第702話
メルクリオの視線を向けられたテオレームは、数秒程考えてから口を開く。
「現状、私達反乱軍には幾つかの取るべき道があります。まずは攻撃と防御のどちらに専念するかですが……」
チラリとメルクリオに視線を向け、次にグルガストへと視線を向け、最後にレイへと視線を向けてから首を横に振る。
「正直、防御に専念するのはお勧め出来ません。現状でも私達反乱軍の戦力は討伐軍に比べれば非常に低いですし、先程言われたように総合的な体力という意味で大きく劣っています。それに防御に専念するとなれば、敵に主導権を与えることになりますから」
そこで一旦言葉を止めるテオレームだが、グルガストへと向けられる視線にどのような意味が込められているのかというのは、この場にいる全員に……それこそ、視線を向けられたグルガストですら理解出来た。
攻撃に向いている……より正確には攻撃に特化しているグルガストの部隊を考えると、防御というのは宝の持ち腐れに近い。
そして何より、グルガストが突出してしまう可能性が高いのだ。
(レイという存在がいても、受け手に回れば敗北までの時間を延ばす程度にしか出来ないだろう)
この時にテオレームの脳裏にあったのは、自分達は防御を固めて攻撃は空を飛ぶセトを従えているレイに一任するというものだった。
春の戦争で見せた、あの巨大な炎の竜巻。あれを使えば討伐軍に対して一方的に被害を与えることも出来るだろうし、そもそも討伐軍にレイと渡り合える能力を持つ者がどれだけいるか。
それでも結局は主導権が相手にある以上、敗戦までの時間を延ばしているだけでしかない。
ただ一人の攻撃手段でもあるレイを使い、敵の補給物資を絶つというのも考えたテオレームだったが、そもそも戦いはベスティア帝国の国内で行われているのだ。
多少補給物資が焼かれたところで幾らでも補充可能だと判断し、その案はテオレームの中ですぐに却下された。
帝都や街、村といった場所を攻撃すれば補給物資の補充も防げるかもしれないが、そんな真似をすれば内戦で勝ったとしてもメルクリオの評判が地に落ちる。
そもそも、誰が自分達の街や村を焼くように指示した相手に対して好意的になれるか。
これが国と国の戦争であればそのような手段を取っても問題はなかったのだが、今回のようにあくまでもベスティア帝国内で起きている内乱である以上はそんな手段は選べない。
よって、テオレームの中で既に防戦という選択肢は完全に消え去っている。
「そして、攻勢に出た場合……こちらも幾つかの選択肢があります」
その言葉にメルクリオは頷き、先を促す。
「まず第一には先程グルガスト殿が言っていたように、全力を持って帝都へと真っ直ぐに突き進むという方法。正直、レイという戦力があれば確実に失敗するとは言い切れない作戦ですが、失敗した時の被害が大きすぎます。賭けの要素が強すぎて、今の状況で取るべき選択肢ではないかと」
「ぬぅ……だが、この行動が上手くいけば内乱自体もすぐに終わる。つまり、時間が掛かった影響で無駄にベスティア帝国の国力を落とすということもないが?」
グルガストが呟くが、その根本にあるのはやはりベスティア帝国の国力云々という話ではなく、自分が戦いを求めているからこそだろう。
それが分かっているだけに、テオレームは次の選択肢を口にする。
「次に、オブリシン伯爵領の周辺にある貴族の領地に人をやり、こちらの味方に付けるという形で勢力を伸ばしていく方法」
テオレームの口から出た言葉に、この場にいる貴族のうちの何人かが思わず頷く。
反乱軍に協力しているとしても、出来るだけ自分達の戦力に被害を出したくないという者にしてみれば、話し合いで勢力を広げていくというのはかなり有用な選択に思えるのだろう。
だが……テオレームは首を横に振って口を開く。
「確かに一見すれば私達に最適な行動にも思えるでしょうが、それでは時間が掛かりすぎます。更に勢力を広げるということは、そこを守る必要も出てくるということ」
「待って欲しい。内乱である以上は同国人同士の戦いとなる。……いや、それが基本となるだろう」
貴族の一人が言い直したのは、レイがミレアーナ王国所属の冒険者だと気が付いたからか。
一瞬だけレイの方へと視線を向けた貴族は、改めて口を開く。
「同じ国の者同士、守るとしても最低限の戦力を残せばそれで十分なのでは?」
「いや、残念ながら逆だ。同国人同士だからこそ、行動は過激になりやすい。討伐軍の者達が暴走して、村や街で略奪や暴行の類が起こらないとも限らない」
「それは……幾ら何でもそれは……」
そう口にしようとした貴族だったが、周囲からの自分を見る目に言葉が小さくなる。
近親憎悪という言葉とはちょっと違うが、同じ国の者同士だからこそ自分と違う勢力にいる相手に対しては残虐な行動に出ることもあるのだ。
そんな風に説明され、男は結局黙り込むしか出来ない。
テオレームはそんな人の善性を信じている男を軽く一瞥し、再び口を開く。
「次に、私達が帝都へと向かって進んでいく方法。ただし、先程のグルガスト殿の提案とは違い、ある程度までしか進みません。何しろ、こちらの勢力下に多くの場所を置くと今説明したように守り切れなくなりますから」
「なるほどね。その場合の狙いは、向こうから攻撃させてそれを迎撃して戦力を減らしていくということかな?」
メルクリオの言葉に、テオレームは頷きを返す。
「そうです。どのみちカバジード殿下、シュルス殿下、フリツィオーネ殿下の勢力全てを私達だけで倒すというのは現実的では……」
そこで一旦言葉を止め、レイの方へと視線を向けるテオレーム。
だが、すぐに視線を逸らして言葉を続ける。
「現実的ではありません。ヴィヘラ様やレイがいるのを考えると、戦力的には可能かもしれませんが……もしそんなことになってしまえば、間違いなく内乱が終わった後で恨みによる火種を抱えてしまうでしょう」
「それは確かにそうだろうね。まさか、敵対する相手を全て殺し尽くす……なんて訳にもいかないだろうし」
メルクリオの口から出た物騒な言葉に、何人かが驚きに目を見開く。
普段が普段だけに、そこまで苛烈な言葉を口にするとは思わなかったのだろう。
だが、この苛烈さもまたメルクリオの一面。
普段はあまり表に出すことはないが、それはあくまでも必要がないからだ。
皇族として生きてきた以上……それも、皇位継承権を持つ者同士で争わせるのが当然のような家系に生まれてきた以上、当然メルクリオにしても激しい……冷酷とすら言ってもいいような一面がある。
それを知っているテオレームは、特に気にした様子もなく頷く。
「出来れば殺すというのは最低限にしたいところです。それに以前レイから提案された策を使うにしても、迎撃するという形の方が好都合ですし」
レイから提案された策という言葉に、マジックテントの中にいる者達の視線がレイへと向けられる。
だが、その視線を向けられた本人はといえば、小さく肩を竦めるだけで答える。
実際、その策が上手くいくかどうかというのは色々と賭けに近い面があるのも事実だ。
もっとも、その賭けというのもレイとセトがいればどうにかなるとテオレームやメルクリオ、ヴィヘラといった面々は判断しているのだが。
「それより、前回の戦いで捕まえた貴族に関してはどうなってるんだ? 身代金を引き出すって話だったと思うが」
「ああ、そちらに関しては順調だ。シュルス殿下の方も、そちらが解決するまでは迂闊に動きを見せることは出来ないだろう」
ふと気になって尋ねたレイの質問に答えるテオレーム。
身代金の交渉に関しては既に知っている者も多いのだろう。驚いている者の方が少ない。
「となると、次に攻めてくるのはシュルスって奴じゃなくてカバジードか……何て言ったか。ヴィヘラの姉さんの……」
「フリツィオーネ姉上だな」
「そう、そのフリツィオーネとかいう奴のどっちかなのか? 他の……それこそ、帝国軍とかが攻めてくる可能性は?」
皇族を敬称なしで呼び捨てにするレイに周囲からは一瞬驚きの視線が向けられるものの、すぐに諦めたように視線を逸らされる。
既にレイがヴィヘラやメルクリオに対してどのような態度を取っているかを知っているからこその諦め。
自分が味方をしている軍の頂点に位置するメルクリオに対しても特に敬う様子がないのだから、敵となった相手に対して敬わないのは当然だろうと。
寧ろこの状況でメルクリオやヴィヘラを敬っていないのに、敵に対して敬うような態度をとれば、それはそれで問題となる。
「帝国軍が動く。それは基本的にない筈だ。今回の件は皇位継承権に絡む者としての戦い。それ故に、基本的には帝国軍がこの戦いに参戦してくることはないと思う。それに、この内乱に乗じて周辺諸国で妙な動きをする者、もしくは帝国内で妙な動きをする者が出ないとも限らない。そちらに対処することになるだろう」
そう告げつつも、テオレームの顔は自分で自分の言葉に納得している様子はない。
正確には、何か憂慮すべき事態があるといったところか。
(シュルス殿下は帝国軍に支持する者が多い。それを考えれば、帝国軍を抜けてでもシュルス殿下に協力する者が出てきてもおかしくはない。そうなれば、基本的に自分の派閥を構成している貴族達の兵力が主戦力となるカバジード殿下、フリツィオーネ殿下は厳しくなるだろうな)
内心で呟くテオレームだが、そこに自分達の名前を入れないのは、やはりレイという絶対的な切り札が存在している為か。
他にもヴィヘラ、グルガストといった高い戦闘力を持つ者がおり、テオレーム自身も閃光の異名をもつ程の実力者だ。
また、春の戦争で活躍した魔獣兵という奥の手も用意してある。
それらを考えると、決められた戦力でのやり取りは自分達反乱軍にとって有利だということを改めて実感する。
もっとも、レイが自軍にいるからといっても必ずしも安心出来る訳ではないということも理解していた。
(確かにレイは闘技大会で準優勝してその力を見せつけた。春の戦争の件もあって、もう誰もレイを見くびったりはしないだろう。……だが、それはレイの手の内が晒されたに等しい。向こうにしても、こっちにレイがいると知れば当然対抗手段を考えるだろうし、カバジード殿下であればレイが反乱軍にいるというのは容易に想像してそうだ)
同じようなことを内心で考えていたのだろう。テオレームとメルクリオがお互いに視線を交えて意思を疎通する。
「ともあれ、次に攻めてくるのはカバジード殿下かフリツィオーネ殿下のどちらか。前回の戦いで向こうが得たこちらの情報に関しては、共有しているかどうか……いや、メルクリオ殿下という共通の敵をまず倒すという選択を選ぶのであれば、まず共有しているとみていい」
チラリとテオレームが視線を向けたのは、ヴィヘラ、グルガスト、ティユールの三人。
前回の戦いで活躍した三人だ。
そして、最後に致命的な一撃を放った自分に関しても情報が知られているのは間違いない以上、次に自分達が打つ手は……
「次の戦いは恐らく前回の戦い以上にこちらに被害が出ないような、圧勝になるだろう。それを考えると、出来れば次の相手はカバジード殿下だといいのだが」
テオレームの言葉に、ヴィヘラとメルクリオ……だけではなく、この場にいるレイ以外の者達全てが頷く。
残る相手のうちのカバジードは明確に自分達の敵だと断言出来る。
だが、もう片方……ヴィヘラの姉であるフリツィオーネはその優しさからベスティア帝国でも人気のある人物であり、迂闊に戦うと下手をすれば民衆から色々と厳しい目で見られかねない。
勿論戦わなければならないのならそれに否はない。だが、それでも反乱軍の立場としては民衆からの支持があるのとないのとでは大きく違うのだから。
「とにかく、数日後には陣地を前方に移したいと思う。各自準備を進めておいてくれ」
テオレームの言葉に皆がそれぞれ頷く。
既にこの陣地は小さい村の如き規模まで膨れあがっている。それを考えると、陣地の移動というのはかなりの手間と時間が掛かるのは間違いない。
それだけに、皆がそれぞれ陣地を移動する為の準備に忙しくなるというのは明らかだった。
(とても反乱軍って感じじゃないよな。周辺の村や街からも行商人とかが来てるし。……オブリシン伯爵領だから、というのもあるんだろうけど)
テオレームの口から出る様々な注意点を聞きながら、レイはどこか微妙におかしい……そして面白いと笑みを浮かべ、自分の出番となるだろう次の戦いへと思いを馳せる。
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