第366話

 ロブレの持っていた槍が地面へと落ちて金属音を立てる。

 同時に、心配しながら2人の戦いの様子を見ていたシュティーが我に返って口を開く。


「そ、それまで! 勝者、レイ!」


 さすがに武器を弾き飛ばされ、更に背後に回られて首筋にデスサイズの巨大な刃を突きつけられてはロブレも負けを認めない訳にはいかなかったらしく、ロブレも何か言うでもなく自らの負けを認める。


「強いな」

「まあな。これでもランクC……いや、ランクB冒険者になったんだから、この程度はな」

「……ふんっ、嫌味ったらしい野郎だ。だがまぁ、確かに戦闘能力に関しては俺よりも上だと認めなきゃいけないか。……ランクB昇格、おめでとさん」


 今の戦いで胸の中にあった、嫉妬や憧れ、好意と嫌悪といった複雑な感情を落ち着かせることに成功したのだろう。小さく笑みを浮かべてレイのドラゴンローブに包まれた肩を軽く叩く。


「お前の技も中々凄かったぞ。普通の奴だったり、あるいは普通の武器だったりすれば恐らくあのペネトレイト・ファングとやらは受けきれなかっただろうしな」

「ふんっ、良く言うぜ。特に苦労した様子も無く防いだくせに。それにお前自身本気で無かっただろ? 投げ槍や魔法を使っていなかったし」


 言葉では悔しそうに告げるロブレだが、その顔に浮かんでいるのは言葉とは裏腹の笑みだった。

 そんな笑みを向けられ、レイもまた小さく肩を竦める。


「言っただろう? 普通ならって。俺自身は普通じゃないと思っているし、デスサイズも同様に普通の武器じゃないからな」


 呟き、ミスティリングへとデスサイズを収納するレイ。

 その様子を見ていたロブレは、溜息を吐きながら地面に転がっている槍を手に取る。


(以前使った時はパワースラッシュの衝撃を殺しきれず手首に痛みが走ったが、今回はそんなことが無かった。スキルに慣れてきたからか? それとも、単純にパワースラッシュを使ったのが槍だったからか……出来れば前者であって欲しいんだがな)


 そんなロブレの様子を見ながらレイは内心で考えつつ、ドラゴンローブのフードを被って顔を覆う。

 周囲でレイとロブレの戦いを見ていた者達は、わざわざ真夏にフードを下ろして顔を覆うという行為に呆れた様な表情を浮かべる。

 しかも、戦闘が終わった直後にも関わらず、だ。

 もっとも、ドラゴンローブの能力に気温を一定に保つという能力があるのを知らないからこその思いだったのだろうが。

 夏になれば涼しく、冬になれば暖かい。一種の簡易的なエアコンの如き効果を持つドラゴンローブは、マジックアイテムとは言ってもかなりの規格外品と言っても良かった。

 少なくても、その効果を知ったとしたらミレアーナ王国中の、あるいは近隣諸国やそれ以外の国からも欲しがる者が続出するだろう程度には。


「あー、にしても戦った戦った。全力で戦ってすっきりしたし、ランクアップ試験に落ちたのもどうでも良くなったな。それに俺もランクCなんだから、ワンランク上のランクBの依頼は受けられるし。シュティーも一緒だし」


 すっきりとした表情をしたロブレが、笑みを浮かべてシュティーへと視線を向ける。

 その視線を、どこか呆れた様な表情を浮かべつつも受け止めるシュティー。


「くそっ、やってられねえ。俺もどこかにいい女がいないかな」

「恋人かぁ。……いいなぁ。私もいずれは……」

「お? じゃあ俺とかどうよ?」

「やーよ、私と同じ冒険者なんか。そもそも、あんたは私の好みじゃないし」


 そんな風に会話をしながら、周囲の冒険者はギルドへと戻っていく。


「よし、レイに賭けたから勝った! ……けど、殆ど儲けはないな」

「そりゃそうだろ。そもそも、本命中の本命だぜ? 倍率を考えろよ。もっとも、だからと言ってあいつみたいになる必要は無いけどな」

「ロブレ……折角賭けたのに、負けないでよ……」

「あー、あいつは確かランクアップ試験でもオンズとかいう大穴に賭けてたからな。自業自得だろ。と言うか、あいつとパーティ組むような奴って悲惨な目に遭いそうだよな」


 賭けに勝った者も、負けた者も、まさに悲喜こもごもと言った様子だった。






「ん? 戻って来たか」


 ギルドの2階にある会議室、そこに入ってきたレイ達3人を見たレジデンスはそれだけを呟く。

 勝敗がどうだったかを聞かない辺り、半ば予想していたのだろう。


「あら? 貴族の人達やオンズはどうしたの?」


 会議室の中にいたのがレジデンス1人だけなのに気が付いたシュティーの問い掛けに、レジデンスは肩を竦める。


「もう用件は済んだから帰ったよ。貴族だけあって、色々と用事があるんだろうな。オンズも同様だ」

「……貴族の人達はともかく、オンズは挨拶くらいしていけばいいのに」


 多少寂しそうに呟くシュティー。

 寡黙でありながらも、今回共に行動して色々と助けて貰っただけにそれなりの親近感を持っていたのだろう。

 そんな様子に小さく笑みを浮かべつつ、レジデンスはレイとシュティーの2人にギルドカードを渡す。


「これって……」


 渡されたギルドカードに目を向け、そこに表記されているランクがBであるのを確認し、思わず呟くシュティー。

 レイもまた同様に、思わずカードに表記されているランクを見やる。


「これでたった今から、お前達2人はランクBとなる。特にレイはこのギルドに登録して最速でランクBになったということもあって、これから面倒なことになるかもしれないが、くれぐれもランクB冒険者、つまり一流、あるいは腕利きと評される身になったというのを忘れないような行動を心掛けてくれ。それと、レイのランクBは合格発表の時に言ったように、限定的なものとなる。貴族からの依頼を受ける場合はギルドの方から補佐がつくこともあるというのは覚えておけ」


 レジデンスの言葉に頷くレイ。

 レイにしても、自分の代わりに貴族とのやり取りをしてくれる相手というのは歓迎こそすれ、忌むべきものではない。

 シュティーもレジデンスに言われ、ようやく自分がランクBになったという実感が湧いてきたのだろう。笑みを浮かべていた。

 そんな2人の横で、ロブレは何か言いたげに何度か口を開いては閉じるという真似をしていてが……やがて、意を決したかのように声をだす。


「シュティー、レイ、この後ランクBの昇格祝いをしないか? 落ちた俺が言うのも何だが、折角だしな」

「……いいの?」

「ああ、シュティーの為と……ついでにレイもな。祝わせてくれ。今日は俺が奢るからよ」

「それこそ、いいのか? 俺はこう見えてかなり食うぞ?」

「任せろ。今回の試験に落ちたとは言っても、ランクCだぞ? それなりに稼いではいるんだからその程度どうってことはないさ」


 レイの言葉に、鎧の上から胸を叩いて請け負うロブレ。

 その様子を見ながら、恋人の気遣いにシュティーは笑みを浮かべる。


「ありがと。じゃ、これからもよろしくね」


 こうして、話が上手い具合に纏まり早速会議室を出て行こうとした時、背後から声を掛けられる。


「ちょっと待ってくれ。実はレイに用事がある」

「用事?」

「ああ。お前が知ってるかどうかは分からないが、現在この街にはお前に仕官して欲しいと希望する貴族が集まっていてな。その関係だ」


 貴族に仕官という話を聞き、驚きの表情を浮かべるロブレとシュティー。

 だが、レイは何ら躊躇することなく首を横に振る。


「悪いが、俺は冒険者を止める気はないぞ」

「分かってるさ。少し前までならそれでも会わせろと言ってくる奴が大勢いたんだが……」

「が?」

「お前のお友達が手を回してくれたようでな。殆どの貴族が諦めることになって、もう街から出て行っている者も少なくないよ」


 手を回したお友達と言われ、脳裏を過ぎるのはマルカの姿だった。


「なら、用事は無いだろう?」

「いや、それでもお前と会っておきたいと言っている者がいる。例えクエント公爵家が無理でも……とな」

「また面倒な」


 思わず呟いたレイだったが、レジデンスもそれは同様なのだろう。小さく肩を竦めて口を開く。


「ランクB冒険者になったり、異名持ちになったりしたと考えればしょうがないだろう。それに何も複数回会えと言ってる訳じゃ無い。1度で全員済ませるから、それ程手間じゃない筈だ」

「1度で全員の手間を? いや、それは確かに俺としては助かるが……向こうはそれを承知しているのか? 貴族同士の面倒事に巻き込まれるのはごめんだぞ?」

「ああ、問題無い。向こうとしても、勿論出来れば自分の家だけでという風に思っていたようだが……何しろ、そう何度も同じような真似をすればレイは嫌がって逃げ出すとギルドマスターが言ってな」

「……ああ、なるほど」


 自分のことながら、確かに何度も貴族から仕官の誘いを受ければ逃げ出すだろうというのは、あっさりと納得出来た。


「それでギルドマスターが提案したのが、全員纏めて1度だけで会談の機会を作るということだった訳だ。結果は分かりきっているが、それでもレイに話を持っていかないといけないところに貴族に仕えている者の辛さを感じるな。とにかく、現在はその貴族達の日程を調整中だ。それが終わったら1度だけでいいから会ってみてくれ。構わないな?」


 レジデンスの言葉に、面倒臭そうなことになっていると判断したのだろう。ロブレだけではなくシュティーまでもが、どこか哀れむような視線をレイへと向ける。


「話はそれだけだ。行っていいぞ。……ああ、待て」


 今度こそ会議室から出ようとしたレイ達だったが、再び呼び止められる。

 いい加減にしろという意味も込めて、溜息を吐きながら再度振り向こうとした時……レイは自分に向かって飛んでくる何かを感じ取り、反射的に捕まえる。

 手の中にあるのは固い金属の感触。握っていた手を開いてみると、そこにあったのは1枚の金貨だった。


「これは?」

「あ、ん、あー、昇格祝いだ。それだけあればお前達も好きなだけ飲み食いできるだろ」


 その言葉に一番嬉しそうな顔をしたのは、言うまでも無く本来昇格祝いで奢ると宣言していたロブレだった。

 レイとシュティーだけならまだしも、セトも来ると言われて金が足りるかどうか心配になっていたらしい。


「助かる、感謝するぜ」

「ありがとうございます」

「感謝する」


 ロブレ、シュティー、レイの3人が感謝の言葉を口にして会議室から出て行く。

 その後ろ姿を見送りながら、完全に姿が消えた後でレジデンスは思わず頭を抱える。


(……銀貨をやる予定だったのが、何で金貨を……)


 自分の思わぬ失敗に、内心で明日以降の節約生活に思いを馳せるのだった。





 少ないとは言っても、カウンターでランクアップ試験で受けたバイコーン討伐の報酬を受け取り、奢りと口にしていたロブレが笑みを浮かべながらコップを掲げ、口を開く。


「じゃあ、シュティーとレイのランクB昇格を祝って……乾杯!」

『乾杯!』


 ロブレの音頭に合わせて、コップをぶつけ合う3人。


「おめでとう!」

「ロブレも、今回落ちたとは言っても次の試験で頑張れよ!」

「シュティー、愛してる。俺と付き合ってくれぇ!」


 ギルドに併設している酒場での昇格祝いである為、ランクアップ試験の結果を知っている周囲の冒険者達はそれぞれが祝いの言葉や、あるいは慰めの言葉、そしてからかいの言葉まで投げかけてくる。


「どさくさに紛れてシュティーに言い寄っている奴はどこの誰だ!?」

「ほら、落ち着きなさいよ。どうせ酔っ払いの戯言なんだから」


 テーブルに立て掛けてある槍へと手を伸ばしそうになったロブレをシュティーが止め、レイはその様子を水で薄めたワインを飲みながら笑みを浮かべて眺めていた。


「レイ君、ランクアップ試験の合格おめでとう」


 そんなレイに掛けられる声。

 そちらへと視線を向けると、そこにはケニーの姿がある。

 はい、と差し出してくる皿の上には巨大なパイが乗っており、香ばしい香りを周囲に漂わせていた。


「美味そうだな、ありがたくいただくけど……仕事の方はいいのか?」


 現在レイの座っている席からではカウンターの方は見えないが、それでもいつものレノラならまず間違い無く怒っているのだろうというのは想像出来る。

 だが、そんなレイの疑問にケニーは笑みを浮かべて口を開く。


「大丈夫よ。今の時間帯ならそれ程忙しくないし、私の分の仕事はもう終わらせてあるから。もっとも、こうして抜けていられるのは5分程度だけど」


 真面目なレノラが仕事中に抜け出してもいいと容認したことに驚きつつも、早速とばかりにケニーから渡されたパイへと手を伸ばす。

 既にナイフで切り分けられているので、そのままパイを手に取り……


「おお? ……凄いな」


 パイ生地から具が見えた瞬間に、濃厚な肉の香りが漂ってくる。

 デザートとしてのパイではなく、料理としてのパイであるミートパイだった。

 早速とばかりに噛ぶりつくと、サクッとしたパイの生地とバターの香りが一瞬口の中に広がり、次の瞬間には大きめに切られた肉の味と食感を楽しむことが出来る。

 本来であればミートパイの中に入っているのは大抵が挽肉なのだが、ケニーが持ってきたミートパイは肉を十分に楽しめるようにだろう、細かく切られてはいたが、それでも挽肉というよりは小さめのサイコロステーキといった具合の肉で、他にもキノコやタマネギの類が詰め込まれている。


「えへへ、これは一応私の家に伝わる料理なんだ。レイ君の昇格祝いにって今朝下準備まで済ませてきたの」

「……昇格祝いをやるにしても、ここでやるとは限らなかったんじゃないか?」

「それも考えたけど、その時は後で昇格祝いをやっているところに届ければいいかなって。どう? 私の料理もなかなかのものでしょ?」


 そう告げながら流し目を向けて来るケニーだったが、その料理が美味かったのだろう。レイの意識は完全にパイへと向けられていた。


(タマネギが使われているけど、猫の獣人族なのに大丈夫なのか? いやまぁ、長年ケニーの家に伝わってきたってことは大丈夫なんだろうけど)


 そんな風に考えながら、次から次にミートパイを口へと運んでいく。

 この後は夜が更けるまで宴会が続き、レイの気分が乗って出されたレムレースの肉に酒場にいる者達が皆で舌鼓を打ったり、あるいはレジデンスやロブレの奢りということもあってセトにも大量の料理が出されたりとして、最終的にロブレの財布の中身はかなり寂しくなるのだった。

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