第340話

 港の詰め所の警備兵は、溜息を吐きながら目の前にいる人物へと声を掛ける。


「お前、モンスターを倒しに行くとか言って無かったっけ? それが、何で海賊退治になってるんだよ?」

「さて、何でだろうな? モンスターを探してもどこにもいないし、その代わりに海賊船を見つけたからってところか」


 まるで、山がそこにあるから登るといったような感じで告げるレイに、警備兵は再度溜息を吐く。


「普通は海賊船を相手に1人でどうにか出来るって訳じゃないんだけど」

「俺には頼りになる相棒がいるしな。そもそも、海を渡る船と空を自由自在に飛ぶグリフォン。どっちの方が優れているかは一目瞭然だろ?」

「それでもだよ。普通なら人数差に押し込まれて負ける……とまではいかなくても、海賊達に逃げられたりするんだが。まぁ、エモシオンの街の警備隊としては海賊を捕縛してくれて助かるんだけどな。……にしても奴等、戻って来るのが妙に早いな。街に入り込んでいる奴等の手の者がいるんだろうけど」

「だろうな。だからこそレムレースを倒した俺に抵抗しても勝ち目が無いと知って、殆どの者が即座に戦意を失ったんだろうし」


 レムレース程の相手を倒す実力を持った冒険者に逆らっても、無駄に命を散らせるだけだ。それなら犯罪奴隷としてでも生き残る方がいい。あるいは、いずれは何とか逃げ出せるかもしれない。そんな風に海賊達は考えたのだろうと告げるレイに、警備兵もまた同感だと頷く。


「ま、それでも街側としては犯罪奴隷が入手出来たのはありがたいけどな。そのまま競売で売ってもいいし、売れなくても鉱山とかの危険な場所で働いて貰うには十分だし。街側としては大歓迎だ。ほら、ここにサインを頼む」


 警備兵に渡された書類に軽く目を通していくが、支払われる金額の場所で小さく目を見開く。

 そこに記載されていた金額が金貨9枚と、予想していたよりも遥かに高額だったからだ。


「随分と高いな」

「そうか? その金額の殆どが船の代金だと考えれば、逆に安いと思うけどな。普通、あの規模の船をつくるには白金貨数枚は必要だし。ただまぁ、今回は海賊船ということで船の状態がかなり悪いうえに、お前が壊した場所の補修も含まれてその金額になったんだよ」

「……なるほど、船の料金か。だが、そうなると奴隷の代金は逆に安すぎないか?」

「まぁ、こっちで一括して引き受けて欲しいって事だからな。仲介料とかを考えればそんなもんだろ。勿論、お前が個人で奴隷商なりオークションなりに出品の手続きをするとなれば2倍……とまではいかないまでも、この金額よりも高く売れるだろうが。どうする?」


 警備兵の言葉に入ってくる金と手間の両方を天秤に掛け、一瞬で手間の方へと傾く。

 あるいは交渉が得意だったりしたら話は別だったかもしれないが、恫喝以外自分にその辺の才能が無いのを理解しているレイはあっさりと頷く。

 他にもそれ程遠くないうちにエモシオンの街を去ると決まっていたのも大きかっただろう。


「その値段で構わない。そっちで処理してくれ」

「分かった。ほら、じゃあ今回の件の報酬だ」


 そう言い、金貨9枚を重ねて机の上で差し出す警備兵。レイもまた、それを受け取ってからすぐにミスティリングの中に収納する。


「にしても、お前は運がいいのか悪いのか。いや、海賊をどうにかしてくれるとこっちは助かるんだけどな。出来れば明日からも暫くは海に出て欲しいくらいだ」


 半ば冗談、半ば本気で告げてくる警備兵だったが、レイは苦笑しながら小さく首を振る。


「俺の目標はあくまでもモンスターだ。けど、残念ながら何故か姿が見えないからな。数日くらい様子見をするよ。色々とやっておきたいこともあるし」

「やっておきたいこと?」

「ちょっと料理関係でな。折角エモシオンの街に来たんだから美味い料理を味わってみたいし、色々と試してみたい料理もある」

「……冒険者が料理ってのも珍しいが。まぁ、いいさ。とにかく騒ぎは起こさないでくれよ。レムレース目当ての冒険者も大分少なくなってはいるが、それでもまた問題を起こすような冒険者はいるんでな」

「ああ、分かってる」


 警備兵の言葉に短く返し、セトが寝転がりながら待っている外へと向かうのだった。






「んー、さすがに夕方近くにもなるといい匂いをさせてくる店が増えるな」

「グルルゥ」


 レイの言葉に、しょんぼりと肩を落とすセト。

 何しろ海賊船の曳航やその後の事情聴取、捕縛した海賊達の手続きといったことが重なり、結局昼食を食べている時間は殆ど無かったのだ。一応警備兵からサンドイッチを渡されはしたものの、パンはパサパサで挟まっている具は乾いており、とても店で食べるような物と比べることは出来なかった。レイとしてはミスティリングの中に入っている料理を食べても良かったのだが、忙しく作業をしている警備兵達の前で自分だけが食べる訳にもいかず、しょうがなく不味いサンドイッチで我慢をしていた。

 セトに至っては、港で働いている者達の中でもセトのことを知っている者達が干し肉やサンドイッチを与えたりはしていたものの、2m以上の体長を持つセトがそれで足りるはずもなく、先程から腹の音が横を歩いているレイにも聞こえて来る。


「……グルゥ」


 お腹減った、と鳴くセトに自分もまた同様に空腹であるのを思い出して近くの屋台へと向かう。


「へいらっしゃい。おや、レイ。何か食ってくかい?」


 多数の魚やイカを網焼きにしていた屋台の店主が、笑みを浮かべて1人と1匹を出迎える。


「そうだな、銀貨1枚で適当に頼む。……ん? 待て。それってもしかして……」


 網焼きの上に乗っている物体を見て、思わず目を見開くレイ。足が8本ありその足には吸盤が存在している。焼かれているのは足の部分だけだが、それが何なのかは一目瞭然だった。


「タコ?」

「ん? ああ、これか? 地方によっては食わないって人もいるんだけど、この辺じゃそれなりに食うな。丸ごとの姿を見れば結構気持ち悪いんだが、味は保証する。……いや、名前を知っているってことは丸ごとの姿も知ってるのか。これも入れるか?」

「あ、ああ。頼む」


 頷き、皿の中にタコの足が入れられるのを見ながら思わず笑みを浮かべる。


(たこ焼き……出来るかもしれないな。どうせ海にモンスターはいないんだし、明日辺り作ってみるか?)


 内心でそう考えたが、すぐにとあることを思いつき小さく首を振る。


(いや、たこ焼きの鉄板が無いから無理だな。もしたこ焼きをやるなら鍛冶屋かどこかで作って貰わないと駄目か。鍛冶屋、そう言えば腕利きの鍛冶屋がいるんだし、明日辺り行ってみるか。駄目で元々、上手くいったら儲け物ってことで)


「ほれ、これで銀貨1枚分だ。……どうしたんだ? さっきから黙り込んで」

「いや、タコを見るのは久しぶりだったんでな。これまでにも海産物を色々と買ったりしたけど、どこにも売って無かったし」

「見るだけでも駄目って奴がいるから、店頭にはあまり並ばないだろうな。店員に直接あるかどうかを聞けば売ってくれると思うぜ」

「そんなに嫌われてるのか。とにかく買い方は分かった、助かる。……って、ちょっと量が多すぎないか?」


 渡された皿に乗っている魚や貝は、どう見ても銀貨1枚の分量を超えていた。銀貨2枚分程もあるのではないかという量。

 だが、そんなレイの言葉に店主は笑みを浮かべて口を開く。


「ま、エモシオンの街の住民として感謝の印って訳だ」

「もう十分に感謝はして貰ってるんだけどな。レムレースの素材に関しても、高めの値段で買い取って貰ったし」

「いいんだよ。俺の好意なんだから、黙って受け取っておけ」

「……悪いな、ありがとう」

「へっ、お前にそんな風に言われたら調子が狂っちまうぜ。いいから、とにかく食え。網焼きは焼きたてが1番美味いんだから。ほら、セトの分」


 店主の言葉に、渡されたもう1枚の皿へとレイは自分の皿に山盛りとなっていた魚介類を移していく。


「グルルルゥ」


 目の前に渡された魚を食べ、殻を剥かずにそのままエビや蟹を食べ、貝に関しても殻ごと噛み砕くセト。


「……」


 そんなセトの様子に唖然とした表情を浮かべている店主を横に、レイもまた皿の上に乗った魚へと噛ぶりつく。当然フォークやナイフ、あるいは箸のような物がある筈も無く、手づかみでだ。本来であれば熱くて触れないのだろうが、レイはそれを全く気にせずに魚の骨から身を綺麗に削ぎ取っていく。蟹やエビの殻を剥いてその身を口へと運び、貝殻からは木の串を使って身を取り出して口へと運ぶ。

 決して意地汚く食い散らかしている訳では無い。それでも、レイとセトは昼食を殆ど食べられなかった分もここで食べるのだとばかりに行儀良く、しかし素早く皿の上にある魚介類を腹の中に収めていく。

 直径50cm程の大きめの皿の上に乗っていた大量の網焼きされた海産物は、15分と掛からずに1人と1匹によって食べ尽くされるのだった。






「あ、お帰りなさい。聞きましたよ、レイさん。海賊を捕まえたって」

「ああ、何となく成り行きでな。おかげでいい臨時収入を得ることが出来た」

「そう? なら、今日の夕食はちょっと豪華にする? レイさんがレムレースを倒してくれたおかげなのかどうかは分からないけど、何故か海にモンスターの姿が一切無いらしいの。おかげで漁師の人達も大喜びよ。だから今日はちょっとサービスしてあげる」


 碧海の珊瑚亭に入った途端、看板娘にそう声を掛けられたレイは小さく首を傾げてから口を開く。


「モンスターがいないのは分かったけど、魚とかはいるのか?」

「ええ、何故かそっちは問題無いらしいのよ。いえ、かなりの大漁だったらしいわ」

「……へぇ。不思議なこともあるものだな。まぁ、それはともかくとして夕食については勿論食べさせて貰う。美味い料理なら幾らでも食べられるからな。それと、出来ればセトの方にもちょっと豪華にしてやってくれ」

「ええ、任せておいて」


 宿へと戻る途中で魚介類の網焼きを数人前は食べてきたというのに、全くそれを感じさせずにレイは1階の食堂へと向かうのだった。

 尚、結局その日の夕食は宿の娘が言っていた通り普段よりも豪華な料理が出され、それを満足行くまで食べ尽くすことになる。






「タコ? いやまぁ、あるけど……あんたも物好きだねぇ」


 海賊を捕まえた翌日、レイはセトと一緒にエモシオンの街の大通りへとやって来ていた。昨日の海賊の件で受け取った金を使ってタコを始めとした海産物を買い漁っていたのだ。

 既にレイがエモシオンの街に来てから海産物を買い漁った金額は金貨数枚程になっている。それでも、レイとしては拠点がギルムの街であるというのは変わらないので、この際買えるだけ買っておこうと決めており、本人に無駄に金を消費しているという意識は無い。

 もっとも、それが出来るのはあくまでもレイにはミスティリングがあるからこそだろう。普通ならそれ程大量に買い物をしても腐らせてしまうのだから。


「それと……」


 そこで言葉を止め、内心で料理に必要な食べ物を考える。


(たこ焼きにしろ、お好み焼きにしろ、出汁は必要だよな。けど……)


 店の中に並べられている商品へと目を向けるが、そこに乗っているのは魚を始めとした海産物のみで、昆布を始めとした海藻の類は無い。


「海藻とかは売ってないのか?」

「は? 海草? あんな物、売り物になる訳ないだろ?」

「……何?」


 店主の言葉に、思わず尋ね返すレイ。

 その表情は驚愕に見開かれており、ここに昆布やワカメのような海藻が売っていないことが信じられないといった表情だった。

 レイ自身は知らなかったのだが、そもそも海藻を食べるという文化を持つ国は地球で見ても圧倒的に少数である。日本以外で海藻を食べる国というのは殆ど無く、あっても数ヶ国程度でしかない。それはエルジィンとしても同じだったのだろう。目の前の商人にとっても、海藻は海草扱いでしかないらしい。


「あー、そうか。分かった。無理を言ったな」

「おう、また何かあったら寄ってくれ」


 店主に送られ、そのままセトと共に店を後にするレイ。だが、その顔は難しそうに眉が顰められている。


(まいったな。まさか昆布とかが売ってないとは思わなかった。となると、出汁が取れないことになるから出汁無しでたこ焼きを……ああ、お好み焼きも作れないのか。山芋の類は港街だけあって普通に売ってるんだが……そうなると、取りあえずたこ焼きとかお好み焼きは作らない方がいいのか? あるいは肉の出汁で……タコ焼きとかお好み焼きに肉を使った出汁? まぁ、1度試してみるだけ試してみるか。ただ、その場合はたこ焼き用の鉄板を鍛冶屋でわざわざ作って貰うというのは止めた方がいいだろうな。駄目なら死蔵してしまいそうだし。取り合えずは普通の鉄板で作ることが可能なお好み焼きだな)


 内心で考えを纏め、鉄板を使わせてくれそうな人物やお好み焼きに使えそうな材料を求めて再び市場を歩き回るのだった。

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