第547話

 レイ達に捕まった盗賊があっさりとアジトの場所を口にした理由。それは当然の如くセトにあった。

 セトの使用した王の威圧により、それを食らった盗賊達はひどく萎縮しており、少しでも早くセトという存在から離れたいとばかりに聞かれたことに関してはあっさりと答えたのだ。

 また、頭であるエベロギにあっさりと見捨てられたというのもあっただろう。


「何だか、随分とセトに怯えているみたいだけど……何かしたのか?」


 ランガに報告をしにきた討伐隊の兵士の問い掛けに、レイは少し離れた場所で騎士の1人から干し肉を貰って嬉しそうにそれを食べているセトへと視線を向ける。


「何かしたというか、セトの雄叫びをすぐ近くで聞いたからな。しかも勝ち目が無いと判断して逃げ出そうとした時に雄叫びが放たれたから、それが理由だと思う」

「グルルゥ?」


 干し肉を飲み込んだセトが、呼んだ? と小首を傾げてレイの方へと視線を向けるが、レイはそれに何でもないと首を振り、改めてランガへと向かって口を開く。


「それで、アジトの場所が判明したんなら早速攻め込むのか?」

「そうだね。……アジトの場所というのは?」


 そう尋ねられた警備兵が少し困ったように視線を逸らし、やがて林の方へと視線を向ける。


「林の奥深くにある場所だそうです」

「……盗賊の主な兵力は騎兵だと聞いてるけど?」

「ええ。何でもかなり馬の扱いに長けている集団らしいです。何しろ盗賊団じゃなくて傭兵団だって話ですから」

「やっぱりな」


 薄々抱いていた疑問の答えに頷くレイ。

 それはランガも同様であり、眉を顰める。


「やはりただの盗賊ではないんですか。傭兵団が盗賊に鞍替えするというのは時々聞きますが、それにしてもこれだけの規模となると厄介だね。……レイ君、少し待ってくれないかな。騎士の方々とこれからの方針を相談してくるから」

「分かった。こっちとしては、なるべく早くこの件を片付けたいところだから、出来ればその方向で頼む」

「勿論だよ。こちらとしてもギルムを長期間空けておくというのは好ましいことではないし、何よりこうしている間にも書類が次々と……」


 机の上に重なっていく書類を思い出したのか、胃に手を当てながらランガは去って行く。

 セトに構っていた騎士も、そんなランガの後を追う。

 その後ろ姿を見送ったレイは、どこか呆れた様に近くにいた兵士へと話し掛ける。


「警備隊ってそんなに書類が多いのか?」

「いやまぁ、少ないとは言えないだろうな。特にギルムに出入りする人の数とかもきちんと纏める必要があるし、他にも街中で起きたトラブルの件とか、その他色々と」

「……警備隊って、思ったよりも大変そうなんだな」


 周囲には、レイのしみじみとした呟きのみが響き渡るのだった。






 その一方、林の中に引き返した血塗られた刃の一団は、林の奥に用意してあるアジトへと向かっていた。

 林の中を進む足並みは早い。

 敵の手を確認する為に放った先発部隊のうち、生き残った者が捕らえられた以上は自分達のアジトの場所がレイに知られるのは当然だったからだ。

 エベロギの率いる血塗られた刃は、別に鉄の結束を誇っているような集団ではない。当然捕まえられて尋問されれば、自分が助かる為にそれに答えるだろうことは明白だった。

 しかも頭の自分があっさりと捕まった者達を見捨てたのだから、忠誠心や連帯感など望むべくもないだろう。

 その為、エベロギはアジトに冒険者や討伐隊の手が伸びる前にこの地を離れるつもりだった。

 エベロギの下した判断は素早いものであり、これだけの戦力を率いている傭兵団の頭としては間違いなく英断と言える。

 だが……

 不意に林の中を進んでいたエベロギの足がピタリと止まる。

 自分達の進行方向から漂ってきたのは、嗅ぎ慣れた鉄錆の匂い。


(先回りされた……か? いや、幾ら何でも早すぎる。深紅がグリフォンを従えていても、林の中にあるアジトをこうも早く見つけられるとは考えられねえ。となると……それ以外に何かあったのか)


 一瞬脳裏を最初に商隊を襲った時に見たグリフォンの姿が過ぎるが、すぐに自分でそれを否定して首を振る。

 だが、アジトの方から漂ってくるのは間違いなく血の臭い以外のなにものでもない。

 他の者達もその臭いを嗅ぎつけたのだろう。どこか不思議そうに……あるいは不安そうに顔を見合わせていた。


「アジトで何かあったらしい。行くぞ」


 それだけを吐き捨て、乗っていた馬を進ませる。

 林の中だというのに、エベロギの操る馬は全く何の問題もないかのように進み続け、それを追うかのように傭兵団の部下達も馬で林の中を進む。

 半ば盗賊に近い傭兵団である血塗られた刃だが、騎馬隊の技量だけは間違いなく一級品と言っても良かった。

 そうして林の奥にある、生えている木々が少なくアジトを構えている場所へと出向くと……そこでエベロギを出迎えたのは、50匹近いゴブリンの群れだった。


「ゴブリン、だと?」


 確かに前日からゴブリンが迷い込んでくることはあった。だが、それでも1匹や2匹ずつであり、これ程に纏まったゴブリンが自分達のアジトへとやってくることはなかった。

 そのゴブリン達は手に食料や武器を持ち、あるいは金や銀、あるいは宝石を手に馬鹿騒ぎをしている。

 地面に倒れているのは、見覚えのある者達。

 自らの部下ではあるが、戦闘力を持たない……あるいは怪我で戦えなくなり傭兵を引退して雑用をするようになった者達。

 その者達は、身体中から血を流しながら地面へと倒れている。

 四肢はあらぬ方向に曲がっており、あるいは身体中に刃物の傷があった。

 残っていた傭兵団の仲間に女がいなかったのは、不幸中の幸いであったかもしれない。

 もしいれば、死ぬよりも酷い目にあっていたのは間違いないのだから。

 そう、今エベロギの視線の先にいる、商隊を襲撃した時の生き残りの女のように。


「くそっ、この時間が無いって時に。……いいか、野郎共。ゴブリンのクソ共を追い払う! くれぐれも勘違いするなよ、殺すんじゃなくて追い払うんだ!」

「頭!?」


 幾ら打算で集まった傭兵団であっても、長く付き合っていれば情が湧く相手もいる。そんな者達が殺されたというのに、仇を討たずに追い払うだけにしろという命令に、数人の男達はエベロギへと不満の視線を向けた。

 だが、エベロギは寧ろ睨み返すようにして部下に鋭い視線を向ける。


「確かに俺にしても、このゴブリン共には腹が立っている。けど、今ここで時間を取られれば討伐隊や深紅が迫ってくるんだぞ。奴等に勝てると思うか?」


 そう言われれば、部下達にしても言い返す言葉は無い。

 そして、ゴブリンが見える位置で悠長に会話をしていれば当然それには気が付かれる訳で……


「ギャガガガギョ!」

「ギョギャ?」

「ギャギョグゴ!」


 ゴブリン同士で声を掛け合うと、一斉にゴブリン達が襲い掛かる。

 弱者に対しては強く、強者に対しては弱い。ただし決定的に頭が悪い為に、自分達より強い相手にも攻撃を仕掛ける。

 今回の攻撃は、そんなゴブリンの特徴が顕著に現れた結果だったのだろう。

 特に今はアジトに残っていた非戦闘員や戦闘力の低い者を集団で殺して興奮しているという影響もある。

 何より……


「ガギャギョギョ!」


 ゴブリンよりもかなり大きめな……人間の大人程の大きさを持つモンスターが、棍棒を持ちながら血に酔い、興奮して襲い掛かってきたのだ。

 見るからにゴブリンの上位種である、そのモンスターは……


「ちっ、ホブゴブリンかよ! 何だってこんな数のゴブリン共がいやがる!」


 苛立ちと共に叫び、振るわれた棍棒を回避して長剣を一閃。

 ゴブリンの上位種であるホブゴブリンは、エベロギの一撃で首を飛ばされて絶命する。

 確かにホブゴブリンはゴブリンの上位種であり、身体能力も含めて軒並みゴブリンより高い。

 だが、それはあくまでもゴブリンに比べてでしかなく、歴戦の傭兵団でもある血塗られた刃を率いるエベロギにしてみれば、誤差でしかない。


「ギャガガガガ!?」

「ギョジョヴェル!?」


 ゴブリン同士の言葉で叫びながら、手に持った稀少なモンスターの素材を振り回すゴブリン。

 その手に持っているのがどのくらいの金額の代物なのかを知っているエベロギは、不愉快そうに眉を顰めて口を開く。


「おらっ! お前等も早くしろ! ゴブリン共を蹴散らせ! ただし、その際に奴等が持っているお宝はなるべく回収しろよ。傭兵団の武器や防具、馬なんかを揃える為には絶対に必要なんだからな! それと食い物や酒も買えなくなるぞ!」

『おおおおおおおっ』


 武器、防具、馬、食料、酒、女。

 傭兵団としてやっていく上でなくてはならないものが掛かっていると知れば、他の傭兵達も呑気に構えている訳にはいかなかった。

 だが、ゴブリンにしても近づいてくる人間や獣人を見て、まだ自分達の最大戦力であるホブゴブリンが死んだのを理解出来ないのか、大声を出して威嚇する。


(ちっ、クソ共が。ここで大声を出したりしたら、討伐隊や深紅にこっちの居場所を教えることにしかならねえじゃねえか)


 苛立たしげに舌打ちしたエベロギは、半ば憂さ晴らしの意味も込めて剣を振るい、モンスターの素材を持ち上げていたゴブリンの胴体を上下二つに切断した。

 周囲に漂うゴブリンの血の臭いに不愉快そうに眉を顰めつつ、次々にゴブリンを始末していく。

 そうして10分程すると、他の者達の活躍もありゴブリンは自分達がこのままでは全滅すると判断したのだろう。四方八方へと逃げ出し始める。

 仲間がどうとかは全く考えず、まず自分の命を守るために逃げ出す。

 ゴブリンの集落が襲われて以降、曲がりなりにもゴブリン達を纏めていたホブゴブリン唯一の生き残りも既に死んでおり、統率する者がいない為の行動だった。

 何人かの傭兵は仲間の仇とばかりに馬に乗って追撃を掛けようとするが、そこにエベロギの怒声が浴びせかけられる。


「おら、お前等! とっととここを出るぞ! 金目の物や荷物を纏めろ! それとゴブリン共がふざけ半分で散らかしたモンスターの素材もだ!」


 その言葉で我に返ったのだろう。傭兵達は慌てて戻ってきて、エベロギの指示に従って準備を始める。

 そんな中……


「へぇ、随分と判断が早いな。もう少し余裕があると思ってたんだが」


 ポツリ、と声が響き渡る。

 不思議とその声は喧噪の中でも掻き消されることなくエベロギの耳に入った。

 同時に背筋に冷たいものを感じ、反射的に声の聞こえてきた方へと視線を向ける。

 そこにいたのは、まだ少年と言ってもいいような年齢の男。手には巨大な鎌を持っており、木の幹に背中を預けながら撤退準備をしている血塗られた刃の面々を感心したように眺めていた。

 その武器と外見だけで視線の先にいるのが誰なのかというのは明らかだったが、更に決定的だったのは少年の隣でじっと踞って自分達へ視線を注いでいる存在だ。

 鷲の上半身と獅子の下半身を持つランクAモンスターのグリフォン。

 普段は円らな瞳で人懐っこい仕草をしており、ギルムのマスコット的な存在となっているのだが、今は獲物を狙う猛禽類の如く鋭い視線を血塗られた刃の面々へと向けている。


「……深紅……」


 エベロギの口から、視線の先にいる存在の名前が漏れた。






 時は少し戻る。

 レイや商隊が捕らえた盗賊を引き渡された討伐隊の面々は想像していたよりも早く情報の入手に成功していた。

 それこそ聞けばすぐに教えてくれるのだから、拷問の類も一切行われていない。

 ただ、こう言えば済むことなのだ。

 即ち『もう一度、グリフォンの前に出るか?』と。

 セトの使う王の威圧により完全に萎縮していた者達は、あっさりと堕ちた。

 自分達の正体が血塗られた刃と呼ばれる傭兵団であること。春の戦争で殆ど金を稼げなかった為に、その原因であるラルクス辺境伯が治める土地で盗賊稼業をしていたこと。自分達が商隊を襲えば分け前を優遇して貰えること。血塗られた刃の戦力や、その頭目であるエベロギという人物の詳細等々。


「……危険だな」


 討伐隊の兵士から聞いた情報に、騎士の1人が呟く。

 騎兵という、攻撃力と機動力に優れた兵種を主戦力とする傭兵団であり、同時にそれを率いている人物はそれなりに頭が切れる。

 確かにこれまで幾度となく討伐隊が盗賊団……否、傭兵団を追ってはいたが、接触することは出来なかった。

 更には自分達に情報を与えない為にか、襲った商隊も皆殺しにするという容赦の無さもある。

 そのような人物がグリフォンを目にしたのだから、ランクB冒険者のレイに目を付けられたというのは確実に察知しているだろう。

 あるいは目を付けられたのが誤解であったとしても、大規模な討伐隊を組まれるようになった以上、この地での仕事は終わりとして他の地に去って行く可能性も高い。

 騎士の説明に、他の討伐隊の面々も苦々しげな表情を浮かべながら頷く。


「なら、早速だけどレイとセトに活躍して貰った方がいいんじゃないか? 血塗られた刃とやらのアジトの場所も知ることが出来たんだし」

「結局レイがいなければ解決は出来なかった、か」


 しみじみと1人が呟くが、今は自分達の手柄云々よりも血塗られた刃に対処するべきだと意見が一致し、レイと一番親しいランガを通して血塗られた刃が逃げ出さないよう監視、討伐隊が到着する前に何らかの行動を起こした時はそれを阻止するように要請されることになる。

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