第638話

 昨日の曇天に続いて雨が落ちてくる中、舞台だけではなく闘技場全体を何らかのフィールドが覆っており、雨は闘技場の中に一滴足りとも落ちてきてはいない。

 そんな中、レイは闘技場の舞台の上でギャンダと向かい合っていた。

 相手は金属のハーフプレートメイルに身を包み、手にはハルバードというヴェイキュルと戦った時と同じ装備であり、闘志に燃えた瞳で自分の前に立つレイに視線を注いでいる。

 その様子には、ヴェイキュルを相手にしていた時のようなある種の余裕は存在しない。

 目の前に立つのがただならぬ相手であるというのが分かっているのだろう。


『さぁ、闘技大会四回戦、次の試合はレイとギャンダの戦いだ。お互いが長柄の武器を使用するという点がこの試合の見所。試合の熱気で、雨雲もいずれ消し飛ぶだろう程の熱い戦いを期待したいところだ。決まった型を持たず自由奔放な戦い方をするレイに、長年の修練により理論立てて鍛え上げられてきたギャンダ。個人的にはギャンダの獰猛な戦い方に注目だ』


 実況の声が観客達の興奮を煽り、前の試合の興奮もあってその熱気は一気に高まっていく。


「なるほどな。確かにこうやって向き合えば、お前が強いのは分かる」


 ハルバードを構えたまま告げてくるギャンダに、レイもまたデスサイズを構えつつ口を開く。


「それは光栄だな。だが、今の強さだとまだまだ足りないからな。出来れば長く戦ってくれよ?」

「はっ! この俺を相手にそこまで強気にものを言うとはな。面白い」


 口元に獰猛な笑みを浮かべつつ、ギャンダの視線は圧力を発するかのようにレイへと向けられる。


「確かにお前が強いというのは理解している。だが、だからといって俺がお前よりも弱いと言った覚えはないぞ。深紅という異名持ちらしいが、その異名……今日ここで俺が打ち破ってくれるわ!」


 その言葉と共に豪快にハルバードを振り回すギャンダ。

 まだ試合開始の合図はされていないが、これは一種のパフォーマンスであると見なされている為か、特に審判からの注意の声はない。

 そんなギャンダに対抗するように、レイもまた空気そのものを斬り裂くかのような勢いでデスサイズを振るう。

 それを見て、審判も早いところ試合を始めた方がいいと判断したのだろう。闘技場全体に聞こえるような声で試合の開始を宣言する。


「試合、開始!」

『わああああああああああああああああああああああっ!』


 観客からの歓声を背に、レイとギャンダはお互いに前へと進み出る。

 見る間に迫ってくる相手に、お互いがデスサイズとハルバードを振るう。

 刃と刃がぶつかり合う金属音が周囲に響き渡り、その音と同時にレイとギャンダが同時に跳躍して距離を取る。

 そのままお互いに一旦武器を構えつつ隙を窺うが、何故かギャンダの顔に浮かぶのは疑問。

 だがその疑問を口にすることなく、再びお互いがぶつかり合う。

 大きく振るわれるお互いの刃が、上下左右、あらゆる場所から相手へ襲い掛からんと振るわれる。

 その全てをお互いが防ぎ、弾き、回避し、舞台の丁度中央付近でどちらも一歩たりとも退かぬ戦いが繰り広げられていた。

 そんな中、打ち合うごとにギャンダの表情が険しくなっていく。

 だがどんなに内心で思うところはあれども、振るわれるハルバードの動きが荒くなることはないまま、レイへと叩きつける。

 横薙ぎに繰り出された一撃を石突きの部分で掬い上げるようにして弾き、その動きすらも利用しつつ手の中でデスサイズを持ち替え、巨大な刃が下からギャンダの身体を貫かんと迫る。


「ちぃっ!」


 その一撃を、ハルバードを真横にして防ぐギャンダ。それで防げると判断したのは、ギャンダが繰り返してきた長年の戦いの経験によるものだ。

 それは間違ってはいなかった。いや、この場の対応としてはベストの選択であった。……ただ一つ、ギャンダの相手がレイであるということを除けば。


「ぬおおおおおおっ!?」


 掬い上げるような一撃は、ギャンダの突き出したハルバード諸共にその身体を3m程も上空へと浮き上げた。

 巨躯……とまではいかないが、それでもレイよりもかなり大きい身体をしており、身長は2m近い。ハルバードを縦横無尽に操っているのを見れば分かるように身体つきは筋肉質で、身につけている鎧も合わせるとその重量は200kgを優に超えているだろう。

 それをただの一振りで3m程も空中に浮き上げたのだから、レイの膂力がどれ程のものかを表していた。

 だがギャンダにしてもここまで勝ち残ってきた歴戦の猛者だ。空中で体勢を立て直して舞台の上に足から着地する。

 空中に吹き飛ばされたおかげでレイとの距離が開いたのは、追撃を食らわなかったという意味で幸運だったのだろう。

 しかしギャンダの表情に浮かんでいるのは、幸運を喜ぶようなものではない。どちらかといえば不機嫌そうな色だ。


「……お前、何のつもりだ?」


 ハルバードを構えつつ、喉の奥で唸るかのようにレイへと告げるギャンダ。

 それに答えるレイは、特に表情を変えずに口を開く。


「何のつもり?」

「そうだ。……その大鎌はマジックアイテムだろう? だが、魔力を通しているようには見えない。それとも、その馬鹿げた重量がそのマジックアイテムの効果なのか?」


 ギャンダの言葉に、レイは内心で小さく驚く。

 確かにその言葉通り、デスサイズには魔力を通していなかったからだ。だからこそ、マジックアイテムでも何でもないギャンダのハルバードがデスサイズとまともに打ち合えているのだが。


「さて、どうだろうな。ただ、答えを知りたいのなら俺をもっと追い詰めてみることだな。そうすれば分かるかもしれないぞ?」


 その言葉は、明らかにレイが本気を出していないということの意思表示。

 今回、レイが自らに課した枷は『魔力を通さないデスサイズでギャンダに打ち勝つこと』であり、だからこその行動だった。

 ギャンダが自分と同じ長柄の武器だからこそ、レイは自らにその制限を与えた。


「いいだろう。そこまで言うのなら、お前の力の底……引き出してみせよう!」


 怒りを力に変えて叫び、先程よりも尚速く舞台を蹴り、レイとの距離を縮めて行く。

 そして始まるハルバードの連撃。

 先程の打ち合いよりも素早く、鋭く、高い威力をもって放たれるその攻撃を、レイはデスサイズで防ぎ、弾き、受け流す。

 頭に血が上っても一向に動きが力押しにならないのは、自分の力量を自分自身がよく知っているからであり、同時に戦いの中で熱くなって暴走するのは危険だと理解しているからだろう。


「おらおらおら、どうしたどうした、防御だけか!?」


 真横に振るう横薙ぎの一閃。それをデスサイズの一撃により弾かれると、その弾かれた勢いを利用してその場で自らが回転しつつ、突きを放つ。

 その突きをレイはデスサイズの柄の部分で受け止め、石突きの部分へと受け流し……一瞬だがバランスを崩したギャンダへと大鎌の一撃を振るう。

 まともに食らえば腕の一本や二本はあっさりと切断されるだろう一撃を、ギャンダは意図的に尻餅をつけるような格好でしゃがみ、回避した。

 そしてレイの足下を狙って放たれる一撃。


「甘い!」


 それに対するレイの防御方法は、デスサイズの石突きを舞台に突き立てるというものだった。

 瞬間、ハルバードとデスサイズがぶつかり合う甲高い金属音が周囲に響き……


「う……らぁっ!」


 受け止めたハルバードの一撃をそのまま返すかのように、腕力で強引に打ち払う。

 その一撃を受けたギャンダは一瞬身体が浮かび上がる感触を覚えるが、先程の二の舞はごめんだとばかりに浮かび上がった瞬間に空中でハルバードを振るい、その反動で舞台へと着地する。


「さっきも思ったが、その小さな身体でよく俺を吹き飛ばせるな。もしかして、それがその大鎌の効果か?」

「どうだろうな。当たらずとも遠からず……とでも言っておこうか」


 レイの膂力とデスサイズの重量が合わさっての一撃だ。魔力を通したことによる効果ではないが、その重量そのものがデスサイズの特徴であるというのは間違いのない事実だった。


「ふんっ、まぁいい。どのみちお前の力を引き出した上で俺が勝つことに変わりはないんだからな」

「寝言というのは、寝てからほざくものだぞ? いや、寝てても寝言をほざくとうるさいけどな」

「寝言かどうかは、これから証明してみせるさ。俺の力でな」


 お互いに軽口を叩きつつも、それぞれがデスサイズをハルバードを構え、相手の隙を伺う。

 ギャンダがハルバードの先端部分を舞台につく程に下げれば、それに対応するようにレイはデスサイズを振り下ろすタイミングを見計らう為、上段に構える。

 それを見てギャンダがハルバードの先端部分で突きを放つかのように構えると、レイもまたそれに対応するように打ち払えるようにデスサイズを中段へと持っていく。

 そんなやり取りをしながらも、意図的に隙を作り敵の攻撃を誘い、あるいはその隙そのものを囮として相手が罠に嵌まるのを待つ。

 そんなやり取りをすること、数分。傍から見れば数分しか経っていない出来事だが、それを行っている方は精神的に強い疲労を覚えざるを得なかった。

 特に酷いのがギャンダだ。身動き自体は殆どしていないというのに、その顔には汗が浮かび始めている。


(この小僧……口だけじゃねえ。実際にこれだけの技量を持っているとは、さすがに異名持ちって訳か。……厄介だな。この状態で全く疲労した様子がない。精神的に追い詰められているのはこっちって訳か)




 全く疲労した様子も見せないレイに、内心で舌打ちしながら覚悟を決め、息を整える。

 その際にも、レイから見えるようにはしない。呼吸を吸っている時に攻撃を加えられると、反応が一瞬遅れる為だ。

 相手がその辺の雑魚であればまだしも、目の前にいる化け物を相手にして見せる隙は、一瞬といえども致命的な隙になりかねない。


(ふぅ……よし。時間を掛ければ不利になるのなら、このまま一気呵成に勢いに乗って押し切る。認めたくないが、純粋に技量に関してもあいつは俺よりも上だしな)


 覚悟を決めたギャンダが、レイに見つからないように深く息を吸い……そのまま一気に舞台を蹴ってレイとの距離を縮めて行く。


「うおおおおおおおおおっ!」


 雄叫びと共に振るわれるハルバードの一撃は、当たればただでは済まないというのが分かる程の威力をもって、レイに襲い掛かる。

 袈裟懸けに振るわれたその一撃を、レイもまたデスサイズで迎え撃つ。

 ギィンッという甲高い金属音が周囲に響き渡るが、それはこれから始まる戦いの開始を告げる音に他ならなかった。

 ギギギギギギンッ、と連続して響き渡る金属音。

 上下左右斜めに突き。あらゆる場所から放たれるハルバードの攻撃を、レイの操るデスサイズは全て弾き、それどころか攻撃の隙を縫ってはカウンターの一撃を繰り出してギャンダの鎧を綺麗に斬り裂いていく。

 魔力を通していない状態であっても、デスサイズの斬れ味は驚異的なものがあった。

 結果的にギャンダの放つ連続攻撃は一切レイに対してダメージを与えられず、寧ろレイの攻撃によりギャンダへとダメージは蓄積していく。

 それでもギャンダは身体を休めることなく連続攻撃を行い、レイに対する逆転の一撃を狙う。

 ハルバードの槍の部分を使った突き、斧の部分を使った横薙ぎ、身体を反転させて石突きの部分で足下を狙い攻撃してくるギャンダに対し、レイはそれぞれの攻撃を全て回避しつつカウンターの攻撃を決めていく。

 攻撃する度にレイは無傷でありながらも、自分のダメージは増えていく。

 その様子にギャンダの心は次第に焦りを募らせていき……


「うおおおおおおおおおおっ!」


 自らの焦りを消し去るかのようにハルバードをより強く、より速く、より鋭く振るっていく。

 それらの攻撃の一切が無駄であると言わんばかりにレイのデスサイズを振るわれ、ギャンダの手足には小さいながらも幾つもの斬り傷が産み出され……


「そろそろ、決めさせて貰う!」


 ハルバードとデスサイズの演舞に終止符を打つかのようにレイが叫び、大きくデスサイズを振るう。

 途端に増した一撃の威力に、まるで小石の如く吹き飛ぶギャンダ。

 たった一撃ではあったが、既にギャンダの手足は限界を迎えて小刻みに震え、気合いだけではどうにもならない程に消耗していた。

 それでも今の一撃を防ぐことが出来たのは、長年の経験があってこそだろう。

 それは事実であり、だからこそまだ舞台の上に立つことが出来ているのだが……その代償として、ギャンダの手に持つハルバードは柄の部分が大きく歪んでいた。それこそ、熱せられた飴細工の如く。

 自らの武器へと視線を向け、息を呑んだその瞬間。その驚愕故にこれまでには見せなかった隙が生み出され、首筋に軽い衝撃を感じると、意識は闇へと飲み込まれて行く。


「勝者、レイ!」


 そんな審判の声を聞きながら。

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