第512話

 マースチェル家の地下にある魔法陣のある部屋。そこに姿を現した人物を見てオリキュールは小さく笑みを浮かべる。

 聖光教の裏の存在であるローブの者達は既に全員が戦闘不能に陥っており、人形にしてもヴィヘラという美しくも凶悪な人物によって蹂躙されていた。

 そして自分にしても、レイを相手にして何とかまだ致命的な一撃は受けていないものの小さな傷は幾つも受けおり、戦局は圧倒的に不利な状況になっていると言っても良かった。 

 そんな戦場に援軍が1人現れたとしても、本来であればそれ程大勢に変化はなかっただろう。

 だが、オリキュールは知っていた。この場に現れたプリという人物は戦闘を得意としている訳ではないが、くどい程にその身を飾っている幾つもの宝石がもつ力を。幾人もの犠牲の果てに得たその宝石の能力を。血と肉と魂と魔力を贄とすることによって強大な力を宿したその宝石を。

 その証拠がナクトに放った雷の一撃だろう。

 それなりに有名な音の刃というパーティの盗賊でもあるナクトを、回避させるまでもなく一撃で戦闘不能にしたのだ。

 勿論ナクトが起動していた魔法陣の件でティービアに気を取られていたというのはある。だが、それでも一切の反応を許さなかったというのを考えれば、プリが持っている宝石の力は有益だった。

 更に……


「マスター、ゴメイレイヲドウゾ」


 そんなプリの後ろから姿を現す、30体程の人形。その人形達を率いているのは、プリの最高傑作でありいつも抱いている30cm程の大きさの人形だ。


「そうね、取りあえず……」


 チラリ、と戦況を見回す。

 自分が生み出した人形は既に劣勢であり、聖光教のオリキュールも致命的な傷は受けていないといっても小さい傷は無数に受けており、こちらも敗色濃厚。オリキュールの部下でもあるローブの者達は言うまでも無い。

 それに反して攻めてきた者達はと言えば、ビューネはその体躯の小ささ故に既に息を荒げているし、もう片方の盗賊は雷の一撃をまともに食らって床で気絶している。


(そして戦闘が可能なのはあの女と……男、か。なるほど、あっちの女もかなり高い魔力を持っているが、男の方はそれを問題にしない程の恐ろしい魔力を感じる。これ程の魔力を感じる相手というのは初めて見るね)


 レイに視線を向けながら内心で呟くプリ。

 相手の魔力を感じるという能力を持つ者であれば、普通ならレイの魔力を直接感じれば戦意を喪失してもおかしくはない。

 だが、プリはレイから感じる魔力を理解しつつも恐れるようなことはせず、寧ろ喜ばしいと笑みすら浮かべていた。

 自らの糧となるのであれば、それだけ大きい魔力を持っている方がいい。魔力の大きさは宝石の美しさを決定づける要素の1つなのだから。

 宝石に対する偏執的とすら言える執着。その執着故にプリはレイという存在を極上の素材であるとしか認識していない。

 そろそろ魔法陣の方の仕上げが完了するということで地下に降りてきたのだが、レイ達侵入者がまだ暴れ回っていたというのは予想外であり、同時に聖光教の戦力もオリキュール以外はほぼ壊滅に近いというのも予想外だった。

 もっとも前者の予想外と後者の予想外では全く正反対の意味を持つが。


(オリキュールは……駄目だね。劣勢だとは言ってもまだ余力はある。だとすれば、もう少しこのまま戦わせた方がいい。それにあの坊やは深紅とかいう異名持ちの筈。あれを使うのは勿体ないし、ここで使えば魔法陣に対する被害も大きいから、出来れば相打ちで程よく弱ってくれればいいんだけど)


 チラリとオリキュールの方に視線を向け、聖光教と組んだ時から狙っていた素材がまだ十分な戦力を残していると知り、そのままレイとぶつけてお互いを弱らせることにする。

 そう考えている間にも、プリの手は全ての指に嵌まっている指輪の宝石を愛でるように撫で続けていた。

 まるで、そうしていなければ予想以上の幸運に高笑いをしてしまうのを押さえきれないとでもいうように。

 そうして最後にプリの視線が向けられたのは、表情を変えないままでありながらも視線の強さだけは誤魔化せない1人の少女。

 レイやヴィヘラと違い、ある意味では今回の最大の目標でもあるビューネの姿に小さく笑みを浮かべ、自分の登場によって奇妙な均衡を保ってレイと睨み合っているオリキュールへと声を掛ける。


「オリキュール、悪いけど私が他の奴等を相手するから暫くその坊やの相手をしておいておくれ」

「……出来ればこちらにも戦力を回して欲しいのですがね。見ての通り、防戦一方な状況なので」


 レイピアとソードブレイカーを手に、いつレイが行動に移ったとしても対応出来るようにしながらも言葉を返す。

 だが、それに対してプリが何かを言葉にしようとした、その時。事態が動く。

 2人の言い合いに紛れるようにして、レイがデスサイズを振るったのだ。


「飛斬っ!」


 その言葉と共に放たれる飛ぶ斬撃。

 だが、オリキュールにしてもレイが好んで多用しているこのスキルについては当然知っていた。それ故に、特に慌てることもなくその場にしゃがんで放たれた斬撃を回避する。

 しかしそれはレイにとっても予想済みであり、そのまま床を蹴って踏み込んでオリキュールとの間合いを詰めてデスサイズを振るう。


「はああぁああぁぁぁあっ!」


 自らの首を狙って振るわれた一撃を素早くしゃがみ込んで回避し、同時にレイの胴体へと向かってレイピアで鋭い突きを放つ。

 その攻撃をデスサイズの柄や石突きで回避しつつ、一瞬の隙を突き石突きをオリキュールの胴体目掛けて突き出す。


「ペネトレイト!」


 瞬時に風を纏って貫通力の増した一撃が放たれるが、一度見ているだけにその威力を理解していたオリキュールは後方へと大きく飛んで距離を取る。

 それをさせじと追撃を仕掛けるレイ。

 そこから再開するレイピアとソードブレイカーの2刀流と2mを超える大きさを持つデスサイズの戦い。


(……さて、どっちが勝っても私が残った方を仕留めれば美味しい流れだね。生かしたままにしなければならないのはちょっと面倒くさいけど)


 レイとオリキュールの激しい戦いを確認し、小さく笑みを浮かべるプリ。

 だが、すぐにその視線は今回の本命とも言えるビューネの方へと向けられる。

 そこにいるのは、自分を強い視線で睨み付けている幼い少女の姿。

 それでもまだ冷静に現状を把握し、自分だけでプリに挑んだとしても勝ち目はないと理解しているのだろう。


(あるいは援軍を待っているのかしらね)


 次に視線を向けたのはヴィヘラ。レイにはかなり劣るが、それでも普通の人間と比べると巨大と言える程の魔力をその身に宿す存在。


(美しい肉体に、どこまでも強さを求める心、そして巨大な魔力。……あの子を贄としたら、どれ程美しい宝石が出来上がるのかしら。……でも、今はまだ駄目。まずは本命を手に入れなければ)


 極上の素材が3つ――プリにとっては既に3人ですらない――も自らの懐の内に転がり込んできた幸運に笑みを浮かべつつ、それでもヴィヘラを相手にしている人形の数が次第次第に減っているのを見ると微かに眉を顰める。

 宝石程に入れ込んでいる訳ではないと言っても、やはり人形も自らの愛しい存在であるのは変わり無い。それがああも蹂躙されている光景は、やはり胸を突くものがあった。


「それに時間稼ぎは必要だしね。……お前達、半分程はあっちのお嬢ちゃんの相手をしなさい。残りは私の援護を」

「リョウカイシマシタ。オキヲツケクダサイ」


 先頭に立つ人形が、自らの創造主を案じる言葉を口にする。

 その口から出る言葉は相変わらず聞き取りにくいものではあったが、プリに対する思いというのは確かに宿っていた。

 そんな人形に対して、プリはネックレスの先端に掛かっている宝石を愛でながら笑みを浮かべて言葉を返す。


「相手はあのお嬢ちゃんだよ。確かに一端の盗賊にはなれたかもしれないけど、それでも私の相手を務めるにはまだ不足。……それに、冷静さを装っているようだけど、あの目から感じられる憎しみは隠しきれるものじゃない。これは……色々と知ったか、あるいは悟ったか。どちらにしろ暴走した子供1人、どうとでもなるさ」


 ニコリ、と自分に対して憎しみの視線を向けているビューネに向けて笑みを向ける。

 満面の笑み。慈しむような笑み。……だがその笑みは人に向けるものではなく、自らの大事な所有物へと向ける笑みでしかない。

 その笑みを見て、また一段とビューネの視線が強くなる。

 そんな相手に対して右手の人差し指を向け……口を開く。


「さて、お行き。ただしこの後も色々と忙しくなるのは確実だ。消耗は避けるんだよ」


 プリの言葉が終わると同時に、人形の半数はヴィヘラの方へ。残りの半数はプリを援護すべく行動を起こす。


『走れ雷』


 魔力を込めたその一言がプリの口から出た瞬間、右手の人差し指に嵌まっていた紫色の宝石が……より正確に言えばマジックアイテムが起動する。

 そこから放たれたのは一条の雷。

 先程ナクトの意識を一撃で刈り取ったのと同じ雷が空を走り、ビューネへと向かう。


「ん!」


 だが、ビューネにしてもプリに雷と言う攻撃手段があるというのは先程のナクトへの一撃で既に知っている。そして知っている以上、対処するも不可能ではなかった。

 プリの手から雷が放たれた瞬間、ビューネは床を蹴っていた。それも床すれすれの位置を地を這うかのようにだ。

 放たれる雷により髪の毛が焦げる臭いがその鼻へと届く。だが、それに構わず距離を詰めたビューネは、持っていた短剣を構え……次の瞬間、何も言わずに横へと跳ぶ。

 一瞬後、ビューネのいた場所には矢が突き刺さっており、回避した後を追うかのように矢が次々と突き刺さりプリとビューネの距離を広げていく。

 同時に、長剣やポール・アクスを、槍を持った人形がプリを守るかのように前へと進み出て武器を構える。


「ん!」


 珍しく目に苛立ちの色を見せてプリを強く睨むビューネ。

 ビューネ自身確信があった訳では無い。自らの両親の死の真相を探ってはいたが、それを教えてくれる者は誰もいなかった。

 信頼しているセラカントにしても、ビューネの年齢を考えてまだ話していなかったのだから。

 それでも気が付いたのは盗賊としての勘か、あるいは女の勘か、はたまたフラウト家の生き残りとしての勘か。

 ともあれ、ビューネは半ば直感的に目の前にいる女が両親の死の原因だろうと理解した。


「プリサマニテダシハサセナイ!」


 そんな言葉と共に振るわれる長剣。それを後方へと跳躍して回避し、そのまますぐに床を蹴って人形へと間合いを詰める。


「サセネエヨ」


 だが、それを見越していたとでも言うように短剣を構えた人形が援護に入って再びビューネの隙を突くかのように短剣を振るう。


「んー……んっ!」


 少しでも回避しにくいようにと狙っているのだろう。鳩尾を狙って突き出された短剣の切っ先をビューネは持っていた短剣で弾きつつ、今度こそ本当に後方へと跳躍して距離を取る。

 いつもは表情の変わらぬその顔が微かにでも不愉快そうに歪められているのは、人形達の予想以上の強さの為だろう。

 この部屋の中で先程まで戦っていた人形達と比べると素早さ、力、技量。その全てが上なのだ。

 プリ本人が引き連れていた人形と、それ以外の人形。その違いは明白だった。

 いや、寧ろその性能差故にプリ自らが率いていたのだろう。


『燃えよ炎』


 短い……本当に短い一言。

 本来であればある程度の長さの呪文を唱えて発動させなければならない魔法だが、プリの場合は宝石に閉じ込めた魔法を一言口に出すだけで発動させることが可能になっている。


『貫け氷』


 一瞬前まで自分のいた空間に炎が吹き上がり、それを何とか回避したものの次の瞬間には10本近い氷の矢がビューネの身体を射止めんと空中を飛ぶ。

 短剣を駆使しながら氷の矢を弾き、あるいはその隙を狙って突き出される人形達の武器も同様に弾き、回避し、受け止める。

 ハルバードの一撃を受け止めて吹き飛ばされるも、ビューネは身の軽さを活かして空中で身を捻り床へと着地した。


(思ったよりも冷静だね。……なら、向こうの方も色々と忙しくなってきているし……)


 チラリと確認をすると、レイとオリキュールの戦いはまだ何とか均衡を保っているが、それがレイに傾くのも時間の問題だろう。ヴィヘラの方はもっと酷い。既に向かわせた半数近くの人形が戦闘不能になっている。


(なら、切り札はここで切ってしまおうかね。さぁ、娘と両親再会の時だよ)


 懐へと手を伸ばし、2つの宝石を手にしながらプリは口を開く。


「お前達、一旦下がりなさい」


 その言葉に人形はすぐさまビューネから距離を取り、お互いが向き合った状態になる。

 あのまま自分が攻め続けられていれば負けていたのに、何故? そんな疑問がビューネの胸中に宿るが、表情には一切出さずに用心深くプリの一挙手一投足を警戒していた。

 そんな中、懐から手を出したプリはその手に持った2つの宝石をビューネに見えるようにして前に突き出す。

 オレンジがかった赤と、水色の宝石。

 それを目にしたビューネは、何故かその宝石から目が離せない。

 そんなビューネに満面の笑みを浮かべたプリが口を開く。


「どうだい、ビューネ。父親と母親と再会した気分は。懐かしいだろう? 美しいだろう? お前の両親の血と肉と魔力と命。その全て贄として捧げて生み出されたこの宝石。お前の両親の結晶だよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る