第519話

 その声が聞こえた瞬間、レイ達は持っていた武器を声のした方へと向ける。

 声が聞こえてきたのは、魔法陣のある部屋の奥の方……それもつい先程オリキュールが吹き飛ばされた方向だったのだから。

 その特徴的な声が誰のものなのかは、直接相対したことのないボスク以外が聞き間違えることはなかった。

 レイの攻撃により左の第2の腕と右腕が切断されており、脇腹を貫通され、他にもエレーナの連接剣により身体中が斬り裂かれ、ヴィヘラの拳により胴体を覆っている鎧には拳の陥没した痕があり、更にはセトの振るわれた一撃で首が本来なら曲がらない方向へと曲がっている。

 普通の人間ならまず確実に死んでいる筈のダメージではあるのだが、オリキュールはそんなのは関係ないとばかりに立ち上がり、残っている左手で首の骨をゴキリという音を鳴らして強引に戻す。

 あまりに予想外なその光景だったが、レイ達はそれほど驚きの表情を浮かべるでもなく、何があってもすぐに対応出来るように武器を構える。

 だが、ボスクは違った。

 何しろオリキュールのことを全く知らないので、倒れていたのはてっきりモンスターだとばかり思っていたのだ。

 それがここまで流暢に言葉を喋るのを聞き、余程に高ランクのモンスターだと判断する。

 言葉を喋るモンスター自体はそれ程珍しくない。それでも低ランクのモンスターであれば聞き取りにくかったり、あるいは片言であったりするのだが、目の前にいる存在が口にした言葉は聞き取るのに全く問題はない。

 この部屋に入る前に遭遇したエセテュスから詳しい話を聞いていれば混乱することも無かったのだろうが、急いでいた以上そうする時間もなかった。


「おいおいおいおい、一体何なんだよあのモンスターは。……何かの異常種か?」


 それでもボスクが半ば本能的に相手の正体を悟ったのは、優れた直感の持ち主だからこそと言えるだろう。

 デスサイズを構えたまま、斬り飛ばされた腕の方へと向かって歩いているオリキュールから視線を外さぬままに、レイはボスクに答える。


「モンスターというか、元人間だな。正確には異常種の件の聖光教側の責任者だ。それが、異常種を生み出す混沌の種とかいうのを自分に使って、ああなった。……だから正確には人間の異常種となら言えるかもな」

「……マジか……モンスターだけじゃなくて、人間も異常種にするってのか? そんなことがあり得るのかよ」

「あり得るからこそ、ああして実在してるんだろうよ。それよりも注意しろ、奴は相当に強い。人形を率いていたプリもあっさりとあの様だ」


 その言葉と共に、チラリと部屋の隅でボロ屑の如く捨てられているプリへと視線を向けるレイ。

 そこでようやくボスクもレイの視線の先にある……いや、いるのが誰なのかを理解したのだろう。大きく目を見開き口を開く。


「おい、あれ……本当にプリか? それに人形って、あの厄介なのだろう? それを相手に……」


 マースチェル家の屋敷に乗り込んだボスク達だったが、そこに襲い掛かったのが意思を持つ人形だった。

 気配も殺気もなく襲ってくるその人形に、多くの者が負傷し、酷い者になれば失明や指を切断されたような者もいる。

 それでも死人が1人も出ていなかったのは、シルワ家が用意した冒険者達の練度が高かったのと、マースチェル家に配備されている人形の多くがこの部屋の戦闘に投入されているからという理由があった。


「うー……殺して……殺してちょうだい……」


 プリの口からそんな声が漏れているが、幸いなことに聞こえているのはレイとセトのみであり、その1人と1匹もプリの口から出ている懇願を知らぬ振りをして受け流す。

 そもそも、プリに構っているような余裕はないというのが正確なところなのだが。

 そんな一同の視線を向けられているオリキュールは、飛ばされた右腕と第2の腕の左手の先端を拾い上げ……


「おい、嘘だろ」


 その光景を目にしたボスクが、再び唖然と呟く。

 何しろ、切断されて拾い上げた腕の切り口を触れさせると皮膚の色と同じような青い泡が生み出され、そのまま癒着したのだ。

 それは第2の腕の方も同様で、あっさりと切断された場所同士がくっつく。

 たった今自分の目で見たものを信じられないとばかりに呟くボスクだったが、レイ達は特に何を言うでも無く武器を構えたままだ。

 勿論これ程簡単に回復するとは思っていなかったが、オリキュールが見せた数々の能力を見れば寧ろその程度出来てもおかしくないという思いがあった。


(さて……どうやって倒すか。直接的な魔法を無力化されるってのは痛いな。それが無ければ魔法でどうにか……)


 癒着した腕の様子を確認しているオリキュールの様子を警戒しつつ内心で考えたレイは、ふと思いつく。


(そう、外側からの魔法が効果無いのなら、中からは……中、中か。そう言えば)


 視線を無限の激痛に苦しむプリの方へと視線を向ける。

 プリがオリキュールと戦っている時に使った数々の宝石。その中でも、強力な爆弾の如き爆発を引き起こした宝石の姿がレイの脳裏を過ぎる。

 勿論自分が使える『舞い踊る炎蛇』のような、身体の内部から破壊するような攻撃を使えばダメージを与えられるだろうというのは予想出来たが、それでもより強力な攻撃手段が他にもあるのなら同時に使うのが最善だった。


(となると、誰かがプリのところまで行って宝石を持ってきてもらうしかないんだが……)


 誰に行って貰うかというのが問題だった。

 いや、それに当て嵌まる人物は1人しかいないのだ。

 レイ、エレーナ、ボスクの3人はまだ十分に余裕がある戦力として外すことは出来ない。ヴィヘラは魔力が殆ど残っていないが、体力に関してはまだ大丈夫なので戦力として数えることが出来る。セトも戦力としては外せないだろう。イエロが出来るのならベストだろうが、自分達の命運を懸ける選択を任せるには不安を覚える。

 部屋の外へと避難したエセテュス辺りがいればまだ話は違ったのかもしれないが、今更それを考えても意味は無いだろう。

 そうなると、残っているのはただ1人……

 その人物の方へと視線を向けるレイ。


「ん?」


 自分に視線が向けられたのに気が付いたのだろう。どうかしたのかと尋ねてくるビューネ。

 すぐ近くにボスクがいるのだが、それを気にした様子はない。

 自らの両親の仇がプリだとはっきりしたというのもあるだろうし、何よりもヴィヘラのおかげで憎悪に身を委ねることがなくなったというのも大きいだろう。

 だが、それでも……いや、だからこそビューネにプリの下に行って宝石を持ってきてくれというのはレイには躊躇われた。


(いや、躊躇っている暇はない……か)


 実際に、今動けるのは武器は短剣しか残ってなく、更には戦力的にもこの中で一番低いビューネしかいないのは事実である。

 ビューネにとっては過酷なことを言おうとしていることに軽い罪悪感を抱きつつも、レイは口を開く。


「ビューネ、悪いがお前にやって貰いたいことがある」


 癒着した腕の様子や第2の腕の様子を確認するように動かしているオリキュールから目を離さず、小声で呟く。


「……」


 無言で先を促すビューネに、レイはその言葉を口にする。


「オリキュールを倒すには、あの魔力を弾く皮膚をどうにかしないといけない。つまり、外側から魔法を使うんじゃなくて内側からだ。幸い俺には敵の内部を破壊するような魔法があるが、念には念を入れる為にプリの持っていた宝石を使いたい」

「ちょっと、レイ! あの宝石は……」

「分かってる!」


 ビューネとプリの会話を聞いていたヴィヘラが思わず口を挟むが、レイはそれを遮るようにして告げる。


「別に俺もビューネの両親を生贄にした宝石を使えとは言わない。そもそも、さっきプリが他の宝石を使っていたのを見ただろ? あれを見れば分かるように、プリは宝石を幾つも持っている。それに、あの爆発させるのはプリの最後の手だ。そうである以上、当然全ての宝石で使用出来るようにしている可能性が高い」

「……そう。まぁ、確かにあれだけの宝石を身につけて細工してるんだから、その可能性は高いけど……」


 それでも口籠もるヴィヘラ。

 確かにビューネの両親を生贄にして作られた宝石は使わないのはいい。だが、それでも……他の宝石も誰か別の相手を生贄として生み出された物なのは違いないのだ。

 それが分かるだけに、どうしても後味が悪くなる。

 だが……そんなヴィヘラの腰にビューネが手を伸ばす。自分は大丈夫だというように。大丈夫、任せてと。


「ん」

「……分かったわ。ビューネ自身が納得してるのなら、私からはこれ以上何も言わない」

「悪いな」


 短く謝罪するレイ。

 近くで話を聞いていたボスクは、レイ達がこの部屋に突入してから何があったのか詳細なところまでは分からない。それでも、今自分が口出しをしない方がいいというのは理解していた。


「俺達がやるべきなのは、ビューネが宝石を持ってくるまでオリキュールを押さえつけておくことだ。出来ればさっきみたいに手足を吹っ飛ばして戦力を下げることが出来れば文句なしだな」


 そんなレイの言葉に皆が頷き……それを見ていたオリキュールがようやく終わったとばかりに口を開く。


「相談は終わったのカ? 私も身体の調子を見る為だとは言ってモ、ここまで待ったんダ。あまり退屈はさせないデ、精々足掻いて見せてくレ」


 ニタリとした笑みを浮かべながらそう告げる。

 混沌の種の悪影響なのだろう。既にそこには戦闘を楽しむ……否、抵抗する相手を自らの力で踏みにじって楽しもうという感情しか残ってはいない。


(奥の手だっただけあって、恐らく検証とかも不十分だったんだろうな。……まぁ、モンスターに対する異常種の件についてもまだ実験途中だったみたいだし、それも無理はないか)


 内心で呟き、デスサイズを構えるレイ。

 その隣にはエレーナが連接剣を手に並び、反対側にはいつでも襲いかかれるようにセトが喉を鳴らしながら軽く身を沈ませている。

 ボスクはそんなセトの隣に巨大なクレイモアを持って立ち、ヴィヘラは一瞬レイに視線を向けた後で小さく首を横に振ってからエレーナの隣に陣取る。

 そんなレイ達から少し離れた位置へと移動するビューネ。

 そして……長く続いた戦いの、最後の幕は切って落とされた。


「はあああぁぁっ!」


 まず最初に突っ込んだのはレイ。驚異的な脚力で床を蹴り、数歩の助走の後に跳躍する。

 ただしオリキュール目掛けてではなく、その右横数m程の位置へと。


「うン?」


 自分に向かって攻めてくるのではなく、自分の横へと向かうというのはオリキュールにしても予想外だったのだろう。

 あるいは、人魔化する前のオリキュールであればレイの意図を見抜くことも出来たかもしれない。

 だが、人魔化によって純粋な戦闘能力は上がっているが、冷静な判断力や分析力といったものは劣化していると言ってもいい今のオリキュールに、レイの行動を予想しろというのは無理だった。

 そんなオリキュールの戸惑いをよそに、空中に対して蹴りを放つような格好で飛んだレイは、そのまま空中を歩くことが出来るという能力を持つスレイプニルの靴を発動して、空中を蹴る。

 擬似的な三角飛びともいえる行動をしたレイは、その瞬間にデスサイズのスキルを発動する。


「風の手!」


 スキルの発動と共にデスサイズの石突きから伸びた風の触手は、ひょいっとばかりに第2の腕の先端部分でもある鋭利に尖っている部分を上に動かして隙を作り出す。


「ヌ?」


 それに気が付いたオリキュールが訝しげに呟くが、レイの動きは止まらない。


「ペインバースト!」


 再び使われる痛覚を倍加させるスキル。

 そのスキル名を聞いた時点で先程の痛みを思い出したオリキュールは反射的に後ろへと後退し、そのおかげで振るわれたデスサイズの一撃はレザーアーマーと共に胸元を浅く斬り裂くだけで済む。

 レザーアーマーの下にあった、やはりこちらも人魔化の影響で青い肌に5cm程の深さの斬り傷が40cm程の大きさで付けられる。

 それでも人魔と化したオリキュールにしてみれば、本来であれば特に気にする必要がない程度の傷。

 だが……


「がああああああア!」


 今の一撃で与えたダメージ自体は少なくても、受ける痛みは2倍。

 先程の腕を切断された時と同様、自分が受けた傷の深さと感じている痛みが乖離しているが故に混乱をもたらす。


「はああぁぁあっ!」

「させるカ!」


 その隙を逃がさんと、ヴィヘラが手甲に包まれた拳を振るう。

 だが、オリキュールにしても当然その攻撃を黙って受ける筈は無く、第2の腕を使って迎撃をしようとし……


「グルルゥッ!」


 その瞬間、セトの使用した衝撃の魔眼の効果により、右肩へと小さな衝撃を受けて動きが一瞬止まる。

 例え動きが止まったのが一瞬であったとしても、この戦いでは致命的な隙だった。

 振るわれる拳に鳩尾を強打されて身体がくの字に折れ、同時に振り下ろされたクレイモアはボスクの力尽くの一撃で左側の第2の腕を根元から切断する。そこに追撃とばかりに襲い掛かってくる連接剣が空を斬り裂きながら迫り、次の瞬間には右側の第2の腕をも斬り飛ばす。

 それを見たレイは、自分の近くに転がってきたオリキュールの第2の腕へと視線を向け、このままではまた回復されると判断し……不意に脳裏を過ぎったその考えを即座に実行すべく足下にある第2の腕へと触れ、次の瞬間にはミスティリングの中へと収納する。


「ナ!?」


 今の光景を見ていたオリキュールが驚愕の声を上げるのを横目に、再び床を蹴ってボスクに切断された方の第2の腕のある位置へと向かい、そちらも同様にミスティリングへと収納するのだった。

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