第511話

「グルルルゥ……グルゥッ!」


 そんな声と共に振るわれるセトの一撃。

 グリフォンの鉤爪によるその一撃は、シルワ家の敷地に裏から侵入しようとしていた者を真横に10m程も吹き飛ばし、そのまま地面へと数度のバウンドの後、意識を断つ。


「くっ、こんな所にグリフォンがいるとは。マースチェル家に向かったのではなかったのか!?」


 吹き飛ばされた男の近くにいた、別の黒装束の男が苛立たしげにそう叫ぶ。

 その言葉に答えたのはセトの鳴き声……ではなく、その隣に立つ1人の男だった。


「はっ、エレーナやボスク様の予想通りだった訳か。表で注意を引きながら裏から侵入。確かによくある陽動作戦だが、それを見抜かれていたというのは思わなかったようだな」


 槍を片手にそう告げるのは、音の刃のメンバーで唯一この場に存在しているエセテュス。

 勿論ここに敵が来ると予想していた以上、待ち受けていたのは1人と1匹だけではない。他にも10人程の冒険者がこの場に存在しており、裏からシルワ家の敷地に入ってきた者達へと向かって鋭い視線を向けている。


「くそっ……だが、このまま引き下がる訳には……最低限の目的は必ず果たしてみせる。全員、散れ! 標的の暗殺は無理でも、ここで騒動を起こせばいい!」

『了解!』


 侵入してきた者達の指揮官なのだろう。その男の声に従い他の者達もそれぞれ別の方向へと向かって散らばっていく。

 ここで纏まっていても、目の前にいる戦力にはどうにもならない。そう判断しての行動だった。

 また、グリフォンのセトがここにいる以上、最大の目的でもあるボスクの暗殺という手段に成功の見込みは非常に薄く、第2目標でもあるエレーナの確保もまず無理と言ってもいい。

 当初の目論見通りシルワ家の戦力の全てが異常種の集団が集まっている正門付近にいれば、まだ後ろから攻撃するなり、あるいは毒矢を使って暗殺するなりとまだ手はあった。だが、ここで見つかった以上出来ることと言えば、シルワ家が混乱するような騒動を起こして混乱させ、その隙を突く形でオリキュールと合流してエグジルを脱出するしかなかった。


(俺達さえ……いや、オリキュール様さえ脱出出来れば、表の信者共がどうなろうと知ったことではない。寧ろここで決定的な証拠を掴ませなければ、聖なる光の女神に対する殉教者として仕立て上げることも出来るだろう。そうなれば……上の交渉次第だが、ミレアーナ王国の上層部を巻き込んで、再びこのエグジルに聖光教の勢力を築き上げるのはそう難しい話じゃない)


 内心で素早く計算し、自分もその場を離れようと地を蹴り……次の瞬間には、目の前に何か近づいてきているのを発見し、殆ど反射的に頭を下げる。

 轟っ!

 空気そのものを殴りつけ、あるいは破壊するかのような一撃に男の背筋に冷たい汗が流れた。

 今の攻撃をまともにくらっていれば、一撃で戦闘不能になっていたのは間違いないのだから。

 気絶して戦闘不能になるというのならまだしも、下手をすれば命を失っての戦闘不能になっていたかもしれない、それ程の一撃。

 咄嗟にその場を飛び退いた男が見たのは、グリフォンの半分を構成している猫科の動物特有のしなやかな動きで前足を振るっていた光景だった。

 それだけではない。前足を振るった勢いを一切気にせず、そのまま残り3本の足で地を蹴って男との間合いを縮め、2mを超えるその巨体で体当たりを繰り出す。


「っ!?」


 それに気が付いた男が、再び地面を蹴ろうとしたその時……鋭くセトの鳴き声が響く。


「グルゥッ!」

「ぐぁっ!?」


 同時に男の右肩へと唐突に何らかの衝撃波のようなものが命中し、バランスを崩す。

 それでもダメージ自体は大きくなかった為にそのまま踏ん張り、自らに迫ってくる脅威から距離を取ろうとするが……セトを相手にして見せた隙は、一瞬であっても致命的だった。


「グルルルルゥッ!」


 その一瞬の間にセトは再び男との間合いを詰め、前足によって振り下ろされた一撃は、男を地面へと叩きつけてそのまま一言も発せさせることなく気絶させる。

 そんなセトの周囲では、それぞれに散らばって屋敷の中へと進もうとしていた聖光教の者達の多くが捕らえられ、あるいは抵抗激しく殺されていった。

 男達の誤算は、純粋に敵対した相手の能力に対する認識不足。

 この場で敵を待ち受けていたのは、シルワ家所属の冒険者の中でも選りすぐりの腕利き揃いで、それなりに名前の知られているエセテュスがこの場でもっとも戦闘力が低いと言っても過言ではない程の精鋭揃いだったのだから。

 ……あるいは、それが油断となったのだろう。

 ドガアァァッ! という巨大な音を響かせながら侵入者の男の1人のいた場所に起きる爆発。

 そして捕まってはいたものの、まだ意識のあった男達はそれを契機にして再び動き出す。


「聖なる光の女神のご加護があらんことを」


 呟き、爆発、爆発、爆発。

 身動き1つ出来ないように押さえつけており、更には猿轡を噛ませていた者もいたというのに、周囲を巻き込みながら爆発を連続して巻き起こす。


「なっ!? くそっ、離れろ!」


 シルワ家所属の冒険者の声に、まだ無事な相手を捕らえていた者達も咄嗟に距離を取る。

 だが、向こうにしてみればそれを狙っていたのだろう。自分達を押さえていた冒険者達が離れたのを見計らい、そのまま強引に地を蹴って走り出す。

 目的の為に……全ては聖なる光の女神の為にと。自分達が心酔している上司のオリキュールに告げられた聖なる使命を果たすために。


「なっ!?」


 自爆せず、その場を逃げ出した者の数は6人。

 それだけの数の者達が冒険者達の束縛を抜け出し、シルワ家の屋敷へと向かって走り出す。

 だが……それを許さないとする存在が、人間の常識を超える能力を持つ存在がここにはいた。


「グルルルルゥッ!」


 高い雄叫びを上げ、王の威圧のスキルを使用する。

 その瞬間、逃げ出した者達の足が一瞬だが止まり……それがセトや冒険者達にとっては決定的な好機を生み出す。


「グリフォンの鳴き声に怯んだぞ! 押さえろ……いや、仕留めろ! 迂闊に取り押さえようとすれば、また自爆する!」


 その声に従い、それぞれの武器を持って動きの鈍った聖光教の者達へと向かって襲い掛かる冒険者達。

 セトもまた生かして捕らえるのではなく殺す為に前足を振るい、その一撃は狙われた男の頭部を砕く。


「こっちは片付けた! そっちはどうだ!」

「倒した! 一撃で仕留めれば自爆はしな……」


 冒険者の言葉に、エセテュスがそう叫んだ、その時……再度起こる爆発。

 どうやら仲間の1人が仕留め損なったのだろうと悟り、リーダー格の男は舌打ちを1つ。

 だが不幸中の幸いと言うべきか、爆発が起きたのは裏庭付近であり屋敷の近くではない。


「確実に一撃で仕留めろ!」


 その叫び声を聞きつつ、セトは鋭く周囲を見回し……夜闇に紛れ、更に庭に生えている木の陰に1人の男が身を隠しているのを嗅覚上昇のスキルで察知する。


「グルゥ」


 いつものように雄叫びを上げるのではなく短く鳴き、自分も夜闇に紛れるようにしながら光学迷彩のスキルを使用、狩りをする猫科の猛獣のように音もなく隠れている男の背後へと忍びより……鋭利なクチバシを無言で男の頭部目掛けて突き出す。

 そのクチバシの威力は人の頭部を卵でも砕くかのようにあっさりと砕き、悲鳴を上げさせることなく一撃で死に至らしめる。


「グルルルゥ」


 そのまま光学迷彩のスキルを解除し、首のない死体を引きずりながら庭へと戻っていく。


「セト……だったか。そのグリフォンの持ってきた死体で6人分。……逃げ出した奴等は全員仕留められたな」


 リーダー格の男が安堵の息を吐く。

 これまで幾度となくダンジョンの中でレイと一緒にいるセトと遭遇している為か、突然現れたグリフォンを見ても小さく驚くだけで済ませる。


「ともあれ、これで後ろから侵入しようとしていた奴等は全員倒せたか。ボスクの兄貴とエレーナの言う通りに本当に後ろから仕掛けてくるとはな。ただ、厄介さというか狂信的なところは2人の予想以上だったみたいだけど」


 これ見よがしに正門から攻めてきたという報告を聞いた時、エレーナは即座にそれが陽動である可能性を指摘し、そして数秒遅れてボスクの勘がエレーナの意見に同意した。

 そんな状態でも主力とも言える2人が敢えて正門へと回り、後ろにリーダー格の男やエセテュス、そして切り札としてのセトを伏せていたのはここ一連の騒動に関与しているのがマースチェル家、あるいは聖光教だという確実な証拠を手に入れたかったからだ。

 だが、その目論見は失敗した。身体を押さえつけ、手足が動かないようにしつつ……更には舌を噛んで自殺しないようにと猿轡まで噛ませていた者もいたというのに、どのような手段を使ってか侵入者達は爆発したのだ。


(聖光教の手の者なのは間違い無かったが、それでも状況証拠でしかない。確固たる物証の確保は失敗したか。……ボスクの兄貴に会わせる顔がねえな)


 小さく溜息を吐きつつも小さく首を振り、今はとにかく怪我をした者達の手当へと取り掛かる。






「……そうか」


 正門での戦闘が終わり、異常種を含むスラム街の住人達を倒し終わったボスクだったが、その後で聞かされたのは裏庭での一連の経緯だった。

 表から攻め込んできた者達が陽動だというのは予想――ボスクの場合は勘――出来たが、それでもまさか自らの命を使っての自爆攻撃を仕掛けてくるとは予想外であり、呻くような声で返事をする。

 そんなボスクにチラリと視線を向けたエレーナだったが、一瞬の沈黙の後で口を開く。


「結局ここで決定的な証拠は何も手に入れられなかった。正門の方にしても、異常種を操っていたと思われる相手は見つからなかったしな。……あの場にいたのか、単純に離れた場所にいたのかは分からないが」

「そうだな。……くそっ、異常種を操るなんて厄介な真似をしやがって。大体、どうやってダンジョンのモンスターを外に連れ出しやがった? それもあんな数」


 苛立たしげに呟き、その怒りを静めるかのように執務机に置かれている冷たい水の入ったコップを口へと運ぶボスク。


「それを確認する為にも、マースチェル家に仕掛けた方がいいと思うが? 今回は向こうに先手を取られたが、幸いそれに関しては何とか対応出来た。……シルワ家所属の冒険者には被害が出たようだが」


 そのエレーナの言葉に、ボスクに報告を持ってきた冒険者が何かを言おうと口を開こうとするが……それを遮るように、ボスクが持っていたコップを机の上に叩きつけるように置く音が部屋の中に響く。


「分かってる。俺だってここまで舐めた真似されて、当然このままで済ませる気はねえさ。だが、実際に今回の件で予定していたよりも大分戦力が減ったのは事実だ。その辺……いや」


 言葉を途中で止めたボスクは、チラリと視線をエレーナに向ける。

 理性ではここは一旦攻め入るのを待ち、戦力を補充すべきだと言っている。だが、本能は逆にここは一気に攻め込むべきだと告げているのだ。

 そして、勘を重視するボスクが選んだのは……


「既にレイ達が潜入している以上、向こうの戦力も当然減っている、か?」

「さて、どうだろうな。だがヴィヘラがいる。戦闘狂とも呼べるヴィヘラがな。あるいはマースチェル家が半壊していたとしても、私は驚かんよ」


 ヴィヘラが戦闘に熱中し、それにレイが荷担し、ビューネがそのフォローをし、ナクトが頭を抱える。

 ふとそんな光景が頭に浮かび、エレーナは小さく溜息を吐く。


(あの面子なら普通にありそうだな)


 そう考えてしまったからだ。


「……よし。今は攻める!」


 エレーナが考えている間にも、ボスクの脳裏では色々と考え、そしてやがて結論が出たのかそう口にする。

 そして決断すると行動に移すのが早いのはボスクの特徴とも言えるだろう。


「サンクションズ!」

「はい、お呼びでしょうか」


 一声掛けると、扉を開いてサンクションズが姿を現す。

 ボスクと共に正門前での戦いにも参加していたサンクションズだが、怪我の類が一切無いのはその実力を示していた。


「マースチェル家の屋敷に攻め込むぞ。戦力を整えろ!」

「攻め込むのは構いませんが、屋敷の防衛に関してどうします? 一度向こうが攻めてきた以上、こちらの主戦力がいない隙を狙って再び……という可能性もありますが」

「ギルドに連絡して回復魔法を使える者を呼べ。さっきの戦いで怪我した奴等はここに残していくから、そいつらが回復したら守備を任せる。それと……指揮にお前を残す。俺の帰ってくる屋敷を守ってくれ」

「はい。この屋敷は私にとっても大事な場所。どのような手段を使っても守り抜いて見せましょう。ボスク様は存分に自らの力を発揮して下さい。このエグジルがどうなるかの一大事なのですから」

「おう、任せておけ。エレーナ、お前は?」

「勿論行くさ。セトも当然同行するだろうし、エセテュスは言うまでもないだろう」


 現在動ける戦力を引き連れてボスクはマースチェル家へと向かう。

 エグジルの中で起きていたここ最近の騒動を収める為に。

 こうして、最後の戦いはマースチェル家へと場所を移して行われることになる。

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