第501話

 レイの質問に、何を言っているのか分からないと言葉を返してきたオグルの様子は自然で特に怪しいところも無いように見え、エセテュスは一瞬何か間違っているのでは? そんな思いを抱く。

 だが、オグルの鳩尾を踏みつけて強烈な圧迫感を与えると同時に、その身体が一瞬だけ強張ったことに気が付いたレイは口元に笑みを浮かべながら言葉を続ける。


「ほう? じゃあお前は聖光教とは一切の関わりが無いと? お前達が捕まえていた冒険者の女が間違っていた訳か」

「あ、ああ。勿論だ。俺は別に聖光教との関わりなんて……」


 そう告げようとしたオグルだったが、再び鳩尾に加えられる圧力に無理矢理言葉を止めさせられる。

 そんなオグルに、レイは頷いてから最後に確認するように再び口を開く。


「じゃあ、お前は全く聖光教に関係ないんだな? それは絶対か?」

「ああ、だからそう言っているだろ。それより……俺にこんなことをして、ただで済むと思っているのか? このエグジルでマースチェル家を敵に回すのがどれ程危険か分かっていてやっているんだろうな?」


 オグルにしてみれば、自分達が聖光教の手の者であるというのは絶対に知られてはならないことだ。だが、マースチェル家に関しては特にそこまで気を払う必要は無い。それに既に自分達がマースチェル家と繋がっているのは知られているらしいという判断もあり、自分達の所属はマースチェル家で通そうとしていた。

 ……だが、オグルの言葉を聞いてニヤリとした笑みを口元に浮かべたレイは、そのまま小さく頷いてから口を開く。


「じゃあ、お前が聖光教ではないと証明して貰おうか」

「……証明?」

「ああ、それ程難しいことをさせる訳じゃない。ただ、俺の言葉の後に続いて同じ言葉を繰り返せばいい。……いいな?」


 その時点で……より正確にはレイの浮かべた笑みを見た時点で嫌な予感がしていたオグルだったが、既にそれを断れる雰囲気では無くなっている。

 そんなオグルに視線を向けながら、レイは言葉を紡ぐ。


「自分は聖光教を邪教と認め、そのようないかがわしい存在とは一切の関係がありません。聖なる光の女神というのは、実は他人を陥れることを好み、残虐非道な行為を好んで行うような存在であり、女神と呼ばれるような存在ではありません。また、自称光の女神は男を取っ替え引っ替え自分の寝床へと引っ張り込むような存在であり、汚れた存在です」


 レイの口から出たその言葉に、オグルだけではなくその場にいた全員が唖然とする。

 さすがにそこまで貶すとは思えなかったのだろう。

 だが、その言葉がもたらした効果は大きかった。この場をどう切り抜けようかと考えていたオグルの視線が、急速に血走っていると言ってもいい程に鋭くなりレイへ向けられたのだ。

 更にレイが口に出した言葉の途中で目を覚ましたのか、他の気絶していた筈の男達もまた同様にレイを殺気すら感じさせる視線で睨み付けている。

 それだけで、男達の所属がどこなのかは明らかだった。


「なるほど、全員が聖光教の信者か。……やっぱり色々と後ろ暗いところもある宗教だったらしいな」


 ある意味で納得したように呟くレイ。


「後は肝心のティービアがどこに連れて行かれたかだが……おい、それに答える気はあるか?」


 そう尋ねるも、戻ってくるのは殺気に満ちた視線のみ。

 レイにとっては何気なく行ったその行為ではあったが、男達にとっては自らの信仰を汚されたに等しく、何があっても絶対に許せない存在となっていた。

 そんな殺気に満ちた視線を幾つも浴びつつも、特に気にした様子も無く話を続ける。


「ま、大体の予想は付くけどな。恐らくマースチェル家の屋敷、あるいは研究所ってところだろ。……いや、マースチェル家は雇っている人数が少ないって話だったから、研究所の線はないか? ともあれ、マースチェル家の屋敷に行って調べればはっきりするだろうしな」


 チラリと、今にもマースチェル家へと向かって突っ込んでいきそうなエセテュスと、それを押さえているナクトの方へと視線を向けて口を開く。


「ともあれ、お前達がまず行くべき場所はマースチェル家……じゃなくて、シルワ家だな」

「何でだよ! 早くティービアを助けに行かないと!」


 殆ど反射的とすら言ってもいいような速度で言い返された言葉に、レイが小さく溜息を吐き……


「あのねぇ。幾ら人数が少ないといっても、このエグジルを治めている1家のマースチェル家なのよ? 貴方程度の力の持ち主が1人で突っ込んだところで、捕らえられてそのまま闇から闇に葬られるだけよ」


 レイが何かを口にする前に、ヴィヘラが呆れたようにそう告げる。

 その言葉に再び反射的に何かを口にしそうになったエセテュスだったが、それよりも前にナクトがヴィヘラの言葉に頷きを返す。


「そうだな。もしティービアを助け出すとしたら相当の腕利きが少人数でマースチェル家に忍び込むか、あるいは逆に揉み消せない程の大人数で攻め込むかのどっちかだろう。中途半端が一番危険だ」

「けど、レビソール家との抗争をやったばかりのシルワ家にそれ程の戦力があるか?」


 レイがボスクから聞いた話では、現在動かせる戦力の大半を異常種の件に振り分けていると聞いている。

 勿論マースチェル家が異常種の件にも関わっているのなら、その戦力を振り分けることも出来るだろう。そして冒険者襲撃の件も関係している以上、シルワ家と関係の無い冒険者を雇って戦力とすることも可能だ。しかし……


「けど、戦力を集めるなんて真似をしてたら、ティービアが!」


 エセテュスがそう告げ、それを聞いた男達の中の1人がニヤリとした笑みを浮かべる。


「その女なら、もうそろそろ処理されてる頃じゃないか?」

「ああ、恐らくな。けどあの処理ってのは俺達から見ても気持ちいいものじゃない。少なくても俺はあんな死に方は絶対に嫌だね」

「っ!?」


 挑発するように男の口から出たその言葉に、エセテュスが目を剥いて口を開き……だが、その前にレイが鳩尾を踏みつけ、再度意識を失わせる。

 尚、その際に骨の折れる嫌な音が周囲に響いたが、それを気にしている者は誰もいなかった。


「……そうだな、ならどちらも選ぼう」


 男達の肋骨を踏み砕いたことなど全く気にしていない風にレイが告げると、エセテュスが首を傾げて尋ねる。


「どちらも?」

「ああ。どのみちこいつらをこのままにしておく訳にはいかないし、きちんと情報を引き出す為にもどこかしっかりした場所に連れて行く必要はある。なら、シルワ家が丁度いいとは思わないか? で、その間に少数精鋭でマースチェル家に忍び込んでティービアを助け出す。それと可能なら聖光教との繋がりを示す何らかの証拠や、あるいは異常種の件についての証拠も入手出来ればいいな」

「なら、俺は忍び込む方に……」

「駄目だ」


 そう言い終わった瞬間にエセテュスがそう言おうとしたのを、即座にレイが却下する。


「何でだよ!」

「……お前のこれまでの言動を考えてみろ。何かあればすぐ突っ込みたがるその性格で、潜入するような行動に向いていると思っているのか?」

「そ、それは……」


 エセテュスにしても、自分がその手の行動に向いていないというのは自覚しているのだろう。何かを言い返そうにも、言葉に詰まる。

 ナクトがそんなエセテュスの肩へと手を伸ばし、落ち着かせるように口を開く。


「俺が行くから、エセテュスはこいつらの方を頼む」

「けど!」

「……俺を信頼出来ないのか?」


 尚も言い募ろうとするエセテュスに向け、ナクトが言い聞かせるように告げる。

 その言葉に数秒程黙り込んだエセテュスは、やがて小さく頷く。


「分かった。……ティービアを頼む」


 こうしてエセテュスが納得し、次に他に誰を残すのかという話になるとまた揉める。

 レイとセトは最大戦力故に外すことは出来ない。エレーナも本人の戦力とイエロという偵察ではかなりの働きが期待出来る存在がいる。ヴィヘラは強敵との戦闘を楽しみにしてレイ達に協力している以上、ここで抜けるのは絶対に承知しない。ビューネはフラウト家とシルワ家の因縁があるし、何よりも本人が一言でしか喋らないので今回のような件には不向きだった。

 それらを話ながら、地面で気を失っている6人へと視線を向けながらレイは呟く。


「さすがにエセテュス1人でこの人数をってのは色々と無理があるしな。……ソンリッサを帰さないで、手伝って貰えば良かったな」

「グルゥ?」


 誰? と小首を傾げて尋ねてくるセトへ、レイは地下牢に閉じ込められていた女冒険者のことを説明する。

 その後も誰が残るのかを話していたレイ達だったが、夕暮れの太陽が沈み掛かっているのを見れば、そろそろ行動に移さなくてはいけないというのは理解していた。

 そして、最終的に折れたのはエレーナだった。


「仕方がない、私がこの者達をシルワ家まで届けよう。私が直接出向けば、ボスクもすぐに対応出来るだろうしな」

「あら? いいの?」


 渋々とそう告げたエレーナへ、どこかからかうような口調でヴィヘラが声を掛ける。

 その言葉には2つの意味が宿っていた。

 即ち、本当にエレーナ自身が潜入組から抜けてもいいのかというのと、自分とレイを見張っていなくていいのかという意味が。

 エレーナの眉が微かに顰められる。


「お前がそういう態度だから、私もこの選択はしたくなかったんだがな」

「グルルゥ? グルゥ……」


 エレーナの言葉を聞いていたセトが、不意に小さく喉を鳴らしてレイへと円らな瞳を向ける。


「セト?」

「グルルゥ、グル、グルルルルゥ」


 小さく鳴き、自分の身体へと視線を向けてから気絶している男達とエレーナの方へと視線を向ける。

 それだけで、レイはセトが何を言いたいのかを理解した。

 自分の身体の大きさでは隠密行動の邪魔になるから、エレーナと行動を共にすると言っているのだ。


(なら、エレーナをこっちに戻して……いや、駄目だな)


 セトとエセテュスの面識はエレーナに比べると少なすぎる。それに、エレーナ自身が出向いてこそボスクもすぐに対応出来るかもしれないという問題がある。そう判断すると、やはりセトをエレーナに同行させるのが最善の選択肢となる。


(正直に言えば、セトの嗅覚上昇を使えばティービアがいる場所を見つけるのは難しくなさそうだが……セトの大きさがな。サイズ変更のレベルがもっと高ければ……いや、ヴィヘラやビューネと一緒に行く以上は迂闊に使えないか)


 そっと手を伸ばしてセトの頭を撫でると、レイは言い聞かせるように口を開く。


「セト、じゃあそっちの方は頼むな」

「グルゥ!」

「キュ!」


 セトが任せて! と短く鳴くと、その背に乗っているイエロもまた同様に鳴き声を漏らす。

 その様子に小さく笑みを浮かべ、レイはエレーナに声を掛ける。


「エレーナ、シルワ家の屋敷にはセトも連れて行ってくれ」

「……いいのか?」

「ああ。何しろセトの身体の大きさを考えると、どうしても今回のような屋内に忍び込むような隠密行動には向いてないんだよ」


 その言葉の裏にあるものを理解し、エレーナはそれ以上言葉を返すことなく頷く。


「分かった。では、私はシルワ家にこの者達を引き渡した後にボスクに交渉して戦力を出して貰う。出来ればそれまでにティービアを救出してくれていれば助かるな」


 お前ならそのくらい当然出来るだろう? そんな笑みを浮かべながら告げてくるエレーナに、レイもまた小さく笑みを浮かべて頷く。


「出来ればその方がいいな。俺としてもマースチェル家に襲撃を掛ける時には人質の心配をしない方がいいだろうし」


 お互いに小さく笑みを浮かべつつ頷くレイとエレーナ。

 そんな2人に向け、ティービアの救出に自らが向かえないエセテュスはどこか納得のいかない表情をしながらも、シルワ家から援軍を連れてくるというのも重要な役目だというのは理解しているのだろう。何かを言うこともなく黙っている。


「あらあら、日も暮れてきたというのに随分と暑いままね。でも、そういうのは出来れば後にして貰えないかしら?」


 寧ろヴィヘラが黙っていられずに、そう口を出す。

 確かにヴィヘラの言葉通りに夕暮れだった太陽も既に沈み掛け、周囲は闇に包まれつつあった。

 そして、これはレイには関係ないのだが、気温が特に下がる様子も無く暑いというのもそのままである。

 エレーナはそんなヴィヘラの言葉を受け流して口を開く。


「ヴィヘラ、くれぐれもレイの足を引っ張らないようにな。戦闘に夢中になって迂闊に騒ぎを大きくするような真似もだ」

「分かってるわ。そっちこそ気をつけなさい。聖光教が今回の件でかなり深い場所まで絡んでいるのは確実になったんだから。当然、証人でもあるその6人を奪還しようとして狙ってくる筈よ。その6人さえいなければどうとでも……いえ、その6人がいても恐らく今回の件を認めないでしょうけど、それでも証人がいるのといないのとじゃ大違いだしね」


 その言葉にエレーナはしっかりと頷き……その場でシルワ家とマースチェル家へと向かう2組に分かれて別行動を開始する。

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