第488話

 素材の剥ぎ取りを終えた翌日、レイ達一行の姿はいつものようにダンジョンの中にあった。

 アンデッドが存在する、地下16階。魔法陣での転移が終わった途端、再び強烈な腐臭が2人と2匹の鼻を直撃する。


「ぐっ、何度嗅いでも慣れないな」

「うむ。もっとも、慣れたい臭いではないが」

「グルゥ……」

「キュウ、キュウ、キュウウウ!」


 レイが不愉快そうに眉を顰めて呟き、エレーナが同感だというように頷く。

 グリフォンである為に他の者よりも五感の鋭いセトは、思わずと言った様子で鼻を前足で押さえる。だが効果は殆ど無いらしく、すぐに悲しそうな鳴き声を上げてレイへと視線を向ける。

 イエロは2日前同様の強烈な腐臭に、悶えるように空中を飛び回っていた。


「ほら、セトもイエロも落ち着け。こうしていてもしょうがないから、さっさと進むぞ。魔石もとっとと吸収したいしな」

「グルゥ」


 喉を鳴らしながら円らな瞳で見上げてくるセトだったが、まさかこの場でさっさと戻る訳にもいかずに通路を進み始める。

 先頭をセトとイエロ、その後ろをレイとエレーナといった具合で通路を進む。

 尚、イエロはいつものようにセトの背の上に位置取っていた。


「……一昨日はすぐにリビングアーマーが出てきたんだが、今回はいないようだな」


 リビングアーマーと戦った場所を通り過ぎつつ呟くレイに、エレーナもまた頷いて口を開く。


「リビングアーマーはそれなりに手強い敵だったし、レイとしても魔石がもう1つ必要だしな」

「ああ。とは言っても、セトが習得したスキルがパワークラッシュだったのを考えると、俺の場合はパワースラッシュの可能性が……」

「グルゥ!」


 レイの声を遮るようにしてセトが鋭く警戒の声を出す。

 無駄話を止めてその声に耳を傾けると、カツ、カツ、カツという音が聞こえてくる。

 その瞬間、レイは小さく溜息を吐く。


「スケルトンか。セト、ファイアブレスで……」


 そこまで呟き、ふと何かを思いついたかのように一瞬考え、口を開く。


「そう言えば継承の祭壇のダンジョンでも、何だかんだ言いつつスケルトンの魔石は吸収してなかったな。それを考えれば、ある意味では丁度いいか」

「グルゥ?」


 まだ鼻のダメージが治っていない……より正確には麻痺していないのだろう。周囲に漂う腐臭に嫌そうにしながら、セトがレイへと視線を向けてくる。

 本当に? とでも言いたそうな表情だ。

 だが、レイは無情にもそれに頷く。


「確かにスケルトンはランクも低いけど、ゴブリンの希少種の件を考えればもしかして……という可能性もあるからな。だから……行くぞ!」


 その声と共に、ミスティリングから取り出したデスサイズを構え、通路の奥から姿を現した3匹のスケルトンの中でも一番右の相手へと向かって巨大な刃を横薙ぎに一閃する。

 殆ど何の抵抗も感じないまま、デスサイズの刃はスケルトンの胸の位置に納まっている魔石諸共横一線に切断された。

 そのまま胸からずれていき、石畳の上へと落ちて骨が砕け散る。

 同時にその胸に納まっていた魔石が魔獣術によって吸収され消えていくが……スキルを習得した時のように脳裏へとアナウンスメッセージが流れるようなことはなかった。


「ちっ、やっぱり……なっ!」


 3匹のうち真ん中のスケルトンが、その手で握っていた刀身の錆びている剣を振り下ろしてきたのをデスサイズの石突きで受け止め、そのままの勢いで強く柄の部分を振るう。

 魔力を通されたデスサイズの能力とレイ自身の膂力とが合わさった結果、錆びた刀身の剣でそれをどうにか出来る筈もなく、次の瞬間には刀身の半ばで剣が折れる。


「らあぁぁあっ!」


 石突きを振り回した勢いを利用し、その場で回転。次の瞬間には、デスサイズの刃がスケルトンの腰を横薙ぎに一閃。そのまま上半身が地上へと落ちたところで、再びデスサイズの回転のままにまだ立っている状態だったスケルトンの足を払って転ばせる。

 次に手だけで起き上がろうとしているスケルトンの上半身へと近づいてスレイプニルの靴で肋骨を踏み砕き、その中から魔石を奪い取ると、ようやくその動きは止まり力尽きたように腕の骨が石畳の上を叩く。


「……さて」


 呟き、魔石をミスティリングへと収納しながら視線をもう1匹のスケルトンの方へと向けるが、そこでは既にセトの前足の一撃により胴体が破壊され、石畳の上へと骨の破片をばら撒いているところだった。

 骨がかなりの勢いで砕けてはいたが、それでも魔石に傷が殆ど無いのはセトが十分に手加減した一撃を放ったからこそだろう。


「俺が心配する必要は無かったな」

「グルゥ?」


 早速とばかりに石畳の上に転がった魔石をクチバシで拾い上げていたセトが、どうしたの? と喉を鳴らしてレイへと視線を向けてくる。

 そんなセトに、レイは小さく首を横に振って魔石の吸収を促す。

 レイの仕草に、即座に魔石を飲み込むセトだったが……結局は脳裏にスキル習得のアナウンスメッセージが流れることはなかった。


「駄目元に近かったし、しょうがないか」


 スケルトンの魔石からスキルを吸収できなかったことについてはあっさりと見切りを付け、周囲に散らばっているスケルトンの死体……というよりは残骸へと視線を向ける。

 武器も錆びている物が殆どであり、魔石に関しては吸収しなかった3匹のうちの1匹分でもある1個だけ。

 収穫の面で言えば限りなく少ないと言えるだろう。


「さ、次だ次。確かここから先に進んだ位置に別れ道があって、そこで左の方には幾つか小部屋があるんだったよな? そこで魔石の吸収を済ませてしまおう」


 一昨日にエレーナから聞いた話を思い出しながら確認し、通路を進みながら別れ道を左側の方へと向かう。

 石畳の通路が続いてる中で壁に幾つかの扉が存在しており、それが地図に描かれている道なのだろう。


「それで、どこの小部屋に入る?」

「一番近い場所でいいだろ。俺達に必要なのは、あくまでも魔石の吸収やスキルの実験を見られない場所なんだから」


 エレーナの問い掛けにレイが答え、そのまま一番近くにある扉を開く。

 10畳程の部屋であり、まさにこの世界の住人からすれば小部屋と表現するしかない広さの部屋だった。

 もっとも、エグジルは人口が密集している為に金のない冒険者は3畳程の部屋を取れれば御の字なのだが。

 尚、そのような部屋すらも取れない場合は雑魚寝となる。


「……この広さだと危険そうなスキルを試すのはやめておいた方がいいかもしれないな」

「だろうな。この中で一面が火の海にでもなったりするのは、私としても遠慮したい」

「グルルゥ」


 大丈夫、とでも言いたげに喉を鳴らすセト。

 そんな様子に小さな笑みを浮かべつつ、2人と2匹は部屋の中へと入りしっかりと扉を閉める。

 その後改めて部屋の中を見回すが、石畳の部屋には他には全く何も無い。

 あるとすれば、石畳の上に幾つか転がっている鎧や武器の欠片と思われる金属片くらいか。


「色々と丁度いいと言えば丁度いい場所だよな。……さて、まずは2つあるものから試していくか。セト」


 呟き、取り出したのはコボルトの魔石。

 そのうちの1つを放り投げると、クチバシでそれを受け止めたセトはそれを飲み込む。


【セトは『嗅覚上昇 Lv.1』のスキルを習得した】


 脳裏にアナウンスメッセージが流れる。

 それを聞き、レイは思わず視線をセトへと向ける。

 まさか、コボルトの魔石でスキルを習得出来るとは思っていなかったからだ。


「……さすがにこれは予想外だったな」

「もしかしてスキルを?」

「ああ。……ただし、ここで使わせるのは色々と可哀相なスキルだが」


 嗅覚上昇というからには、当然嗅覚がより鋭くなるのだろう。そう判断して首を小さく振るレイ。

 今は嗅覚が麻痺しているというのに、それを更に上昇させて再び悪臭を嗅がせるというのはさすがに可哀相だと思ったのだろう。

 レイの説明を聞き、思うところはエレーナも同様だったのか、レイの言葉に頷いて口を開く。


「普段であれば使い道の多そうなスキルだが、この状況では色々な面で不憫だな」

「そうだな。取りあえず次の階層は森なんだから、そっちに降りた時は色々と役立つだろう。……さて、セトがスキルを覚えたとなると俺も期待は出来るか?」


 コボルトの魔石を上空へと放り投げ、デスサイズを一閃。

 魔石は霞のように消えていくが、脳裏にアナウンスメッセージが流れることはなかった。


「ちっ、駄目か。今回の場合はセトがスキルを習得出来ただけでも儲けものだったと考えて置くべきだろうな」


 先程のスケルトン同様、半ばスキルが習得出来ないだろうと予想していた為、特に気落ちする様子も無く淡々とブラッディー・ダイルの魔石を取り出す。


「さて、これも2つある魔石だからどっちが吸収するか迷わないで済むな。セト!」

「グルゥッ!」


 レイの言葉と共に放り投げられたブラッディー・ダイルの魔石。それを先程のコボルトの時と同様、クチバシで受け止め素早く飲み込むセトだったが……


「……駄目か」

「グルゥ」


 スキル習得のアナウンスメッセージは脳裏に流れることは無く、セトもまた残念そうな鳴き声を漏らす。

 首を落とし、あまりにしょげているように見えたその姿は、とてもランクAモンスターとは思えない。

 もしこの現場を見た人物に、セトが高ランクモンスターだと言っても恐らくは信じられないだろう程に。

 あまりにも残念そうに見えたのか、イエロと一緒にセトの様子を見ていたエレーナがそっと手を伸ばし、慰めるようにしてセトの頭を撫でる。


「ほら、元気を出せ。そもそも、コボルトの魔石でスキルを習得出来たのを思えば、そこまで落ち込む必要は無いだろう? 大体、それを言ったらセトよりもレイの……より正確にはデスサイズの方が問題だぞ。コボルトの魔石でスキルを習得出来なかったのに加えて、ブラッディー・ダイルの魔石でもスキルが習得出来なかったら……お前のパートナーとして立つ瀬が無いだろう?」

「……いや、エレーナ。お前実はセトを慰める振りをして、俺にプレッシャーを掛けてるだけじゃないだろうな?」


 エレーナの言葉に、思わずそう問い掛けるレイ。

 だが、エレーナはそんなレイに向かって小さく笑みを浮かべながら首を横に振る。


「そんな筈はないさ。ただ、私としてはレイがどんなスキルを習得出来るかを楽しみにしているだけだよ」


 他意は無いとばかりに告げるエレーナだが、レイにしてみれば寧ろその方が余計にプレッシャーを掛けられているように感じていた。

 小さく溜息を吐き、そのままブラッディー・ダイルの魔石を空中に放り投げ、デスサイズを一閃する。


【デスサイズは『ペインバースト Lv.1』のスキルを習得した】


 脳裏に響くアナウンスメッセージ。

 だが、それを聞いたレイは思わず首を傾げる。

 ペインバーストというスキル名だけでは、どのような効果のスキルなのか全く分からなかったからだ。

 これまでのスキルは、大体スキル名だけでそれがどのような効果を持つのかを理解出来ていた。例えば飛斬というスキル名は、斬撃を飛ばすという意味ではスキル名そのままの効果と言ってもいいだろう。

 腐食や風の手といったスキルは多少分かりにくいが、それでも大体予想は出来る。

 だが、ペインバーストというスキル名は、レイにとっていまいちその効果を理解出来なかった。


(ペインだから痛み? だが、バーストというのは……ちっ、どうせなら魔獣術でスキルを習得した時、大まかにそのスキルの効果も説明してくれればいいものを。タクム・スズノセは日本から来たんだから、その辺も上手く組み込んでもいいだろうに)


 ゼパイル一門に存在していた同郷の者へと愚痴を言いながら、どのようなスキルを入手したのかを気になっているエレーナへと向かって口を開く。


「スキルは習得したがいまいち効果が分からなくてな。ペインバーストというスキル名から考えると、痛みに関係するスキルだと思うんだが」

「痛み……バーストというくらいだから、自分に与えられた痛みを軽減するとかか?」

「あるいは、逆に敵に対しての痛みを増やすといった可能性もあると思うんだが……まさか、ここで迂闊に使う訳にもいかないしな」


 溜息を吐きつつ、それでも自分に対する痛みを減らすのなら、と思いデスサイズを握ってスキルを発動してみる。


「ペインバースト」


 そして、左手でデスサイズを握っている右手を抓ってみる。


(確かに痛みは感じるが、別に普通の痛みだ。特に痛みが増していたり減っていたりする訳でも無いか。なら……)


 自分の痛覚の確認を済ませた後、エレーナに向かって口を開く。


「エレーナ、悪いけどちょっと俺の腕を抓ってみてくれるか?」

「……大丈夫、なのだな?」


 若干心配そうなその質問に、小さく頷くレイ。


「ああ。自分で抓ってみた限りでは特に痛みに変化は無い。だから他人に与えられた痛みで確認したいんだ」

「痛かったらすぐに言うか?」


 念の為といった具合に尋ねてくるその問いにレイが頷くと、エレーナはそっと手を伸ばして差し出された右腕を抓るが……


「特に痛みに変化は無し、か」


 結局痛みに変化は特に無く、生きているモンスターが次に現れた時に再び試すということになるのだった。






【セト】

『水球 Lv.3』『ファイアブレス Lv.3』『ウィンドアロー Lv.2』『王の威圧 Lv.1』『毒の爪 Lv.4』『サイズ変更 Lv.1』『トルネード Lv.1』『アイスアロー Lv.1』『光学迷彩 Lv.2』『衝撃の魔眼 Lv.1』『パワークラッシュ Lv.1』『嗅覚上昇 Lv.1』new


【デスサイズ】

『腐食 Lv.3』『飛斬 Lv.3』『マジックシールド Lv.1』『パワースラッシュ Lv.2』『風の手 Lv.3』『地形操作 Lv.1』『ペインバースト Lv.1』new


嗅覚上昇:使用者の嗅覚が鋭くなる。


ペインバースト:スキルを発動してデスサイズで斬りつけた際、敵に与える痛みが大きくなる。レベル1で2倍。

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