第365話
ギルド2階にある会議室、そこでレイはたった今レジデンスの口から出た言葉に思わず口を開く。
「限定的な、と付け加えるということは、当然普通のランクBとは違うのか?」
「そうだ。具体的に言えば表向きは普通のランクB冒険者として扱うが、貴族や王族からの依頼を受ける場合はギルドから補佐を出すことになる」
「……補佐?」
「通訳と言ってもいいな。ようは、お前の貴族に対する礼儀がなっていないから、それに関する補佐だ。もの凄く分かりやすく言うと、その補佐が貴族からの依頼を聞き、あるいは共に行動する際にも貴族の相手をし、お前は依頼に専念するような形となる」
レジデンスの言葉に、その場にいたレイ、シュティー、ロブレは少しの間考え……やがてその中でも一番最初に思い当たったシュティーが口を開く。
「つまりそれって、お守りってこと?」
「まぁ、そうなるな」
お守りという言葉にあっさりと頷くレジデンスを見て、嫌そうな表情を浮かべるレイ。
「そんな顔をするな。お前が貴族に対して礼儀を持たないからこその処置だぞ。それに、勿論補佐に関しては絶対に出すという訳では無い。レイに対する指名依頼が来た時に、その依頼を持ち込んだ貴族に先にレイがどのような性格なのかを説明し、それで自分に対する礼儀に拘る相手の場合のみ依頼を受けた最寄りのギルドが補佐を出すことになる」
「ちょっと待てよ! 礼儀云々が原因なら、俺だってその枠で合格してもいいんじゃねえか!?」
獣人族特有の膂力で机を叩き、大声で抗議の声を上げるロブレ。
さすがにギルドが使っている机というべきか、ロブレの膂力で殴られた机には傷1つ付いていなかった。
その様子を確認しながら、レジデンスは首を横に振る。
「確かに貴族に対する礼儀という面でお前とレイは共に合格基準に達していない。だが、一律に達していないと言っても、お前とレイの間では大きな差があった。それ故の措置だ。また、それ以外にも純粋に冒険者としての各種能力についてもある。この辺は先程説明したな?」
「そ、それは……」
レジデンスの説明に、思わず言葉に詰まるロブレ。
倒したバイコーンをどう分けるか、あるいはミスティリングの存在、グリフォンのセトの存在、そして恐らくはこれがレイが特別にランクBに合格する原因となったであろう異名の存在。それら全ての事柄が脳裏を過ぎり……
「レイ、勝負だ!」
机に立て掛けていた槍を持ち、その穂先をレイへと向けて大きく告げる。
周囲の者達が呆気に取られている中で、ロブレの言葉は続く。
「正直、俺は頭がそれ程良く無いからな。俺と同じような理由で、本来ならランクアップ試験に落ちたレイをそのまま許容することは出来ない。だから、冒険者らしく実力で勝負をつけて欲しい」
ロブレの言葉に数秒程考えたレイだったが、視線をレジデンスの方へと向ける。
小さく頷くのを確認し、レイもまたロブレに向かって頷いてみせる。
「分かった。その戦いを受けよう」
レイにしても、ロブレと同じような評価を受けた自分だけが条件付きとは言ってもランクBに昇格したと言われ、ロブレ本人が納得出来ないというのは理解していた。それ故に、ロブレから挑まれた挑戦を受けたのだ。
だがそれを聞いて大人しくしていられないのは、ロブレの恋人でもあるシュティーだった。
「ちょっと、ロブレ。あんたもレイの強さはバイコーンとの戦いで分かってるでしょ!? なのに、なんでそんな無茶を言うのよ!」
「悪いな、シュティー。頭では理解しているんだよ。確かにレジデンスに言われた通り、俺の態度はランクアップ試験で落とされて当然のものだったかもしれない。だが、それでも……気持ちは納得出来ていない。それを晴らす為の戦いなんだ」
「……馬鹿、馬鹿、馬鹿。本当に馬鹿なんだから、もう。いいわよ、好きにしなさい。私がしっかりと見届けてあげるから」
ロブレは頬を膨らませたシュティーの言葉に小さく笑みを浮かべ、レイへと視線を戻してこちらも笑みを浮かべる。
ただし、その笑みは一瞬前までシュティーに見せていた優しげな笑顔ではなく、獲物を前にした肉食動物の獰猛な笑みだ。
「まぁ、お前達がそれで納得するのなら好きにしろ。どうせギルドカードの更新に少し時間が掛かるからな。ほら、レイとシュティーは訓練場に行く前にギルドカードを出せ。それとレイの特例に関してはギルドだけが知っていればいいことだから、発表では限定やらなにやらの文言は抜きにして発表するぞ」
「……発表? ランクDの時はそんなことは無かったが、ランクBだと発表するのか?」
ふとレジデンスの口から漏れた言葉に、レイはギルドカードを渡しながら尋ねる。
「ああ。ランクDとランクBでは人数が大違いだからな。それにランクB以上ともなれば、凄腕だったり1流だったりと判断される。それもあって、ランクBのランクアップ試験に合格した者の名前は公表されることになっている。もっとも公表されるのはこのギルドだけだから、他の街に行ってランクを調べる時には普通はギルドカードを使うけどな。何か余程のことが無い限り、ギルド間の通信でランクを周知するようなことはない」
そう告げつつも、シュティーとレイのギルドカードを受け取りながらレジデンスは微かに眉を顰める。
(もっとも、グリフォンを従えてアイテムボックスを持っているレイだ。その余程のことになる可能性は十分あるだろうが)
「うおおおおおおおっ! シュティー、ありがとう! おかげで暫く豪遊出来るぞ!」
「うーん、レイはやっぱり合格か。賭けに勝ったのは事実だけど、本命だからあまり儲からなかったな」
「なら何でレイに賭けたんだよ。って言うか、それはロブレに賭けて負けた俺に対する嫌味か、おい」
「でも、あいつよりはマシだろ?」
「しくしくしく……大穴のオンズに賭けたのはやっぱり失敗だったわ……暫くは干し肉で過ごさないと」
「どんな奴かも知らないのに賭けるとか、あんた一体何考えてるのよ」
「だって大穴だったから……」
ギルドカードを渡し、レイとロブレ、そしてシュティーの3人がギルドの1階に降りていくと悲喜こもごもの声が聞こえてくる。
レイ達がランクアップ試験の合否を言い渡されている頃、ギルドの1階でも今回の試験結果についての賭けの結果が判明していたのだ。
本来であれば、実は試験官であったオンズに賭けた者は払い戻しをされていてもおかしくはないのだが、そもそも賭けをしているのはあくまでも有志の一団であり、同時にギルドでも今回のランクアップ試験に関わっている者しかオンズの正体は知られていない。その為、大穴に賭けた者は不幸と言うしかなかった。
もっとも、セトの存在もあって有名なレイや長期間ギルムで活動しているロブレやシュティーと違い、全く何の情報も無いオンズに賭けようという者は殆どおらず、その少数も大穴に記念で賭けるというものが殆どだったのだが。
そんな風に一喜一憂していた者達が、2階から降りてきたレイ、ロブレ、シュティーの姿に気が付く。
祝いの声や、あるいは慰めの声をかけようとしたのだが、先頭を歩いているロブレの真剣な表情に気が付き言葉を止める。
それはレイに想いを寄せているケニーも同様であり、レイを見たら真っ先に祝いの言葉を掛けようとしてたその動きを思わず止め、隣にいる友人へと視線を向ける。
「……ねぇ、どう思う?」
「ロブレさんは落ちて、レイさんは受かったんでしょ? ならそれに我慢出来なかったロブレさんがレイさんに戦いを挑んだとか? でも、前に良くあったように馬鹿な理由で絡んだんじゃないんでしょうから、その辺は安心出来るんじゃない?」
「それはそうだけど……でも、レイ君が心配じゃないの?」
「あのねぇ、レイさんはもうランクB冒険者になったのよ? 受付の私達が心配する必要なんか……」
そう呟きつつも、心配そうにレイ達が出て行ったギルドの扉へと視線を向けるのを止められない辺り、やはりレノラは人が好いのだろう。
ケニーもまた、意地を張ってレイを心配していないと言い張っている友人に呆れた様な表情を向け、レイ達の後を追って出ていった冒険者達を羨ましく思うのだった。
ギルドに隣接している訓練場。土が剥き出しになっているその場所でレイとロブレは向かい合う。
レイの手にはデスサイズ、ロブレの手には槍がそれぞれ持たれており、2人の間にはシュティーが、そして周囲には何事かとギルドの中から後を追って来た冒険者達の姿。そしてレイの気配を感じ取ったのか、訓練場の外にはセトの姿もある。
「……悪いな、レイ。俺の自分勝手な気持ちの為に」
「気にするな。実際、俺がお前の立場なら同じことをしていないとも言えないだろうし」
「全く、いい? これはあくまでも模擬戦だというのを忘れないように。お互いに致命傷になるような攻撃は絶対に禁止よ」
ロブレに審判を頼まれたシュティーが不承不承呟き、レイとロブレはそれを聞いて異論は無いと頷く。
そしてそんなレイ達の周りでは……
「よし、俺はレイに銀貨3枚だ!」
「ロブレに銅貨5枚」
「純粋に戦闘力っていう点で考えれば、ロブレに勝ち目は無いだろ。俺は手堅くレイに銀貨4枚」
「さっきも負けたんだから、今回は勝ってよ。ロブレに銀貨1枚!」
ランクアップ試験で行われた賭けの熱がまだ冷めていないのだろう。レイとロブレが戦うと分かった瞬間にどちらが勝つかを賭け始める周囲の冒険者達。その様子を若干据わった目で見ていたシュティーだったが、このままではいつまでも始まらないし、そして終わらないと判断したのだろう。小さく溜息を吐いてから口を開く。
「じゃあ、いい? 2人共、くれぐれも怪我とかしないでよ? ……始めっ!」
シュティーの口から開始の合図が出た瞬間、ロブレは地を蹴ってレイとの間合いを詰めていく。
さすがに狼の獣人だけあり、更にはランクアップ試験に参加するだけあって、その瞬発力は非常に高い。見る間にレイとの間合いを詰め、最初から手加減抜きの鋭い突きが放たれる。
空気を斬り裂くような速度で放たれたその突きを、レイはデスサイズを振るって石突きで弾く。
キンッ、という金属音が訓練場に響き、その時点で周囲で見学していた中でも戦闘力がそれ程高くない者は何が起きたのかが理解出来ていなかった。
そして、そこからは何度となく金属と金属のぶつかる音が連続して響く。
言うまでも無く、ロブレの槍とレイのデスサイズがぶつかっている音だ。
「おい、互角か?」
「まさか、あのレイだぞ? 恐らくはまだ様子見だろ」
「……何が起きているのか殆ど見えない……」
そんな観客の声は、冒険者であるだけに正しかった。
確かに今はレイのデスサイズとロブレの槍は互角にぶつかり合っているように見える。だが、レイの振るわれているデスサイズにはマジックアイテムとしての使用法でもある魔力を流すという行為が行われていないのだ。
ロブレとしてもそれを分かっているのだろう。自らの放つ突きが容易く弾かれているその様に、悔しそうに歯噛みする。
(これが……これが、異名持ちの実力か。だが、まだだ。俺だってまだこんなものじゃ終わらねえっ!)
内心で叫び、引き戻した槍をそのままに大きく後方へと跳躍する。
「行くぞ、これが俺の奥の手だ!」
叫び、魔力を集中させていくロブレ。
戦士であるロブレは、基本的に魔法は使うことは出来ない。だがそれはロブレに魔力が無いという訳では無く、魔法を操る技量がロブレには無かったことと、戦士としての訓練に集中していた為だ。
そして戦士の中には魔法を使えなくても魔力を使った攻撃を行える者もおり、それはロブレにも当て嵌まっていた。
そんなロブレを見たレイの脳裏には以前ミレイヌに見せて貰ったショック・ウェーブという技が脳裏を過ぎり、次の瞬間……
「ペネトレイト・ファングッ!」
その叫びと共に、ロブレの魔力が持っていた槍へと流し込まれ、同時に獣人族特有の瞬発力を見せてレイへと迫るロブレ。
槍に流し込まれた魔力が威力を発揮し、槍が風を身に纏って穂先と槍の周囲で鋭く回転し、その突きの貫通力を槍を持ったロブレの手が耐えられる限界まで高めていく。
貫通力に特化させた、これまでにロブレが放った突きとは比べものにならない程の威力を持つ突き。その突きはレイの喉を抉らんと牙を剥き……
「パワースラッシュ!」
レイの口から出たその言葉と共に振るわれたデスサイズが、迫ってきた槍を下から打ち据えて空中へと弾き飛ばす。
「ぐおおおおおぉぉっ!」
デスサイズの一撃により槍を弾かれた衝撃に手が麻痺し、同時に自らの奥の手が容易く潰された精神的な衝撃により動きを止めてしまったその瞬間。
「終わりだ」
いつの間に移動したのか、背後から自分の喉元へと突きつけられたデスサイズの刃にロブレは自分の負けを認めたのだった。
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