第616話
目の前を通るバトルアックスを、余裕を持って回避する。
バトルアックスが通り過ぎたのを確認すると、そのまま前へと出て長剣を振るう。
バトルアックスを握っている右手を狙って振るわれたその長剣は、しかしバトルアックスの柄の部分で受け止められ、同時に力ずくで振るわれたその動きに大きく吹き飛ばされた。
「くそっ、馬鹿力め」
そう吐き捨てるロドスに、対戦相手の男は同じような忌々しげな顔をしながら口を開く。
「何が馬鹿力だ。今の一撃、全く効いた様子がねえじゃねえか」
自らの力を誇示するかのようにバトルアックスを振るうが、一瞬前の忌々しげな表情を消したロドスは、笑みを浮かべて言葉を返す。
「残念ながら、俺が練習相手にしてきた奴はもっと馬鹿力だったからな。そいつの相手をしていれば嫌でも慣れるんだよ」
「ちっ、厄介な真似しやがって。おらぁっ、行くぞぉっ!」
自らを鼓舞するかのような雄叫びを上げ、そのままロドスとの距離を詰める男。
身長2mを優に超える筋骨隆々の男が迫ってくる様子は、どこか壁が迫ってくるような印象を抱かせる。
ロドス自体もそれ程身長が高くない為か、周囲の観客達はまるで雪崩に飲み込まれる子供をイメージする者も多かった。
だが……
(全力の一撃なら、それを振るった後の隙を突けば!)
寧ろロドスは、それを望んで待ち受ける。
確かにこの相手は強い。だが、自分はもっと強い相手……それこそ、ランクA冒険者である自分の父親に勝った相手と訓練を重ねているのだ。そんな自分はここで負ける筈がない。
何より、自分はその訓練をしていた相手をこの闘技大会で倒すことを目標にしているのだから。
だから……
「こんな所で負ける訳には、いかないんだよぉっ!」
袈裟懸けに振り下ろされたバトルアックスを見ながら叫ぶ。
男も全力を注ぎ込んでいるのだろう。この試合の中でも最も鋭い一撃。
しかし、ロドスは大きく後ろに跳躍してその攻撃を回避する。
目標としていたロドスの肉体ではなく空中を振り切られたバトルアックスに、男の体勢が崩れる。
待ちに待ったその隙を見逃す程にロドスはお人好しではなかった。
「うおおおおおおおおっ!」
地面を蹴り、急速に近づくバトルアックスを持った男の姿。
そこに繰り出されるのは、ロドスが最も得意とする渾身の連続突き。
数秒で10を超える数が繰り出されたその連続突きを、男はバトルアックスの柄の部分で防ごうとするが……防ぐことに成功したのは、最初の数回のみ。
その後は、元々先程の一撃でバランスを崩していたこともあって受け止めきれなくなり、ロドスの振るう長剣の切っ先が男の身体を抉る。
今こそが最大の好機だと判断したのだろう。ロドスはそのまま全力を込めて連続突きを放つ。
「はああぁあぁっ!」
腕、足、肩、胴体。それぞれに突きが決まり、バトルアックスを持っていた男はそのまま舞台の上へと崩れ落ちる。
いつもより突きの速度を重視しており、更にはバトルアックスを持っていた男は金属のハーフプレートアーマーを身につけていたこともあって、その傷は深いが死に至る程ではない。
……もっとも、それはあくまでも今すぐに手当をすればの話だ。
もしもこのまま放っておけば、間違いなく失血死してしまうだろう。
同時に、倒れた男が痛みにより倒れたまま起き上がれないのを確認した審判が大きく叫ぶ。
「それまで、勝者ロドス!」
闘技場内に審判の声が響き渡り、次の瞬間には歓声が爆発する。
『わあああああああああああああああああああああっ!』
同時に、バトルアックスの男に賭けた者達の賭け札が空中に撒き散らかされる。
ただし賭け札とはいっても、紙や羊皮紙の類ではなく木板に賭け金や賭けた相手をマジックアイテムで彫った代物だ。それ故に、賭け札は空中に舞うようなことはなく地面へと落ちるのだが。
そんな闘技大会の風物詩ともいえる光景を目にしながら、ロドスは大きく溜息を吐く。
「ふぅ。何とか勝てた、か」
視線の先にいるのは、舞台から下ろされて傷が回復している対戦相手の姿。
(強敵……そう、間違いなく強敵だった。それは間違いない。けど、あくまでも俺が対処出来る程度の強敵でしかないってのも事実だったな)
実際戦闘中に危険は感じたが、それでも絶望的な危険ではなかった。
寧ろ、レイと戦っている時の方が大きく危機感を抱かざるを得なかっただろう。
(それはそれでどうなんだと思うけどな)
そんな風に考えながら舞台を降りると、当然のように戦いで負った傷が癒える。
その様子に便利なものだと考えていると、自分に近づいてくる気配を感じ取った。
そちらへと視線を向けると、そこにいたのはつい先程まで戦っていたバトルアックスの男。
ただ、その表情に悪意は感じ取れない。寧ろ、笑みすら浮かべている。
「強いな、さすがに雷神の斧の子供ってことか。……俺に勝ったんだ。優勝とは言わないが、もう少し上を目指してくれよ。そうすればお前に負けたとしても、自信を失わなくて済む」
「当然だ。どこまでいけるかは分からないけど、俺はもっと上を目指す」
そう、レイと戦って勝つまで。
言外に込めた意思は伝わらなかったのだろうが、バトルアックスを持った男はニヤリとした笑みを浮かべてロドスの肩を叩く。
「がっはっは。男はやっぱりそうでなきゃな。ま、俺も応援するから精々頑張ってくれよな」
「……ああ」
男の言葉にロドスが頷くと、再び笑みを浮かべそのまま去って行く。
その背を見送ったロドスもまた、気を入れ直すのだった。
「……ふぅ。勝てた、か」
貴賓室でロドスの試合を見ていたミンが安堵の息を吐く。
普段はなるべく突き放すようにしているミンだが、それでもやはり息子の試合は気になったらしい。
「ま、相手がバトルアックスだってのは相性が良かったな」
タングとの会談を終えて戻ってきたレイが呟く。
エルクという世界でもトップクラスのバトルアックス使いと共にいるのだ。その武器で出来ること出来ないことというのは、その辺でバトルアックスを使っている者達よりもロドスの方がよく知っているだろうと。
「俺の英才教育のおかげだな」
「ふっ、まぁ、間違ってはいないのが突っ込みどころに困るところだ」
エルクとダスカーがそれぞれ会話をしている中で、ふと視線を感じたエルクが周囲を見回す。
それはレイも同様だったが、視線を送っていた相手もそれに気が付いたのだろう。すぐに自分達へと向けられている視線が消えたのを感じ、お互いに顔を見合わせて肩を竦める。
「何だか、随分と色々活発に動き出してきたな。これもお前の悪名のおかげか?」
エルクの口から出たどこかからかうようなその言葉に、レイは舞台の方へと視線を逸らす。
その視線の先では、60代程の老人が見た目に似合わぬような鋭い槍捌きを披露していた。
対するは巨大なハンマーを手にした20代の男だったが、威力はともかく取り回しのしやすさは圧倒的に槍の方が上だ。
男がハンマーを振るおうとすれば、槍の老人はすぐに後方へと退いて距離をとる。
徹底的に槍の間合いで戦っており、ハンマーの男は殆ど一方的に攻撃されるだけとなっていた。
「相性が悪かったな。一応槍を攻撃するって対処法もあるんだが……あの爺さんの槍捌きを見る限り、それも難しそうだし」
レイの視線を追って舞台を眺めていたエルクが呟く。
お互いに本戦に勝ち残ったのは同様だったが、地力が……そして何よりも戦いにおける経験に差がありすぎた。
「だろうな。基礎的な能力だけで言えばハンマーの男の方が上だろうけど……」
レイにしろエルクにしろ、お互いに大鎌とバトルアックスという取り回しの難しい武器を使う身だ。
それだけに、間合いの重要性というのは理解している。
「あ、馬鹿。もう少し我慢すればまだ逆転出来たかもしれないのに」
突き出される槍に当たるのを覚悟の上で突っ込んで行ったハンマーの男に、エルクが駄目だしするように呟く。
「そうか? このままだと結局押し切られると判断したんだろ。特に今までの攻防を見ていると、槍使いの方が圧倒的に技量に関しては上だし」
だがそんなエルクとは裏腹に、レイはハンマーの男の行動を褒める。
もっとも、ベストではなくベターだという意味でだが。
「ばっか、あそこは耐えるところだって」
「うーん、父さんの考えも分かるけど……ここはやっぱりレイの考えで正解だと思うな。技量的に負けている以上、一か八かに賭けるしかないし」
そう言葉を挟んできたのは、いつの間にか貴賓室用の観客席に姿を現していたロドス。
そんなロドスにエルクは一瞬笑みを浮かべたものの、自分ではなくレイに味方するような発言をしたことで少し拗ねたように口を尖らせる。
「ふんっ、うちの息子はレイと訓練しているうちにすっかり染まっちまって……痛っ!」
最後まで言わせずに、振るわれる杖。
その杖の持ち主は、当然の如くエルクの妻でもあるミン。
「全く、照れ隠しもいい加減にするべきだ」
「なっ!?」
「照れ隠し?」
図星を指されたとしか思えないような驚きの声を漏らすエルクに、首を傾げるロドス。
そんなロドスに、ミンは小さく笑みを浮かべつつ口を開く。
「ま、男親としては色々と思うところがあるんだろう。それよりも、ほら。向こうの方でも決着が付いたようだぞ」
ミンが杖を舞台の方へと向けると、そこではハンマーを持った男が腹部を槍で串刺しにされて倒れていた。
ただし、槍の老人も無傷という訳ではない。ハンマーの男が放った最後の一撃が命中したのか、左肩の部分の鎧が砕けており、力なくぶら下がっている。
肩の骨が折れたか……あるいは砕けたのだろうと、一目で分かる程のダメージだ。
結局そのまま槍の老人の勝利が宣言され、2人共舞台の上から下ろされる。
尚、ハンマーの男は舞台から下ろされる直前に槍を抜かれていた。
すると次の瞬間、2人の傷がまるで夢だったかのようにすっかりと消え失せる。
その様子を見ていた観客達の安堵の声が会場の中に広まっていた。
幾ら闘技大会が好きでも、それは戦いを見るのが好きなのであって、殺し合いを見たい訳ではないのだから。
……もっとも、中には殺し合いの方を好むような者もいるのだが。
「結局はあの槍使いの方が勝ったか。相手の方も一矢報いたけどな。この場合はエルクとレイの意見のどっちが正しかったと思う?」
どこかからかうように尋ねてくるダスカーの言葉に、肝心の2人は言葉を詰まらせる。
もう少し耐えるべきだと判断したエルクだったが、ハンマーの男は結局一矢を報いることに成功している。
最良ではないが、良い判断だったとしたレイだったが、ハンマーの男は一矢を報いることには成功したものの、結局は負けている。
そんな風に、どちらもが正解なようでいて正解ではないという状況であったのが、2人が言葉を詰まらせた理由だろう。
「……あ、ヴェイキュルだ」
どこか2人にとっていたたまれない空気を破ったのは、ロドスの声。
その声にレイが視線を舞台へと向けると、確かにそこにはヴェイキュルの姿があった。
もっとも、この中でヴェイキュルと親しい付き合いがあるのは、訓練を共にしたレイとロドスのみだ。
エルクやミンにしてもロドスから多少話は聞いているし、ダスカーもまた風竜の牙に関してはある程度の報告を受けている為に、名前くらいは知っていたのだが。
そのヴェイキュルの対戦相手は、同じような軽装の男だった。
ヴェイキュルと同じく動きやすさを重視しており、レザーアーマーすら着ていない。
「あの服……恐らく相当に頑丈な代物だろうな」
エルクの言葉に、その場にいた皆が視線を男の服へと向ける。
遠目に見ている限りでは特に普通の服と変わらないように見えたが、長年冒険者としてやってきたエルクにしてみれば一目瞭然だったのだろう。
事実、その隣にいるミンもまた頷きを返していた。
これは純粋に経験がものをいうことなので、レイには反駁する言葉を持たない。
だが……
「おい、あの男……殺気を発してるように見えるんだが」
レイの口からそう呟きの言葉が漏れる。
ミンのように魔力を感知したり、あるいはエルクのように経験でものを言うことは出来ない。それでも、レイの目から見てもヴェイキュルの対戦相手が殺気を放っているのはしっかりと感じ取ることが出来た。
勿論試合中に殺気を放つというのは珍しくない。特にこのような場で技量の近い相手であれば、その辺が理由で勝負が決まることも珍しくはないのだから。
しかし、舞台の上でヴェイキュルと向かい合っている男は何かが違った。そう、まるで闘技大会での戦いではなく、殺し合いをするかのように。
それをヴェイキュルも感じ取っているのだろう。その表情が緊張に彩られ……
「始め!」
審判の試合開始の声と共に、男が先手必勝とヴェイキュルとの距離を詰める。
その速度は、本戦に出るだけの技量を持った人物としては文句無く一級品だった。
……ただし、手に持つ短剣の切っ先がヴェイキュルの頭部に向かっていなければ。
「なっ!?」
男の行動に、貴賓室の中でも驚愕の声が響き渡る。
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