第541話
グルッソの問い掛けに、ミレイヌは内心で引っ掛かったと思いつつレイに視線を向ける。
バトルアックスのグルッソ、槍のクラージュ、弓のコノミル。
気が弱いコノミルや慎重さを持っているクラージュはともかくとして、グルッソは自分の力に自信を持っている。
勿論自らの力に自信を持つというのは冒険者には必須だろう。だが、その自信も過度であれば害にしかならない。
特にグルッソの場合は中途半端に高い戦闘力を持っている為に、その傾向が強かった。
このままでは遠くないうちに手痛い目に遭う。そう判断したミレイヌが、レイという存在を見て思いついたのが今回の件だった。
(決してセトちゃんを独り占めしている羨ましさからだけじゃないのよ)
自らに言い聞かせるように内心で呟き、バトルアックスを構えているグルッソと向かい合っているレイへと声を掛ける。
「武器はどうするの?」
「ん? それは勿論……」
そう言いながら、手首に嵌まっているミスティリングを見せたレイに、慌てて口を開くミレイヌ。
「待った。こっちで用意するわ。一応訓練場にも刃を潰した武器とかはあるし」
「……まぁ、そっちがそれでいいのなら、構わないが」
ミレイヌはミスティリングからデスサイズを取り出そうとしたレイを止めることに成功して安堵の息を吐く。
アイテムボックスという存在の稀少さを考えれば、それを持っている冒険者というだけでレイが誰なのかを特定出来てしまうだろう。
幸いグルッソ達3人はこの20日程前にそれぞれギルムに来たばかりであり、ギルムでは有名人でもあるレイの顔を知らない。
グリフォンのセトと一緒にいれば……あるいは、レイの代名詞でもあるデスサイズを持っていれば目の前にいるのが深紅だとグルッソ達にも理解出来たかもしれないが。
「さ、これでいいでしょ。まずはグルッソとね。模擬戦は私から見て勝負がついたと思ったらそこで止めるから、くれぐれも相手に対して致命的なダメージは与えないように。いいわね?」
エクリルが持ってきた刃の潰れた剣をレイに持たせ、グルッソと向かい合わせミレイヌが注意を口にする。
その大半がレイに向かって言っているのだが、それを見たグルッソは当然面白くない。
ミレイヌの言動を考えれば、この模擬戦で絶対に自分が勝てないと判断しているように思えたからだ。
周囲の者達が、自然とレイとグルッソから離れて戦いに問題無いだけの空間を広げていく。
「分かった。なら始めようか」
そう呟いたレイの口調からも、自分をまるで相手にもしていないような態度を感じ取ってグルッソの頭には急激に血が上っていく。
グルッソの様子を理解してはいるのだろうが、ミレイヌは気にした様子もなく開始の合図を口にした。
「始め!」
「うおおおおおっ、手加減なんて期待するんじゃねえぞっ!」
グルッソは、開始の合図と共にバトルアックスを振り上げてレイとの距離を縮めていく。
大きく振り上げられたバトルアックスの一撃は、確かに大きな威力を持つだろう。
……ただし命中すれば、だ。
「甘い」
袈裟切りに振るわれたバトルアックスの一撃を、小さく後ろに1歩退いただけで回避する。
目の前、ほんの数cmの場所を通り過ぎて訓練場の地面に振り下ろされるバトルアックス。
踏み固められている土を砕いた威力は、確かに新人としては悪くなかった。
「大ぶりが過ぎるぞ」
殆ど何の気配も発しないままに突き出された剣の切っ先が、グルッソの喉元へと突きつけられる。
もしレイが本気で攻撃するつもりであれば、あっさりと自らの首を剣先が貫いただろうことを想像してグルッソは動きを止める。
「え? ……あれ? 負けた、のか?」
「ただでさえ斧系の武器は重量があるだけに大ぶりになりやすいんだ。そこで頭に血が上っているとしても、更に大ぶりになってどうする。もっと動きの無駄を減らすようにしろ。……次」
禄に刃を交えることもなく、容易く自分が負けたということが信じられない様子で呟くグルッソをそのままに、レイは次の相手をミレイヌへと促す。
「いやいや、容赦ないわね。……次、クラージュ。始め!」
「分かりました。グルッソとの戦いを見た限り相当の腕前とお見受けしますし、本気でいかせて貰います!」
ミレイヌからの合図と共に、クラージュはレイとの間合いを計って槍を突き出す。
新人とは思えない程の鋭さを持つ槍捌きに、レイは剣で穂先を打ち払いつつ内心で感嘆したように呟く。
(槍捌きに関しては新人離れしているな。……貴族の出だってことだったし、実家にいる時に習ってたのか? 槍を振るう姿も様になっているし)
そんな風に思いつつ、幾度となく突き出される槍の穂先を軽々と捌いていく。
確かに新人離れした技量ではあるが、同じ突きでも少し前に戦ったオリキュールの突きはこれとは比べるのが間違っていると言わんばかりの速度と鋭さを持っていた。
それだけに、今のレイにとってはこの程度の突きは片手間であしらえる程度でしかない。
連続で突き出される突きの全てを刃の潰れた剣で弾いていく。
もしも剣に刃がついていれば、あっさりと穂先を切断されている、とクラージュ自身が判断して内心で歯噛みをする。
確かにグルッソ程に感情を表に出す方ではないが、それでもクラージュとて冒険者としてやっていこうと思っているのだ。自分の槍がこうも簡単に捌かれて面白い筈もない。
いや、寧ろ小さな時から修練を積んできた槍が全く通じないというのは、グルッソが受けたよりも大きな衝撃を与えていた。
「はぁぁっ!」
そんな思いを込めた一撃。
だが、その一撃も刃の潰された剣であっさりと弾かれ、気が付けば何故かレイは自分のすぐ横に。それも先程のグルッソ同様に剣の切っ先を首へと突きつけられている。
「……参りました」
自分の出せる最大の力を出しても、全く相手にもされない程に手玉に取られた。
いっそ笑うしかないと思える程の心境でクラージュはそう呟く。
「ん、槍の扱いは中々だ。ただ、長年稽古してきた弊害だろうが、一定の型に沿って動いている。人を相手にする時はそれでもいいかもしれないが、モンスターは予想外の動きをしてくる相手も多い。その辺に気をつければ、お前なら一足飛びに槍の腕前は上達するだろう」
「ありがとうございます」
槍を手元に戻し、クラージュは深く一礼する。
「その、こう見えても私はそれなりに自信があったんですが……こうも完全に押さえられてしまうとは思いませんでした。よろしければお名前を……」
「はい、待った待った。この子の名前についてはまた後でね。まだ模擬戦の相手が1人残ってるでしょ」
クラージュの言葉に割り込んだミレイヌが、コノミルの方へと視線を向けながらそう告げる。
だが肝心のコノミルはと言えば、ミレイヌに視線を向けられた瞬間には落ち着かない様子でキョロキョロと視線を動かす。
「その、僕も……やらなきゃ駄目ですか?」
「当然でしょ。大体、その為に今日はここに来て貰ったんじゃない」
「でも僕の弓なんて、クラージュ君の槍が当たらなかったような人には……」
「いいから、さっさと準備しなさい! あんたの場合は弓術士なのを考えて、模擬戦の開始場所を今までよりも遠くするから」
「でも……」
「いいから、早くしなさい? 私が笑顔でこうしているうちにね?」
コノミルの態度に業を煮やしたのだろう。笑みを浮かべつつも、爆発3秒前といった感じで告げるミレイヌ。
それはどちらかといえば最後通告のようでもあり、ひぃっと情けない声を上げたコノミルは急いでレイから距離をとる。
この辺で真っ直ぐに逃げず馬鹿正直にミレイヌの言いなりになる辺り、コノミルの気弱ながら生真面目な性格が表れているのだろう。
「本当にやるのか?」
「当然でしょ。あの子だけ技量を確認出来ないままだと、危ないかもしれないし」
「……分かったよ」
ミレイヌの言葉に押し切られ、20m程の距離を取ってお互いに向かい合う。
そんな状態であっても、コノミルの視線はレイに向けられることなく微かに逸らされていた。
(ここまで気弱な性格で、冒険者としてやっていけるのか?)
大人しいという意味ではエグジルで出会ったビューネも相当なものだったが、それでも大人しいだけではなく気の強さもあった。
10歳の少女よりも大人しく気弱そうに見えるコノミルの姿に本気で心配しそうになるレイだったが、それでもコノミルが自分で選んだ職業だというのは確かである以上、それを表に出すような真似はせずに黙って向かい合う。
「始め!」
ミレイヌの口から開始の合図がされ、同時に飛んでくる矢。
まだ新人だけあって矢の速度はそれ程速くはないし、速射にも見るべきところはない。
自分目掛けて飛んでくる矢を剣を振るって叩き落とし、そのまま距離を縮め……やがて5m程の距離まで近づいたところでコノミルは弓から手を離して両手を挙げ、降参の合図をする。
「ま、参りました!」
「……だ、そうだが?」
「あー……しょうがないわね」
頬に手を当てながら溜息を吐くミレイヌ。
やがて何かを考えるように目を瞑り、手を大きく叩いて注目を集める。
「はい。まぁ、大体貴方達の実力は分かったわ。全員集合!」
その言葉に、レイも含めて全員がミレイヌの側まで移動する。
「そう言えばコノミルにだけアドバイスをしてないようだけど?」
チラリ、とコノミルの方を見ながら尋ねてくるミレイヌに、レイは小さく首を横に振る。
「バトルアックスや槍みたいな武器なら、まだ多少のアドバイスは出来る。けど、弓となれば完全に専門外だ」
そもそも、レイの場合は弓を使うということは皆無だ。距離がある時の攻撃方法は魔法や槍の投擲、あるいはデスサイズの飛斬といったものがあるのだから。
幾度かレイと行動を共にしたミレイヌも、すぐに納得したのだろう。特に何も言い返さずに小さく頷きだけを返す。
「ただ……冒険者を続けるのなら、その気弱な性格は治した方がいいと思うけどな」
それだけを告げると、ミレイヌは再び小さく頷いてから口を開く。
「さて、見た目と実力が一致しないというのは理解したでしょ? じゃあ、最後に3人掛かりでやってみましょう」
「まだやるのか」
そう言葉を返したのはレイ。
だが、ミレイヌはそれを流しつつ新人達へと尋ねる。
「で、どう? 3人掛かりだと卑怯だとか言う?」
「言いませんよ。あれだけ実力の違いを見せつけられたんですから」
クラージュが槍を握りながら言葉を返すと、グルッソも無言で頷いて同意を示す。
最後のコノミルはと言えば、数秒程迷ったようだったがやがて2人に視線を向けられると、流されるように頷く。
「じゃ、決まりね。お互いに距離を取って。コノミルは2人より離れてね」
レイの抗議を聞き流し、ミレイヌはどんどんと話を進めていく。
もっともレイにしても暇潰しを兼ねてのことなので、言葉程に嫌がってはいない。
先程から使っている剣を持って少し離れた位置へと陣取る。
「準備はいいわね? じゃあ最後の模擬戦……始めっ!」
開始の言葉と同時に、レイへと向かってコノミルから矢が放たれた。
先制の一撃ではあったが、その矢はあっさりとレイの剣によって叩き落とされていく。
「うおおおおっ!」
レイが矢を防いでいるチャンスを逃して堪るかとばかりに、グルッソが雄叫びを上げながらバトルアックスを振り下ろす。
だが、レイは半身を後ろに引いただけでバトルアックスを回避し、地面に叩きつけられたバトルアックスを踏みつけて動かせなくしながら、剣をグルッソの首へと突きつけようとして……
「何度も同じような攻撃を!」
自分の首に何かが迫ってきていると判断した瞬間、グルッソはバトルアックスの柄から手を離して後ろへと後退。
それを援護するかのようにクラージュが槍を突き出す。
「なるほど」
咄嗟にしてはそれなりに連携が取れていることに感心しつつも、素早く剣を引き戻して槍の穂先を真上に撥ね上げ、同時に地面を蹴って後ろへと下がっていたグルッソとの距離を詰め、改めて首筋へと剣を突きつける。
近づいてくるのは目で追えていたものの、全く身体が動かなかったことに驚きつつ、グルッソは死亡扱いになった。
背後から再び突き出された槍の突きに、身体を反転させながら先程と同様に剣で打ち払っていくレイ。
その隙を狙ってコノミルも矢を放つのだが、それらは全て叩き落とされていた。
そうして行われるのは先程戦った時と同様の結果。
連続した突きの一連の継ぎ目を縫うかのような、そんな一瞬で懐に入り込まれてクラージュの首筋に剣先が突きつけられ、幾本も放った矢を全て叩き落とされたコノミルの首筋にも剣先が突きつけられ、模擬戦は終わるのだった。
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