第706話

「改めて、自己紹介をさせて欲しい。私達は帝国第1皇女フリツィオーネ殿下に仕える白薔薇騎士団の者だ。私は白薔薇騎士団第三部隊隊長のウィデーレと申す」


 投降した男達をレイがミスティリングから取り出したロープで縛り上げると、まず最初に行われたのは自己紹介だった。

 つい先程までは周辺を真っ赤に染めていた夕日も、今は既に半分以上が地平線の彼方へと沈んでいる。

 そんな夕方から夜に変わる一瞬の隙間の時間。そんな中で、レイはウィデーレと名乗った女と向かい合っていた。 

 その騎士団の名前に相応しく、白を基調とした鎧。

 どこか優美さを感じさせるのは、やはりこの部隊が女の騎士だけで構成されている為か。

 白薔薇騎士団というのは、恐らくメルクリオに対するテオレームの部隊と同じような関係なのだろうと判断したレイは、小さく頷き口を開く。


「ウィデーレか。そっちはもう知っているみたいだが、一応自己紹介をしておこう。俺はレイ。こっちは俺の従魔のセト。……で、だ。そっちの奴等も白薔薇騎士団とやらの者達か? その割には鎧が黒いようだが」


 その一言がもたらした効果は激しかった。

 ウィデーレの鋭い視線がレイに突き刺さる。


「冗談もその辺にして貰いたい。そもそも白薔薇騎士団というのは、第1皇女であるフリツィオーネ殿下に仕えるために作られた騎士団。構成員に男の姿はない」

「……なるほど」


 その説明に頷くレイ。

 確かに第1皇女という立場にいる人物に仕える騎士団だ。そこに男がいて、何らかの間違いがあっては困るということだろう。

 そう納得したレイだったが、メルクリオに従っているテオレームには女の部下が大勢いるのを思いだし、多少首を傾げる。

 もっとも、これは皇子と皇女の差だろうと納得した。

 皇女であれば政略結婚を行う可能性もある以上、より高い貞淑性が求められるのだろうと。


「こいつ等がお前達の仲間で、何らかの理由で裏切った訳じゃないってのは分かったが、じゃあこいつ等の主は……さて、誰なんだろうな?」


 チラリとロープで手を縛られている男達の方に視線を向けながら呟くレイ。

 その視線を向けられた男達は、思わず身体が固まる。

 何を促されているのかを知っており、それでいながら話すことも出来ない。そういう思いからのものだったが……この場にいる白薔薇騎士団にしてみれば、それを隠す必要性は感じていない。

 よって、あっさりとそれを口にする。


「この者達はカバジード殿下の……より正確には、カバジード殿下に仕えているソブルという男の手の者だ」

「……ほう」


 カバジードの手の者ということに小さく驚きを示すレイ。

 向こうに潜入しているロドスのことを思い出したのだろう。


「まぁ、俺達と明確に敵対している以上はこのまま連行させて貰う、が……」


 そう呟きながら、レイが手に持っていたデスサイズの刃を向けたのは、ウィデーレ。

 その様子に、ウィデーレは微かに表情を強張らせ、他の四人はそれ以上に身体を強張らせる。

 レイの持っているデスサイズがどれだけの威力を持つ武器なのかを知っている為だ。

 つい先程見たその威力は、間違いなく戦って勝てるとは思えない程のもの。

 こうして刃を向けられているだけで足が震えないように、そして顔に怯えが出ないようにするのが精一杯だった。


「何の真似かな? 私達を助けてくれたのではなかったのか?」


 内心の動揺や恐怖といったものを一切表情に出さずに問い掛けるウィデーレに、レイは鋭い目つきのまま口を開く。


「こっちの奴等がカバジードの手の者だというのは理解した。明確な敵である以上はこうして捕らえたのもいいだろう。だが……反乱軍と敵対しているのはカバジードやシュルスだけではないだろう? お前達の主でもあるフリツィオーネも同様だったと思うが?」

「っ!?」


 自らの主君を呼び捨てにされたのが我慢出来なかったのだろう。

 そのようなことをする者は今までいなかったのだから、その憤りはより強い。

 それ故に、手に持っていた長剣をレイの方へと向けるのは当然のことだった。


「フリツィオーネ様を呼び捨てにするなど!」

「忘れていないか? 俺は別にベスティア帝国の人間じゃない。寧ろ、この国と敵対しているミレアーナ王国の人間だぞ? そんな俺にとって、フリツィオーネという相手は敵国の皇族。それこそ、首を狙う対象の一人に過ぎない」

「……では、何故貴公はメルクリオ殿下にお仕えしている?」

「それは違う。別に俺はメルクリオに仕えている訳じゃない。……そうだな、簡単に言えば利害が一致したからというのが一番正確か」


 覇王の鎧を使いこなすというのが最大の目的だが、メルクリオに協力しているヴィヘラが心配だという思いもある。

 しかしレイはそれを一切顔に出さないままにそう言い切った。

 先程のやり取りで、目の前にいる白薔薇騎士団の者が反乱軍に……より正確にはメルクリオに用があるというのは理解している。

 だがレイも反乱軍の一員である以上、明確な説明もなしに反乱軍の旗印でもあるメルクリオに会わせて下さい、はい分かりましたとはいかない。

 せめて、目の前の者達が明確に自分達の敵か味方か。それくらいは分からなければ。


「そいつらはお前達の敵だぜ! メルクリオ殿下を暗殺しようとしてるんだ!」


 レイとウィデーレがお互いに無言で視線を交わしていると、不意に聞こえてくるそんな声。

 その声の主が誰かというのは、考えるまでもなかった。

 ロープで手首を縛られ、胴体で全員が数珠繋ぎになっている男達の中でもリーダー格の男。

 男達にしてみれば、せめてもの抵抗というつもりだったのだろう。

 白薔薇騎士団の者達が反乱軍の敵となるようにと。

 ……だが、それが寧ろ決定的な一言だった。

 何を狙ってそんな声を掛けたのか。それを考えれば、ウィデーレ達の目的と正反対の言動だというのは明らかだったのだから。

 また、レイがウィデーレ達を見つけた時に聞いた、心の底から放たれた声。

 それを聞いた時点で白薔薇騎士団を本格的に疑っている訳ではなかったのだから。

 今の言動は、あくまでも念の為に近い。

 だからこそレイは男の声を聞き、デスサイズを下ろす。


「まぁ、お前達の狙いがもしメルクリオに危害を加えるといったものだとしても、ヴィヘラやテオレーム、グルガストといった面々がいる中で何が出来るという訳でもないだろうしな。それに、もしメルクリオに危害を加えてそこを無事に逃げ出せたとしても、俺とセトから逃げることは出来ない」


 下ろしたデスサイズをミスティリングへと収納しながら、一瞬だけ鋭い視線をウィデーレの方へと向ける。

 その視線を受けたウィデーレは、背筋に氷でも入れられたかのようにゾクリとしたものを感じたが、やがて頷きを返す。


「フリツィオーネ殿下の名の下に、メルクリオ殿下に対して害意を持っていないということは誓おう。そこにいる者達の前で詳しいことは言えないが、そちらにとっても決して損なだけではない筈の話だ」

「……分かった。お前の言葉を信じるよ。それでどうする? ここから反乱軍の陣地まではそれなりに距離があるけど」


 セトの翼で五分程の距離だと考えれば、徒歩で進むにはそれなりに距離がある。

 そこまで考え、改めてレイはウィデーレの方へと視線を向けて尋ねる。


「そういえば歩きなのか? 急いでメルクリオに会いに来たんなら、当然馬か何かに乗ってきたんじゃないのか?」

「馬はここから離れた場所で死んでいる。待ち伏せていたそいつ等の手で」


 苛立ちというよりは、憎悪に近い感情を男達へと向けるウィデーレ。

 それは他の白薔薇騎士団のメンバーも同様であり、それぞれが憎しみの視線を男達へと向けている。

 それも当然だろう、騎士と馬の間には深い絆が結ばれているのだから。

 竜騎士程ではないにしろ、騎士も自分の馬とは生活を共にして深い絆を育てる。

 戦場では命を預ける相手なのだから、一心同体で動けるようにしておくに越したことはないだろう。

 人馬一体、以心伝心、阿吽の呼吸。そのような域にまで達することが出来れば戦場で生き残りやすくなるし、手柄も挙げやすくなる。

 そんな苦楽を共にしてきた馬を殺されては、ウィデーレ達にしても大人しくはしていられないのだろう。


「話は分かった。馬はどうする? そのまま放っておけばモンスターや他の野生動物に食われるか、下手をすればアンデッドになるかもしれないけど」


 その言葉に悩んだ表情を見せたウィデーレだったが、やはり苦楽を共にしてきた相棒の屍をそのままにはしておけないのだろう。

 また、アンデッドになる可能性を示唆されれば放っておく訳にもいかない。


「すまないが一緒に来て貰えるだろうか。あの子達が安らかに眠れるようにしたい」

「分かった。幸い炎の魔法に関しては得意だからな。そっちに関しては任せてくれ」


 そう告げ、使えそうな武具を回収し、アンデッド対策として死体となった男達を炎で燃やしてから、白薔薇騎士団の五人と生き残った男達二十人程を引き連れてレイとセトは移動を開始する。

 男達はレイとウィデーレを仲違いさせようとしたのが完全に失敗したのに気が付いたのだろう。悔しそうな表情を浮かべつつ、ロープを引かれるままにレイ達の後を付いていく。






 移動すること二十分程。やがて馬が地面に倒れている場所へと到着する。

 周囲の地面には矢が突き刺さり、何人か男達の死体も転がっている。

 そんな中、死体の中に女の姿が一人も存在しないのを見て取ったレイは、小さく驚く。

 つまりウィデーレ達白薔薇騎士団の面々は、奇襲されたにも関わらず一人も死ぬことなく生き延びたということなのだろう。

 奇襲というのがどれ程攻撃側に有利なのかを思えば、誰一人欠かさずにそれを生き残った白薔薇騎士団の優秀さが見て取れる。

 勿論全員が無傷というわけではなく、多少の怪我を負っている者……そして何より自分達の愛馬を犠牲にして何とか生き延びることが出来たのは事実なのだが。

 愛馬の死体を撫でながら、何か耳元で呟く白薔薇騎士団の面々。

 聞こうと思えばその言葉を聞くことは出来たのだろうが、レイにしてもそんな悪趣味な真似はしたくないのでセトを撫でながらゆっくりとした時間を取る。

 男達も黙ってその様子を見守る。

 別にウィデーレ達の姿に思うところがあった訳ではない。純粋にここで騒いだり、白薔薇騎士団の面々を揶揄したりすれば、レイからどのような目に遭わせられるか分からなかったからだ。

 殆ど戦闘らしい戦闘はしていないのだが、自分達を背後から蹂躙したのが余程にトラウマになったらしい。


(まぁ、一撃で部隊の半分近くが壊滅したのを考えると、それも当然か。しかもこっちはまだまだ本気じゃなかったし)


 そんな風に考えつつ、自分に甘えてくるセトの頭や首、身体といった場所を撫でてやる。


「グルルゥ」


 甘えた鳴き声を漏らしつつ、もっともっとと身体を擦りつけてくるセト。

 男達は、自分達の目の前にいるランクAモンスターの様子に思わず目を見開く。

 これが本当にグリフォンなのかと。

 それでも馬鹿にした視線を向けたりしないのは、やはりその実力をきちんと示していたからだろう。

 もしもここでレイ達の機嫌を損ねてしまえば、どのような目に遭うのか分からない。それが心の底にしっかりと刻み込まれているからこそ、大人しくレイとセトの様子を見守っているしか出来なかった。

 そのまま十分程が経ち、白薔薇騎士団の面々も愛馬との別れを済ませたのか、レイの方へと近寄ってくる。


「レイ殿、時間を取らせてしまった。では、先程の魔法を頼む」

「ああ。ただ、その前に使える武器や防具を剥ぎ取るから手伝ってくれ」


 そんなレイの言葉を聞き、微かに眉を顰めるウィデーレ。

 騎士としては死体から装備品を剥ぎ取るという行為は認めたくないものがあるが、それはあくまでも騎士としての意見でしかない。

 冒険者としては当然の行動であり、そもそも自分達はその冒険者のレイに助けられたのだから……その上、自らの愛馬がアンデッド化しないようにして貰えるのだから、文句を言う筋合いではない。

 幸いここでの戦闘は白薔薇騎士団が逃げの一手だったこともあり、男達の死体はそれ程多くはない。

 使えそうな武器や防具の回収はすぐに終わり、レイはデスサイズをミスティリングから取り出す。


『炎よ、我が魔力を糧とし死する者を燃やし尽くせ。その無念、尽く我が炎により浄化せよ。恨み、辛み、妬み、憎しみ。その全ては我が魔力の前に意味は無し。炎は怨念すらも燃やし尽くす。故に我が魔力を持ちて天へと還れ』


 呪文の詠唱と共に、デスサイズの石突きの部分に青い炎が生み出され、それを地面へと突き刺す。


『弔いの炎』


 魔法が発動すると石突きに潰された青い炎が地面に広がり、死体を覆い隠していく。

 そのまま数十秒程……気が付けば、その場にあった死体は浄化され、その姿を消していた。

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