第514話

 シルワ家の中でも最低限屋敷を防衛出来るだけの戦力を残し、動ける者の多くでマースチェル家へと向かったボスクやエレーナ。

 だが2人にとっては完全に予想外なことに、マースチェル家の屋敷に到着するまでに襲撃は1度もなく、屋敷そのものも防衛を固めているようには見えなかった。

 何しろ門番が2人だけで、その門番にしても欠伸を噛み殺しながら真夏の夜の暑さに気怠そうにしているのだ。

 あるいは自分達を誘き寄せるための罠なのでは? そう思った冒険者達も多かったのだが……実際にボスクとエレーナを先頭に立てて進むと、そんなシルワ家の集団を見た門番は思わず動きを止めて口を開く。


「ボ、ボスク様!? それに貴方は確か以前一度屋敷に来た……」


 エグジルを治めている3家のうちの1家であるボスクの顔を認め、その隣に立っているのが以前に1度屋敷に来たこともあるエレーナだと知り、2人の門番は咄嗟に向けた槍の穂先を下ろす。

 ボスクはともかく、1度屋敷に来ただけのエレーナを覚えていたのは、当然と言うべきかやはりその美しい容姿によるものだろう。

 ともあれ、門番はそっと持っていた槍を元の状態へと戻しながら恐る恐ると口を開き掛け……ボスクの後ろに30人近い者達の姿を見て思わず動きを止める。

 そして動きを止めた門番の隣にいた、もう片方の門番が口を開く。


「その、ボスク様。一体こんな夜更けに何の用でしょうか? それに、後ろに連れている方々は冒険者とお見受けしますが……」


 そう問い掛けてくる門番の言葉に、ボスクはどう答えていいものか迷う。

 てっきりレビソール家との抗争のように、近づけば向こうから戦力を出してくるものだとばかり思っていたのだ。

 だが門の前にいるのは門番2人だけで、その2人にしてもマースチェル家とシルワ家がどのような関係になっているのかを理解していない。

 混乱せざるを得ない状況であるのは間違いなかった。

 それでもすぐに態勢を立て直して口を開いたのはさすがにシルワ家当主と言えるだろう。


「お前達は知らないのかもしれないが、現在マースチェル家とシルワ家は敵対関係にある。理由としてはマースチェル家が異常種の件に関わっていたということや、シルワ家所属の冒険者への襲撃、更にはシルワ家の屋敷を襲撃したというのもあるな」


 正確に言えばシルワ家の屋敷を襲撃したのは聖光教の者達なのだが、今それを口にしても門番2人を余計に混乱させるだけだろうと判断したボスクは、取りあえずシルワ家襲撃もマースチェル家へと押しつける。

 実際、聖光教と組んでいるのがマースチェル家である以上、決して間違っているという訳ではないのだが。


「そんな……おい、知ってるか?」

「いや、全く」


 門番の2人が言葉を交わすが、お互いに相手がその件を知っていないと知り安堵の息を漏らす。

 もっとも、それを知っているようならここで呑気に2人だけで眠気を堪えながら門番をやってはいなかっただろうが。

 夏の夜の蒸すような暑さの影響ではない汗が額や背中に浮き出ているのを感じながら、門番の2人はこれからの行動を迷う。

 ここでボスクやエレーナを相手にして止める? まず無理だ。冒険者を相手取ることが出来る実力があるのなら、最初から門番ではなくもっと稼げる冒険者になっている。

 少なくても門番の2人は冒険者を目指したものの、才能の不足により諦めた者としてその選択肢は存在しない。

 では、どうするか。何とか話を聞いている間にもう片方が屋敷に知らせに行く。

 そう判断した、その時。ふと気が付けば、門番2人の目の前にはそれぞれ人影がいつの間にか存在していた。

 片方は一目でその容姿に視線を奪われる美女。そしてもう片方は粗野な雰囲気を放つ巨漢の男。

 その光景を最後に、門番2人の意識は途切れる。

 意識を失うという結果は同じであったが、最後にその目で見た光景に関しては天と地程の差があった。


「さて、じゃあ早速中に入るか」

「そうだな。幸いにもこうして外から見ている限りでは、まだ屋敷の中で騒ぎが起きた様子も無い。……セト、感じるか?」

「グルルゥ」


 エレーナの呼びかけに答え、闇の中から抜け出るかのようにセトが姿を現して首を縦に振る。

 体長2mを超えるグリフォンというのはどうしても目立つ為、エレーナが頼んで他の冒険者達の後ろに隠れて貰っていた。

 当初は冒険者達の方もその頼みに戸惑ったものの、それでも既にセトがどういう存在なのかというのは大体知れ渡っている為、受け入れて貰ったのだ。


「セトの保証もあるしな。……さて、じゃあ向かうとしよう。ボスク、マースチェル家の戦力の相手は任せてもいいか? 私はレイを探して合流する」

「あんたとセトの戦力があれば、こっちとしても色々と楽だったんだがな」

「キュ!」


 自分も忘れるな! とばかりにセトの背で鳴き声を上げるイエロだったが、ボスクはそれに気が付いた様子も無く――あるいは意図的に無視して――エレーナの言葉に頷く。


「ま、しょうがねえ。確かにあんたはシルワ家とは関係ない立場だしな。分かった、好きにしてくれ。こっちもこっちでマースチェル家の屋敷を攻めないといけねえからな」


 お互いに自分の意思を告げ、相手がそれを受け入れられると判断すると小さく頷きを交わし、そこで分かれる。

 そしてエレーナが1歩を踏み出した、その時。


「待ってくれ! 俺も連れて行って欲しい!」


 冒険者の中から、1人の声が響く。

 誰の声かというのは、考えるまでもなくエレーナにもボスクにも分かった。

 故に、ここで問答する時間も惜しいとボスクはその提案を聞いた時点で即決する。


「分かった、行ってこい」

「ありがとうございます!」


 勢いよく頭を下げ、エレーナとセト、イエロの側へと向かっていくエセテュス。

 それを見送り、ボスクは残っている者を率いてマースチェル家の屋敷へと近づいていく。

 その隙を窺っている人形の存在に気が付く様子も無く。






「グルゥ、グルルルルゥ!」


 ここからレイの匂いがする! と喉を鳴らすセト。

 エレーナはレイとは違って完全にセトと意思疎通出来る訳ではなかったが、それでも今回はセトの言いたいことは分かった。


「なるほど、ここから中に入ったのか。……セトも何とか入れるみたいだな。さすがはマースチェル家の屋敷というべきか」


 巨大な屋敷であるが故に扉や窓といったものも大きく設計されており、かなりギリギリではあったがセトが中へと入ることも可能な程の大きさとなっている。


「ここに……な、なぁ。まだ騒ぎが起きている様子がないってことは、やっぱりナクト達はまだティービアを見つけてないってことなんだよな?」

「さて、どうだろうな。確かに外から見る限りでは騒ぎが起きているようには見えないが……レイのことだ、寧ろ既に屋敷を制圧していると言ってもおかしくはないと思うぞ」

「……ああ、うん。確かに……」


 エレーナが本気で言っているというのが分かったのだろう。エセテュスにはそう答えることしか出来なかった。

 そんなエセテュスをそのままに、エレーナはセトが教えてくれた場所から屋敷の中へと入り込む。

 セトとその背中に乗っているイエロも当然とばかりにその後に続き、自分だけが置いていかれてはたまらないとエセテュスもその後を追う。

 屋敷の中へと入ると、セトが先頭になり嗅覚上昇のスキルを使って大好きなレイの匂いを辿っていく。

 だが、それに関してはすぐに結果が出ることになる。自分達が入った場所のすぐ近くにあった部屋へと入ると他には何もないというのに、これ見よがしに地下へと続く階段が存在していたのだから。


「なるほど。ナクトとビューネがいるのだから、隠し階段を見つけるのも難しくないだろうな。そして、こうして階段がそのままになっており、何よりもセトの様子を見る限りではここの先にレイがいるのは確実か」


 地下へと進む階段の中に顔を突っ込んで喉を鳴らしているセトの様子を見てエレーナが頷く。

 幸いと言うべきか、地下へと続く階段はセトでも何とか進むことが出来る程の大きさだった。

 エレーナは知らなかったが、この階段はマースチェル家に泊めた人物を連れ去るということを目的として設置されたものだ。

 勿論公的に尋ねてきた相手ではなく、いなくなっても問題の無い相手という条件は付くが。

 その際に荷物の類も運び込む必要があったり、あるいは荷物その物が目的で地下を通って盗み出すという目的もあったりした為に、自然にある程度の大きさは必要となったのだ。


「グルゥ?」


 行こう! と小首を傾げて喉を鳴らすセトに、エレーナは頷く。

 正確に意思疎通出来ているわけではないが、それでも何となく言っていることは理解出来た。


「行くぞ」

「分かってる」


 エレーナの言葉に、即座に頷くエセテュス。

 セトやエレーナと同様に、エセテュスにもティービアを助け出すという目的はある。

 レイに頼まれた聖光教の者達をシルワ家に引き渡し、更に言われたとおりにシルワ家の戦力を連れてきたのだ。そこまでした以上、既にエセテュスが躊躇することはない。

 そのまま2人と2匹は地下へと降りていき……その先にある部屋。幾つもの扉がある大きな部屋を見て、驚きの表情を浮かべる。

 自分達が降りてきたのと同じ方向の壁に幾つもの扉が並んでいるのだから当然だろう。

 他にも部屋の隅にはテーブルの類があったが、特に書類のような興味あるものがある訳でもないので、そのまま1つだけ離れている扉へと向かう。


「……ティービア、ナクト……」


 エセテュスの呟く声を聞きながら、扉を開くエレーナ。

 だが、その先にあるのは1本の通路。

 ただし、両脇にはこれまた幾つもの扉が並べられており、真っ直ぐ進んだ先にも1つの扉。


「グルルルゥ!」


 それを見たセトは、真っ直ぐに一番奥にある扉へと向かって進んでいく。


「行くぞ」

「分かってる!」


 2人もその後を追い、扉へと到着するが……


「グルルルルゥッ」


 その扉を前にして、苛立たしげにセトが鳴きながら前足を扉へと叩きつけようとする。

 だが、扉に命中する寸前に空気そのものが受け止めるかのようにセトの足を受け止め、衝撃を受け止め、あるいは受け流す。


「グルゥ!?」


 さすがにその光景は予想外だったのだろう。セトから戸惑ったような鳴き声があがる。

 驚いたのは、その光景を見ていたエレーナやエスティスにしても同様だった。


「何っ!? ……セト、どいてくれ。俺がやってみる」

「グルゥ」


 セトが行動出来る程の広さを持った通路だとしても、それ以外に1人通るとなるとちょっと厳しい。

 エセテュスにしても、セトの一撃でどうにかならなかった以上自分でどうにか出来るとは思ってはいなかった。

 だが、それでも……恐らくこの扉の向こうにナクトが、そして何よりもティービアがいるのだ。

 エセテュスの脳裏には、この通路にある幾つもの扉の向こうに仲間の2人がいるとは思わない。ナクトの冷静さは理解しているし、そうであれば単独行動をせずにレイやヴィヘラと行動を共にするだろうと。

 あるいは、もし何らかの理由でどこかの部屋の中にいるとしても、自分達がいるのを知れば真っ先に出てくるだろうと。


「うおおおおおおっ!」


 槍を構え、雄叫びと共に思い切り突き出す。

 全力を込めたその一撃は……しかし、セトの前足の一撃同様に空気の壁を突破することは出来なかった。


「くそっ……この扉の向こうにナクトが、ティービアがいるかもしれないってのに……」


 悔しげに呟くエセテュスだったが、その肩にエレーナの手がそっと伸びる。


「代わろう。お前の力はこの中に入ってからの戦いに備えておけ」

「エレーナ……」


 エレーナから掛けられた声に、縋るような視線を向けるエセテュス。

 直情径行気味な性格だが、真摯に仲間を思うその気持ちはエレーナにとっても好意を感じるべきものだった。


「任せろ。これでも私は異名持ちだぞ?」

「……頼む」


 それだけを告げ、そっと後ろへと下ってエレーナが自由に動ける場所を譲り渡す。

 エセテュスが自分から離れたのを見たエレーナは、左腰の鞘から連接剣を引き抜きそこへと魔力を流す。

 通常の人間ではありえない程の魔力。エンシェントドラゴンの魔石を継承したエレーナだからこそ使用出来る膨大な魔力が連接剣へと流されていき……


「はぁっ!」


 裂帛の気合いと共に振り下ろされた連接剣は、その刀身であっさりと扉を覆っている空気を斬り裂き、同時に扉そのものも斬り裂く。

 そして斬り裂かれた扉が床へと落ちたその瞬間、部屋の内部の様子が明らかになる。

 敵と戦っているレイの姿、床に倒れているナクトと、そこから少し離れた場所では同じようにティービアも床に倒れており、そしてプリへと向かおうにも距離を詰め切れないビューネと、小さな人形のような存在に囲まれつつあるヴィヘラ。

 エレーナは誰がもっとも危険度が高いのかを瞬時に判断し、魔力を通したままだった連接剣を振るう。

 瞬間、鞭状になった連接剣は獲物に襲い掛かる蛇の如く空中を走り、ヴィヘラの後ろへと回り込もうとしていた人形数体を瞬時に上半身と下半身に切断する。


「エレーナ!」


 ヴィヘラから掛けられたその声に、エレーナは小さく笑みを浮かべたまま部屋の中へと入っていく。

 こうして、2つに分かれていたエレーナとレイ達は合流することに成功した。

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