第489話

 ブラッディー・ダイルの魔石の吸収が終わり、取りあえず新たにレイが習得したペインバーストに関しては次のモンスター……それも痛覚のある、アンデッドではないモンスターを相手に試すということで決まり、次の魔石へと移る。


「まずはデザート・リザードマンだな」


 既にセトがデザート・リザードマンの魔石を吸収してウィンドアローのレベルを上げている以上、手元にある魔石は自然とデスサイズでの吸収に使うことになるのは当然だった。


「グルゥ!」


 自分もスキルを習得したんだから大丈夫! と喉を鳴らすセトに後を押されるように空中へと放り投げた魔石をデスサイズで一閃するが……

 脳裏にアナウンスメッセージが流れぬまま、魔石は霞のように消えていく。


「ちっ」

「魔石を吸収してもスキルを習得出来ないかもしれないというのは、レイにも分かっていただろう? それにブラッディー・ダイルの魔石からはスキルを吸収出来たんだから、そう落ち込むこともないだろう」


 思わず舌打ちをするレイを見て結果が予想出来たのか、エレーナがそっと肩へと手を乗せて励ますように告げる。

 エレーナからの言葉で気を落ち着けたレイだったが、苛立たしげに歪んでいた口元が苦笑へと変わって言葉を返す。


「確かにブラッディー・ダイルからスキルは習得出来たが、ペインバーストとかいう効果もまだ不明のものだしな。……そもそも、なんでブラッディー・ダイルからペインバーストなんてスキルが習得出来たのかも意味不明だし」

「さて、基本的には魔石の持ち主であるモンスターの特徴を受け継いだスキルを習得出来るのだろう? だとすれば、恐らくブラッディー・ダイルはそういうモンスターだったのだろうな」


 レイやエレーナがブラッディー・ダイルの魔石を手に入れたのは、アースクラブが殆ど殺した相手からだ。幸いにもと言うべきか、アースクラブとブラッディー・ダイルの水中での戦いで地上へと打ち上げられた時にはまだ何とか息のある個体もおり、そこに最後の一撃を加えたのがレイやエレーナだった。

 つまり実際に戦闘をしていない以上は、ブラッディー・ダイルがどのような攻撃方法を持っているのかは人伝に聞いた話程度の情報しかない。

 あるいは、ダイルということでレイが日本にいた時に知ったワニが当て嵌まるかもしれないが。


「まぁ、いい。とにかく次だ次。残っているのはアースクラブとスパイラル・ラビットの魔石だが……どうする?」

「グルゥ」


 レイの問い掛けに、セトが迷わず選んだのはアースクラブの魔石だった。

 一瞬迷った後で頷き、手に持っていた魔石をセトへと向かって放り投げる。


「グルルルゥ!」


 それをキャッチし、飲み込むセト。


【セトは『バブルブレス Lv.1』のスキルを習得した】


 そして脳裏に流れるアナウンスメッセージ。

 だが、レイが先程習得したペインバーストとは違い、このスキルの効果がどのようなものなのかはすぐに理解する。

 何しろ、アースクラブと戦った時に実際に使われたのだから。

 そのブレスは、まるでシャボン玉のように無数の泡となって吐き出され、その泡を割ると粘着性の高い液体へと変化して動きを阻害するというものだ。

 ある意味ではファイアブレスよりも派手で、色々な意味で人前で使うのには躊躇せざるを得ないスキルである。

 しかし、その効果は非常に汎用性が高いだろう。敵の足止めという意味ではかなり有用な効果を持つスキルでもあった。

 それをレイに説明されたエレーナは、やがてアースクラブが使っていたバブルブレスを思い出したのだろう。納得した表情を浮かべてセトの頭を撫でる。


「キュキュ!」


 イエロもまた、バブルブレスがどのようなスキルなのかは理解していないのだろうが、それでもエレーナ達が嬉しそうにしているのを見て、空中で羽を羽ばたかせながら喜びの声を上げる。


「セト、取りあえず……そうだな、そこの壁にバブルブレスを使ってみてくれ」

「グルゥ。……グルルルゥ!」


 レイの言葉に小さく頷くと、セトはそのまま口を大きく開いてバブルブレスを発動する。

 その口から出たのは、最大でも直径1cm程度の小さな泡。それが無数に吐き出されて壁に命中すると、まるでチューインガムの風船が破けたかのように、ベッタリと壁にへばりつく。

 セトの口から出た泡の大きさは、アースクラブのものに比べるとかなり小さいと言ってもいいだろう。そして、泡が液体に変化した時の粘着力についても泡の大きさに比例しているのか、アースクラブが使っていたものに比べると落ちているように感じられた。


(魔獣術の特性を考えればしょうがないんだけどな。後は似たような攻撃方法を持つモンスターの魔石を吸収していくしかないか。それに、バブルブレスはこのままでも十分役に立つスキルだ)


「なるほど、確かにアースクラブが使っていたのと同じだな。……射程距離や泡の大きさ、粘着力といった面では負けているが」


 エレーナもレイと同じ結論に至ったのか、セトの頭を褒めるように撫でながら呟く。

 そのまま数分程が経過し、やがてエレーナの視線はレイへと向けられる。より正確には、レイが持っている魔石の最後の1つへと。


「最後の1つ、か。さて、どうなるだろうな」


 最後に手の中に残ったスパイラル・ラビットの魔石に触れながら呟くレイ。

 セトへと視線を向けると喉を鳴らしながら小さく頷き、エレーナへと視線を向けると、こちらもまた同様に小さく頷く。

 イエロはそんなエレーナの左肩の上に止まり、尻尾を振りながらキュウキュウと鳴いていた。


「よし、取りあえず最後だ」


 そう口にしたレイは魔石を空中へと放り投げ、デスサイズで一閃する。

 霞のようになって切断された魔石は消え失せ……


【デスサイズは『ペネトレイト Lv.1』のスキルを習得した】


 そう脳裏を過ぎる。


「……また、分かりにくいスキル名を……」


 ペインバーストと同様に効果が分かりにくいその名前に、思わず舌打ちを1つ。


「その様子だと、スキルは習得出来たようだな」

「ああ。ペネトレイトというスキルがな。まぁ、取りあえず使ってみるか」


 エレーナへと言葉を返し、エレーナやセト、イエロから少し離れた場所へと移動するとデスサイズを構えて口を開く。


「ペネトレイト!」


 スキルを発動したその瞬間、デスサイズを中心に微かに風が纏わり付くような感触を覚えるレイ。

 その様子にきちんと効果が発揮していると判断し、何も無い空間に向かってデスサイズの刃を振り下ろす。

 だが……


「何も、起きない?」


 そう、確かに空間そのものを斬り裂くかのような鋭い一撃ではあったが、それは普段でもレイがデスサイズを振るえば見られる光景だ。本来であれば何らかのスキルの効果が発揮していなければおかしいのだが、その様子は全く見られない。


「どうなっている?」


 まだデスサイズの周りに風が纏わり付いているような感触があった為、スキルが発動しているのは事実であり、思わず首を傾げて再びその巨大な刃を空中に向かって振るう。

 一度、二度、三度。その全てで何の効果も無いのに首を傾げていると、やがてデスサイズの周囲に漂っていた風はその姿を消す。


「……風を纏わせるだけのスキル、とかか?」


 それだと全く役立たずのスキルだ。そう言いたげなレイへ、じっとその様子を見ていたエレーナが声を掛ける。


「レイ、魔獣術というのはそのモンスターの特徴的な攻撃方法を吸収するものだったな?」

「ん? ああ。その通り……ああ、なるほど」


 エレーナの言葉に、スパイラル・ラビットの攻撃方法を思い出す。

 その、まるでドリルのような細長い角で木の幹を貫通させる程の威力を放った一撃を。

 確かにあの一撃を考えれば、ペネトレイトの効果も予想は出来た。

 デスサイズを持ち替え、石突きの部分を槍のようにして持ちながら再びスキルを発動する。


「ペネトレイト!」


 その言葉と共にデスサイズの石突きの部分を突き出すと、先程同様に風がデスサイズに纏わり付く感触があり……放たれた石突きは、そのままの状態で空中を貫く。

 威力自体はどの程度なのか分からないが、間違いなくスキルが発動してそれが効果を発揮したというのは感じ取ることが出来た。


「石突きの方だけでしか発動しないのか。……これも威力に関しては実際に敵と出会ってからだな」

「グルゥ、グルルルゥ」


 スキルの発動に成功したレイへ、祝福するようにセトが喉を鳴らして身体を擦りつけてくる。

 まるで自分のことのように喜んでいるその様子は、見る者の心を暖かくさせる。……ただし、ここがダンジョンの中で、しかもアンデッドのいるような場所で無ければだが。


「ほらレイ、セトも。先に進むぞ。魔石の吸収は終わったんだから、なるべく早くこの階層は攻略してしまいたい。……こういう小部屋があるというのは便利なんだが、長くいたい場所ではないからな」


 エレーナのその言葉を聞き、確かにと頷いた一行は早速ダンジョンの攻略を再開する。

 先程の別れ道まで戻り、地下へと続く階段のある右側へ。そのまま真っ直ぐ進んで以前に異常種と戦った場所へと到着する。通路が3つに分かれており、広間のようになっている場所だ。


「この前はここでティービア達が逃げてきて、異常種のスケルトンと戦ったんだよな」


 呟きながら、右側の方へと視線を向ける。


「ああ。……そう言えば昨日の素材剥ぎ取りの時は手伝って貰ったって話だったが、どうだった?」

「何だかんだで冒険者を纏めてくれたよ。仕切り慣れているって感じだったな」

「ほう? それは……」

「グルルゥ」


 そこまでエレーナが呟いた時、セトが警戒の鳴き声を漏らす。

 その様子に言葉を止めたエレーナとレイが、まさかと思いながら右の通路へと視線を向けていると、やがてカチャ、カチャ、カチャ、カチャという軽い音が聞こえてくる。


「おいおい、また異常種のスケルトンが現れたとかじゃないだろうな?」


 嫌そうに眉を顰めつつ、デスサイズを構えるレイ。その隣ではエレーナとセト、イエロもそれぞれの戦闘準備を整えていた。

 もっとも、イエロの場合はいつもの如く戦闘の邪魔にならないように上空へと退避するだけなのだが。

 攻撃の準備を万端にして待ち構えているレイ達の前に姿を現したのは、足音から予想された通りスケルトンだった。

 その数は3匹。ただし、以前戦った異常種の姿が無いのを見てレイは安堵の息を吐く。


「ふう、普通のスケルトンか。驚かせてくれる。……ただまぁ、スキルを試す相手としてはそれ程悪くは無いか。セト」

「グルルルルゥ!」


 レイの言葉で何を求められているのかを理解したのだろう。セトはクチバシを開くと、そこから無数の泡を……バブルブレスを吐き出す。

 勢いよく飛ばされた、一見シャボン玉にも見えるその無数の泡は、レイ達の方へと近づいてこようとしていたスケルトン3匹へと命中すると、即座に弾けて効果を発揮する。

 粘着力のある液体に変わり、地面へと……あるいはその液体が触れた骨同士をくっつけ、その場から動けなくする。

 石畳の上にくっつけられた3匹のスケルトン。それを見ていたレイ達は効果の凄さに目を見開くが、それも一瞬だった。

 スケルトンが暴れるにつれ、バブルブレスが変化した液体から粘着力が少なくなっていくのだ。


「グルゥ……」


 その結果に残念そうに喉を鳴らすセトだが、レイはそっと頭を撫でてやる。


「心配するな。これはレベル1だからだよ。もっとレベルを上げれば粘着力が高くなって、有益なスキルになる」

「グルル!」


 レイの保証に、頑張る! と言いたげに鳴き声を上げるセト。

 そんなセトの頭を軽く撫でたレイは、そのままデスサイズを手に身動きを取り戻そうともがいているスケルトンへと向き直る。

 バブルブレスによって産み出された粘着力のある液体は、次第にスケルトンの行動でその効力を少なくしていく。


(ああは言ったが、スケルトン程度のモンスターの動きを1分も止めていられないとなると、あくまでも今のところは足止めといったところか。……けど、実際にそれで十分すぎる程に役には立つ!)


 呟きながら、レイは手の中でクルリとデスサイズを持ち替える。

 巨大な刃ではなく、鋭く尖った石突きの部分が動きを絡め取られているスケルトンへと向かうように。


「さて、バブルブレスの次は俺の新しいスキルを食らって貰おうか!」


 その声と共にデスサイズをの石突きを構えたままスケルトンとの距離を縮め……


「ペネトレイト!」


 スキルを発動する。

 デスサイズに風が絡みつくのを感じつつ、石突きの部分を一直線に突き出す。

 そして石突きがスケルトンの脇腹へと命中した瞬間、デスサイズに絡んでいた風がその力を解放し、石突きは肋骨諸共に魔石をも貫通、破壊した。

 デスサイズに絡みついていた風が消えたのを感じ、そのまま薙ぎ払うようにして魔石を破壊したスケルトンを横薙ぎに吹き飛ばし、再び手の中でデスサイズを返して振るわれた刃で残り2匹のスケルトンを魔石諸共に消滅させる。


「突きの威力は大分高まったようだが、所詮はスケルトン相手だからな。出来ればもう少し強力なモンスターで試してみたいんだが」


 呟き、不満そうに溜息を吐くのだった。






【セト】

『水球 Lv.3』『ファイアブレス Lv.3』『ウィンドアロー Lv.2』『王の威圧 Lv.1』『毒の爪 Lv.4』『サイズ変更 Lv.1』『トルネード Lv.1』『アイスアロー Lv.1』『光学迷彩 Lv.2』『衝撃の魔眼 Lv.1』『パワークラッシュ Lv.1』『嗅覚上昇 Lv.1』『バブルブレス Lv.1』new


【デスサイズ】

『腐食 Lv.3』『飛斬 Lv.3』『マジックシールド Lv.1』『パワースラッシュ Lv.2』『風の手 Lv.3』『地形操作 Lv.1』『ペインバースト Lv.1』『ペネトレイト Lv.1』new



バブルブレス:無数の泡を吐き出す。泡の大きさは直径1~3cm程で、対象にぶつかると破裂して粘着力のある液体へと変わり、敵の動きを止める。


ペネトレイト:デスサイズに風を纏わせ、突きの威力を上昇させる。ただし、その効果を発揮させるには石突きの部分で攻撃しなければなららない。

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