第712話
少し前までは大勢の貴族や冒険者といった、反乱軍の幹部達が集まっていたマジックテントの中。
そこには現在、先程までよりは少ないが、それでも十分な人数が集まっていた。
この場にいるのは反乱軍の神輿でもあるメルクリオを始めとして、ヴィヘラ、テオレーム、ティユール、グルガスト。そして、レイ。
ここまではいつものメンバーと言ってもいいのだが、その他にも貴族や冒険者といった者が多少混ざっていた。
反乱軍を結成した時、すぐに集まってきた貴族や冒険者や傭兵を纏めている者達だ。
逆に言えば、ここにいないのは最初に討伐軍と戦って完勝した後で加わった者達。
つまり、この場にいるのは反乱軍として信用と信頼が出来る者達であるということ。
そして……
「メルクリオ殿下、全てはそこのレイという冒険者が儂等を嵌める為にでっち上げたことです! 儂等には何ら疚しいことはありません!」
「そうです! それに、そもそもそこのレイという冒険者は、異名を持ってはいても所詮はミレアーナ王国の冒険者。今回の内乱に関しても、ミレアーナ王国の利益の為に行っているに過ぎません!」
「私達は先祖代々ベスティア帝国に忠誠を誓ってきました。その私達と、どこの馬の骨とも知れぬような冒険者の男。どちらをお信じになるのですか!」
集まった者達の前で、ロープにより手首を縛られるといった罪人の如き扱いを受けている三人の貴族達。
その貴族達が口々にレイの非道を訴え、自分達こそが正しいと声高々に叫んでいた。
そんな貴族達の叫びを聞いた他の貴族達はどう判断したらいいのかと迷い、レイは特に何を口にするでもなく事態の成り行きを見守っている。
「なるほど。レイはこの三人が反乱軍を裏切る相談をしていたのを聞いたと」
メルクリオの言葉にレイは頷き、口を開く。
「反乱軍と討伐軍の戦いになったら、こっちを裏切って向こうにつく予定だったと話していた。ただ、その前に今回のフリツィオーネから来た話を知ったから、わざわざ危険な真似をしなくても、そっちを知らせれば十分な手柄になると」
「……と、レイは言ってるけど、これに反論はあるかな?」
そう尋ねるメルクリオに、ロープで縛られている貴族三人は大きく声を上げる。
「出鱈目です! その男は自分の手柄を少しでも多く見せ掛けようと、そしてこの反乱軍の中で自分の存在感や影響力を大きくしようと儂等を嵌めようとしているだけです!」
「そうです! 所詮この男はミレアーナ王国の者なのですから!」
「自分達の国の利益になるのであれば、この内乱が長引くのは望むところなのでしょう」
そんな風に叫ぶ三人だったが、この三人が知らないことがあった。
即ち、今回の反乱は最初からミレアーナ王国の……より正確には中立派、貴族派の力を借りて起こされた代物だということだ。
それを知っているのは反乱軍の中でもほんの一部でしかない以上、仕方のないことでもあったのだろう。
そんな貴族達の話を聞いていたメルクリオは見るからに悩んでいるように見せ掛け、微かに眉を顰める。
メルクリオのそんな様子を見て、ここでもう一押しすればどうにでもなると理解したのだろう。レイが何か口を開く前にと、貴族達はそれぞれに勢いにのって口を開く。
「メルクリオ殿下! 殿下は長年ベスティア帝国に忠誠を尽くしてきた儂等と、春の戦争でベスティア帝国に多大な被害をもたらした冒険者。そのどちらを信じられるのですか!?」
『そうです、その辺を是非お聞かせ願いたい!』
最初の一人の言葉に被せるように、残り二人が声を合わせて叫ぶ。
その様子を聞いていたメルクリオは、やがて手を一振りして貴族達を黙らせる。
続いてメルクリオの視線が向けられたのは、貴族達から離れた場所で今のやり取りを見ていたレイ。
尚、メルクリオのいるマジックテントに入るということで、既にデスサイズはミスティリングの中へと収納されている。
「レイ。彼等の話を聞く限りでは、君が彼等を貶めようとしているように感じられるのだけど……その辺はどうなっているのかな?」
「殿下! そのような者の話など!」
レイが口を開けば、そこから出てくるのは自分達にとって不利でしかない話。
それを知っているからこそ、貴族の一人がレイに喋らせまいと口を開くが……
「少し黙っていてくれないかな? 君達の話は既に十分に聞いたんだから、次はレイの話を聞くべきだろう? 何かおかしなことでもあるのかな? それとも……レイが口を開くと都合が悪いことでも?」
そう尋ねるメルクリオの視線は、柔らかな言葉遣いとは裏腹に非常に鋭いものだった。
その鋭い視線に射竦められた貴族達は、反射的に息を呑む。
目の前にいるのが、間違いなく皇族であると……即ち、現ベスティア帝国皇帝トラジスト・グノース・ベスティアの血を引く者であると、本能的に理解した為だ。
もしかして自分達の本当の企みが見抜かれてしまったのではないかと考える。
だが当のメルクリオ本人は、そんな貴族達の様子に構うことなくレイへと自分の意見を述べるように促す。
「で、レイ。君から言いたいことがあったら是非言って欲しい」
「俺としては、言うべきことは全て言った。後はそっちで判断して欲しい」
「なるほど。君がそれでいいというのならいいが、後で何かを言ってきても聞き入れはしないよ?」
「ああ、問題ない。この状況を理解出来ない程に物分かりが悪いとも思えないしな」
そんなレイの言葉に喜んだのは、当然ながらロープで縛られている貴族達だ。
今回の件だけではなく、もしかしたらレイと反乱軍の間に亀裂を入れることが出来るかもしれない。
つまり反乱軍の中の最大戦力、切り札を取り除けるかもしれないのだ。
(もしそれが叶えば、間違いなく儂等の……いや、儂の戦功は並ぶべき者がいない程になる)
内心でそう興奮しつつも、表情に出さないのは腐っても貴族ということなのだろう。
それは他の二人の貴族も同様に考えており、自分の命の危機から一転して絶好の好機とすら捉えている。
少し離れた場所でそんな貴族達を眺めていたテオレームは、内心で苦笑を浮かべていた。
確かに言葉だけでのやり取りを聞く限りでは、メルクリオとレイの間に不和が生じるのを期待してもおかしくはない。
また、姉であるヴィヘラとの関係でメルクリオがレイのことを快く思っていないというのも下地として存在している。
(だが……それでも、メルクリオ殿下は自分の感情に従って判断を誤るようなことはない。反乱軍の中でも最大戦力であるレイを、自らの嫉妬の為に追い出すような真似はしない)
そんな確信を抱くテオレームの視線の先で、メルクリオはレイと三人の貴族達を眺めつつ何かを考える。
周囲にいる他の貴族達は、そんなメルクリオの邪魔をしないようにと黙り込み、お互いが目と目で視線を交わす。
ここにいる貴族達にしてみれば、当然視線の先にいる貴族に対して親しみと同時に軽い苛立ちも覚えている。
親しみは、言うまでもなく自分と同じ貴族だから。そして苛立ちは、目の前にいる貴族達は前回の戦闘終了後に風見鶏の如く反乱軍に合流してきたことが理由だ。
また、レイという強力な戦力を反乱軍から放逐したいように見えるというのも苛立ちの一因だろう。
周囲でそのように考えている者の多い中、ヴィヘラはレイを庇う様子も見せずに小さく笑みを浮かべていた。
……ただし、その目は少しも笑っていない。
ヴィヘラから向けられるその視線は、言うまでもなくメルクリオの前に引っ立てられていた貴族達三人へと向けられていた。
だがその視線を向けられている貴族達は、全く気が付いた様子もなく自分達に訪れる筈の輝かしい未来へと視線を向けている。
だからこそだろう。そんな姉の様子を見たメルクリオの唇が、弧を描いたのに気が付かなかったのは。
自らの姉に不愉快な思いをさせたというのは、ただでさえこの茶番を見ていたメルクリオに致命的な言葉を発せさせることになる。
先程行われた、自分の腹違いの姉からの手紙に関しての議論の時にもそのおかしい様子を見ていたというのも大きいだろう。
「なるほど、確かに君達が私に対して忠誠心を抱き、同時に反乱軍の為に命を懸けてもいいと思っているというのは理解出来た。……一応最後に聞いておこうか。君達は本当にそのように思っていると、決して口だけの誤魔化しではなく、真実私に対して忠誠心を抱いていると、そう思っていいんだね?」
最後の確認の意味を込めて問われたその言葉。
この言葉が出た時点で既に三人の貴族達は後がない状態に陥っていたのだが、本人達はそれに気が付いた様子もなく笑みを浮かべ、頷きを返す。
「ええ、勿論ですとも。儂等はメルクリオ殿下こそがこの帝国の次期皇位継承者に相応しいと思っていますし、その為であれば儂の命などいくらでも懸けましょう」
「私も同様です」
「ええ、メルクリオ殿下の為とあらば、幾らでも私達の力を使って下さい」
そう、その言葉が聞きたかった。
そんな風に心の中でメルクリオが呟いた言葉が聞こえていれば、恐らく貴族達は心の底から震え上がっただろう。
だが相手の心を読める訳でもない貴族達は、それ故に次の瞬間にメルクリオの口から出た言葉が理解出来なかった。……いや、理解したくなかった、というのが正しい。
「そうか。では討伐軍との戦いがあった時には、君達三人の部隊に先鋒として立って貰おうか」
「……は?」
「え?」
「はい?」
三者三様に出てきたその言葉に、メルクリオは訝しげな表情を作って言葉を紡ぐ。
「うん? どうしたのかな? 君達は先程まで散々威勢のいいことを言っていただろう? それを実行して貰おうと思っただけだよ。何か問題でも?」
心の底から浮かんだ疑問をそのまま口に出した。そんなメルクリオの言葉だったが、貴族達にしてみればたまったものではない。
慌てたように周囲を見回し、誰もがメルクリオの言葉に頷いているのを見る。
そう、この場にいる者達の中で自分達の味方といえる人物は存在しないことにようやく気が付いたのだ。
「いや、メルクリオ殿下。その……そう! 幾ら何でも儂の部隊は兵力が整っていないので先鋒は」
「おや? つい先程自分で口にした話を既に忘れているのかな? 君達は僕に忠誠を誓っていて、反乱軍の勝利の為であれば命を懸けるのも躊躇わないんじゃないのかい? それとも、さっきの話は全くの嘘や出鱈目であった。そう言いたいのかな?」
心底疑問に思っている。そんな表情で尋ねてくるメルクリオに、貴族達は思わず言葉に詰まる。
実際、そのようなことを言ったのは事実だし、それだけのことを言った以上は実際に行動に移さざるを得ないというのも事実だ。
だがこの三人の貴族達にとって、反乱軍とは自分達が手柄を立てる為の餌でしかない。
そのような認識である以上、反乱軍のために自分達の兵力を消耗するというのは避けたかった。
そして何より、反乱軍の先鋒部隊となって討伐軍と戦った場合は向こう側に寝返るのが不可能に近くなる。
戦っている最中に寝返るように部隊を動かすのも難しいし、下手にそんな様子を反乱軍に知られれば、自分達が背後から攻撃を受ける可能性も高い。
それを考えると、貴族達にメルクリオの命令を受けられる筈がなかった。
だが、当然それを断ることも出来ない。
ここでメルクリオの命令を断れば、先程自分達が口にした言葉は嘘だったのかと言われ、そうなれば最終的にレイの言葉を……自分達が反乱軍を裏切ろうとしていたことを暗にでも証明してしまうのだから。
ことここにいたっては、既に今日入手したフリツィオーネの情報を討伐軍に持っていく訳にもいかない。
もしそんな素振りを見せれば、間違いなく周囲から疑われている今の状況では反乱軍から逃げ出すことも出来ないだろうから。
(どうする……どうする……どうすればいい!?)
内心で現状打破すべく頭を捻らせるも、思いつくのはどうしようもない策ばかり。
いっそこの場でメルクリオを手に掛けて脱出するか? そうも考えた貴族達だったが、ヴィヘラやテオレームがメルクリオの側にいる状態では、自分達が襲い掛かっても返り討ちに遭うだけだろう。
では、この場ではメルクリオの命令を受け、その後何とかここから脱出するか?
それくらいしか手がないように思えた貴族達だが、向こうにしても逃げ出そうとしているというのは間違いなく考えに入っている筈。
そうなると、いつその好機がくるかは不明。下手をすればその好機が来る前に討伐軍との戦いになることも考えられる。
だが……
(それしかない、か)
時間があればもっと有効な手立てを見つけることが出来たのかもしれないが、三人の貴族達がこの短時間で思いつくことが出来たのは、半ば玉砕に近い反乱軍からの機を見ての脱出というものしかない。
(何故だ……何故こうなった! つい先程までは儂等の狙い通りに進んでいたではないか!)
何故このようなことになったのか。そんな苦悩の呟きを胸に、三人の貴族達は先鋒を引き受けることしか出来なかった。
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