第500話

「聞いた話が本当なら、ここでいい筈だが」


 部屋の中を見回しながらレイが呟く。

 その近くにはエレーナとナクトの姿がある。

 尚、ヴィヘラとビューネ、エセテュスの3人は戦闘場所となった玄関近くで気絶した男達の見張りとして残っていた。

 隠し部屋の位置を男達から聞き出したとはいっても、それを操作するのに盗賊が必要だろうということでナクトが、捕らわれているのが女の場合を考えてエレーナが選ばれてここにいる。

 もっとも、ヴィヘラが戦闘になりそうもないので玄関で待っていると言ったのも、この組み合わせに決まった理由の1つだが。


「……ああ、どうやら間違いない。聞いた話通りだ」


 ナクトが部屋の床を調べながら床板を動かすと、そこには階段が存在していた。


「へぇ、どうやら当たりか」


 階段を見ながら、思わずと言った様子で呟いたレイ。

 だが、レイの隣にいるエレーナは苦笑を浮かべ口を開く。


「あれだけ脅したんだから、あの状況で嘘を言う度胸は奴等には無いさ」

「そうだな。あいつ等のヴィヘラに対する怯えようは……まぁ、ある意味ではしょうがないけど」


 狂獣と呼ばれているヴィヘラと戦ったのだから、心の底には恐怖が刻みつけられていもおかしくはない。

 そんな状況でヴィヘラに獰猛な笑みを浮かべて尋問をされ、心が折れないというのは男達にしてみれば有り得なかった。

 これがレイとセトが捕らえた男達であれば話は別だったのだろうが、ヴィヘラ達と戦った……より正確には蹂躙された男達はあくまでも金で雇われたスラム街のゴロツキに過ぎない。

 その結果、あっさりとレイ達は地下牢の存在を知ることになるのだった。


「行くぞ」


 念の為に先頭を盗賊でもあるナクトが進み、その後をレイとエレーナが進む。

 地下へと続く階段といっても、1分もしないうちに降りきる。


(恐らく地下牢があるからこそ、この建物をアジトにしていたんだろうな。さすがに自分達でわざわざ地下牢を用意したりはしないだろうし)


 ナクトがそんな風に思いながら周囲を見回すと、不意に声が響く。


「誰……ですか?」

「やはり捕まっている者がいたか。ちょっと待て」


 幸い地下には明かりを灯すマジックアイテムが幾つか置かれていたので、レイ達はそれを使って声のした方へと進む。

 やがて視界に入ってきたのは、動きやすいレザーアーマーをその身に纏った1人の女が入れられている牢屋。

 自分に向かって近づいてくるレイとナクトの姿に一瞬恐怖の表情を浮かべたものの、レイの隣にいるエレーナの姿に安堵の息を吐く。

 やはり現れたのが男2人だった事に恐怖を覚えたのだが、そこにエレーナが……より正確には自分と同じ女が現れたことで安堵したのだろう。

 同じ女の身としてそれを察したのか、エレーナは地下牢へと近づこうとしたレイとナクトを制して自分だけで近づいていく。

 幸い今は女が1人入れられているだけだが、5人程が入って座ればお互いに身動きも出来ないような狭い牢屋だ。

 女は自分の方へと近づいてくるエレーナに感謝の視線を向ける。

 自分のピンチに颯爽と駆けつけてくれた相手であり、更には女にとっては生まれて初めて見るような美しさを持つエレーナだ。その目に浮かんでいた感謝の色が崇拝に染まるまで、それ程の時間は掛からなかった。


「無事だな?」

「は、はいっ!」

「よし、まずはこの扉を……鍵はあるか?」

「……いえ。私を攫った男達が持っているので……」


 自らの救いの女神に対し、十分に答えられないのを恥じるように俯く女。

 だが、エレーナはそんな女に何も心配はないとばかりに、左腰の鞘から連接剣を抜き、魔力を込めながら一振りする。

 キンッという甲高い金属音が周囲へと響き、次の瞬間には地下牢の扉その物が縦に真っ二つへと斬り裂かれ、地面へと落ちた。


「これでもう大丈夫だ。出来れば色々と話を聞かせて欲しいが、構わないか?」

「はい! 勿論です! その、良ければお名前を教えて貰えますか? 私はソンリッサといいます」


 目を潤ませつつそう告げる女――ソンリッサ――に、エレーナはその凜々しい顔に笑みを浮かべ、口を開く。


「私はエレーナだ。そっちはレイとナクト。……さて、話を聞くにしてもここではちょっと環境が良くないな。上で聞かせてくれ」

「はい、お姉様!」

「……お姉様?」


 いきなりのその言葉に、小さく首を傾げるエレーナ。

 だがソンリッサは、そんなエレーナに笑みを浮かべて口を開く。


「その……駄目でしょうか?」

「いや、まぁ、構わないが……」


 戸惑いつつも、別に問題は無いだろうとエレーナは返答する。

 ケレベル公爵騎士団にいる時も、年下の女やあるいは年上の女にまでお姉様と呼ばれることがあったが、まさかエグジルに来てまでそう呼ばれることになるとは思わなかった、というのがエレーナの正直な気持ちだった。

 ともあれ、いつまでもカビ臭い地下室にいるのは不愉快でしかないので、皆揃って階段を上って先程の部屋へと戻る。


「うわぁ……良かったぁ……」


 地下から上ってきたソンリッサが、安堵の息とともにそう呟く。

 既に太陽は夕焼けになっており、窓からその日差しが入ってくるのを見て安堵の笑みを浮かべる。


「済まないが、早速だが話を聞かせてくれ。こちらとしても、色々と時間が惜しいのでな」

「……あっ! す、すいませんお姉様。えっと、それで何を話せば?」


 エレーナの声で我に返ったソンリッサが慌てて佇まいを正す。


「まず、ソンリッサ。お前はいつここに連れてこられた?」

「昨日の夜です。その、夜に酒場でパーティメンバーと別れて家に帰ろうとした時に、そのまま襲われて……」


 エレーナ、レイ、ナクトの3人は、家という言葉に納得の表情を浮かべた。

 エグジルにいる冒険者は基本的に外からやって来た者達の方が多いが、エグジル育ちの冒険者も一定以上の人数いる。

 何しろ子供の時からダンジョンへと挑む冒険者を目にしているのだから、当然冒険者は憧れの存在になる。更には金を稼ぐという意味でも手っ取り早く大金が稼げる。……もっとも、後者の場合は自らの命を危険に晒しての話なのだが。

 そして当然エグジル出身の冒険者は、外から来た冒険者のように宿をとるのではなく家を持っている。

 ソンリッサというこの女冒険者は、まさにその典型的な例だった。


「昨日の夜か。となると、他に捕まっている人物は見てないか?」

「え? その、私があの地下牢に入れられた時から1人だったけど」


 ナクトの言葉に、ソンリッサは即座にそう返す。

 その答えは半ば予想していたのだろうが、それでもやはりナクトの顔には残念そうな表情が浮かび、続けて質問を口にする。


「では、奴等の正体について何か手掛かりを知っていたら教えて欲しい」

「手掛かりって言っても……誰かに命じられてってのは話の内容から聞き取れたけど、それ以外となると……」


 何か手掛かりになるものはないかと必死になって頭を悩ませるソンリッサだったが、ふと男達の会話の中で1つだけ気になっていたことがあったのを思い出す。


「その、これは本当に偶然かもしれないけど、男達の中に聖光教の信者がいたみたい」

「聖光教? ……っ!?」


 その一言で、ナクトもまた思い出す。

 自分とエセテュスを襲ってきた者達の中に、『聖……』と口に出して窘められていた者がいたことを。


(聖光教の祈りの言葉は、『聖なる光の女神の加護があらんことを』だった。それを思えば、俺を襲ってきた奴も聖光教の信者……いや、待て。その言葉を途中で止めさせたということは、止めた方も聖光教の信者か? 襲撃してきた9人の中に、1人ならまだしも2人も聖光教の信者がいた? それを偶然で片付けるのはさすがに……となると)


 ナクトが頭の中で考え、出た結論を口にする。


「襲撃事件には聖光教が関わっていて、しかもマースチェル家と繋がっている?」


 その言葉に、ソンリッサが目を見開く。

 自分が攫われた事件が、そんな大きな話になるとは思ってもいなかったからだ。

 それに聖光教というのはエグジルでは現在それなりの勢力を持っている。冒険者に対しても有料ではあっても力を貸しているし、街中では色々と奉仕行動もしている。

 そんな相手が、何故このような真似を? というのがソンリッサの正直な気持ちだった。

 だが、聖光教に……より正確には、宗教という存在そのものに対して懐疑的なレイにとっては、寧ろ納得出来る理由でしかない。


「なるほど。となると異常種の件にも聖光教が関わってる可能性は十分あるか。……いや、寧ろレビソール家の研究所の件を思えば、聖光教こそが人形遣いか?」


 そんなレイの言葉に、ナクトが小さく眉を顰める。

 こちらはレイとは違い、厄介なことになった……というのが正直な気持ちだ。


「ともあれ、レイが捕まえたという奴等から情報を聞き出した方がいいんじゃないか? もし本当に聖光教が関わっているのなら、そして聖光教がマースチェル家と繋がっているのなら色々と不味い事態になりかねない」

「そ、そうよ! ついこの前にシルワ家とレビソール家の抗争があったっていうのに、ここでまたシルワ家とマースチェル家の抗争が起こって、更にそれに聖光教まで絡んできたりしたら……下手をすると、ミレアーナ王国からの介入があるかも……」


 恐慌状態になりかけたソンリッサに、落ち着けとばかりにエレーナが軽く肩を叩く。


「今の話はあくまでもナクトの予想が正しければだ。それよりも、ソンリッサは一晩とは言ってもここで捕まっていたんだ。家族やパーティメンバーも心配しているだろうし、早いところ戻った方がいい。……一応、後でシルワ家から連絡がいくかもしれないが、その時には大人しく事情聴取を受けてくれ」

「あ、その……お姉様はどうするんですか?」

「色々とやるべきことがあってな。……レイ」

「ああ」


 その視線だけで何を言いたいのかを理解したレイは、そのままエレーナと共に裏口の方へと向かう。


「俺達が行くまで尋問するのはちょっと待っててくれるか? エセテュス達も連れて行きたい」


 エセテュスを尋問に参加させてもいいものかどうか迷ったレイだったが、どのみち外すとしても本人が納得しないだろうと判断してナクトの言葉に頷きを返して裏口へと向かう。






「グルゥ」


 裏口へと到着したレイとエレーナを出迎えたのは、セトのそんな鳴き声だった。

 小さく頭を撫でながら気絶した男達へと視線を向けると、幸いにもまだ意識を取り戻した者はいないらしく、陸に揚げられたマグロとレイが表した状態のまま地面に寝転がっている。


「さて、エセテュス達が来るまでに……そうだな、逃げ出せないようにでもしておくか」


 呟き、ミスティリングからロープを取り出して男達の手足を縛っていく。

 全員の手と足を1本ずつのロープで結んであるので、1人が逃げようとしても絶対に逃げられない縛り方だ。

 そのまま一番近くにいた男の頬を平手で何度か叩くと、ようやくその男が意識を取り戻す。


「ん……何だ……っ!?」


 意識を取り戻して数秒で記憶を失う前のことを思い出したのだろう。咄嗟に起き上がろうとするが、その胸元をレイによって踏みつけられては身動き出来る筈も無い。


「お前は……」

「おはようと言うべきか? ともあれ、お前には色々と聞きたいことがあるんでな」


 レイがそう告げた時、丁度建物の裏口からヴィヘラ、ビューネ、エセテュス、ナクトの4人が姿を現す。

 ソンリッサの姿が無いのは、既に家へと戻ったからだろう。

 そしてレイに鳩尾を踏まれている男へと視線を向けたエセテュスは、目を見開いて口を開く。


「そうだ、こいつだ! 俺達を襲撃してきた奴で、オグルとか呼ばれてた奴!」

「どうやら当たりだったらしいな」

「お前等俺達にこんな……ぐっ」


 何かを言い返そうとしたオグルだったが、次の瞬間には鳩尾を踏みつけているレイの力が強まり、それ以上言葉を発することが出来なくなる。


「お前が口を開いてもいいのは、こっちの質問に答える時だけだ。……さて、まず最初にこれを聞いておくか。お前達が攫ったティービアは今どこにいる?」

「……知らねえよ」

「へぇ? お前達がここから逃げ出そうとした時にどこかに運び込んでいたって言ってたと思うがな」


 そんなレイの言葉を聞き、それでも口を開かずに視線を逸らすオグル。


「マースチェル家」


 ポツリと呟いたレイの言葉に、一瞬だけピクリと反応するオグル。

 近くで見ていた者は殆ど気が付かなかったが、男の鳩尾を踏みつけて身動きが出来ないようにしているレイには、その身体が一瞬とは言っても強張ったのを感じ取る。


「どうやら正解か」


 元々この男達がマースチェル家に出入りしているというのは、既に情報屋のセラカントから聞いて知っていた。それを確認する意味での問いだったのだが、ともあれティービアの運び込まれた場所がどこなのかが判明した。


「次の質問だ。……お前と聖光教の関係は?」


 続けて放たれたその問いに、オグルはレイの口から出た言葉の意味が分からないとばかりに笑みを浮かべて口を開く。


「は? 聖光教? 何でそれが俺に関係あるんだ?」


 そう言葉を返すオグルの様子は平然としたもので、何も知らない者がその様子を見れば聖光教とは何の関係もないと判断しただろう。

 だが、レイはそんな相手に向かって小さく笑みを浮かべるのだった。

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