第472話
エレーナへと向かって襲いかかった、これまで何度となく倒してきたサンドワームの中でも殊更に巨大な体躯を持つ相手の口。
研ぎ澄まされた剣の如き鋭さを持つ牙が生えている巨大な口がエレーナへと襲いかかろうとした、その時。
「グルルルルルルルゥッ!」
サンドワームは、雄叫びと共に真横から叩きつけられた衝撃に大きくその身体を揺るがす。
一瞬の後、ようやく我に返ったサンドワームが視線を地上へと向けると、既にそこには自らの餌となる筈だった人間の姿はない。
勿論エレーナにしても、あのまま襲われたとしてもどうにでも対処することは可能だった。大きく後方へと跳躍して回避するもよし、その場で身が触れる程の距離で回避しつつカウンターとして攻撃を叩き込むもよし、エレーナとしてはまず選択したくない手段だったが、自分からサンドワームの口中へと飛び込んで噛み砕かれる前に体内へと入り込んで身体の中から攻撃するもよし。
ともあれ他に幾つも選択肢はあったが、エレーナが採った手段は後方への跳躍という一般的なものだった。
だが、それだけで終わらないのがエレーナが姫将軍であるが由縁だろう。
サンドワームの真横から突っ込んでいったセトの姿を確認したエレーナは、後方へと跳躍しながらも連接剣を振るう。
通常の剣や槍といった武器では絶対に届かない間合い。だが、それが連接剣であれば話は別だ。
振るわれた連接剣は、その刃でサンドワームを斬り裂いていく。
先程振るった時とは違い、より多くの魔力を込められた連接剣はサンドワームの皮を裂き、肉を削ぎ、骨にすらも刃を届かせる。
更に、その一撃はあくまでも囮でしかない。その激痛に身体をくねらせようとしたサンドワームの頭部へと再び真横から振るわれるセトの一撃が命中し、その一撃は眼球を吹き飛ばし、その周辺の骨もまた砕く。
それでもまだ死なず、痛みで暴れることが出来る生命力はサンドワーム特有のものだろう。
その、暴れるという行為が自らにとって致命的なものになるとも知らずに。
「セト!」
「グルルルルゥッ!」
レイの呼びかけに、前足による一撃を放った後で地面へと着地していたセトは大きく後方へと跳躍してレイの隣へと向かう。
そんなレイの隣にはエレーナの姿もあり、連接剣を構えていた。
「レイ?」
だが、自分の隣に立つレイが暴れているサンドワームへと向かって追撃をしないのを見て訝しげに尋ねる。
そんなエレーナの言葉に戻ってきたのは、フードの下に浮かべる小さな笑みだった。
「心配するな。セトの一撃を食らった時点でもうあいつは終わりだよ」
「……? ああ、なるほど」
一瞬レイの言っている意味が分からなかったエレーナだったが、レイの視線の先にあるのがセトの爪だと悟ると、すぐにセトの習得したスキルを思い出す。
そう、グランド・スコーピオンの魔石で毒の爪のレベルが4に上がったというのを聞き、アースクラブにも使われたそのスキルをエレーナが理解するのはそう難しいことではなかった。
セトによる毒の爪の一撃を食らい、更にエレーナの放った連接剣の一撃による痛みで地面を暴れ回る。それにより毒の巡りが早くなり、数分も掛からず毒が完全に回りきってその巨体に見合った音を立てながら地面へと倒れ込む。
「毒の爪、か。アースクラブの時は茨の槍と炎の魔法で仕留めたが、こうして見ると随分と威力の高い攻撃方法だな」
「グリフォンが毒の爪ってのも、正直どうかと思っていたが……こうして自分の目で確認してみると、それ程悪くない」
「グルルゥ!」
凄いでしょ! とばかりに、自慢げに喉を鳴らすセト。
そんなセトを撫でながらも、レイは思わず溜息を吐く。
「オアシスの階層はモンスターの出現率が高いって聞いてたけど……予想以上だな。戦闘中の乱入はこれでアースクラブの時に続いて2回目だぞ?」
「ブラッディー・ダイルがアースクラブに襲いかかったのを回数に入れると3回目だがな。……それで、どうする?」
チラリと絶命しているサンドワームと、そこから少し離れた位置にあるデザート・リザードマン2匹の死体へと視線を向けて尋ねるエレーナ。
レイとしては、出来ればここで素材の剥ぎ取りはしたくない。したくはないのだが、視線の先にいるサンドワームは身体の全てが地面から出ていないにも関わらず、体長は10mを超えている。
勿論ミスティリングがある以上持ち運ぶのには苦労しないが、それでもこれだけ大きいと素材の剥ぎ取りをする場所が問題だった。
(まさかエグジルの中でこいつを解体するって訳にもいかないだろうしな。いや、ギルドの訓練所辺りを使えば問題はないんだろうが……別の問題が現れる可能性が高い)
レイ自身は自分の異名やグリフォンを連れているということもあって、エグジルではかなり名前が知れている。
だが、それが許せないと思っている冒険者の数も多少はいる以上、ギルドの訓練所でモンスターの剥ぎ取りをしていればそのような者達に絡まれる可能性が高いという判断だった。
当然そんな相手に対しては何ら慈悲を掛けるレイではないが、だからと言って好んで揉めごとを起こしたい訳でもない。
(どのみちこのオアシスの階層にはモンスターが豊富にいるみたいだし、それならここで解体して血の臭いに惹かれてやってきた奴を倒すというのもいっそありかもしれないな)
頭の中で素早くリスクとリターンを計算し、この階層にいるモンスター程度なら恐らくは大丈夫だろうと判断する。
もっとも、地下14階のバジリスクの件を思えば完全に安心出来るという訳でもないのだが。
「このサンドワームは持って帰っても素材の剥ぎ取りを行う場所が色々と問題になるし、取りあえずこいつだけでも解体してしまおう。デザート・リザードマンに関しては後でいいだろうけど」
エレーナに言葉を返しつつ、地面に倒れている2匹のデザート・リザードマンの死体へと触れてミスティリングへと収納する。
「セト、悪いが周囲の警戒を頼む。これだけの大きさのサンドワームだから、当然その血の臭いに惹かれてやってくるモンスターも多い筈だ」
「グルゥッ!」
任せて、と鳴き声を上げるセトに周囲の警戒を任せ、レイとエレーナは以前上の階層でやったようにサンドワームの解体を始めるのだった。
「これで最後だな」
呟き、サンドワームの眼球の水晶体を取り出して保存容器へと詰め、ミスティリングへと収納する。
剥ぎ取りを始めてから40分程。プレアデス達が1匹10分程度で剥ぎ取りを終えていたのに対して随分と時間は掛かったが、それはレイ達の段取りが悪いというのも多少はあるが、最大の理由はやはりサンドワームの巨大さ故だろう。
身体の全てが穴から出ていなかった為、一旦レイがミスティリングへと収納してから改めて出すという手段を使ったのだが、その体長は15m以上もあったのだ。
通常のサンドワームが5m程度なのを考えれば、およそ3倍もの長さを誇っている。
その姿を改めて見たレイは、もしかしたら異常種か? とも思ったものの、通常のサンドワームと比べて違っているのは大きさだけであり、外見に関しては全く違わない。
これまで見てきた異常種は全て基になったモンスターとは違う姿をしていただけに、最終的には環境の違いだと判断して通常のサンドワームと同様の剥ぎ取りを行った。
他にも、胃の中につい先程食い殺されたデザート・リザードマンの死体がまだ残っており、その死体で使える部分を探していたというのも大きい。
牙で身体の殆どを噛み千切られ、胃の中にあったことで半ば溶かされかかっていたのだが、それでもデザート・リザードマンの体内にある魔石が無事だったのはレイにとって幸運だっただろう。
このデザート・リザードマンとは多少なりとも交戦した以上、魔獣術の条件を満たしていたのだから。
「グルルルゥ」
そんなレイへと、セトが喉を鳴らしながら近づいてくる。
そのクチバシや前足に血の跡がついているのは、返り血だろう。
剥ぎ取りの最中に戦闘音が聞こえてきたことから半ば予想していたレイは、自分達も手を洗う為に流水の短剣を取り出す。
「ほら、洗ってやるからちょっと来い」
まず最初に流水の短剣から出た水でセトのクチバシや前足、あるいは身体についている返り血を洗い流す。
レイの魔力を使って流水の短剣で生み出された水を飲んだことがある者がこの光景を見れば、間違いなく勿体ないと叫ぶような光景。
王族ですら飲んだことが無いような美味い水を使っているのだから、無理もないのだが。
「グルルゥ、グル、グルルル」
レイに洗って貰うという行為に、セトは上機嫌に喉を鳴らす。
それを見ているエレーナも、そんなセトの様子に思わず笑みを浮かべ……自分の手がサンドワームの血や体液で濡れているのに気が付き、微かに眉を顰める。
「レイ、悪いが私も手を洗いたいのだが」
「ん? ああ、悪い。気が利かなかったな。こっちにきてくれ。ついでに簡単だけど洗ってしまうから」
そのままエレーナもレイ達の近くへと移動して大雑把にだが汚れをとる。
体長15m以上もあるサンドワームを解体しながら素材の剥ぎ取りをしたのだから、どうしても手足にその血や肉、体液といったものが付くのはしょうがない。
そのまま数分程で2人と1匹は大体の汚れを落としてすっきりとした表情を浮かべていると、見る間に濡れていた場所が渇いていく。
(こういうのは、気温が高い砂漠の階層の長所なんだろうな)
そんな風に考えつつ、サンドワームの素材や魔石、討伐証明部位、セトが食べる肉といったものを次々にミスティリングの中へと収納し……
「あ」
それらに触る以上、当然洗ったばかりのレイの手は再び汚れることになるのだった。
小さく溜息を吐き、再び流水の短剣を出すのも面倒だとばかりにオアシスの水を使って軽く手を洗う。
何匹かのブラッディー・ダイルがレイの隙を窺っていたようだが、素早く手を洗った為に襲われるようなことはないまま素早くオアシスから離れることに成功する。
そのまま、もしレイに襲いかかったらカウンターでの攻撃を狙っていたセトに笑みを浮かべて近づき、感謝の意味を込めてそっと頭へと手を伸ばす。
「グルゥ?」
撫でられる感触に心地良さげに目を細めているセトの様子に、思わず笑みを漏らしながら周囲を確認する。
視線の先にあったのは、5匹のコボルトの死体。
レイとエレーナがサンドワームの解体中に、その血の臭いに惹かれて襲いかかってきたのはいいものの、周囲を警戒していたセトにあっさりと返り討ちにあったものだ。
「……懲りないな」
少し前に襲ってきて全滅させられたというのに、すぐにまた襲ってくるとは。
そんな風に考えたレイだったが、すぐに納得したように頷く。
「全滅してるからこそ、か」
もし1匹でも生き残っていれば、あるいは仲間の下に戻ってレイ達の危険性を伝えることが出来ただろう。
だが、全滅したが故にその情報が全く伝わらず、強烈な血の臭いに惹かれてやってきてみればレイ達が巨大なサンドワームを解体している真っ最中。この状態で襲わない訳がなく、結果的にセトの手に掛かって全滅するという結果を迎えたのだ。
「ま、攻めてきたのがコボルトだけだったというのは、正直微妙だけどな」
5匹分のコボルトの死体は、その殆どが激しい損傷を受けている。
頭部そのものが破裂して存在していなかったり、あるいは離れた場所に頭部が転がっていたり、クチバシで放たれた一撃をまともに受けたのだろう、胴体に大きな穴が空いている死体も存在していた。
「セト、殺すのはいいけど手加減というか、討伐証明部位は確保出来るようにしてくれると助かる」
「グルゥ」
ごめんなさい、と頭を下げるセトの頭を次から気をつけろと軽く撫で、死体に触れてはミスティリングの中へと収納していく。
今回はコボルトのようなランクの低いモンスターだったからこそ特に問題にはならないが、もしこれがもっと高ランクなモンスターで貴重な素材を持つモンスターだった場合は目も当てられない。そう思って注意したレイだったが、セトにしても今回のような真似をしたのは敵が低ランクモンスターだからという理由もある。
「レイ、とにかくこれ以上ここにいる必要がないのなら、先へ進まないか? モンスターが来るのを待ち受けるというのならそれもいいが……」
どうする? と視線で尋ねてくるエレーナに対し、周囲の様子を眺めながら数秒程迷ったレイはすぐに決断する。
「先を急ごう。確かにサンドワームの血の臭いで敵を誘い出して魔石や素材を稼ぐというのはそれなりに効果があるけど延々とやっていられる訳でもないし、下手に大量のモンスターに襲撃されて手が回らなくなったりするよりは、適当なところで切り上げた方がいい」
アースクラブのようなモンスターが複数来たりすれば、負けないまでも倒すのに時間が掛かり、その戦闘音を聞いて更に他のモンスターが姿を現す可能性も高い。サンドワームの素材剥ぎ取りのついででそこまでの危険を冒すのは得策ではない。
そんな風に告げるレイの言葉にエレーナやセトも納得し、そのまま2人と1匹はその場を後にし……それからも幾度か襲ってきたモンスターを撃退しながら数時間、地下16階へと降りる階段を発見することになる。
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