第494話
「うおおおおおっ!」
雄叫びの声と共に突き出された槍は、1人の男の脇腹をレザーアーマー諸共に貫く。
「ぐっ、この雑魚が……」
男が貫かれた脇腹を押さえながら後ろへと下がると、それをカバーするかのように短剣を持った男と長剣を持った男が前に出る。
その2人に庇われながら、脇腹を貫かれた男は懐からポーションを取り出して貫かれた傷口へと振り掛け、傷を癒やす。
「ナクト!」
「分かってる!」
槍を持った男、エセテュスが背後へ呼びかけると即座に返ってくる言葉。
背中合わせになりながら相棒の言葉に安堵するエセテュスだが、ナクトの言葉に宿っているのが焦燥だと気が付くと安堵してばかりもいられず、周囲で自分達を囲んでいる相手を鋭く睨み付ける。
現在エセテュスとナクトの2人がいるのは、エグジルの中でもスラムに近い一画の裏通り。
最近の行方不明者についての情報を求めて街中で聞き込みをしている間にここまで来たのだが、まるでそれを待っていたかのように襲撃を受けたのだ。
あるいは、普通であればここがスラムの近くだということで物盗りの仕業と思ったかもしれない。
……だが、これが物盗りの犯行では無い決定的な理由は、エセテュスがつい先程槍で突いた男にあった。
何故なら……
「お前等、ティービアをどこに連れて行った! 大人しく白状しろ!」
エセテュスの叫びが周囲へと響き渡る。
そう。襲ってきた男達の中の1人は間違いなく以前ティービアを攫い、そしてゴートの手足を切断した相手だったのだから。
「はっ、知るかよそんなの」
腹の傷をポーションで癒やした男はエセテュスへとそう告げ、次の瞬間には挑発するかのように再び口を開く。
一瞬……とまではいかないが、それでも通常のポーションに比べると傷の治る速度は明らかに早く、それは男の使っているポーションが店で売っている物と比べてもより効力の高いポーションであることを示していた。
傷が急速に治っていくのを感じつつ、男は挑発するように口を開く。
「まぁ、多分今頃は色々と愉快な目に遭ってるんだろうけどな。……勿体ねえよな。片腕とは言っても、あれだけのいい女だってのに」
ニタリとした笑みを浮かべ、ペロリと口元を舌で舐める男。
その仕草を見たエセテュスの頭には瞬時に血が上り、再び槍を構えて1歩前へと踏み出す。
「てめぇ……てめぇえええぇぇぇぇぇえぇぇっ!」
怒りで頭に血を上らせて振るわれた槍は本来力が入らなくてもいい場所に力が入り、突き出された槍の速度は先程の一撃に比べると明らかに鈍っていた。
長剣を持った襲撃者の1人が突き出された槍を受け流しつつ、その柄に沿って刀身を滑らせ……
「エセテュス!」
その刃が、槍の柄を握っていたエセテュスの手へと届こうとした瞬間、ナクトが投擲した短剣が長剣の男に迫り、それを察知した長剣の男はエセテュスからあっさりと離れる。
(くそっ、こいつら普通に強い……ティービアが攫われた時はこんなに強くは無かったと思うんだが)
腰の鞘から新たな短剣を抜き去りながら、ナクトは内心で冷静に相手の戦力を分析していく。
(敵の数は9人。1人は傷を負ったが、それでもポーションで回復して戦闘に復帰可能)
チラリ、と自分の出方を窺っている周囲の敵へと視線を向ける。
スラムに近いということもあり、既に逃がさないというのを確信しているのだろう。それでも油断することなくエセテュスとナクトの隙を窺っていた。
「お前等、何だってティービアを……いや、冒険者を襲うような真似をしているんだ!?」
憤りを言葉に乗せて叫ぶエセテュスだが、周囲を囲んでいる男達は特に何を言うでも無く武器を構える。
男達の持っている武器が最も長い物でも長剣であるというのは、ここが街中であり、長柄の武器は取り回しに難があると理解しているからだろう。
事実、エセテュスの槍は薙ぎ払いという槍の基本動作の1つが出来ず、突きだけで対応することになっていた。
もっとも、それでも1人に傷を負わせた辺りにエセテュスが非凡な実力を持っていることを示している。
「お前達はしつこすぎたんだよ。シルワ家まで巻き込みやがって。もっとも、だからこそこんな目に遭ってるんだけどな」
最初にエセテュスに脇腹を貫かれた男が、嘲りの笑みを浮かべて告げる。
「オグル、喋りすぎだ。無駄な情報を与えてどうする」
男達のうちの1人が叱責するように告げるが、オグルと呼ばれた男は全く気にした様子も無く、口を開く。
「どうせこいつらはここで死ぬんだ。なら、多少の土産は持たせてやってもいいだろうよ。……それに、あの片腕の女ももうすぐそっちに行く。なら、こいつらを一緒の場所に送ってやるのは俺の親切心だと思わないか? 聖……」
「オグルッ!」
オグルに最後まで言葉にさせず、先程よりも強い叱責を口にする男。
(なるほど。こいつらの話を聞く限りでは、少なくてもティービアはまだ生きているのか)
その言葉を聞いたナクトは希望を持ち、だがすぐに現状をどう打破するのかを考える。
1人1人の実力が高く、自分達と同等……下手をしたら上の実力を持つ相手が9人。普通に戦っていては、どうやっても勝ち目は無かった。
(そうなると、逃げ出すしかない訳だが)
チラリと頭に血が上り、怒りで顔を真っ赤にしてオグルと呼ばれている男を睨み付けているエセテュスへと視線を向ける。
攫われた仲間の手掛かりがそこにあり、更にはこちらを挑発までしているのだ。とてもここから逃げ出すと告げても、それを承知するとは思えない。
(どうにかして、こいつらの動揺を……何かないか? 何か……何か……)
手に持った短剣で自分達を囲んでいる相手を牽制しつつ、ナクトは必死に考えを巡らせる。
襲撃者達の言動、その他諸々を頭の中で並べていき、やがて1つの違和感に気が付く。
つい先程の、オグルと呼ばれた男の言葉。何かを言いかけた途中で仲間に遮られた、その言葉。
「聖……?」
ナクトが口にしたその言葉に、周囲を囲んでいる男達が微かに動揺する。
何が原因で動揺したのかは分からなかったが、それでもナクトとエセテュスにとっては千載一遇のチャンスであることは間違いない。引き絞った弓から放たれた矢のように、地を蹴って前に出る。
エセテュスが素早く突きだした槍は、1人の男の右肩をレザーアーマーの隙間を縫うように突き、素早く引き抜かれ、再び突き出された槍の穂先は男の腰に下げられていたポシェットを破壊した。
ガシャリ、と音を立てるのと同時に見る間に濡れていくポシェット。
その中に入っていたポーションの容器が破壊されて溢れ出たものだ。
ポーションの容器は一見するとガラスのようにも見えるが、その実かなりの頑丈さを持つ。移動している時の衝撃程度で壊れてはいけないのだから当然なのだが、だからと言って槍の一撃をまともに受けても平気な程に頑丈では無かった。
「なっ!」
「やっぱりお前もポーションを持っていたか!」
そんなエセテュスの隣ではナクトの短剣が一閃され、1人の男の両目を斬り裂く。続く一撃でもう1人の両目も斬り裂き、一瞬で2人を戦闘不能に陥らせる。
「くそがぁっ!」
仲間がやられたのを見て激高したのだろう。周囲を囲んでいる男の1人が、叫びながら長剣を振り下ろす。
「ちぃっ!」
咄嗟に身を捻って半身にして一撃を回避したナクトだったが、次の瞬間にはその隙を突かれ、しゃがんで放たれた蹴りを回避出来ずに尻を地面へと着く。
「ナクトッ!?」
エセテュスの声が響く中、男の1人が地面に尻餅をついたナクトへと長剣を振り下ろそうとした、その時……
凄まじい早さで飛んできた何かが、長剣の刀身へと命中してその軌道を逸らす。
「なっ!?」
完全に予想外の攻撃。自分達のやっていることが白日の下に晒されると危険だと理解していたからこそ、男達は周囲の気配には気を配っていた。
だが、今の攻撃をしてきた者の気配は全く察知出来なかったのだ。
更に異変はそれだけでは終わらない。
エセテュスとナクトを囲んでいた男達は、何かが急速に自分達に近づいてきているのに気が付く。
殺気と闘志が剥き出しになったような、そんな存在が。
その存在がどのような相手なのかが判明したのは、ほんの一瞬後のことだった。
紫色の何かが一瞬男達の視界に映ったかと思うと、次の瞬間には気を失ってその場に倒れ込む。
ほんの数度瞬きする間に、両目をナクトに斬り裂かれた2人以外の戦力7人のうち半数以上にあたる4人が意識を失って地面へと倒れ込んだのだ。
残り3人が目を見開き、突然現れたその姿へと視線を向ける。
まるで、自分達と標的でもあるエセテュスとナクトの2人の間を遮るようにして立ちはだかっていた、その姿へと。
紫の髪を手甲のついた腕で掻き上げているその姿は、一言で言えば妖艶とすら言ってもいい女だった。
薄衣を幾重にも重ねたような、踊り子や娼婦が着ていてもおかしくないような服を身に纏い、白く肉感的な足や腕を剥き出しにしているのだが、その手足には手甲と足甲が装備しており、そこだけは戦士としての姿を現している。
……否、そんな手足よりも女の、闘争心や戦闘欲に溢れている眼差しこそが戦士として相応しいだろう。
男を誘うような妖艶な表情を浮かべつつも、その本質はただひらすらに闘争を求めるその女を男達は知っていた。
「狂獣ヴィヘラ……」
「ふふっ、私の名前を知っているようね。見たところ貴方達もそれなりに使えそうだけど……その割にはこんな場所で2人を襲うなんて、ちょっとどうなのかしら?」
「あんたには関係ないだろう。首を突っ込まないでさっさと消えてくれ」
「私としてはそれでもいいんだけどね。……けど、私の女の勘がより良き闘争があると教えてくれているのよ。それに、私の相棒がね」
チラリ、と。
大半の男であれば理性を失ってしまいかねないような視線を向けた先にいたのは、少女……否、まだ子供と表現した方が相応しいような相手だった。
「ん」
小柄なその少女は短く一言だけを返し、指の間に数本の10cm程の針を挟んで男達へと視線を向ける。
その針こそが、先程ナクトへと振り下ろされる筈だった長剣の一撃を逸らした原因だと理解したのだろう。子供へと向けられる視線から、警戒すべき相手へ向ける視線に変化する。
「……去れ。お前達には関係の無いことだ。自ら揉めごとに巻き込まれることもないだろう」
残っていた男のうちの1人が、持っていた短剣を人のいない方へと向けて促す。
だが、それに返ってきたのはヴィヘラの挑発するような笑み。
「残念ながら、この2人は私がご執心の人の知人なのよ。……そうなのよね?」
「ん」
確認するかのように尋ねるヴィヘラに、ビューネは短く頷く。
盗賊としてダンジョンに潜っているビューネは、当然のように情報収集に抜かりは無い。
とは言っても、基本的には他人と会話する際にも一言で済ませるビューネだ。その情報収集は基本的に酒場やギルドで他人が話しているのを、盗賊特有の耳の良さで盗み聞くというものになる。
そして、つい昨日ギルドで今視線の先にいるエセテュスとナクトの所属しているパーティ、音の刃がレイにダンジョンで助けられたという噂話を聞いたのだ。
エグジルでもある程度有名なパーティだけに、当然ビューネも音の刃のメンバーがどんな人物かは知っていた。
ビューネにしても、レイやエレーナはフラウト家の生き残りである自分に構ってくれる好ましい人物であり、どうしても余裕が無い時であるならまだしも、特に急ぐ用事がない今ならレイやエレーナの知り合いを助けるのに躊躇はしない。
尚、何故スラム街に近いこんな場所にビューネがいるかと言えば、ギルドで引き受けた届け物の依頼を済ませた帰りであり、ヴィヘラはビューネの外見から変に絡まれるのを心配した……というのもあるが、表の世界に出てこないような相手と戦えるかもしれないというのを楽しみにしてついてきたという経緯がある。
『……』
新たに現れた2人の言葉、無言で視線を交わす男達。
自分達の実力は当然自信があるが、それでも狂獣と呼ばれているヴィヘラを相手に大きな騒ぎになる前に倒せるかと言われれば、答えは否だった。
だが、だからと言って自分達のことを嗅ぎ回っているエセテュスとナクトの2人を放ってはおけず、眼球を斬り裂かれた仲間も放ってはおけない。
様々な出来事を頭の中で考え、最終的に選択した結論は一時撤退というものだった。
「……退くぞ」
その言葉と共に、まだ動ける者がヴィヘラ達を牽制しつつ、素早く仲間を引き連れて撤退していく。
「くそっ、待て!」
「待ちなさい。貴方程度の力ではどうやっても勝ち目は無いわよ?」
「けど、ティービアが!」
止めるヴィヘラへと、エセテュスが何かを言い募ろうとするが……その時には既にオグルを含む男達の姿は消え去っていた。
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