第334話

「これは一体……」


 その場に到着した集団は、目の前に広がっている光景に思わず唖然と呟く。

 まず目にしたのは、当然というべきか信じられない程に巨大な身体を持つモンスターだ。

 それは分かるのだが、既にその巨大なモンスターは50人を優に超える人数の冒険者達によって次々に解体されていっている。

 これだけの人数が集まって解体作業をしていれば、さすがに目の前にいる巨大なモンスターも次第に小さくなっていっており、お互いの大きさもあってまるで蟻が自分達よりも大きな虫を解体しているようにも見えていた。


「君、一体このモンスターは……」


 自分達は巨大なモンスターがエモシオンの街のすぐ近くに現れ、それを目当てに街を出て行った冒険者達から一向に連絡が無かった為にギルドや街の上層部から派遣されて来たのだ。下手をすれば……いや、ほぼ間違い無く自分達は死ぬだろう。そう決死の覚悟で現場へとやって来てみれば、そこで繰り広げられていたのは巨大モンスターの解体だったのだ。それだけに一団の代表である男や、それに従っていた他の者達も混乱するのは当然だろう。その事情を聞くべく、一抱えもある程の肉の塊を持って近くを通りかかった冒険者と思しき男へと声を掛ける。


「ん? これか? このモンスターはレムレースだって話だな」

「ばっ!?」


 予想外の名称に、男は思わず絶句する。

 レムレースと言えば、ここ暫くエモシオンの沖に居座って船を大量に沈めてきた、災害とすら表現してもいいようなモンスターだ。それが何故街の外にいるのか、更に何故既に死んでいるのか。それが理解出来ずにそれ以上言葉を発せずにいた男だったが、冒険者の男は既に話は終わりだと判断したのだろう。抱えた肉を持ちながら去ろうとする。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! もう少し詳しい話を!」

「あ? 悪いけど見ての通り今は働いている真っ最中だ。詳しい話に関しては……いや、そうだな。なら何人か一緒に来いよ。俺達のボスに紹介するから、そこで詳しい話を聞かせて貰えばいい」


 そんな風に言っている男の横を、こちらもまた一抱え程もある肉の固まりを持ちながら数人の冒険者パーティと思しき存在が移動していった。

 それを横目で見ていた冒険者の男が慌てて口を開く。


「とにかく、今は稼ぎ時なんだ。悪いがこれ以上の話に関しては俺じゃなくてボスに聞いてくれ」

「……分かった。案内を頼む。君達も取りあえず周囲に散らばって情報の収集を。ああ、モンスターの解体をしている人達じゃなく、周囲の見張りの方に聞いてくれ」

『はい!』


 男の声に頷き、それぞれが散っていき、その様子に満足そうに頷いて肉の塊を持っている男と共にレムレースと思われるモンスターの身体に沿って移動する。


「……それにしても、街中から見ても分かってたけどこうして近くで見ると改めてでかいな。これを倒したのはあれだろう? 少し前からレムレースを引きつけて港の船を出港させていた」

「ああ。凄かったぜ。俺達が見たのは遠くからだけど、騎馬兵とか騎士は人馬一体って表現を使うがグリフォンの場合は何て言うんだろうな。まぁ、とにかくそんな具合だった。しまいにはこの巨大なモンスターの頭部を丸ごと吹っ飛ばしたんだからな。ほら、見てみろ」


 歩いている中、やがて見えてきたモンスターの頭部。そこには確かに肉を運んでいる男の言葉通り頭部が綺麗さっぱり消滅している。その周辺では大柄な冒険者と小柄な冒険者がそれぞれ武器を使ってモンスターを解体しており、気弱そうな表情を浮かべた男の冒険者が他の冒険者と会話をしつつ紙に何かを書き込み、その隣では鞭を持った女の冒険者が指示を出して草原の上に肉の塊を重ね上げていく。

 言うまでも無く、レイ、エグレット、ヘンデカ、ミロワールの4人だ。従魔でもあるセトとシェンの姿は見えないが、もし男が空を見上げていれば上空を舞いながら周辺を警戒しているのが分かっただろう。他にも、モンスターの素材を解体している冒険者達が懐に仕舞い込んだりしていないかを監視しているのだが、さすがにその区別は付かなかっただろう。


「おい、レイ! この人がお前さんに用があるってよ」

「ん? ああ、ちょっと待ってくれ。……エグレット、そこだ。心臓に埋め込まれてある魔石を取り出すぞ。下手に力加減を間違えて魔石に傷を付けるなよ」

「おいおい、いくら俺だってその程度は……」

「……レムレースの声帯を切ったのは誰だった……」

「あー……分かった。慎重に、丁寧にだな。うん、任せろ。今度こそ大丈夫だ」


 視線を逸らしながら告げるエグレットに、レイはジト目を向けながら口を開く。


「言っておくが、もし魔石に傷を付けるようなことがあったら……どうなるか、分かっているよな?」

「ま、ま、ま、任せろ!」


 若干高くなった声で呟き、持っていた槍を魔石の周辺にある心臓に突き刺し、ゆっくりと魔石を抜き取っていく。


(ったく、心臓があんな高い場所に無ければ俺が自分で魔石を取ったのに)


 内心で舌打ちしつつ2m程の場所にある自分の身体よりも巨大な心臓を眺めるレイ。身長165cm程度の自分では、2mの高さにある心臓に埋まっている魔石を取り出すのは難しく、その為にエグレットに頼んだ形になっていた。

 この魔石の為だけにエモシオンの街に来たレイとしては、ここで魔石を落として壊してしまうような真似は絶対に避けたかったのだ。


「よし、行くぞ。せーのっ!」


 そんな掛け声と共に、心臓に埋め込まれていた魔石を槍の穂先で取り出すことに成功し、地上に落とすようなこともなくきちんとレイへと手渡す。

 直径にして30cm程と、これまで見て来た魔石の中では最大級の大きさだ。エグレットから手渡された魔石よりも大きい魔石となると、エレーナと共に潜ったダンジョンで見たエンシェントドラゴンの魔石しか無いだろう。


(やっぱりランクC程度とは言えないだろうな)


 そんな風に思いつつ魔石に付着している血や肉の破片を拭き取りミスティリングへと収納し終えたところで、ようやく背後で唖然と自分を……より正確に言えばレムレースの魔石を一瞬前まで持っていた右手へと視線を向けている男へと声を掛ける。


「悪かったな。見ての通りちょっと忙しくて。……で、用件を聞かせてくれ」

「……あっ、はい。えっと、私はエモシオンの街の行政府に勤めているオブルスといいます。街の側に突然巨大なモンスターが姿を現したので、状況を把握する為にやって来たのですが……どうやら遅かったというか、丁度良かったというか」


 肝心な時に間に合わなかったバツの悪さに苦笑を浮かべつつ自己紹介をするオブルス。

 そんな相手に、レイもまた口を開く。


「俺はレイ。ギルムの街所属のランクC冒険者だ」

「ええ、知っています。レイさんは色々な意味で有名人ですし、なによりも行政府の者として港にいる船を幾度となく出港させてくれたことには感謝していますから」

「こっちも依頼でやってるだけだしな。で、こいつだが……」


 チラリ、と背後にある巨大なモンスターの死体へと視線を向けるレイ。


「もう他の奴に聞いてるかもしれないが、レムレースだ」

「やはりレムレース……ですが、沖にいる筈のレムレースがどうしてここに?」

「ちょっとした伝手で手に入れたマジックアイテムがあってな。それを使って強制転移させた」

「……強制転移、ですか。良ければそのマジックアイテムを見せて頂いても?」


 信じられないといった様子でレイへと要請するオブルスだったが、それに対する返答は軽く肩を竦めるというものだった。


「残念ながら使い捨てでな。レムレースをここに強制転移させた後には崩れ去ったよ」

「ですが、それでは……いえ、そうですね。私がどうこう言える問題ではないですね。ただ、色々と問題が……」


 オブルスの言葉に、レイは全て分かっているとばかりに頷き口を開く。


「レムレースの姿を見た者はいない。その為、このモンスターがレムレースだとは判断されないかもしれない。……違うか?」

「その通りです。ですが、それが分かっているのならどうしてこのような手段で?」

「別にそれ程複雑な話じゃない。俺が最も得意としている魔法は炎だ。他の魔法も使えるが、炎に比べると児戯に等しい程度でしかない。で、そうなると海底に潜んでいるこいつとは極端に相性が悪い」

「……なる程、お話は分かりました。それはそれとして、これがレムレースだというのはどう証明しますか?」

「エモシオン沖を俺とセトが飛ぶってだけじゃ駄目なんだろう?」


 一応念の為とばかりにオブルスへと尋ねるレイだったが、やはり当然のように首を横に振られる。


「確かにレムレースが何故か貴方達を狙っているというのは、これまで何度も見て分かっています。ですが、それはあくまでも経験則でしかありません」

「だろうな。なら、もう暫くエモシオンの街に俺が留まろう。その間に船が襲撃されなければ、これがレムレースだと認められないか?」

「その場合でも、どこか他の場所に逃げたのかもしれないと思う者が多少はいるでしょうが……分かりました、その線で上の人達を説得してみます。それで、その……」


 言葉を途切らせ、視線を地面に横たわっているレムレースの死体へと向け、怖ず怖ずと口を開く。


「このレムレースの素材に関してはどうする予定でしょうか? もしよろしければエモシオンの街に流して貰えると助かるのですが」

「そう言われてもな。恐らくシーサーペントの希少種や上位種だと思われるが、誰も見たことがないんだよな。取りあえず今は肉と皮を素材として切り分けているが……」

「そうですね、もしレムレースがシーサーペントの系統だとするのなら、売れる素材は牙と骨、皮、それと内臓の中でも肝臓と血がありますが……」

「……」


 地面を見たオブルスと同様に、レイもまた地面へと視線を向ける。

 そこにはレムレースから流れた血で汚れている草原が広がっていた。


「……血に関しては諦めた方がよさそうですね」

「だな。後は皮もこっちで使う予定があるから街には殆ど流せない。そもそも、レムレースの皮は腐食液が滲み出るから色々と危険だしな」

「その危険な皮をどう使うおつもりで?」

「さて、それを教えるのはどうかと思うが……まぁ、変に疑われるよりはマシか。腐食液の染みついた皮を燃やせば、その煙はどうなると思う?」

「……それはちょっと危険なのでは?」

「別に人に使おうとは思っていないさ。大量に湧いてくるゴブリンとかにだな」


 オブルスの言葉に小さく肩を竦めながらミロワールの方へと向かっていく。


「レイ、結構な量が集まったよ。これ以上多くなると置き場所に困りそうだから、早く収納してちょうだい」

「分かってる。それよりも解体や周囲の見張りに参加している者達のギルドカードはきちんと把握しているな?」

「問題無いわ。ヘンデカがきちんとメモしてあるから。ねぇ、ヘンデカ?」

「あ、はい。僕は幸い文字の読み書きが出来ますので」


 どこか照れくさそうに笑うヘンデカに頷き、早速とばかりに草原の上に並べられている肉や皮へと手を伸ばしてどんどんとミスティリングの中へと収納していく。

 その様子をすぐ側で見ていたオブルスは、魔石を収納した時と同じように驚きの表情でその様子を見守っていた。

 そんなオブルスへと向かい、数人の人影が近付いてくる。先程周囲の者達から話を聞いてくるようにと言って散っていった者達だ。


「オブルスさん、大体の事情は分かりました。……っていうか、このモンスターを見てここに来たらもう倒されていたってだけしか分かりませんでしたってのが正直なところですね」


 ひょろりとした男の報告に、オブルスも自分も大して変わらないと頷く。それでも、レイから直接話を聞いたのである程度の情報は掴んでいた。


「じゃあ、君。申し訳ないけど街に戻って上の人に取りあえずの報告をしてきて欲しい。内容は、エモシオンの街の近くに現れた巨大モンスターは既に討伐済み。尚、その巨大モンスターはレムレースの可能性が大であり、マジックアイテムを使って強制的に転移させて倒した、と」

「……はぁ、それは構いませんけど、俺1人だけですか? 街道であまりモンスターが姿を現さないといっても、さすがにそれはちょっと危険なんじゃ……」

「何を言ってるんですか。僕達は馬でここまで来たんですから、もちろん街に戻るのも馬に乗ってですよ。そうすれば街道で最も遭遇率の高いゴブリンなんかは気にする必要は無いでしょう」

「それ以外のモンスターが現れたりしたら……いえ、何でもありません。すぐに報告に向かいます」


 オブルスの自分を見る目が次第に冷たくなってきていることに気が付いたのか、すぐに前言を撤回してこの場を去って行く。

 その後ろ姿を見送りながらも、街のすぐ近くでこんな巨大なモンスターが姿を現せば多少怖じ気付いてもしょうがないという判断もあった。

 

「よし、剥ぎ取った分の肉と皮は全部収納した。後はまたある程度集まったら呼んでくれ」

「分かったわ、レイもエグレットも頑張ってね。……まぁ、もう暫く掛かるでしょうけど」


 大地に横たわるレムレースの巨体を眺め、ミロワールが告げる。

 その様子に小さく笑みを浮かべつつ、レイはエグレットと共に再びレムレースの解体を再開していく。

 それでもさすがに50人以上の冒険者が作業をしているだけあって、その日の夕方くらいにはレムレースの解体は完了することになるのだった。

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