第707話

「……ふぅ」


 馬も人も関係なく、死体の全てが消滅したのを確認したレイは思わず大きく息を吐く。

 元々炎の魔法に特化しているレイだ。そのレイが、浄化という要素を……神聖魔法の要素を併せ持つ魔法を強引に使えば、それは消費魔力の大きさに現れる。

 それも最初にウィデーレと接触した時に続けて二回目ともなれば尚更だろう。

 莫大な魔力を持っているレイでも、多少の疲れを感じる程に魔力を消費した。それこそ覇王の鎧を使う時と同等かそれ以上に。


「グルルルゥ」


 そんなレイの様子を見て取ったのか、少し離れた場所で様子を見ていたセトが真っ先にレイの下へと駆け付け、励ますように顔を擦りつける。

 セトのいじらしい様子に、レイもまた疲れた顔に小さく笑みを浮かべてそっとセトの頭へと手を伸ばす。


「すぐに回復するから気にする必要はないよ。それに、後は陣地に戻るだけだし」

「グルゥ……」


 それでも心配そうにレイを見上げて喉を鳴らすセト。

 そんな一人と一匹の様子に気が付いたのだろう。愛馬との思い出に浸っていたウィデーレは驚いたようにレイの方へと近寄ってくる。


「レイ殿、どうされた?」


 心配そうな声に、レイは何でもないと首を横に振る。


「ちょっと慣れない魔法を使ったから、魔力の消費が大きかっただけだ。すぐに回復する」

「……そうであったか。こちらの無理を聞いて貰い感謝する」

「別に気にする必要はないさ。そもそも、ここはいずれ反乱軍が通る道だ。そうなった時にアンデッドとなって出てこられても困るしな」


 そこまで告げると、チラリと視線を男達の方へと向ける。


「言っておくが、逃げられるとは思うなよ。いやまぁ、逃げてもいいが、その時はこちらとしても捕虜じゃなくて敵と見なすからな。……セト、あいつ等の中で妙な動きをしている奴がいたら、処理は任せる」

「グルルゥ!」


 任せて! と元気よく喉を鳴らすセト。

 疲れているレイの代わりに自分が見張る、とセトの視線は男達へと向けられる。

 そんなセトの視線に、男達のうちの何人かが反射的に顔を強張らせ、視線を逸らす。

 何を考えていたのかというのは、その様子を見れば一目瞭然だろう。


「さ、いつまでもここでじっとしてもいられない。反乱軍の陣地に向かうぞ。既に夜だけに、ここで時間を浪費すればそれだけで向こうに着くのが遅くなる。下手をすれば、メルクリオに会うのも明日になるかもしれないし」

「そ、それは困る。出来ればなるべく早い内にメルクリオ殿下とお会いしたいのだ」


 ウィデーレの言葉に、他の女騎士達もまた同様だとそれぞれが頷く。

 折角ここまで危険を覚悟の上で来たのだから、出来れば今日のウチにメルクリオと会いたい。そんな思いで告げたウィデーレに、レイはどこか意地悪く告げる。


「そうだな、なら急いで反乱軍の陣地まで行った方がいい。その捕虜達に関しては、悪いがそっちで責任を持って連れてくるようにな」

「待ってくれ! それはあまりに酷くないだろうか。出来れば捕虜はレイ殿に任せたいのだが」


 捕虜を引き連れていけばそれだけ移動速度が落ちる。それを心配して捕虜をレイに押しつけようとしたウィデーレだったが、それに対するレイの返事は笑みの籠もった視線。


「いいのか? 俺が陣地に行ってフリツィオーネから白薔薇騎士団が使者として来ると教えておかないと、陣地に入る時に間違いなく揉めるぞ?」

「そ、それは……」


 確かにそれは事実だろう。レイの言う通り、今の自分達は反乱軍と敵対している相手でしかない。そうである以上、そのような者達が敵の本陣と言われる場所に出向いたとして、それを容易く信じて貰えるか。

 答えは、否。

 間違いなく敵対行動と取られ、レイの言う通り面倒な事態になるだろう。

 それこそ下手をすれば陣地の前で戦闘となり、済し崩し的に反乱軍そのものと敵対する羽目にもなりかねない。

 それを避けるのであれば、確かに反乱軍の中でも顔や名の知られているレイが出向いて前もって知らせておくのが最善と言われれば、ウィデーレも否とは言えなかった。


「……分かった。では反乱軍に対する言伝に関してはレイ殿に頼むとしよう。この者達は私が連れて行く」


 チラリと捕虜となっている男達へと視線を向けて告げるウィデーレに、レイもまた頷きを返す。


「そうしてくれ。ただ、こいつらがそれ程重要な情報を持っているかどうか分からない。捕虜としたのは、あくまでも念の為というか、ついでだ。だから、もしこいつらが逃げようとしたら処理しても構わない」


 そんなレイの言葉を聞き、捕虜となっていた男達は背筋に氷を入れられたかのように息を呑む。

 自分達の命がこうも容易く切り捨てられるとは思っていなかった……からではない。

 そう告げた時のレイの視線が、人間を見るような目をしていなかった為だ。

 それこそ、まるで道端に落ちている石ころをみるかのような視線であり、決して自分達を生き物とは認めてない視線。

 男達にしても、後ろ暗い行動をするのは慣れている。それでもこのような視線を向けられたことはない。


「あ、ああ。分かった。だが出来るだけ全員そちらに引き渡すようにする」


 ウィデーレもまたレイの視線に一瞬気圧されるものがあったが、すぐに気を取り直してそう言葉を返す。

 フリツィオーネ直属でもある白薔薇騎士団の一隊を任されているだけのことはある、と納得しながらレイは口を開く。


「そうか? じゃあ頼む。俺は先に陣地に行っているから、後を追ってきてくれ。道はここを真っ直ぐ南の方に向かって行けば迷わずに到着する筈だ。……一直線に草原を進めばいいだけなんだから、迷わないよな?」


 冗談っぽく告げるレイだったが、もしもレイがこれまで幾度も道に迷ってきたということを知れば、恐らくつい数秒前まであったレイに対する恐れは殆ど皆から消え去っていただろう。

 そうならなかったのは、幸運だったのか不運だったのか。

 ともあれ、レイはそれだけを告げるとセトの背へと跨がる。


「セト、頼む」

「グルルルルルゥッ!」


 レイの呼びかけに高く鳴き、そのまま数歩の助走の後で空へと駆け上がるように上昇していく。

 そのままあっという間に空の彼方へと消えていったレイとセトを見送っていたウィデーレは、はっと我に返る。


「っと、こうしてはおられん。なるべく早くメルクリオ殿下に会わなければならんのだから、我々も急ぐぞ。……それと、いいか貴様等。レイ殿からの許可も貰ってある。妙な真似をすればその命で償って貰うということを忘れるでないぞ」

「分かってるよ。俺達だってこの状況で妙な真似をする程馬鹿じゃない」


 リーダー格の男が頷きながらそう告げた。

 実際、男は逃げる気など微塵もなかった。

 もしここで逃げようとすれば、目の前にいるウィデーレは言葉通りにその刃を振るって自分達の命を奪うだろうという予感があったし、何より下手にここで逃げ出したりして逃げ延びたとしても、後日レイと遭遇すれば確実に死ぬだろうという確信がある。

 それならば、ここで何とか反乱軍の方に協力して生き延びる。そう出来れば、あのレイという化け物と二度と戦わなくて済む。

 そんな風に内心で考えての結論だった。


「……まぁ、いい。行くぞ」


 レイに対して感じている畏怖は、ウィデーレを始めとした白薔薇騎士団の者達にしても同様だ。

 それでも自分達は反乱軍と敵対しているという訳ではないという思いにより、何とか自分の気持ちを落ち着かせることに成功していた。

 ウィデーレは、ともかくメルクリオに一刻も早く会う必要がある。そんな思いから男達を引き連れて、レイに言われた方へと向かって進み始める。






 上空を飛んでいたセトは、ものの五分程で反乱軍の陣地へと戻ってきた。

 レイがいない間に完成した陣地の様子に特に異常がないのを見て取ったレイは、セトに合図して陣地へと降りて行く。

 さすがにレイであっても、片道五分の距離で道に迷うということはなかったらしい。

 もっともレイ本人は、自分が方向音痴だとは思っていないので全く自覚がないのだが。


「グルルルゥ」


 喉を鳴らしながら地上へと降りるセトに、陣地の入り口の一つを守ってた見張りの兵二人が気が付く。

 陣地自体は夜にモンスターの襲撃や盗賊の襲撃があった場合に対抗する為、木や金属で出来た柵を使って陣地全体を覆っている。そして陣地を覆っている柵には、外と出入りするために柵が張られていない場所が何ヶ所かある。

 その一つへとレイは降り立ったのだ。

 兵士の二人が一瞬手に持っていた槍を構えようとしたのは、やはり夕日が完全に沈んで暗くなっている中でいきなり上空から鳴き声が聞こえてきた為だろう。

 秋らしい雲一つない月の姿が見え始めている中、セトは翼を羽ばたかせながら陣地の入り口へと降下する。

 テオレームから、何か緊急事態でもない限りはいきなり陣地の中に降下してこないようにと言われていた為だ。

 そして今回の白薔薇騎士団の件に関しては、そこまで緊急ではないと判断した為に陣地の入り口へと降り立つ。

 兵士にしても、反乱軍に参加している以上はレイの訓練を受けた経験がある為にその顔を十分に知っている。だからこそ構えた槍はすぐに下ろされ、片方の兵士が代表してレイに尋ねる。


「レイ殿、偵察からお戻りですか。随分と早かったようですが」

「ああ。ちょっとあってな」

「ちょっと?」

「悪いけど、これはテオレームに直接報告すべきことだ。通らせて貰うぞ」


 レイの言葉に一瞬不思議そうな表情を浮かべた兵士だったが、今ここで自分が関わるべきことではないと判断したのだろう。すぐに頷いて陣地の中に入れるように道を空ける。


「案内の方はいりますか? もし必要でしたら、私達のどちらかが共に向かいますが」

「いや、陣地の真ん中だろう? なら問題はない」


 兵士達に短く答え、レイとセトは陣地の中へと入っていく。

 それを見送っていた兵士二人はどちらからともなく肩を竦め、漂ってくる食事の匂いに腹を鳴らしながら再び見張りへと戻っていく。






「テオレームに取り次いでくれ。至急判断して欲しい出来事がある」

「分かった。少し待っていて欲しい」


 マジックテントの前にいた護衛の騎士は、レイの言葉を聞くとすぐに片方が中へと入っていく。

 以前とは全く違うこの対応は、やはりレイが反乱軍の中でも重要人物であると認識された為だろう。

 

(もっとも、本人がそれに納得してるかどうかは分からないが)


 自分がベスティア帝国の者にとって色々と複雑な思いを抱かれているというのは知っていた。だがそれでも、反乱軍の為であると理解しているからこそ、それを押し殺しているのだろうというのは。


「許可が出た。中に入って欲しい」


 マジックテントから出てきた騎士の片方にそう言われ、レイはいつものようにセトをその場に残したままマジックテントの中へと入っていく。

 最初はテントの近くにセトがいるのを厄介にも、あるいは怖がっていたりもした騎士達だったが、既に慣れたのか特に表情を動かすことはない。

 セトがその辺にいる普通のモンスターと違って人を襲うようなことはないと納得したからというのもあるだろうが。

 セト自身はいつもと変わらず、マジックテントの近くに寝転がってレイを待つ体勢を取る。






 マジックテントの中には、いつもの反乱軍首脳陣とでも呼ぶべき者達が集まっていた。

 レイの見たことがない顔も少しいたが、この陣地の移動に際して合流してきた者達なのだろう。


「レイ、至急の要件とのことだが何かあったのか? その様子を見る限りでは、新たな討伐軍を偵察で見かけた……という訳でもないようだが」


 早速とばかりに尋ねてくるテオレームの問い掛けに、レイは小さく頷いて口を開く。


「偵察をしていたら、三十人程の集団に襲われている女五人を発見した。女達が追い詰められていたんだが、襲っているのが男達の方に見えたから女達を助けたんだが……」

「盗賊か。私達がここに陣を張った以上は周辺の盗賊達を退治した方がいいだろうな」


 テオレームが呟くと他の者達が同意するように頷くが、レイはそれに首を横に振る。


「いや、全員が揃いの鎧を着ていた。聞いた話だと、カバジードの部下の私兵らしい」

「……カバジード殿下の?」

「ああ。で、襲われていた女の方はフリツィオーネ直属の白薔薇騎士団って奴等だったんだが、知ってるか? ……いや、この反応を見る限りだと相当に有名みたいだな」


 白薔薇騎士団。その言葉をレイが口にした瞬間、マジックテントの中にいた貴族達のほぼ全てが驚きの表情を浮かべる。


「白薔薇騎士団!? あの者達がこの地に来たというのか」

「しかし、何故? 白薔薇騎士団は正真正銘フリツィオーネ殿下の奥の手とも言える者達。それをここに出すとなると……たった五人では攻めて来たという訳ではなさそうだが」

「ならば偵察とかか?」

「それはないだろう。この陣地に入り込もうとした者達は綺麗に始末されている。それは向こうにしても承知の筈」

「いや、だからこそ白薔薇騎士団を派遣してきたのでは?」


 そんな風に、レイが何かを言う前に自分達で意見を交わし合っているのを見て、忘れ去られたレイはどうしたものかと溜息を吐くのだった。

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