第542話

 グルッソ、クラージュ、コノミルの3人は、それぞれ信じられない面持ちで自分達を圧倒したレイへと視線を向けている。

 1対1での模擬戦で負けたのは悔しいが理解出来た。

 だが、自分達が3人で相手が1人であったにも関わらず、殆ど何も出来ないままに自分達が負けたのだ。

 幾ら新人だからといって……特にグルッソとクラージュの2人は新人なりに自分達の戦闘力には自信があっただけに、余計に信じられなかったのだ。


「……」


 だが、そんな中でグルッソよりも早く我に返ったクラージュは、周囲の様子を素早く確認する。

 レイと戦ってみろと言ったミレイヌや、そのパーティメンバーのスルニン、エクリルの2人もレイが勝って当然と言った顔をしているし、訓練場で訓練をしていた他の冒険者もレイの戦いを見ながら特に驚いた表情を浮かべている者はいない。


(つまり、彼はそれだけの実力者?)


 そんなクラージュの内心を読み取った訳ではないだろうが、ミレイヌは全員の注目を集めるように手を叩いて口を開く。


「さて、自分の実力はきちんと理解出来たわね? それと、見ての通り彼のような外見をしていても、決して見かけ通りの実力って訳じゃないのもね」

「ミレイヌさん、彼は一体……」


 戸惑うようなクラージュの言葉に、これ以上焦らしてもしょうがないと判断したのだろう。ミレイヌはそのままレイへと視線を向け、口を開く。


「そうね、いつまでも名前を伏せたままだと気になってしょうがないか。彼はレイ。ランクB冒険者よ。ギルムで冒険者をやっていこうって思っているのなら、名前くらいは聞き覚えがあるわよね?」

「レイ? ……レイ? 知ってるか?」


 そんなミレイヌの言葉とは裏腹に、聞き覚えがなかったのだろう。グルッソは隣にいるクラージュへと尋ねる。

 だが……そのクラージュはと言えば、目と口を大きく開いて驚愕の表情を浮かべたままレイへと視線を向けていた。

 それはコノミルも同様で、いつもはオドオドとした表情を浮かべている顔に現在は驚きのみが浮かんでいる。


「ランクB冒険者のレイって……深紅!?」

「はぁっ!?」


 突然隣で呟かれたその言葉に、グルッソは反射的に大きく目を見開いてレイへと視線を向けた。

 深紅。それは春の戦争で二つ名を貰う程に活躍した冒険者の名前なのだから。

 グルッソ自身もミレアーナ王国に戦争を仕掛けてきたベスティア帝国を相手に、1人で全てを焼き殺したという噂話を聞いて興奮したものだ。

 その噂話を聞いたグルッソが想像していた深紅の姿というのは、筋骨隆々の大男というイメージであり、自分の目の前にいるような小柄な男……というよりも少年では絶対になかった。

 そう思ったのはグルッソだけではない。レイが深紅であると判断したクラージュも、そしてコノミルの2人も同様だった。


「えっと……冗談か何かですか?」


 恐る恐るといった具合に尋ねてくるクラージュに、エクリルは小さく溜息を吐いて口を開く。


「そう思う気持ちは分かるけどね。……ここに来る時、ギルドの近くでグリフォンのセトの姿を見なかった? レイは昨日久しぶりにギルムに帰ってきたから、ミレイヌさん程ではないにしてもセトを可愛がっている人達が押しかけてたと思うんだけど」


 チラリ、と言葉の最後でミレイヌの方へと視線を向けて告げるエクリル。

 ミレイヌがセトに入れあげているのは既に公然の秘密……とすら言えないものだ。

 普段はそれなりに頼れるパーティリーダーなのだが、セトが絡むと一気に駄目になる。

 下手をすればセトが好きすぎて、セトと結婚したいと言い出しかねない程に。


「えっと、そう言えばギルドの従魔用スペースに人混みがありましたが、訓練場まで急いでいたので……」

「ああ、そう言えば確かに人が集まってたな」

「……うん」


 ここに来る途中での出来事を思いだしながらクラージュが呟くと、他の2人もそれに同意したように頷く。


「ん、コホン。つまりはそういうことよ。彼が正真正銘深紅の異名を持つランクB冒険者のレイ。……レイの場合は色々と特殊だけど、冒険者としてやっていくうえで見かけだけで判断は出来ないってのははっきりしたでしょ? 勿論今のレイとは逆に、筋骨隆々の大男でも実際の腕は大したことのない見かけ倒しってこともあるから」


 セトの件で落ちた自分の評判を再び上げようとしてそう告げたミレイヌだったが、既に新人3人の視線はレイへと向けられている。

 冒険者の殆どがランクCやDで引退していく中で、ランクAやランクBといった高ランク冒険者というのは非常に少ない。

 その高ランク冒険者をこうして間近で見ることが出来るというのは、新人にとっては幸運と言ってもよかった。

 特にレイの場合、人混みを嫌ってギルドに出向くのも普通の冒険者がギルドに集まる時間から外れているので尚更だ。


「その、深紅は身の丈以上もの巨大な鎌を武器にしているって話を聞いたんですが……」

「ん? ああ、これだな」


 レイはクラージュのどこか期待するような視線を受け、ミスティリングからデスサイズを取り出す。

 突然どこからともなく現れた大鎌に、再び目を見開く3人。


「これが……深紅の振るう死神の大鎌」

「俺のバトルアックスとか比べものにならない程にでかい……」

「ふわぁ」


 グリフォンのセトと並び、深紅の象徴として知られている大鎌。

 鎌というのは決して使いやすい武器ではないだけに、使っている者も非常に少ない。それだけに、ここまで間近で大鎌を見るというのは普通に冒険者をしている限りではまずない。


「……ん?」


 そんな風にデスサイズを3人に――訓練場にいる他の冒険者もだが――見せていたレイだったが、不意に自分の方に早足で歩いてくる人影に気が付く。

 頭の上についている特徴的な猫耳と派手な顔立ちは、それが誰なのかがすぐにレイにも理解出来た。


(ケニー?)


 そう、その人物はギルドの受付嬢でもあるケニーだった。

 ミレイヌ達も気が付いたのだろう。訝しげな視線をケニーに向けるが、本人はそれを完全に受け流してレイへと向かって話し掛ける。


「レイ君、レイ君。ちょっと呼び出しが掛かってるわよ。至急領主の館まで来て欲しいって」

「領主の館まで?」


 その言葉に驚き、反射的にレイの方へと視線を向けたのは新人の3人組。

 ミレイヌ達は既にレイがダスカーとそれなりに親しい関係にあると知っていたが、貴族の血筋であるクラージュにしてもギルムの領主であるダスカーとは面識がなかったのだから、


「……なるほど」


 そんな驚きの視線を気にした様子もなく呟くレイ。

 自分が呼び出された大体の理由が想像出来たからだ。

 恐らくはベスティア帝国の件で何か進展があったのだろうと。


「もしかして、レイ君の言ってた急用ってこれ?」

「そんなところだ。悪い、ミレイヌ」

「ええ、構わないわよ。模擬戦に関しては十分に見せて貰ったし。そっちも今何をやっているのかは分からないけど、気をつけてね」


 そこで一旦言葉を句切り、不意に強烈な圧力を感じさせる口調で言葉を続ける。


「いい? く・れ・ぐ・れ・も、セトちゃんに痛い思いをさせたりはしないように。もしそんな真似をしたら……分かってるわよね?」

「あー……ああ、分かってる分かってる。勿論その辺は十分に気をつけるから、心配しないでくれ」


 ミレイヌから発せられる謎のプレッシャーに押されるようにそう告げ、デスサイズをミスティリングへと収納すると足早に訓練場を出て行く。


「あ、ちょっと待ってレイ君。途中まで私も一緒に行くから」


 訓練場からギルドまでのほんの短い距離であっても、レイと一緒に歩きたいという思いからケニーはその場を後にする。

 ……もっとも、ミレイヌの発しているプレッシャーから退避するという目的もあったのだが。


「……さて。レイもいなくなったことだし、私達は私達のやるべきことをやりましょうか。何度も言ってるけど、くれぐれも相手の見かけだけで強さを判断しないように。新人の頃に一番陥りやすい罠だからね」

「え? その、今のレイ……いえ、レイさんに関してはいいんですか?」


 当然のように話を進めるミレイヌに思わずクラージュがそう尋ねるが、戻ってきたのは無言で視線を逸らすという返答だけだった。


「まぁ、彼は色々な意味で規格外ですから。そのうち気にならなくなりますよ」


 こちらも何故か遠い目をしながらスルニンが告げ、これ以上突っ込んでも碌なことにはならないだろうと判断した新人3人は、黙って明日のゴブリン討伐についての注意事項へと意識を集中する。






「は? 盗賊の討伐……ですか?」


 領主の館に戻ってきたレイは、ダスカーの口から出た予想外の言葉に思わず尋ね返す。

 急に呼び出された以上、ベスティア帝国の件だとばかり思っていたのが、その用件が全く関係のない盗賊退治に関してだったからだ。


「そうだ。レイが知っているかどうか分からんが、現在アブエロの近隣に大きな盗賊団が出没している。どうやらどこか他の場所から流れてきたらしい」

「確かに辺境だと旨味も多いでしょうから、分からないでもないですが……」


 辺境にしか存在しないモンスターや素材、あるいはそれらを使ったマジックアイテムや武器防具。他にも非常に美味な高ランクモンスターの肉といった代物を運ぶ商人や商隊は、楽をして金を稼ぎたい盗賊にしてみれば極上の獲物以外の何物でもないだろう。

 もっとも辺境に近い場所となれば強力なモンスターも存在するし、商人達にしても冒険者を護衛に雇うことは珍しくもない。

 辺境での盗賊行為というのは、ハイリスクハイリターンとしか言えないような行為だった。


「ですが、騎士団や警備隊の者達を派遣しているのでは? ランガも派遣されていると正門の警備兵に聞かされましたし」

「その通りだ。だが、自分から進んで辺境にやってくるだけあって相当に腕の立つ者達らしくてな。何よりもかなり高い機動力を持っていて、討伐隊もまだ接触出来ていないらしい。その援軍を頼みたい。……その代わりと言っては何だが、盗賊団が蓄えているだろう荷物の中からお前が好きな物を持っていってもいい。……当然限度はあるがな」

「なるほど……それが報酬ですか。確かにその点は俺にとっても美味しいですね」


 呟いたレイの言葉に、ダスカーが頷く。


「そうだ。辺境に来ていた商人や旅人達から奪った代物だ。当然それなりに価値がある物が多いだろう。……もっとも、お前は金に関してはそれ程執着が無いからな。俺がやったマジックテントみたいなマジックアイテムを欲するのだろうが」


 そこまで告げ、ふと何かに気が付いたように意味ありげな視線をレイへと向ける。


「そう、ですね。確かに金銀といったものよりもマジックアイテムの方に興味は引かれますが……」

「ふむ、そうなると……どうだ? 辺境を襲っている盗賊だから、お前好みのマジックアイテムがある可能性は高いぞ?」

「そう……ですね」


 ダスカーの言葉に悩むレイ。

 勿論マジックアイテムに関しても魅力的だが、これまで色々と世話になったダスカーに対する恩返しという意味でも既に断るつもりはなかった。

 空を移動出来るセトと、地上を移動するヴィヘラやテオレームとの移動速度を考えても、まだ大分余裕があるという理由もあっただろう。


「ただ、出来れば今回の件はギルドを通して指名依頼という形にして貰えると助かるのですが」

「分かった、その辺はこっちで手を打っておこう」


 レイの言葉を聞き、ダスカーは執務机の背もたれに体重を掛けて安堵の息を吐く。

 辺境であるギルムにとって、盗賊の被害が多くなり商人がやってこないとなると厄介なことになるのは間違いなかったからだ。

 だが、レイという存在が出張る以上は、既に盗賊団の行く末は決まったも同然だった。


「これをランガに渡してくれ。そうすれば事情を理解してくれる」


 そう告げ、執務机の上に置かれたのは1通の手紙。


「随分と準備がいいんですね。俺が断るとは思っていなかったんですか?」

「マジックアイテムの収集という趣味があるレイが、それを手に入られる好機を見逃すとは思わなかったからな」


 お前の趣味はお見通しだとばかりに告げてくるダスカーに、レイは苦笑を浮かべて手紙をミスティリングへと収納する。


「分かりました。では、早速ですがアブエロに向かわせて貰います」

「……ああ、頼んだ」


 ラルクス辺境伯としての表情を浮かべるダスカーに小さく頭を下げ、レイは執務室から退室するのだった。

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