第546話

 エベロギは視界の先で行われているその光景に、思わず息を呑む。

 何かの罠があると仮定しての先発隊だったのだが、それはあくまでも自分の考えすぎであると……いや、そうであって欲しいという願望を込めてのことだった。

 だがその結果として現れたのは、馬車から降りてきた1人の子供のように見える人物がどこからともなく槍を取り出しては投擲し、エベロギの部下を貫き、あるいは粉砕するという常識外れのものだった。


「か、頭。助けに行った方が……」


 エベロギへと向かってそう口を開く者もいたが、それを言った者も口を動かすだけで精一杯であり、実際に助けに行こうと馬を走らせることは出来ていない。

 それでも身動き一つ出来ない他の盗賊に比べれば、十分胆が据わってると言っても良かっただろう。

 一方的にレイによって攻撃されている盗賊の中には、弓を持っている者もいる。

 逃げる商人や商隊、あるいは旅人を追いかけるという行為をする以上、弓は必須と言ってもよかった。

 だが、今エベロギ達の視線の先で繰り広げられている光景は、槍を投げるというひたすらに単純なその行為により、弓の射程外から一方的に攻撃されているのだ。

 助けに行くべきか。

 部下の言葉に一瞬そう考えたエベロギだったが、すぐに首を横に振ってそれを否定する。

 既に視線の先では5人目の盗賊が槍により鳩尾をレザーアーマーごと貫かれ、地面に崩れ落ちていた。

 自分達の戦力は先行した者を除いて残り20騎。

 他にも歩兵がいるが、騎兵でああも一方的に攻撃されているのを考えると、どうあっても近づく前に全滅するのが落ちだった。

 更に……林に隠れているエベロギ達の前で決定的な出来事が起こる。


「グルルルルルルゥッ!」


 空から流星の如く降ってきたその存在が、地上に着地するや否や雄叫びを上げたのだ。

 エベロギにとっては、絶対に敵対したくはない相手。空の死神と呼ばれているランクAモンスターのグリフォン。

 その口から放たれた雄叫びを聞いた瞬間、エベロギの視線の先にいた残りの盗賊の動きが止まる。

 何故そんな風になったかの正確な理由は分からなかったが、それでも今の雄叫びが関係していると判断するのはそう難しくはない。

 このままここにいれば、自分達も捕まる。

 脳裏で素早く判断したエベロギは、部下に指示を出す。


「おらっ、さっさとここから逃げるぞ。いつまでもここにいれば、俺達まであのグリフォンにやられちまう」

「け、けど頭。あいつらは……」

「助けに行きたいのなら勝手にしろ。俺は行かないがな。大体、どうやって奴等から助け出すつもりだ? あの槍に当たらない自信でもあるのか?」

「それは……」


 そんな自信がある筈もない。

 それだけの力量があるのなら、血塗られた刃の一員としてではなく冒険者なりなんなりをして稼いでいたのだろうから。

 

「行くぞ」


 それだけを短く吐き捨て、その場で林の中へと入っていく。

 自分達の存在に気が付かれている可能性は高いが、それでも今はまだ生きている盗賊達を捕らえる必要がある以上、追っては来られないだろうと判断して。


(くそっ、まさかこうまで圧倒的にやられるとはな。今は大丈夫かもしれないが、奴等が追ってくる可能性は十分にある。なるべく早くここから引き上げた方がいい)


 エベロギにしても、数人程度が捕らえられたり殺されたりするのは予想していたが、それでも先行部隊の10人が何も出来ずに捕らえられたり殺されたりしたのは予想外だった。


(……化け物め)


 遠く離れていたエベロギだからこそ、レイが何をしたのかが分かった。

 どこからともなく取り出した槍を、ただ腕力に任せて投げただけの攻撃。

 だが、その腕力が血塗られた刃を率いている自分にしても到底及ばない程のもの。

 正しく化け物。

 あれ程の化け物であれば、エベロギが戦場で見た炎の竜巻を作り出したとしても不思議ではない。


(いや、寧ろ10人程度の消耗で済んで運が良かったと言うべきだろうな。幸い、ここで稼いだ金を使えば馬の10頭や20頭は買えるだけの余裕はある)


 無理矢理に自分を納得させつつ、林の奥にあるアジトへと向かって進んでいく。

 だが……この時、エベロギは気が付いていなかった。この場面でレイと遭遇したということ自体が自らの運の悪さを証明しており、同時にそれは自らの悪運もまた尽きかけようとしていたことを。






 一方そんな盗賊達から離れた場所で、レイはセトの王の威圧により身動きが出来なくなった盗賊達をミスティリングから取り出したロープで縛り上げていた。


「ま、こんなもんか。これでいいんだな?」

「あ、はい。助かります。これで幾分かの足しにはなるかと思いますし。……けど、盗賊達の身柄と馬を全部こっちで受け取ってしまってもいいんですか?」

「問題ない。こいつらを警備隊とかに引き渡して報酬を貰うにしても色々と手続きとかがあるだろうし、馬にしても俺にはセトがいるからな」

「グルゥ?」


 レイの言葉の中に自分の名前が出てきたのに気が付いたのだろう。セトが小首を傾げてレイの方へと視線を向ける。

 その様子には、つい先程王の威圧によって上げた雄叫びで盗賊や馬の動きを一瞬にして萎縮させた面影は全くなかった。


「はぁ、もういい。分かった」


 そんなセトの様子に、これ以上気を張っているのが馬鹿らしくなった商人の男は、小さく溜息を吐いてから口を開く。


「それで、これからどうするんだ? 明らかに盗賊の人数は少ないけど」

「その辺は……」


 尋問をしてアジトの場所を吐かせる。そう言おうとしたレイは、ピクリと動きを止める。

 セトが突然あらぬ方へと視線を向けたからだ。

 そちらへと視線を向けると、確かにこちらに向かって進んできている集団がいる。顔までは判別出来ないが、騎兵や歩兵を含めて50人近い大所帯。

 数だけで言えば、先程襲ってきた盗賊と同程度のものだ。

 更に、その方向がアブエロの方からやって来ているというのが問題だった。


「……なぁ、一応聞くけど、この辺に出る盗賊団って実は複数あったりするのか?」


 セトの頭を撫でながら尋ねるレイに、商人はとんでもないと首を横に振る。


「少なくても俺が聞いた話だとあれ程の集団は1つだけだ。他に出るのは10人程度の小規模なものだけど……あれって、盗賊か?」


 商人にも豆粒程の大きさだが、街道を進んでいる集団が見えたのだろう。恐る恐るとレイへと尋ねる。


「さて、どうだろうな。こっちに向かってきている集団はいるけど、それが盗賊団かどうかは……ああ、いや。違うな」


 説明の途中で言葉を区切ったのは、街道をこちらに向けて進んでくる集団がどのような者達かが判明した為だ。

 集団の先頭を進んでいる歩兵に見覚えのある顔が幾つかあった。

 更にその中の1人が警備隊隊長であるランガの姿であるのを考えれば、どのような集団なのかは明らかだろう。


「安心しろ、どうやら盗賊じゃないらしい。その盗賊をどうにかする討伐隊の方だ。見覚えのある顔が幾つかあるし」

「……本当か? と言うか、ここから顔の判別まで付くのか? 凄いな」


 商人の男からは、未だに豆粒程の集団にしか見えないその中に見覚えのある顔があると聞き、感心したように呟く。

 セトもランガの姿を見て安心したのだろう。先程の鋭い視線を既に消し、円らな瞳で自分と仲良くしてくれ、食べ物をくれるランガを含めた討伐隊の者達へと嬉しそうな雰囲気を発しつつ視線を向けている。


「捕まえた盗賊に関しては向こうに引き渡せばいいだろ。向こうにしても尋問するのは早いほうがいいだろうし、何より幾ら縛られていてもアブエロまで盗賊と一緒ってのは嫌だろ?」


 盗賊にしても、自分達が捕まった後でどうなるのかは知っているだけに何とか逃げ出そうとするだろう。

 犯罪奴隷として売られるか、あるいは死刑になるか。どう考えても幸せな結末というのがある筈がないのだから。

 トレイディア達にしても辺境で商売している商人だけに多少の心構えはあるだろうが、それでもアブエロに到着するまでずっと盗賊を警戒しているというのは精神的に厳しいものがあった。


「……そうだな。一応聞いておくけど、ここで警備兵に盗賊を引き渡しても金は貰えるんだよな?」


 商人の1人の言葉に、ランガの姿を確認したレイは小さく頷く。


「多分大丈夫だ。向こうにはギルムの警備隊隊長の姿もあるし」

「そうか、なら問題無いか。それでいいよな?」


 そう尋ねられたトレイディアは、文句など無いと頷く。


「は、はい。少しでも早くお金を貰えるのなら、寧ろ助かります」

「取りあえず、今は盗賊達が逃げないように見張っておくか。折角討伐隊が向こうから来たんだから、逃げられたら洒落にならないし」

「そうですね。……でも、とても逃げられるとは思えないんですが」


 トレイディアが、未だにセトの王の威圧によって身動き出来ない状態のロープに縛られた盗賊達を見ながら苦笑を浮かべる。

 そのまま徐々に近づいてくる討伐隊を待っていたレイや商人達だったが、不意に商人のうちの1人が口を開く。


「なぁ、レイ。悪いが死んだ盗賊が乗っていた馬を集めてきてもいいか? 確か馬も俺達が貰ってもいいって言ってただろ?」

「……そうだな、それでもいいぞ。トレイディアの言ってるように盗賊達が逃げ出すことはないだろうしな」

「悪いな」


 レイに謝罪の言葉を残しながらも、トレイディア以外の商人4人は全員が揃って馬を集めるべく動き出す。

 セトの王の威圧により、盗賊共々動きが取れなくなった馬はそのまま1人が馬車の方へと連れて行き、残りの商人は散らばって少し離れた場所で遠巻きにレイ達を……より正確にはセトをじっと見ている馬達に向かって近づいていく。

 馬にしてみれば、セトのようなグリフォンには脅威しか覚えていないのだろうが、それでも逃げないのは動けば自分が狩られると思っているからか。

 理由はどうあれ、動かない馬というのは商人達にとってもありがたかった。

 そのまま馬を興奮させないようにセトから距離を取って馬車の方まで連れて行き、その間トレイディアは地面に落ちた盗賊の武器を拾い集めていた。

 そちらへと視線を向けたレイだったが、盗賊の持っている武器は全て弓と長剣でレイが好むような槍の類を持っている者はいなかった為、特に何も言わずに近づいてくる相手を待ち受ける。


「やっぱり……セトの姿が見えたと思ったらやっぱりレイ君だったのか。迷宮都市に行ってた筈だろう?」

「ああ、それはもういいんだ。大体解決した。で、ちょっと用事があってギルムに戻ってきたらダスカー様からお前達の手伝いをして欲しいと言われてな。その結果がそこにいる奴等だ」


 近づいてきた集団の中から気安い口調で声を掛けてきたランガに事情を話しつつ、ロープで縛られている盗賊へと視線を向ける。


「ほう? 君達が?」

「ああ。正確にはそこの商隊に囮になって貰ってな。情報を引き出すなりなんなりは、好きにしてくれ。ただ、こいつらに相応の金は支払ってやって欲しい」


 そう告げつつ、ミスティリングから手紙を取り出してランガへと渡す。

 ダスカーから預かってきた、事情の書かれた手紙だ。

 その中身を読んだランガは、少し考えた後で小さく頷く。


「レイ君が力を貸してくれるなら何よりだよ。報酬の件に関しても了解した。ただ、まずはアジトを聞き出さないといけないだろうね」


 ランガの口から出た言葉に、レイや周囲にいる者達も頷く。

 そんな中、ランガと行動を共にしていた騎士が前へと進み出る。


「レイだったか。君が協力してくれるのならありがたい。ダスカー様の心遣いに感謝しなければな」


 その騎士の顔にも見覚えはある。ベスティア帝国との戦争の際に何度か話した顔だった。

 騎士の様子に小さく安堵の息を吐くレイ。

 基本的に騎士というのはプライドが高く、面子を重んじる。

 自分達の狙っていた盗賊を冒険者が倒したと知れば、それを認めようともせずに絡んでくる者もいただろう。

 だが、辺境の騎士だからと言うべきか、あるいはダスカーの部下だからと言うべきか。

 ともあれ、目の前にいる騎士やその仲間はその辺に拘る者はいないか、いても少なかったらしい。


「それで、早速だけどそいつらからアジトの場所を聞き出して攻め込みたいと思うんだが……可能か?」


 面倒なことは出来るだけすぐに片付けたい。

 そんな思いで口にしたレイの内心を理解しているのだろう。ランガは小さく笑みを浮かべて頷きを返し、部下に向かって目配せをする。

 目配せを受けた討伐隊の兵士はそれだけで何を指示しているのかを理解したのだろう。盗賊達を引っ張って商人達の見えない場所へと連れて行く。

 尋問、あるいはそれでアジトの場所を口にしなければ拷問。そのようなものを一般人である商人の目に見せたくないという思いからの行動だったが……その気遣いは、全くの無意味だった。

 盗賊達を引っ張っていった兵士がすぐに戻ってきて、どこか困惑したかのように口を開く。


「隊長、その……アジトの場所が判明しました」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る