第520話

 離れた場所でレイ達とオリキュールの激しい戦いが繰り広げられているのを横目に、ビューネはなるべく気配を消して戦闘が行われている場所から離れていった。

 目指すべきはこの広大ともいえる部屋の片隅で四肢を切断され、肋を砕かれ、それでも尚自らが作り出した宝石の治癒効果によって死ぬに死ねない状態が続いているプリの場所だ。

 そのプリが持っている宝石を得る為に。

 自らが求めているものを意識すると、どうしてもビューネの胸の中には黒々としたものが湧き上がる。

 一時はヴィヘラのおかげでそれを克服したのだが、それでもやはり自らの両親の仇を直接その目で……しかも、自分以外は誰も意識を向けていない場所でプリと2人きりになると、憎悪のままにプリを痛めつけて後悔を覚えさせたいという衝動が湧き上がるのだ。

 だが、そのような行為をすれば自分もまたプリの同類になると判断し、意思の力で胸の中の黒い思いを押さえつけながらプリの近くへと辿り着く。


「殺して……殺して……お願い、殺してちょうだい……」


 床に投げ捨てられたゴミ屑の如きプリから聞こえてくるその声。

 四肢切断された結果の失血死は宝石の効果によって免れたが、治癒の効果自体がそれ程に高いものではない為にプリは延々と四肢切断された時の痛みと肋骨を砕かれた時の痛みが和らがぬままにその身で味わい続けることになる。

 それも死ぬことが出来ないままに、だ。

 いっそ舌を噛んで死ぬということも考え、実行すらしたプリだったが、こちらもまた宝石の効果により噛み切ろうとした端から舌の傷は癒えていく。

 延々と続く生き地獄。

 まさに今のプリの様子はそのような感じだった。

 そんなプリは、ふと自分の近くに誰かがいるのに気が付く。

 手が無いので起き上がることすらも出来ず、床を舐めるようにしながら顔だけをそちらの方へと向けると、そこにいたのは10歳程の少女。

 その少女、ビューネの姿を見たプリは思わず安堵の息を吐く。

 両親の仇である自分をようやく殺してくれる相手が現れた、と。

 だが、プリのそんな希望は次の瞬間にはあっさりと潰える。

 ビューネはプリを相手に特に何を言うでも無く、無言でその身体をまさぐり始めたのだから。

 ……より正確には、その服の中に隠し持っているだろう宝石を取り出す為に、だ。


「……お願いだ、髪飾りの宝石もとっておくれ。そうすれば私はこの苦しみから解き放たれる」

「……」


 懇願するような声を聞きつつ、それでもビューネはプリに構わず懐をまさぐり……やがて目当てのものを発見する。

 宝石が幾つも入った小さめの布袋。

 中を覗くと、そこには自らの両親を生贄として生み出されたというオレンジがかった赤の宝石と水色の宝石。その2つは何らかの紙に包まれるようにして別格の扱いを受けていたが、他に幾つもの小さめな宝石が10個以上入っている。

 この全てが……そして今は首飾りと髪飾り、耳飾りしか残っていないが、他にもどこかに飛んでいった四肢が身につけていた指輪、腕輪、足輪。それら全てに付けられていた宝石が何人もの人々を生贄として捧げてきた成果なのだ。

 それを知っている以上、どうしても眉を顰めざるを得ない。

 だが……それでも、今レイ達が戦っているオリキュールをどうにかするにはこの宝石の力を使うしかないのは事実。

 それ故に、宝石を手にビューネは口を開く。


「宝石、爆発、使い方、教える」


 ヴィヘラの名前を呼んだ時に比べると大分滑舌は良くなってきたが、それでもやはりビューネは短く言葉を区切って口にするのがやっとだった。

 だが、プリにしてみればこのままでは永遠に続くかもしれない苦痛をどうにかしてくれる相手だ。その好機を逃すことなく痛みを堪えて口を開く。


「ば、爆発? それは私が使った宝石の魔力を全て解放して爆発させたやり方かい?」


 プリの問い掛けに無言で頷き、先を促す。


「そ、それを教えたら私を……この苦痛から救ってくれるかい?」


 未だに四肢を切断された時の激痛に苦しみつつ尋ねるプリに、ビューネは数秒考えた後で、やがて小さく頷く。

 一瞬、そんなビューネに疑いの眼差しを送ったプリだったが、結局自分ではどうしようもない以上は信じるしかなかった。


「発動自体は難しくないよ。マジックアイテムを使う要領で宝石に魔力を流して、前もって決めてあるキーワードを口にすればいいだけだ。基本的には1つの宝石につき1つの効果しか付与してないんだけど、あの爆発に関しては例外的に全ての宝石に付与してある。宝石の儚い散り際というのも美しいからね」


 説明をしながらうっとりとした表情を浮かべるプリ。

 今も苦痛に悩まされている筈だというのに、それでも宝石について語るとそっちに熱中して多少の時間とは言っても痛みを忘れるのは、プリの宝石に対する偏執的なまでの愛情あってのことだろう。

 そんなプリに不愉快そうに眉を顰めたビューネは、先を促す。


「続き、言う」

「え、ええ。とにかく魔力を流して『汝の全てを無と帰す』という呪文を唱えれば爆発するわ」

「宝石、全部?」

「ええ」


 頷くプリをじっと見て……不意にビューネは口を開く。


「宝石、復活、無理?」


 その言葉の意味を理解出来ずプリは数秒程考える。

 そしてこの宝石を生み出す為に生贄とした者達を復活出来ないのか? そういう問いかけだと理解すると、首を振る。


「無理よ」


 一言。短い一言だったが、それはビューネの中に微かにあった両親との再会の可能性の芽を完全に摘み取った。

 表情を殆ど変えないビューネが悲しげに表情を歪め、数滴の涙が頬を伝って床へと落ちる。

 だが、それも一瞬。視線の先で行われているオリキュールとの激しい戦闘を目にしたビューネは、改めてプリへと視線を向けて手を伸ばす。

 ビューネの行動に、何をされても一切の抵抗が出来ないプリは一瞬身体を固めるが、すぐにビューネの手が向かっているのが自分の頭部、正確には髪飾りであり、回復の能力を持つ宝石であると知り小さく安堵の息を吐き、そっと目を閉じる。


(ようやく、ようやくこの苦痛から楽に……)


 そう思うも、一向に切断された手足からの激痛が止むことはない。

 何故? 内心でそう思いながら再び瞼を開けたプリが目にしたのは、自分を見下ろすビューネの視線。

 10歳程の少女だというのに、そこに宿っている視線は些かの躊躇いもなく真っ直ぐに自分に向けられている。

 ビクリ。

 理由は分からないが、それでも何かの恐怖が背筋を振るわせ、それ以上言葉を出すことが出来ない。


「必要、宝石、お前、どうでもいい」


 一瞬、ビューネの口から出た言葉の意味を理解出来なかったプリだったが、すぐにその言葉を理解して目を大きく見開く。

 ビューネはこう言ったのだ。

 必要なのはあくまでも宝石であり、プリ自身がどうなろうとも自分にとってはどうでもいい。その程度の存在なのだと。

 既に仇を見る目どころか、路傍に転がっている石ころやゴミの如き存在。そう断言されたにも等しいプリは、一瞬だが怒りが身体の痛みを忘れさせる。


「まっ!」


 その勢いのままに目の前に立つビューネ目掛けて罵声を吐き出そうとした、その瞬間。盗賊特有の素早い動きでビューネが手を動かし、プリの髪に刺さっていた髪飾りを抜き取る。

 同時に、プリの身体を何とかこれまで繋ぎ止めていた宝石がその回復の効果を失い、切断された腕の先、足の先から再び血が流れ始めた。


「ぎゃああああああああっ、痛い痛い痛い痛い痛い!」


 四肢がない状態でも痛みで床を転げ回り、周囲に宝石の治癒効果で止まっていた血が再び流れ始めてその痕を広げる。

 そんなプリを、先程同様にゴミか石ころでも見るような視線で一瞥したビューネは、そのまま離れた場所にバラバラに散らばっているプリの両手両足を回収しては、足輪や腕輪、指輪と言った装飾品から宝石を取り外していく。

 尚も暴れるプリだったが、既にビューネは全く気にせずに……それこそ記憶にすら残しておくのも嫌だとばかりに宝石を集め、そのまま最後の最後までプリへと視線を向けることなくその場を後にする。


「あああ、ああああああ、ああああああああああ!」


 痛みに精神が耐えきれず、そのまま激痛を感じながら転がり回り……やがて、プリは誰に何を思われるでも無くその命の炎を消す。

 迷宮都市として名高いエグジル。そこを支配する3家のうちの1家、マースチェル家の当主とはとても思えない程に惨めで哀れな最期を迎えることになるのだった。






「ぐおおおおおオ!」


 オリキュールは振るわれたボスクのクレイモアの一撃をまともに腕で受け止めつつ、それでも青い肌になったが故なのだろう。肉を大きく斬り裂かれつつも、骨までは折られることなく吹き飛ばされる。

 本来であれば、肩甲骨から生えている第2の腕を使って防げた攻撃だった。

 だが、幾ら再生能力が高くても、何も無い場所から再生するのは非常に時間が掛かる。

 これが切断された部分が残っていれば癒着するのも簡単だったのが、肝心の切断された部分はレイが左右2つともミスティリングの中に収納済みだ。

 勿論時間があればいずれは再生するのだろうが、それにしても数時間単位の時間が掛かるのは明らかだった。


「ついでにこれも食らっておきなさい!」


 ヴィヘラは叫びと共に床を蹴って懐へと入り込み、その鳩尾へと手甲を纏った拳を埋める。

 本来であればオリキュールが身につけていたレザーアーマーは、レイ、エレーナ、セト、ヴィヘラ、ボスクの集中攻撃によって既に殆ど残骸と表すべき有様になっていた。

 幾ら人魔と化したと言っても、1人でこれだけの面子を相手にすれば当然だっただろう。

 ……だが。殆ど一方的とすら言ってもいい攻撃を食らい続けながらも、オリキュールは未だその身体に殆ど傷は無い。

 その理由は、やはりと言うべきか人魔と化したオリキュールの再生能力故だった。

 第2の腕のように、切断された場所を奪われてしまえばどうしようもない。だが、逆に言えば切断されずに切り傷程度、骨折程度、内部破壊程度……といった怪我であれば、再生するまでにそれ程時間は掛からない。

 それ故に、一方的に攻撃をされ続けてはいるものの戦闘は奇妙な均衡を保たれている。

 しかし、その均衡はあくまでもオリキュールの能力あってこそのもの。つまり……


「宝石、持ってきた」


 ボスクのクレイモアとエレーナの連接剣、セトの一撃に何とか対処しているオリキュールへと向かい、ミスティリングから取り出した槍を手に投擲の隙を狙っていたレイの近くへとビューネがやってきて呟く。

 ビューネの口から出た言葉に一瞬だけ驚きの表情を浮かべるものの、今はそれどころではない。クレイモアの一撃を回避したオリキュール目掛けて身体の捻りを十分に乗せた槍を投擲し、右肩を貫いたのを見ながら口を開く。


「それで使い方は?」

「魔力、込める。キーワード、『汝の全てを無と帰す』、爆発」

「なるほど、どの宝石でも爆発は起こせるのか?」

「ん。魔力、必要」


 レイの問い掛けに頷くビューネ。

 エレーナが連接剣を長剣状態にして振り下ろそうとするが、オリキュールは咄嗟に右肩を貫いている槍を引き抜き、それを武器とし……連接剣の刀身を槍の穂先で受け止めたその瞬間、あっさりと槍の穂先が砕け散る。


「ナ!?」


 驚愕の声。

 レイの放つ投擲用の槍は、基本的に普通の戦闘では使い物にならなくなった物が多いのだが、それを知らなかったが故のミスだろう。

 だが、レイと付き合いの長いエレーナは投擲にどのような槍が使われているのかを知っていた。だからこそ、目の前で穂先が砕けたとしても気にせず連接剣を振るい、セトもまた前足を振るう。

 ヴィヘラとボスクは一瞬目の前の光景に驚くが、それでもすぐに攻撃を繰り出す。

 その光景を見ながら、レイは改めてビューネへと問い掛ける。


「魔力が必要。となると、ビューネで使えるか?」

「多分」


 ビューネが出来ると断言しなかったのは、宝石の量が量だからだろう。

 盗賊として鍛え、戦闘力に関してもヴィヘラとの訓練で高められたビューネだが、その年齢から魔力の扱いにまで手を広げるのは難しかったという時間的な理由もある。

 勿論通常生活で使うようなマジックアイテムの類は普通に起動出来るし、魔力を持つという意味ではその辺の冒険者よりも素質は高いだろう。だがその訓練をしていない以上、これだけ大量の宝石を起爆させられるのか。そう問われれば、ビューネが素直に頷ける筈もない。

 かと言って、レイが宝石を使えるかと言えば答えは否だ。いや、使えるかどうかで言えば使えるのだが、レイの場合は『舞い踊る炎蛇』でオリキュールの体内を破壊するという役目がある。それと同時に出来るかと言われれば、答えは否だった。


「ふっ!」


 傷を負いながらもすぐさま再生させているオリキュールへと、ミスティリングから取り出した2本目の槍を投擲しながら、素早く頭の中で考えを纏める。


(宝石を相手の体内に入れる以上、近接戦闘の間合いでの立ち回りが必要になる。それを考えればヴィヘラだが……そもそも魔力がどれだけ回復している? 手甲や足甲の爪や刃を出していないところを見ると、温存しているのか、まだ回復していないのか)


 オリキュールの懐へと入り込み、肘で肋骨を砕くヴィヘラ。

 その背後で鞭状になった連接剣を操っているエレーナ。


(魔力的な量で言えばエレーナの方がかなりの余裕はあるが……その武器が剣である以上、どうしてもゼロ距離での戦闘はヴィヘラの方が上だ)


 ボスクが候補の中に入っていないのは、やはり純粋な戦闘技術という意味ではその2人に劣るという判断からなのだろう。


「ビューネ、エレーナとヴィヘラのどっちがその宝石を使うのに向いていると思う?」

「ヴィヘラ」


 即答。

 これは単純に付き合いの長さからの選択か。

 ともあれヴィヘラに任せるのがベストだろうと判断したレイは、デスサイズを構えてオリキュールとの間合いを縮めていく。


「ヴィヘラ、一旦下がれ! ビューネの下に行け!」


 横をすり抜け様にそう告げながら。

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