にするのかを自らの主君でもあるカバジードと相談して早急に決めなければならない。

 そう考えつつ、ソブルもまた部屋を出て行くのだった。






「あら、次に出るのはカバジード兄上のところなのね。シュルスの方は前回の件で色々と忙しいみたいだからしょうがないけど。兄弟同士で戦うなんて、悲しいわ。これも私があの時に判断を誤ってしまったせいかしら」


 部下からの報告で、第1皇子派が出撃する為に動き出したという報告を聞き、その人物……フリツィオーネは物憂げに呟く。

 テーブルの上に置かれているカップへと手を伸ばし、自らの内にあるその思いと一緒に飲み込むべく一口、二口と紅茶を口へと運ぶ。

 その垂れ目がちな瞳に浮かんでいるのは、憂い。

 半分とはいえ、自らと血の繋がった兄弟姉妹が戦うというのが悲しい。

 このようなことにならないように手を尽くしてきたつもりではあったが、どうしても後手に回ってしまい……結果的にはこの内乱を防ぐことは出来なかった。


「そして……また私は後手に回ってしまった」


 もう少し早くウィデーレを派遣していれば。

 そんな風に後悔するフリツィオーネに、近くで控えていた女の騎士が励ますように口を開く。


「フリツィオーネ様の優しさはきっとこの事態を打開できる切り札になる筈です。抗いましょう、ベスティア帝国人同士で争わなくてもいいように」

「……そうね。今は私がこちらにいるから皇族三人と皇族一人の戦いということになっている。ヴィヘラがいるから、正式には三人と二人なんでしょうけど」

「はい。これでフリツィオーネ様が向こうに着けば……均衡状態を作り出すことも不可能ではないかと。ただ、その場合皇位継承権は……」


 言いにくそうに呟く部下にして友人でもあるその声に、フリツィオーネは頷く。


「ええ、その点は分かっているわ。けど、決して父上の思い通りに兄弟同士で争うような真似はさせない」


 優しさに包まれているその瞳に似合わぬ決意を浮かべ、フリツィオーネは自らに言い聞かせるように呟くのだった。

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