第441話
周辺に響くボスクの声に、レビソール家の者達が何を言うでも無く黙り込む。
当然色々と言いたいことはあるのだが、それでも襲撃現場に存在していた男の死体という、これ以上無い程に明確な証拠を持ち出されては何を言っても説得力に欠ける。
だが、それでも……レビソール家に仕えている以上、大人しくボスクの言葉を認めるわけにはいかなかった。
それ故に、半ば無茶だと理解しつつもボスクと向かい合っていた男は口を開く。
「それが、本当に襲撃場所で見つかった死体だという証拠は無い。今回の件をなるべく早く治めたいと思ったシルワ家の者が、レビソール家の仕業に見せかける為に死体を用意した可能性も捨てきれない!」
その言葉は、半ば破れかぶれに近いものだった。
だが、それこそが真実の一端を突いていたのだと知る者は男の言葉を聞き、内心で小さく息を呑む。
あくまでも偶然の一言だ。だが、それを聞いて何かを思いついたボスクが、部下の仇討ちよりも真実の追究を求めたらどうするかと。
だからこそ、そんな流れにならないように声を上げる。
「そうだ! シルワ家はこの機会にレビソール家を潰そうとして、そして自らの不始末で倉庫が全焼した責任をレビソール家の仕業とする為にこんな茶番を仕組んだんだ! シルワ家を許すな! レビソールの家の名誉を守る為、ここで俺達が立ち上がらないでどうする!」
レビソール家の手勢の中から上がったその声。
普通に考えれば、色々と無茶な内容ではある。
もし火事が倉庫の護衛をしていたシルワ家の冒険者が不始末で起こしたものだとして、それならば何故護衛をしていた冒険者達は皆が殺されているのか。火事で焼け死んだにしては、明らかに身体中に残る斬り傷や矢傷の類。
明らかに不自然ではあったが、それでも半ば殺気だってお互いが対峙しているこの状況ではそこまでの考えに至る者は少なく、その者達が声を上げようとも、周囲から聞こえてくる怒声により他の者に届くことはなかった。
「静まるのじゃ!」
そんな中、周囲に声が響き渡る。
そんな声と共に、レビソール家の手勢が2つに割れ、そこから杖を突いた1人の老人が姿を現す。
周囲に数人の護衛を従えたまま最前線へと姿を現すと、どこか呆れたような目をボスクへと向けて口を開く。
「馬鹿じゃ馬鹿じゃだとは思っておったが、まさかこんなことをしでかすとはな」
「ふんっ、馬鹿で結構。弟分を殺されて黙って見ていられる程賢くは無いんだよ」
「それをやったのが何故儂等じゃと思った?」
そんなシャフナーの言葉に、近くに荷車を顎で指すボスク。
その視線を追ったシャフナーだったが、その荷車に乗っている死体を見ても特に表情を変えず、不思議そうな表情を浮かべる。
「誰じゃこいつは」
「シャフナー様、あの者は数日前までレビソール家に仕えていた者ですが、問題を起こしたとして首にした人物です」
「……む? そう言えば、確かにそのような者がいたような……」
呟き、死体になっている男の顔を思い出そうとするが、記憶に蘇ってくることはない。
実際にシャフナーは目の前の男に会ってはいる。酔いに任せて首を告げたこともあってそのような人物がいたのは覚えてはいたが、顔までは覚えていなかった。
だが、先程までボスクと言い争っていた男が確認したことでそれは明らかになる。
「で、どうだ? 何で俺達を襲ったか、言う気になったか?」
ふざけたことを言ったら、クレイモアでその痩せこけた身体諸共に叩き切る。そんな思いを込めて告げられた一言だったが、それに対するシャフナーの返事は単純明快だった。
「例えその者がレビソール家に仕えていたとしても、既に首になっている以上は儂等には関係無いじゃろう。戯けたことを言っても、お主が武力を用いて儂を恫喝しているというのは変わらんぞ。儂がまだ大人しくしているうちに、大人しく尻尾を巻いて帰るがよい。そうすれば此度の件は無かったこと……には出来ないじゃろうが、それでもそこまで責めないようにしてやってもよいぞ?」
実際にシルワ家に対して攻撃していないというのもあるのだろうが、シャフナーの言葉は尊大に過ぎた。
あるいはボスクがもう少し冷静であればお互いの妥協点を探ることも出来たのだろうが、今回の場合は完全に逆効果だった。
「そうかい、そうかい。……そこまで言うんなら、しょうがねえ」
「ふむ、そうか。分かればよい。これからはお主も年長の者を敬ってだな……」
「黙れ老害!」
得意げな顔で呟いたシャフナーの言葉を、周辺に轟けとばかりに大声で叫び、切って捨てる。
「なっ、お、お主……」
「これ以上言っても無駄だってのは理解した。なら、ここから先は力尽くだ! 野郎共、行くぞぉっ!」
『うおおおおおおおおおおおおっ!』
ボスクの言葉に、シルワ家の勢力が揃って大声を上げる。
それを見ていたレビソール家の者達はと言えば、そんなシルワ家の者達を見て、半ば腰が引けていた。
誤解していたのだ。確かにボスクはシルワ家の当主で武断派ではあるが、まさか本当に攻撃を仕掛けてくると思ってもいなかったのだろう。
また、事実昨夜の襲撃にレビソール家が関わっていないというのも影響していた。
だが、ボスクはそんな相手の気持ちなど関係ないとばかりにクレイモアを構えながらレビソール家の軍勢へと向かって走り出す。
半ば逃げ腰の集団と、仲間の仇討ちとばかりに勢いよく攻め込んでくる集団。その2つがぶつかればどうなるかというのは自明の理だった。
「食らえやぁっ!」
「くそっ、よくもあいつらを……」
「おら、どうした! そっちから仕掛けてきたんだろうが! 望み通りに受けて立ってるんだ。もっと反撃してこいよ、おらぁっ!」
「ひぃっ、ひぃいぃぃぃっ!」
「退け、一旦退けぇっ!」
「馬鹿、逃げるな! このままだと一気に押し込まれるぞ!」
お互いの怒声が周囲に響き、道のあらゆる場所で小競り合いが起こる。
だが、その小競り合いはシルワ家が圧倒的に有利なままに進んでいく。
数も、質も、勢いも。その全てでシルワ家が勝っており、対するレビソール家と言えば最初から逃げ腰だった為だ。
不幸中の幸いと言うべきか、ボスクにしても弟分を大勢殺されたとは言ってもレビソール家の者を皆殺しにするといったところまでは考えていない。
その巨体で振るわれるクレイモアにしても、刃の部分では無く刀身の中央部分で敵を打ち据え、金属の棍棒のような使い方をしながら当たるを幸いと殴り倒していく。
当然その中には刃の部分や剣先が当たって斬り傷が出来た者もいたが、そんなのは些細な事とばかりにクレイモアを振るう。
シルワ家の者全てが相手をなるべく殺さないようにと言われていたので、死亡する者はこれだけの人数がぶつかりあっているにしては、酷く少ない。
そんな中、自分に背中を向けて逃げ出していく男の背を蹴りつけて吹き飛ばし、地面にぶつかった衝撃で気絶した男を横目に、ボスクは素早く周囲を見回す。
レビソール家の当主でもあるシャフナーの姿を探してのことだ。
このような小競り合いをして怪我人を増やすよりは、さっさとシャフナーを捕らえて今回の件を吐かせようとしているのだが、向こうも自分が狙われているのを悟っているのか、戦いが始まってすぐにレビソール家の戦力の中に紛れ、その姿は消えていた。
(くそっ、最初の一撃で気絶させて仕留められれば良かったんだがな)
最初の1歩で逃がした自分の力量不足を嘆くべきか、あるいは既に老い先短い老人であるのに、予想外の逃げ足の早さを見せたシャフナーを褒めるべきか。思わず内心で舌打ちをしつつも、既に逃げられないと悟ったレビソール家の冒険者が最後の意地とばかりに自分の前に立ち塞がったのを、真横になぎ払う一撃で吹き飛ばして歩を進める。
チラリ、と吹き飛ばされた冒険者へと視線を向けるが、四肢が動いていて血も流れていないので問題は無いと判断してそのまま道を歩き続け……やがて視線の先に、巨大な屋敷が見えてくる。
大きさだけで言えばシルワ家とそれ程変わらないだろう。だが、質実剛健を現しているシルワ家の屋敷に対して、今ボスクの目の前にあるのは嫌味な程に金を掛けられ、既に悪趣味と表現するのが相応しいような屋敷だ。
質実剛健と見栄。自らの屋敷とは対極的とすら言える屋敷を眺めつつ、何とかボスクを中に入れさせんと門を閉じようとしている様子を眺め……
「仲間を見捨てるような真似を、してるんじゃねええぇぇっ!」
怒声と共に、門の外に取り残されているレビソール家に仕えている者を無視して、クレイモアを門へと叩きつける。
周囲に響く甲高い金属音。
門の側にいた者は、シルワ家、レビソール家のどちらであっても耳に響く金属音に思わず耳を押さえるが、ボスクはそんなのは関係無いとばかりに2度、3度と門にクレイモアを叩きつける。
ボスクの持っているクレイモアが何の変哲も無い、普通の金属で出来たクレイモアであれば、あるいは防げたかもしれない。だが、エグジルを治める3家のうちの1家、しかも武闘派として名高いボスクの持つクレイモアがただのクレイモアな訳がなかった。
「はあああああああっ!」
勢いを付けて幾度も振るわれたクレイモアは、一向に刃を欠けさせることなく、それどころか門に叩きつければ叩きつける程にその威力を増していき、やがて門に叩きつけた回数が20を超えた頃……
ガギィンッ、という今までに無い程の甲高い音を立て、次の瞬間には門扉が門柱から外れて吹き飛ばされる。
「ふぅ、ふぅ、ふぅ……よし、お前等! これで俺達の行く手を塞ぐものは何もねぇっ! 屋敷の中を探せ! 倉庫に襲撃を掛けた時に雇った奴等に対する情報、それと異常種に関する情報、必要そうなものは全てだ! それとシャフナーを見つけたら確実に捕らえろ!」
息を荒げ、クレイモアを掲げて大声で叫ぶボスク。
その声が響いたのを見て取り、しかし次の瞬間、抱えていたクレイモアを大きく横に振るう。
「だが、いいか! 俺達はならず者じゃねえっ! 決してこの屋敷の金目のものには手を出すな! 屋敷の者にも無闇に力を振るうな! もしそんなことをしている奴を見つけたら、俺が叩き切ってやる! 分かったな!」
『おおおおおお!』
ボスクの言葉を了承する雄叫びを上げながら7割程の者達が屋敷の中に入って行き、残りの3割は屋敷の中ではなく、外を探索すべく散っていく。
それを眺めたボスクは、近くに残っている腹心へと視線を向ける。
「お前はここに残って情報を統括してくれ」
視線の先にいるのは、執事服を身に纏った怜悧な男。ボスクの懐刀とも言うべきサンクションズだ。
「それは構いませんが、ボスク様はどうなさるので?」
「俺も中に向かう。こうして報告を持っているだけよりは、自分で動いた方がいいしな」
「出来れば、シルワ家の大将でもあるボスク様にはここに残っていて欲しいのですが……」
「腐ってもレビソール家だ。腕の立つ奴が中で守っているかもしれないからな。そんな時は俺が直接出向いた方が早い」
「……これ以上言っても無駄のようですね。分かりました。ですが、嫌な予感がしますのでくれぐれも注意して下さい。まるで狙ったかのように見つかった死体の件を考えると、まだ何か裏があるかもしれません」
チラリ、と近くに置かれている荷台の上にある男の死体へと視線を向けながら告げるサンクションズに、ボスクは頷く。
「ああ、お前の危惧に関しては理解している。だが、それを含めてレビソール家が怪しいのは事実だ。何しろ、状況証拠的にはこれ以上無い程にここが黒だと教えているが、お前が言っている通りタイミングが良すぎるというのもあるからな」
「分かっているのなら構いません。それと、先程ボスク様も口にしていましたが、くれぐれもレビソール家の者に乱暴な真似は……」
「ああ、分かってる。こんなんでもエグジルの民……即ち、俺が治める者達だからな。それに俺は餌だ。釣り針に獲物が掛かるように活きの良さを見せてやるよ」
そう告げ、全てを分かっていると頷いてクレイモアを肩に担ぎながら屋敷の中へと入っていくボスク。
その後ろ姿を見送り、小さく呟く。
「釣り……ですか。当主自らが餌になるというのは、どうにも慣れませんね。ですが大物を釣り上げる以上は餌もその辺の代物では意味がないでしょうし。……ボスク様、くれぐれもお気を付けて」
数秒程主人の無事を祈り、自らがやるべきことを行うべくサンクションズも行動を開始する。
この後、魔石を使った実験結果が書かれた報告書が発見され、エグジルのスラム街近くにある研究所が判明。すぐに研究所へと向かうが、発見された研究員は全て死亡していた。そこからの情報でダンジョンの中で行われている実験についても明らかになる。
……ただし、そこに聖光教の関与をしめす証拠は一切残っておらず、シャフナーの姿も消えたまま確保することは出来なかった。
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