第460話
「……ランクCでも上位の存在だというから期待したのだけど、この程度というのはちょっと期待外れだったわね」
地面に倒れ伏しているサイクロプスの死体へと視線を向け、ヴィヘラは溜息を吐きながら呟く。
最後に放った一撃、サイクロプスの命の炎を消した一撃により頭部は完全に爆散しており、近くの岩へと脳みそや血、体液、骨、肉といったものがこびり付いている。
頭部を失った死体が本当に生命を途切れさせているというのを確認したヴィヘラは、つまらないものを見るような視線をサイクロプスの死体へと向け、次の瞬間には完全に興味を失う。
ヴィヘラの闘争欲とでも呼ぶべき欲求を満たしてくれない相手だった為、既に価値は無いと判断したのだろう。
何しろ、視線の先には期待外れだったサイクロプスよりも余程自分の欲望を掻き立ててくれる相手がいるのだから。それも2人も。
そうなれば、当然そちらの方に興味が向くのは当然だった。
もっとも、今回ヴィヘラがサイクロプスを一方的に倒すことが出来たのは、純粋に実力の差があるという以外にも戦闘スタイルが噛み合ったというのも大きい。もしこれが、速度や技を重視するようなモンスターであった場合は、ヴィヘラももっと苦戦していたのは間違いないだろう。
勿論ヴィヘラ自身の実力が並外れている以上、速度や技の優れたモンスターと戦ったとしても負けるということはありえなかっただろうが、それでもここまで一方的に勝利を得ることは出来なかった筈だ。
ヴィヘラ自身それを理解しているが故に、近づいてくるレイとエレーナに向かって小さく肩を竦める。
「さすがの強さだな」
「別にこの程度の相手だとそれ程に誇れることじゃないわ。……今回はこの程度の相手だったからいいけど、次からは私の戦いの邪魔をしないでちょうだい」
その言葉が、先のサイクロプスの一撃を繰り出されそうな時に放たれた石についてだと理解したレイは小さく頭を下げる。
「悪いな、咄嗟に身体が動いた。ヴィヘラなら俺が手出しをしなくてもあの程度の攻撃は回避していただろうが」
「……まぁ、今も言ったけど、この程度の敵だったから構わないわよ」
そこまで告げたヴィヘラは、小さく溜息を吐いてから気分を変えるように改めて口を開く。
「それよりも、また珍しいところで会うものね?」
「私達はダンジョンを1階ずつ地下に降りているのだから、この階層にいるのは当然だろう。そちらこそ、なんでまたこの階層に?」
戦闘が終了しても、ヴィヘラの目に浮かんでいる闘争に対する欲求を現す淫靡な光は消えない。
いや、寧ろサイクロプスがこれだけの巨体を誇る割には予想外にあっさりと勝ってしまった為、欲求不満気味ですらあった。
それを解消してくれる相手が……しかも2人、あるいはセトを入れれば2人と1匹も現れたのだから、ヴィヘラが己の中の闘争欲に流されそうになるのは、ある意味で当然だった。
「ん!」
だが、そんなヴィヘラに向かってビューネが抗議するように短く叫び、無表情に視線を向ける。
そしてヴィヘラから移動したビューネの視線が向けられているのは、頭部の存在しないサイクロプスの死体。
頭部から生えている角や眼球は、サイクロプスの中でもかなり高価に買い取って貰える素材だ。ビューネとしては、それを容赦なく砕いたヴィヘラに色々と言いたいことがあるのだろう。
「あら? そう言えばそうだったわね、ごめんなさい」
全く悪びれた様子が無いままに謝るヴィヘラに向かって、更にビューネが何かを言い募ろうとした、その時。
「グルゥ」
短く喉を鳴らしながら、クチバシで咥えていた何かをそっとビューネの方へと差し出す。
外套から出たビューネの手の平の上にそっと置かれたのは、サイクロプスの角だった。
ただし完全なままではなく、ヴィヘラの放った一撃か、あるいは弾け飛んだ時にどこかに当たったのか、角の一部というべき代物になっていたが。
「……ん」
表情を変えず、それでも付き合いが長ければ残念だと分かるように呟きつつも角の破片を受け取るビューネ。
少しでも多く金を稼ぎたいビューネにとっては、欠片であったとしてもサイクロプスの角というのは捨てることが出来ないものだった。
「ごめんなさいってば。それよりもほら、サイクロプスの解体をしましょ」
「……ん」
ヴィヘラの言葉に頷き、視線をサイクロプスの死体へと向けてから改めてレイの方へと視線を向ける。
いや、レイではない。正確に言えばレイの腕の部分。
頭部が無くなっても、身長4m近い体躯を持つサイクロプスを解体するのだから、ビューネが何を言いたいのかは明白だった。
更に、サイクロプスが使っていた武器もある。
見るからに何らかの鉱石を使って作り出された巨大なハンマー。これもまた売るとすれば――素材としては――かなり高い値段が付くのは間違いない。
……サイクロプスが使っていたハンマーを持って帰れるのなら、という条件は付くが。
だが、ここにはアイテムボックスを持っているレイがおり、ビューネが何を言いたいのかは明白だった。
ビューネだけではなく、エレーナやヴィヘラもまた同様にレイへと視線を向けている。
まさか女の子の頼みを断らないでしょう? 無言でそんな風に告げてくる2人に、やがて溜息を吐いて両手を挙げるレイ。
「分かったよ。ただし、さすがに無料という訳にはいかない。……個人的に言えばサイクロプスの魔石が欲しいところだが……さすがにそんな訳にもいかないしな」
「ん!」
当然! とばかりにビューネが頷く。
(ビューネ自身は戦闘をしていなかったんだけど……まぁ、その辺は役割分担なんだろうな)
戦闘担当がヴィヘラで斥候や罠の確認といった盗賊の役割がビューネという具合に、綺麗に役割分担されているパーティであるが故なのだろうと納得するレイ。
もっとも、以前にレイ達と臨時でパーティを組んだ時に見せたように、ビューネ自身に戦闘力が皆無な訳ではない。
いや、寧ろランクDの盗賊として考えればその戦闘力はかなり高いと言ってもいいだろう。
「グルルルゥ?」
何を代わりに貰うべきか。頭部の無いサイクロプスの死体を見ながら考えていたレイへと、セトが円らな瞳を輝かせながら視線を向けてくる。
その視線が何を意味しているのかは明白だった。
サイクロプスの肉は野性的な味で癖が強いが、それでも美味いと感じる者はそれなりの数がいる為、比較的高値で流通している。
それらの事情は知らなくても、セトにとっても食べたことがない肉である以上、味見をしてみたいと考えるのは当然だった。
「グルゥ?」
いいでしょ? と小首を傾げて尋ねてくるセトに、半ば押し切られるようにして溜息を吐く。
もっとも、レイ自身もサイクロプスの肉を食べてみたいという思いが無い訳では無かったのを考えれば、ある意味当然の帰結だったのかもしれないが。
「ビューネ、提案だ。そのハンマーとサイクロプスで売れる素材は全て俺が運ぶ。その代わり、サイクロプスの肉は全部こっちに渡して欲しい。……どうだ?」
「ん……んー……ん?」
表情を変えないままに数秒程考えていたビューネが、小さく首を振る。
「それだと駄目だってことか?」
レイの言葉に小さく首を振るビューネ。
感情の変化くらいは何となく分かるようになったレイだったが、それでも基本的には『ん』しか口にしないビューネとの意思疎通は難しい。
小さく首を振ったのだからレイの提案を拒否したのかと思いきや、そうではない態度で示しているのを見れば、どんな思いを抱いているのかが本気で分からず、混乱しそうになったのだが……
幸い、この場にはレイ達よりも長くビューネと行動を共にしており、その意思を理解……あるいは翻訳出来る者が存在していた。
「基本的にはそれで構わないけど、自分が食べる分の肉はある程度譲って欲しいそうよ」
ヴィヘラの言葉に数秒程考え、やがて頷く。
何しろ身長4mを超える程の大きさなのだ。それこそ肉の1ブロックや2ブロック程度を譲ったとしても問題は無いと判断したが故の頷きだった。
「じゃあ、これで話は決まりだな」
「ん!」
ビューネにしても、肉を欲したのは別に売る為ではなくあくまでも自分の食事用にだ。だからこそ1ブロックという条件で満足したのだろう。
「さて、交渉が纏まったところで素材の解体に入りましょうか。これだけの大きさだし、4人でやらないと時間が掛かりそうだしね」
「……そうだな。手早く済ませよう」
ヴィヘラの言葉に、特に反論も無いままに頷くエレーナ。
その様子を見て少し驚きの表情を浮かべるヴィヘラだったが、何かを言ってヘソを曲げられても困ると判断したのだろう。ビューネからナイフを受け取り、早速サイクロプスの解体に取り掛かる。
ビューネのことを可愛がっているエレーナのことだ。ヴィヘラの存在は気に入らないかもしれないが、それでも多少のことで投げ出すような真似はしなかっただろう。
「じゃあ、セト。お前は周囲の見張りを頼む。今まではこのサイクロプスがいたからモンスターが近寄ってこなかったみたいだが、解体でサイクロプスの血の臭いが周囲に広がるだろうから、それを目当てにしたモンスターがやってくるかもしれないからな」
「グルゥ……グルルルルゥッ!」
任せて! と自信ありげに鳴き声を上げるセト。
もっとも、そのやる気の大半がサイクロプスの肉という、文字通りの意味で餌に釣られた結果なのは明らかだったのだが。
ともあれ、レイ達4人はそれぞれサイクロプスの解体を開始する。
最も高価な魔石が存在する胴体はヴィヘラとビューネが。手はエレーナが、足はレイがという具合に解体を行っていく。
まずは皮を剥ぎ、肉を骨から切り分けて素材でもある筋と一緒に取り出す。
言うだけなら簡単なのだが、サイクロプスの巨体を考えれば実際にそれを行うのは一苦労だ。
強い鉄錆の匂いが周囲へと広がり、あるいは胃の中でまだ消化されずに残っているものや体液が周囲に強烈な匂いを放つ。
ここがホール状になっている場所で、風の通りが悪いというのも影響していたのだろう。上空から風が入るので、完全に密閉空間という訳では無いのだが、それでもやはり砂漠のような場所で解体するよりは匂いが籠もる。
もっとも、冒険者として活動している以上はその程度で堪える筈も無い。それぞれが不愉快そうに眉を顰めながらも素材の解体を行っていき……やがて1時間程掛け、サイクロプスは素材と肉と魔石と討伐証明部位のように売れる部位と、売れない部位に切り分けられる。
「さすがに疲れたな……」
解体を終えたレイは、大きく伸びをしながら呟く。
だが、レイの仕事はまだ終わっていない。剥ぎ取った素材をミスティリングの中へと収納するという仕事が残っているのだ。
「グルゥ」
そんなレイに、いいでしょ? と小首を傾げて喉を鳴らすセト。
小さく笑みを浮かべ、炎の魔法で内臓を焼いたついでにブロック肉から一口分だけ切り分け、表面だけをさっと焼いてからセトへと放り投げる。
「グルルルルルルゥッ!」
嬉しそうに鳴き声を上げ、空中を飛んでいる肉をクチバシで受け止め、そのまま味わう。
味付けも何もしていない、ただ焼いただけの肉だったが、そのしっかりとした赤身の旨味が口の中に広がり、セトを満足させる。
本音を言えばもっと食べたいとレイに頼みたいのだが、さすがにセトにしてもこの状況でこれ以上食べさせてくれとは言えないし、何よりレイ自身もこれ以上の我が儘は許さないだろうという判断があった。
「ん!」
魔石や討伐証明部位、あるいは素材の全てをミスティリングの中に収納したレイだったが、ビューネの声がした方へと振り向くと、そこにはサイクロプスが使っていたハンマーが転がっている。
「これもだな」
「ん」
当然、と頷くビューネ。
実際、このハンマーはこのままでは使える者はほぼいないだろうが、溶かして新しい武器や防具を作る為の材料と見ればそれなりに有益な素材ではある。
あるいは、頭部の角や眼球を回収できなかったサイクロプスの素材よりも高く売れるかもしれない。
そんな風に思いつつ、レイは地上に転がっている巨大なハンマーへと手を伸ばす。
武器の長さで言えばハンマーの先端から柄の先までで3mを超え、重量は200kgを優に超えるだろう。
(確かに普通のパーティでこれ程の武器を持ち帰るのは不可能だろうな)
何の用意もしていないパーティであれば、このような武器を持ち帰ろうとしても動きが鈍くなりモンスターのいい標的にされるだけだ。素材を集めるのを目的として荷車を持ってくれば何とか持ち運びも可能だろうが、それでも移動速度は落ちるだろう。
そこまで考え、レイの視線はセトを撫でているエレーナへと向けられる。
マジックポーチなら、柄の先端部分をマジックポーチに入れる事が出来れば収納が可能だからだ。
(もっともマジックポーチの容量にもよるし、そもそもマジックポーチを持っている冒険者自体がそれ程多くないしな)
呟き、触れていたハンマーをミスティリングの中へと収納してから立ち上がる。
「で、こうしてサイクロプスの素材は俺が預かった訳だが……俺達はこのまま地下15階の階段目指して進むけど、そっちはどうするんだ?」
「一緒に行くしかないでしょ? そもそも、私達が受けた依頼はサイクロプスじゃなくて、他のモンスターが目的なんだし。取りあえず階段までは一緒に行動して、そこまでで目的の素材が手に入らなかったら、今日は一旦離脱……ってところでどうかしら?」
「ん」
ヴィヘラの問いにビューネが頷き、そうなるとビューネを可愛がっているエレーナもヴィヘラへの対抗心に挟まれながらも頷き、レイとしても盗賊であるビューネや高い戦闘力を持つヴィヘラの参加は歓迎し、セトもまた自分を撫でてくれたり食べ物をくれるヴィヘラの参加は問題無いと判断して、全会一致で再び臨時パーティが組まれることになる。
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