第679話
自分目掛けて振るわれる長剣の一撃を、右手に持っているデスサイズではなく、空いている左手で受け止める。
そんなレイの行動を見た男は、一瞬勝った! という会心の表情を浮かべた。
普通であれば、確かにその考えは間違っていなかっただろう。手甲を装備しているのならともかく、何も装備していない掌を向けてきたのだ。このまま左手を斬り飛ばし、返す刃で頭を叩き割る。
そんなつもりでいた男の表情は、長剣の刃がレイの手に触れた瞬間に根元からポキリと折れてしまったのを見て、一瞬何が起きたのか分からなかった。
「……は?」
実戦の中では決して出すようなものではない、間の抜けた呟き。
だが、男が見た光景はそんな間の抜けた声を出さざるを得ないものだった。
誰が想像出来るだろう。何も装備していない掌で長剣の刃を受け止め、更には根元からへし折るなどと。
その光景を見て一瞬思考が停止した瞬間、男の意識は闇へと呑まれて地面へと崩れ落ちる。
「ふぅ。取りあえず何とか加減は出来るようになってきたな。……本当にある程度だが」
気を失って地面に倒れ込んでいる男を眺めながら呟く。
昼食を食べるために休憩しているレイに襲い掛かって来た盗賊団だったのだが、生きているのは今レイが倒した男を含めて二人のみ。
「グルゥ?」
もう終わった? そんな風に尋ねるかのように鳴き声を上げるセトに、レイは手を伸ばして頭を撫でる。
「にしても、本当に盗賊が多くなっているな。やっぱり完全に内乱のことが漏れていると考えるべきか」
オブリシン伯爵の領地への行き方を聞いてから数時間。レイとセトは少し腹が減ったということで、地上に見えた林へと降りて食事を済ませ、食後の休憩をしていたのだが……そこに現れたのがこの盗賊達、七人だった。
いつものようにセトを枕代わりに昼寝をしていれば、盗賊達もグリフォンという存在に気がつけたのだろう。
だが不幸なことに、セトは林の中にある木陰で昼寝を楽しんでおり、見える場所にいるのはレイだけだった。
更に言えば、レイは休憩ということでドラゴンローブのフードを下ろしており、女顔に見える顔が剥き出しにされていたのも不幸だと言える。……盗賊達にとっては、だが。
レイに対して金目の物を置いていけ、奴隷商に売ってやる等々言っていた盗賊達だったが、レイがミスティリングからデスサイズを取り出すと、見た目に騙されていたと気が付いたのか襲い掛かり……その結果が、今の死屍累々の光景だった。
「数時間で二つの盗賊団か。……いつもなら喜ぶところなんだけどな」
そう言いつつも、改めて周囲を見回す。
生きていると思われるのは、七人中二人。
死んだ五人のうちの二人はデスサイズで、一人は林へと逃げていった結果セトの前足で吹き飛ばされて命を絶たれたのだが、残り二人はレイが使った覇王の鎧のコントロールが上手く出来ずに殴られた胴体がミンチになって吹き飛び、あるいは数時間前のバトルアックスを持った盗賊の男の如く頭部が吹き飛んだ。
レイとしては、本当に軽く……感覚的にはそっと触る程度の力加減で触れた筈だったのだが、それでも尚威力が強すぎ、触れた場所が肉片と化した。
「あれだけ気をつけて触ってもああなるってことは……ノイズの奴、どうやってあそこまでコントロールしてるんだ?」
呟くレイの脳裏を過ぎったのは、闘技大会で行われたノイズとルズィの戦い。
通常よりも大きな、特注のクレイモアで放った突きを、ノイズは突き出した魔剣の剣先で受け止めたのだ。
それもルズィの肉体に被害を与えるでもなく、更にはクレイモアにも傷つけず、当然自分の持っている魔剣を傷つけずにだ。
それをやるのに、どれ程の高度な魔力制御技術が必要なのか。レイは自分でやるようになって、初めて理解していた。
何とか殺さずに済んだ二人にしても、片方は右手が肩から先が消え失せており、その先にある木々に血と肉と骨がこびり付いている。
偶然レイの放った攻撃の当たった場所が右腕だった為に一撃で即死にはならなかったが、このままでは間違いなく出血多量で死ぬだろう。
そして最後の一人、レイの攻撃で意識を失った男にしても……
「うわぁ……」
やっちまった。そんな感じで思わず天を仰ぐレイ。
「グルルルルゥ」
そんなレイへと、セトが励ますようにして顔を擦りつける。
確かにレイの視線の先にいる男は死んではいない。……死んではいないのだ、確かに。『今の状態では』という枕詞が必要になるが。
意識のない男は、ハーフプレートメイルを身につけていた。動きの俊敏さや隠密性を重視する盗賊にしては珍しい装備だが、恐らく戦闘で活躍している者なのだろうというのは想像出来る。
……そう。ハーフプレートメイルを身につけていた。過去形で語るべきなのが男の状態だった。
金属で出来ている筈の鎧が、レイの触れたような一撃で砕かれ、割れている。
金属で出来ている以上、激しい衝撃を受ければへこむのが当然だろう。だが、そのハーフプレートメイルは砕かれ、割れているのだ。
レイとしてはなるべく力を抜いて殴りつけたつもりだったのだが、それでもまた威力が高すぎたらしい。
ハーフプレートメイルが砕かれるような一撃を食らってしまえば、当然その中身……内臓に関しても、無事で済む訳がない。
今はまだ生きているが、その命が尽きるのは時間の問題だろう。
やがて天を仰いで反省していたレイだったが、気を取り直すと先程の一撃により気を失っている男を軽く蹴って起こす。
それでも内臓が傷ついている胴体ではなく、足を蹴ったのはレイの思いやりか。
もっとも、情報を聞き出す前に死んでしまっては困るというのが最大の理由なのだが。
「う、うぐ……が、はぁ、はぁ」
血が混じった咳をしながら意識を取り戻した男へと向かって、レイは口を開く。
「さて、目が覚めたようだから早速楽しい尋問といこうか」
「……じん、もん?」
「ああ。聞きたいことは幾つかあるが、まず最初にこれを聞いておくか。お前達のアジトを教えて貰おう」
「……それを知って、どうするつもりだ?」
疑わしそうな視線を向けてくる男に、レイは何も答えずにミスティリングからポーションを取り出す。
「情報を教えてくれたら、このポーションと引き替えにするのを考えてやってもいいと思ったんだが。どうする?」
「それは……ぐっ、ごふっ」
何かを喋ろうとした男だったが、その前に再び血を吐く。
「言っておくが、お前の内臓は恐らくかなり損傷している。俺の一撃でハーフプレートメイル諸共に損傷したらしい。このままだとそう遠くないうちに死ぬぞ。もっとも、このポーションを使えば話は別だろうが」
死ぬ。そう断言された男は、反射的に自分の胴体を見る。
確かにそこには、胸の辺りから砕けている自分のハーフプレートメイルの姿があった。
「俺が……死ぬ?」
「ああ、このままだと間違いなくな。助かりたければ……分かってるだろ?」
最後まで言わず、男に先を促すレイ。
そんなレイを見て……更にはレイの近くでじっと自分を眺めているセトの姿を見た瞬間、男の意思は完全に折れた。
「分かった。アジトの場所を言う。だから、そのポーションを……」
「アジトの話が先だ。嘘を言っているかもしれないからな」
「……この林の奥を暫く進んだところだ。ぐふっ、大体……一時間くらいの場所に洞窟がある。そこが俺達のアジトだ」
喋っている途中にも咳き込み、血を吐き、それが明らかに自分が死へと向かっていると教えてくれる。
死の恐怖に負けた盗賊はあっさりとアジトの場所を喋り、縋るような視線をレイへと向けて口を開く。
「こ、こうしてアジトの場所を教えたんだ。は、早くポーションを……」
その言葉に、レイは持っていたポーションを眺め……やがて目を閉じて数秒。目を開くと、そのままポーションをミスティリングの中へと収納する。
「なっ!?」
何が起きたのか理解出来ないといった様子の男だったが、そんな男に対してレイは口を開く。
「考えた結果、このままお前にポーションをやっても盗賊を生き延びさせるだけで、後日災いにしかならないと見た」
そう告げる。
……そう。レイが男に言ったのは、情報を喋ったらポーションを渡すのではなく、渡してもいいかどうかを考えるというものだった。
そして考えた結果、このまま盗賊をやってきた男を助けても災いにしかならないと判断したのだ。
「ま、待て。待ってくれ。俺はきちんとアジトの場所を言っただろ? 盗賊も辞める。だから、頼む……」
既に男の顔色は青を通り越して白くなっている。
このままだと自分はもうすぐ死ぬ。それを理解しただけに、男はレイへと向かって必死に頼み込む。だが……
「お前は襲った相手がそう言った時に助けたのか?」
レイの口からでたその言葉に、男の頬が引き攣る。
寧ろ、命乞いをする相手を嬲るようにして殺すという行為を楽しんでいたからだ。
その男の表情を見ただけで、レイは何となく目の前で命乞いをしている男の性格を理解した。
「た……助けたさ! お、俺達は義理と人情を知っている盗賊だからな。大人しく金目の物を差し出した奴は殺さずに見逃した!」
今ここでレイに去られては確実に死ぬ。それを理解していただけに、男は必死にそう告げる。
レイを馬鹿な獲物として見ていた時に言っていた言葉は既に頭にはないらしい。
こうしている今でも、身体の中が燃えるような痛みに襲われているのだ。ポーションを飲んで早く内臓を回復しなければ死ぬ。そんな切羽詰まった言葉だったが……
「そうか。なら俺がお前にやれるのはこれだけだ」
男に対してレイはデスサイズを手に取り、有無を言わさずに一閃。首から斬り飛ばされて空中を回転している男は、一瞬視線の先に自分の首のない胴体を確認し……その意識は闇へと落ちる。
「外道が」
デスサイズを振るうが、今の一閃はレイの身体能力と技量が見事に合わさったものだった為、刃には血の一滴すらついていない。
外道の血がデスサイズの刃につかなかったことにレイは満足げに頷き、そのままデスサイズをミスティリングへと収納する。
「グルゥ?」
これからどうするの? そんな風に喉を鳴らすセトに、レイは頭を撫でながら笑みを浮かべて口を開く。
「当然、奴等のアジトを襲って残りの盗賊がいればそいつ等を始末して、溜め込んでいるお宝についても貰っておくさ。って訳で、頼めるか?」
「グルルルルルゥッ!」
レイが何を頼んでいるのかを悟ったセトは、高く鳴き声を上げながらレイが背中に乗りやすいように一旦しゃがむ。
その背にレイが体重を感じさせないような動きでフワリと飛び乗ると、セトは数歩の助走の後で羽を羽ばたかせて空中を駆け上っていく。
そんなセトの様子に、林の中にいるモンスターや野生動物は自分達が見つからないようにそっと身を隠してやり過ごすのだった。
闘技大会の時の真夏の如き暑さは何だったのかと言いたくなるような、見事な秋らしい空気。
夜ともなれば涼しさも増し、人によっては寒いと感じる者すら出てくるそんな中、レイはセトの背に跨がりながら夜空を飛んでいた。
「ん? ああ、あそこが第3皇子派が拠点としている場所か? ……にしても、本当に盗賊が多くなっていたな。もしかして、あれも盗賊だったりしないよな?」
呟き、ここに到着するまでに三回盗賊を倒したことを思い出す。
最初に旅人が襲われているので一回、次に昼休憩をしている時に一回、そして今日の午前中には商人を襲っていたのに遭遇して一回の合計三回。
たった二日の旅路だと考えると、盗賊に対する遭遇確率は非常に高い。
もっとも、盗賊に襲われている商人に遭遇しなければ、恐らくレイとセトはまだオブリシン伯爵の領地には到着していなかっただろう。
今日助けた商人から詳しい道を聞き、おかげでこうしてオブリシン伯爵の領地に到着したのだ。
……ただし、帝都から普通の人間が旅をして二日の位置にあるオブリシン伯爵の領地へと到着するのが、空を飛ぶセトに乗って二日というのは普通に考えれば道に迷っていたと言えるだろう。
だがレイにも言い分はある。この世界では地図というのは非常に稀少で価値があり、一介の冒険者であるレイがそう簡単に得られるものではない。おまけに、道を聞いたとしてもそれは地上を行く者達にとっての道だ。
空を飛ぶセトに乗っているレイにしてみれば、どうしても分からないことも多い。
「まぁ、それでも二日で着いたんだから良しとするか」
呟き、そう言えばもう表彰式は終わっているんだろうな。そんな風に考えつつレイはセトに合図をして地上に構築されている陣地……の入り口の方へと向かって降りて行く。
表彰式の件でダスカーに色々と迷惑を掛けているのを理解しながらも、特にトラブルがなければいい。そう思いつつ。
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