第536話

 エグジルを旅立ってから2日程。グリフォンであるセトの速度で空を飛んで移動出来るレイ達は、既にエグジルからは遠く離れた場所までやってきていた。

 即ち……


「盗賊をやってる割には大して溜め込んでないな」


 盗賊のアジトへと。

 何故レイがここにいるのかと言えば、話はそれ程難しくはない。

 エグジルからギルムへと向かっている旅の途中で地上が騒がしいのに気が付き、そちらへと視線を向けると、そこでは数台の馬車が馬に乗った集団に襲われていたのだ。

 耳を澄ませて馬に乗っている男達が馬車に向かって怒声を発しているのを聞き、盗賊と判断。

 既に盗賊は退治するべき存在として認識しているレイは、そのまま空中から飛斬や炎の魔法を放ちつつ馬車を襲っていた盗賊の殆どを倒すことに成功する。

 尚、盗賊は馬に乗っている者達の他にも商隊の進行方向に隠れていた者達もいたが、セトの視覚や聴覚、嗅覚から逃れられる筈もなく、こちらもレイの上空からの絨毯爆撃ともいえる攻撃によってあっさりと全滅してしまう、

 その後、馬車が商隊であることが判明した後、レイは生き残っていた盗賊を尋問してアジトの場所を吐かせて商隊の護衛と共にアジトを急襲した。

 レイとしては自分1人……より正確には自分とセトだけで十分盗賊を殲滅出来るので、援軍はいらなかったのだが……それでも恩返しと、盗賊を排除しておきたいと商人や護衛達に懇願され、断るのも面倒くさくなってそのまま連れてくることになった。

 尋問によって襲ってきた盗賊達の戦力がこれで殆どであり、アジトに残っているのは数名の留守番だけというのを知ったのも影響していたのだろう。

 盗賊の持っているお宝を得られるかもしれないと。

 護衛が護衛対象を放り出してもいいのかと考えたレイだったが、肝心の護衛対象でもある商人達が賛成した為に、何があっても責任は持てないと忠告してアジトへと向かった。

 結局尋問で得た情報通りに留守番に残っていたのは数名だけであり、そちらは護衛達があっさりと捕縛。商隊を襲っていた中でも生きている者達と同様にこれから向かう街で奴隷として売り払うらしい。

 勿論、その分の料金は幾分かの謝礼金も込みで既にレイに支払われていたが。


「いやいや、そうでもないですよ。この規模の盗賊団としてはそれなりのものかと」


 満面の笑みを浮かべた商人が、レイに向かってそう告げる。

 商人達にしてみれば、自分達は殆ど何の苦労もせずに盗賊が溜め込んでいたお宝を合法的に自分達の物に出来るのだから、それがレイにとって興味を持つような物ではないというのは大歓迎なのだろう。


「約束通り先に俺が欲しいのを貰っていくけど、構わないか?」

「ええ、どうぞ。ただ、こちらのことも少し考えて貰えれば……」


 言いにくそうにしながらも、自分の要望に関してはきっちりと口にする辺りは商人として当然なのだろう。


「安心しろ。さっきも言ったが、ここに残っているお宝の中で俺が欲しいのは殆どないからな。残りは迷惑料代わりにお前達が貰っておけ」


 そう告げ、宝物庫……というよりも倉庫と表現すべき場所を見渡す。

 元々がそれ程大きい盗賊団ではなかったということもあり、そこにあるのは銅貨や銀貨の入った革袋、あるいは服や食器、武器、防具といったものが殆どだ。

 それらを見たレイは、迷わず武器が纏めて置かれている場所へと向かって槍をミスティリングに収納していく。

 投擲用の残弾に関しては一応エグジルの武器屋や鍛冶屋で補給してはあったが、それでも余裕はあればあっただけ良かったからだ。

 同時に、短剣の類も全て回収する。

 こちらはモンスターの素材を剥ぎ取るのに使う消耗品としてだ。

 もっとも、槍や短剣にしてもそれ程在庫の数は無い。

 盗賊が使っている物の残りである以上、ある意味当然ではあった。


「ま、このくらいでいいか。残りは好きにしろ」

「……本当によろしいのですか? その……」


 盗賊達に襲撃された時にデスサイズを取り出したりしているのを見たが、改めてこうして目の前で見せられたアイテムボックスという存在に商人達が目を奪われていた。そんな中でレイの呼びかけで我に返り、商人の1人がチラリと銅貨や銀貨の入っている革袋へと視線を向けながら尋ねる。

 商人達にしてみれば、ソロの冒険者であるレイが真っ先に選ぶのは金だとばかり思っていたのだ。

 だが、選んだのは槍と短剣のみ。

 そのことにどこか唖然としながら尋ねてくるのに、問題はないと頷く。


「金にはそれ程困ってないしな」


 レイの口からでたその言葉に、商人達が向ける視線は感心半分、呆れ半分というものだった。

 商人にしてみれば、金というのは幾らあってもそれで満足出来るものではない。多ければ多い程いいのだ。

 もっとも、金を得るにしても不正を働くような真似はしないが。

 少なくても、この場にいる商人達はそのような常識を持っている。

 だがレイにしてみれば、エグジルのダンジョンで得た素材や魔石を売った金、あるいは異常種の死体や情報をボスクに渡して受け取った資金で非常に懐は暖かい。


「分かりました、ではそのように。それで、その……レイ殿はこれからどうするので?」

「どう、とは?」


 質問の意味が分からない、とばかりに尋ねるレイ。


「ですから、これからどちらに向かうかということなのですが……もし向かう方向が一緒なら、私達と一緒に行動してみてはどうかと」


 その言葉に、他の商人達も名案だとばかりに頷く。

 護衛として雇われている者達は若干不満そうな表情を浮かべていたが。


「……ああ」


 その言葉でレイは商人達の目論見を察する。

 上空から盗賊達を一掃した戦力があれば、旅の安全は約束されたも同然なのだから。

 1人と1匹で護衛として雇われている者達全ての力を上回っていると証明してみせただけに、商人達にしてみれば是が非でもレイを護衛として雇いたいのだろう。


「勿論相応の報酬はお支払いします。どうでしょう?」


 そんな問い掛けに、レイは黙って首を横に振る。


「悪いが、これでも色々と急いでいる身でな。今回助けたのは、あくまでも偶然の結果だ」

「そこを何とかお願い出来ませんか?」

「悪いな、なるべく早くギルムに行きたいんだよ」


 短くそれだけを返すと、レイに話し掛けていた商人はやがて小さく溜息を吐く。


「分かりました、そこまで急いでいるのならこれ以上何を言っても無駄でしょう。……レイ殿、この度は私達を助けて頂き、ありがとうございました。商隊の長として、お礼を言わせて貰います」


 そう告げながら深々と頭を下げると、それに従って他の商人達や護衛も頭を下げる。

 その言葉を背に、レイは盗賊のアジトとして使われていた洞窟から出て行く。






「グルルゥ?」


 翼を羽ばたかせ、夏の真っ青な空を飛びながらセトが後ろを向いて喉を鳴らす。

 その円らな瞳に浮かんでいる、お腹減ったというお願いに負けたレイは、ミスティリングから干し肉を取り出してセトへと与える。


「グルルルルゥ」


 嬉しそうに干し肉を食べながら羽ばたかせる翼。


「器用なもんだよな」


 後ろを見ながらでも、セトの飛行速度や進路には一切のズレがない。

 本能として飛ぶということを理解しているからこその行動なのだろう。

 何となくセトの首を撫でながらそんな風に考えるレイ。

 それが嬉しかったのか、セトは高く鳴きながら大きく翼を羽ばたかせ、飛行速度を更に上げる。

 地上にいた何らかのモンスターが、セトの鳴き声を耳にした途端逃げるように森の中に入っていくのを見やりながら、レイの口には小さな笑みが浮かぶ。

 夏の盛りも過ぎ、次第に秋へと向かいつつあるのだが、それでもまだ夏は夏だ。

 朝や夜が多少涼しくなってきたとしても、日中に強烈な日差しが降り注ぐのは変わらない。

 遠くの空には入道雲が浮かんでおり、しみじみとレイに季節を実感させる。

 ドラゴンローブのおかげで暑さは殆ど感じないまま、曲がりくねっている街道をショートカットするようにして進んでいき……そうして、やがて眼下に1つの街が見えてくる。

 そう、辺境にある唯一の街、ギルムが。


「グルゥ、グルルルルゥッ!」


 久しぶりに見るギルムの姿に、セトが嬉しそうに高く鳴く。

 地上でその声を聞いた数種類のモンスターが、襲われては絶対に勝ち目が無いと判断して近くの森へと逃げ帰っていく。

 中にはお互いにお互いを食らい合おうとして戦っていたモンスターもいたのだが、セトの声を聞いた途端にそれぞれが別の方向へと逃げ去る。

 ……もっとも、最大の問題はやはり街道を進んでいた旅人や商人、冒険者達だろう。

 殆どの者はギルムのマスコットキャラに近い扱いとなっているセトという存在を知っている者達ばかりだったが、中にはつい最近ギルムに来た者や、あるいは初めてセトの……より正確にはグリフォンの姿を見る者も何人かいた。

 そうした人々が慌てて逃げようとしているところを事情を知っている者達に聞かされ、さすが辺境と驚きの声を上げる。

 空高くを飛んでいるセトをきちんとセトと認識出来たり、あるいはその鳴き声でセトと認識出来るのは、やはりセトという存在がそれだけギルムでは広く知れ渡っているからなのだろう。

 ともあれセトはそのまま翼を羽ばたかせ、ギルムから少し離れた場所に着地してから正門へと向かう。

 本来であれば正門に直接降下すればいいのだが、以前にその辺を注意されてからは気をつけるようにしていた。


「おお、やっぱり。セトとレイじゃないか。随分と久しぶりだな」


 歩いてきたレイとセトへと視線を向け、笑みを浮かべながらそう告げたのは、レイにとっても顔見知りの警備兵の1人だった。


「ちょっとエグジルまで行ってたから」

「エグジルってーと……確か迷宮都市だったか。話には聞いてたけど、実際行ったことはないな。目的はダンジョンか?」

「ま、そんなところだ。ちょっと目当てのものがあってな」


 会話を交わしつつ、ギルドカードを差し出すレイ。

 警備兵の方も、慣れたとばかりにそれを受け取り街へと入る手続きを進めていく。


「それよりもランガはどうしたんだ?」


 半ば自分の専属に近い扱いになっていた警備隊隊長の姿が無いことに尋ねると、警備兵は手続きをしながらも肩を竦めるという器用な真似をしてみせる。


「隊長ならちょっと用事があってな。3日くらい前からアブエロに行ってるよ」

「アブエロ?」


 ギルムから最も近い位置にある街の名前が出てきたことに首を傾げつつ、先を促す。


「ああ。何でもちょっと厄介な盗賊団が出たらしくてな。その援軍として騎士を数名と警備隊からもランガ隊長を始めとして何人かが派遣されたんだ」

「盗賊、か。ギルム周辺だと盗賊の心配はあまりしなくてもいいんだけどな」

「確かに。この近辺で盗賊をやれるような実力があるんなら、普通に冒険者として稼げるだろうし。っと、ほら。ギルドカードと従魔の首飾り」


 辺境にあるギルムは、当然その分モンスターの数も多い。いや、数だけではなく種類も多いのだ。

 生半可に腕の立つ冒険者であっても、ギルムの外で野宿をしたいと思う者は多くないだろう。

 手続きが完了して戻ってきたギルドカードをミスティリングへと収納し、従魔の首飾りをセトの首へと掛ける。

 それが終了すると、セトと共に正門を潜ってギルムの中へと入っていく。


「グルルルゥ」


 お腹減ったと喉を鳴らすセトに促されるように、正門近くの屋台へと行き……


「おお、セトじゃないか。それにレイも。戻ってきたのか。どうだ、今日の串焼きはとびっきりの美味さだぞ」


 屋台の店主のそんな声が周囲に響き、多くの視線がレイとセトへと向けられる。


「おお、セトだ」

「確かに、セトだ」

「相変わらず可愛いわね」

「最近セトを見なかったけど、ようやくセトに会えた……」

「セトちゃん、サンドイッチ食べる?」

「あ、レイもいる」

「本当だ」

「わーい、セトちゃんだセトちゃん。ねえねえ、遊ぼうよ」

「あ、ずるいぞ。僕だってセトちゃんと遊びたいのに」


 そんな風に話ながら、多くの通行人や屋台の店主、あるいは近くを通りかかった冒険者や子供が集まってくる。

 ……その殆どの目当てがセトであり、レイがおまけ的な扱いなのは、セトのギルムでの立場を考えれば当然なのだろう。

 だが、だからと言って正門前でこのような騒ぎになれば他の通行人の邪魔になるのは事実であり……


「ほらほら、あまりそこに集まるな。セトは逃げないから、取りあえず散った散った」


 正門の警備兵にそう注意されるのだった。

 残念そうにしながらも、それを素直に聞いて散っていく人々。

 勿論ただで散っていくのではなく、持っていた干し肉やサンドイッチ、素早い者では既にセトに与えるように買っていた串焼きを与えていく者も多い。

 一瞬にして大量の食べ物を貰ってセトが嬉しそうに喉を鳴らすのを聞きつつ、レイはまず今夜の宿として夕暮れの小麦亭へと向かうのだった。

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